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6.スピリチュアリズムへの反対・敵対との闘い(スピリチュアリストとしての信念を貫く闘い)

スピリチュアリズムに対する非難・反対・迫害に負けないために

最高の知識人はみな謙虚でした。知れば知るほど、知らないことが多いことを思い知らされるからです。私たちへ向けて軽蔑と嘲笑の指をさす人たちは、頭の中に何もない、無知で身を固めた人たちです。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』p.35

たとえ本来味方であるべきだった者から誤解され曲解され嘲笑され、あるいはこの人だけはと思って信頼していた人から裏切られることがあっても、あなたの奉仕の仕事は生き続けます。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』p.48

躊躇してはいけません。思い切りよく突き進みなさい。あなたの差し出す手が拒絶されることがあっても失望することはありません。あなたのことを気狂い呼ばわりしても悩むことはありません。ご存知でしょうか。かつてイエスの弟子たちは酔っぱらい扱いをされたのです。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』p.72

われわれはよく誤解されます。往々にして最大の味方であるべき人が最大の敵にまわることがあります。が、そういうことにはお構いなく仕事を遂行します。そして大霊の目から見て正しいことをしているかぎり、物質の世界の何よりも強力な霊の勢力を呼び寄せることができるのです。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』p.110

無知な人たちからは軽蔑されます。せっかくお届けしたメッセージが拒絶されます。私たちに伴って降りてくる霊力の働きが無視されます。しかし、私たちの説いている真理は必ず地上世界に広まります。大霊の息がかかっているからです。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』p.112

真実を述べれば、それは必ずや人の心に訴えるものです。時には迷信と偏見による抵抗にあうことはあっても、そうした壁はそのうち崩れていきます。(中略)反論する人はいるでしょう。しかし、その数は取るに足りません。そういう人はまだ精神構造の中に古い伝統的な概念がしつこく残っている人たちです。論理と分別心とで判断できない人です。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』p.165〜166

地上では先覚者はあまり歓迎されないのです。大てい非難を浴びております。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』p.174

純粋無垢の真理は時として苦(にが)く、また心を傷つけることがあるものです。しかし、あくまでも真実なのですから、いずれは良い結果を生みます。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』p.177

自分で判断して、これが正しいと思う生き方をすればよいのです。世間がどう言おうと構うことはありません。まわりの人が何と言おうと気にすることはありません。自分で正しいと思うこと――この方が得だとか都合がよいとかではなく、心の奥でこうするのが本当だと確信した道を選んで、突き進むのです。

『地上人類への最高の福音』p.37

あきらめてはなりません。真理普及というこの大きな闘いにおいて、私たちの味方になられた方に“敗北”はありません。時として後退のやむなきに至ることはあるでしょう。が、知識が無知を追い払い、光が闇をかき消しながら、われわれは絶え間なく前進を続けております。

『地上人類への最高の福音』p.57

霊的知識を広めることです。時には拒否され、時には嘲笑され、軽蔑され、愚弄されることもあることでしょう。しかし、気になさってはいけません。そんなことで傷つけられてはなりません。用意のできていない者は当然受け入れることはできません。でも、それであなたは、あなたの為すべきことをなさったのです。

『地上人類への最高の福音』p.60

妨害や反抗の勢力の存在をあまり大ゲサに考えるのは禁物です。善性の勢力に較べれば大したものではありません。

『地上人類への最高の福音』p.240

皆さんが携わっておられる大いなる闘いは、これからも続きます。こうした霊的真理の絡んだ問題で、意見の衝突や論争が生じるのを恐れてはなりません。いずれは必ず人類の大多数によって受け入れられていくのですが、相手が間違っていることがわかっていながら、論争を避けて大人しく引っ込んだり、妥協したり、口先をごまかしたりすることなく、いかなる犠牲を払っても真理は真理として守り抜くという覚悟ができていないといけません。

『地上人類への最高の福音』p.253〜254

結果を怖がるような人間は弱虫です。そんなことでは性格は鍛えられません。霊の世界の道具たらんと欲する者は、迫害されることをむしろ誇りに思うようでなくてはなりません。あらゆる攻撃を、それがどこから来ようと、堂々と迎え撃つのです。胸を張って生き、その毅然(きぜん)たる態度、その陰ひなたのない言動によって、いつでもどこでも試される用意があることを見せつけるのです。

『地上人類への最高の福音』p.254