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(1)霊的なものへの関心の高まり

かなりの現代人が、死後の世界を信じている

現在は“心霊ブーム”と言われています。現代人の霊的世界に対する意識の高まりは、客観的な調査によっても確認されています。1980年の米国ギャロップ世論調査によると、アメリカ人の71%が来世を信じているという結果が出ています。またその後の世論研究協議会の調査では、アメリカの成人の42%が、すでに死んだ誰かとの接触を持ったと信じていることが報告されています。このうち78%の人が死者の姿を見、50%の人が死者の声を聞き、18%の人が死者と会話したということです。

一方、日本人の場合、1991年のNHKの調査では、来世を信じる人は12%にとどまっていましたが、1999年の別の調査によれば、死後の世界を信じる人は51%、輪廻再生を信じる人は56%、霊魂の存在を信じる人は60%に上っています。この傾向は若者では、さらに顕著になります。1992年の学生を対象とした調査では、スプーン曲げを信じる人は44%、霊能者(故・宜保愛子)の霊視については52%、死後の世界については70%、星占いについては43%の人が信じると答えています。また1995年の同じく大学生を対象とした調査では、あの世・来世を信じる人は63.5%であることが明らかにされています。

こうした世論調査の結果は、現在が“心霊ブーム”であることを示しているのかもしれません。

心霊書と心霊番組の氾濫

たしかにここ数十年の間に、心霊世界に対する人々の関心は非常に高まっています。書店に行けば、必ずといってよいほど心霊書・予言書のコーナーが設けられ、従来の宗教書に匹敵するような多くの本が並べられています。まさに心霊書の洪水といった様相を呈しています。

また最近ではテレビで、超能力者や霊能者の登場する番組が増え、高い視聴率を上げています。こうした心霊番組は、各テレビ局における視聴率の手っ取り早い稼ぎ手として重宝がられています。特にレギュラーの心霊番組での、前世像の指摘や背後霊・守護霊の透視、あの世の霊からのメッセージといった企画が大当たりしています。

ここ20年の間に、「霊」という言葉は一般社会に広く行きわたるようになり、今では決して特別な用語ではなくなっています。大人ばかりでなく子供も含めて、誰もが当たり前に「霊」「霊界」という言葉を用いるようになっています。現在は、ちょっとした“心霊ブーム”と言えるのではないでしょうか。

新新宗教による新しい心霊観

一方、宗教世界に目を転じてみると、従来の既成宗教(仏教・キリスト教・神道)の教える死生観は、人々の関心を失いつつあります。それに代わって歴史の浅い新宗教や新新宗教の教えが、人々の心を強く惹きつけるようになっています。新新宗教では、旧来のおとぎ話風の死生観・教訓的意味合いの作り話的な死後世界から、知的に満足できる新しい死生観・死後観を提示し、多くの信者を獲得するようになっています。

ニューエイジにおける新しい心霊観

さらに海外では、アメリカ西海岸から始まった“ニューエイジ運動”が特に目につきます。ニューエイジは1960年以降の、精神的・霊的世界に関わる大きな動きです。ニューエイジは、キリスト教を土台とする西洋文明の行き詰まりを打開する方向として、アジアの精神文明・宗教に注目し、それを西洋社会に取り入れることで新しい時代を迎え入れようとしました。アジア文明の再発見と同時に、アメリカのレッドインディアンの精神文化に関心が向けられるようになりました。

そうした動きの中で生じてきた“チャネリング”と呼ばれる霊媒現象は、従来のキリスト教の教義に根本的な挑戦状を突きつけることになりました。これまでキリスト教の中では、心霊現象はすべて“サタンの仕業”と決めつけられてきましたが、どうもそうではないという認識が生まれるようになってきました。伝統的なキリスト教の死生観・霊魂観は、根本から大きく揺さぶられるようになってきました。

(2)心霊ブームの形成

心霊ブームは、どのようにしてつくられるのか?

人々の心霊への関心の高まりが心霊ブームをつくってきたと言えますが、反対に心霊ブームが人々の霊的な関心を引き起こしてきたということも言えそうです。“ブーム”という一時の流行は、短期間の人気と同じです。そうした流行・人気は、一般的には大衆の好奇心や興味その多くが低俗であることが多いのですが……と、安直な幸福への期待によってつくり出されます。

現代ではテレビや新聞・雑誌・書籍などのマスメディアが、その動きを一気に押し上げ、短期間にブームをつくり出しています。あるいはマスメディアが綿密に計画を立て、意図的にブームを引き起こすこともあります。テレビの視聴率や書籍の売り上げを上げるために、計画的にブームをつくり上げるのです。いったんブームになれば、テレビ局も出版社も儲かるようになり、当事者である出演者や作家も金銭的に恵まれるようになるため、双方にとって心霊ブームは願ってもないことになります。

心霊は、ブームづくりに“もってこい”

世の中には、健康・食べ物・レジャー・車・趣味・旅行・思想……などの、さまざまなブームが存在します。次々と新しいブームが発生し、しばらくの間、人々の熱気が高まり、やがてそれが冷めて忘れ去られていきます。そして別のものに関心が集まり新しいブームが発生します。このように次々と新しいブームが生まれては消え去るという中で、心霊に関した分野は健康と同様に、簡単にブームをつくり出しやすいものの1つと言えます。

なぜなら大半の人々は、霊・死後の世界・前世・守護霊・霊からのメッセージ・透視・未来予知といったことに多大な関心を持っているからです。人々は“霊能者”と呼ばれる特殊な人間を通じて、そうした神秘的な内容を簡単に知りたがります。それを通じて今よりもっと素晴らしい自分を発見し、特別な幸福を手にしたいとの期待を抱いています。もし“何でもピタリと当てる”という評判の霊能者がいようものなら、人々は競ってそこに足を運ぶようになることでしょう。

心霊ブームは、霊能者と、大衆の低俗な好奇心と、インスタントの幸福願望からつくり上げられます。他力的な安易なご利益への期待が心霊ブームを支えています。もしこれが従来の宗教のような堅苦しくて難解な説法・厳しい自己努力・苦しく根気の要る修行・地味で質素な生活を勧めるものであるなら、決してブームにはなりません。大半の現代人にとっては、神秘性・特別性・手軽さ・気軽さ・インスタント性が、何よりも重要なのです。「心」それ自体の訓練よりも、開運グッズや護符、水晶や風水による占いや方位が大切なのです。努力せずに特別な幸運やご利益や霊的エネルギーを得たいと思っているのです。

(3)心霊ブームへの批判と問題点

霊への関心は、知的堕落?

さて、人々の霊的世界への関心が高まるにつれて、当然のこととして批判の声が起こってきます。心霊ブームや霊的世界への関心に対して、唯物論者や否定論者は、こうした動向は「知性の欠如・科学精神の欠如、あるいは人間的な弱さが引き起こした精神的・知的堕落である」と言います。非科学的で何の根拠もない妄想にかくも多くの人間が虜(とりこ)になっているのは全く馬鹿げたことだと思っています。少し前まで、大半の科学者はこのように考えていました。

しかし科学は、物質世界における真実探求のための方法論実験による再現性を持って客観性を確定するという方法論)であって、初めから物質世界だけを対象としています。「霊」とか「死後の世界」といった非物質の分野については、最初から対象外としているのです。これが「科学と宗教の住み分け」という大原則です。

したがってある科学者が、神や霊の存在を信じたからといって、科学と矛盾することにはなりません。心霊的なものを頭から否定する在り方は、“科学で証明されたことだけが真実である”とする間違った科学至上主義―― 言い換えれば“科学信仰”に立っているということです。神や霊魂の存在を信じることを知的堕落と言って批判するのは、たとえ有名な科学者であっても、科学そのものをよく知っていないということなのです。

心霊ブームに対するもっともな批判

しかし批判の中には、しかりと思えるものも確かに存在します。批判されて当然と言うべき理由が、心霊ブームの中には現実に多くあります。たとえば巷に氾濫する心霊書・予言書の類の内容があまりにも低俗で、理性的常識から懸け離れていることです。あるはずのない神々からの霊言やら、不健全きわまる予言書が氾濫しています。心霊相談を扱った心霊書の中には、苦しみを抱えた人間の“何かにすがりつきたい”という心理的弱みに付け込んだ悪質なものが多く見られます。このようないい加減で悪質な心霊書が出回っていて、しかもそうした程度の悪いものほどよく売れています。

低俗な心霊書と同様に、低俗な心霊番組がテレビで放映され、高い視聴率を上げています。霊の透視や前世の身元や未来予知など、誰もその真偽を確かめることができないのをいいことに、ニセ霊能者は口から出まかせの作り話を語っています。霊的知識に照らしてみれば、そこで言われる内容が真実でないことは明らかです。)

ブームの軽率さが、真面目な人々に幻滅を与える

心霊ブームにともなう軽率さが、真面目に心霊問題の研究に取り組んでみようという人々への大きな障害となっています。ブームにおける心霊知識は、理性的という点でも、科学性・合理性の点でも、内容的に乏しいものばかりです。本来「霊的知識」は、特定の宗派・個人の所有物ではなく厳然とした霊的事実である以上、理性を極限まで用いて検証しても、それに耐え得るはずのものです。当然のこととして、人々も真摯な態度で、理性が納得するまで疑った後に受け入れるべきものなのです。

しかしブームの中で、人々は霊能者の言うことを安易に、あるいは軽率に鵜呑みにしています。心霊ブームの中で示される心霊知識は、理性の要求に応えられる確かなものはきわめて少なく、大衆の低俗な好奇心に迎合したような不健全きわまりないものがほとんどです。そのどれもが初めから、無知な一般大衆の受けだけを狙ったものばかりなのです。

こうしたことが真面目に心霊問題を考えようとする人々を幻滅させ、軽蔑の思いを持たせることになっています。そして心霊的なものは全くインチキじみているという印象を与えるような結果を招いています。

心霊ブームとペテン師の横行

さらに心霊ブームに嫌悪感を抱かせることになっているのが、人々を騙して金儲けを企むペテン師の存在です。心霊ブームは、ペテン師が暗躍する機会を多く提供することになっています。ペテン師にとっては、心霊に関心を持つ無知な大衆は“絶好のカモ”です。自分(ペテン師)の不正をいつまでも見破ることなく協力してくれる大衆は願ってもない存在なのです。“心霊ブーム”はペテン師にとって、絶好のカモと好都合な環境を提供してくれる、実にありがたいものなのです。

(4)心霊ブームの中から本物が登場する

ブームと本物の違い

ブームを支配する力学は、一言で言えば“大衆の人気”ということです。ブームは大衆の人気によってつくり出されるものです。大衆受けが、すべてなのです。問題は「そこに真実のもの・本物が存在しているのか?」ということです。テレビでの視聴率や本の売れ行きが、ブームにおける人気・大衆受けの指標になります。しかしそれは真実の所在を示している指標ではありません。もちろんブームのすべてが程度が悪い・間違っているというわけではありませんが、本物が存在する確率は低いと言わざるをえません。それどころか心霊ブームによって何の価値もないものが、素晴らしいもの・本物だと宣伝されることがしばしばなのです。

本物は、長い歴史を経ても生き残ることができます。本物の多くが、ブームとは反対のプロセスをたどって人々に認められるようになっています。本物は、大衆の人気とは無縁です。一時的な流行とは無縁です。本物は、本物を見抜くことができる少数の人々によって少しずつ受け入れられ、広がっていくケースがほとんどです。本物は長い歴史を通じて証明されるもので、ブームとは正反対のものなのです。

心霊ブームが去った後に、本物が現れる

ブームとは一時的流行・熱狂のことで、やがてその熱も冷め、人々の中から忘れ去られてしまう時期が必ずやってきます。現在の心霊への関心の高まりが単なるブームであるとするなら、やがてその熱気も冷め、人々の中から消え去ってしまうことになります。流行している心霊書や心霊番組も、いずれ姿を消すことになるでしょう。

しかし歴史を振り返ると、ブームが去った後に、しばしば本物が見出されるようになることが多いのです。本物は時間とともに、徐々にではあるけれども確実に広がっていくようになります。本物は初めは、本物が分かる人、本物を見抜く鑑識眼を持った少数の人々によって見出され、その後、じわじわと広がっていくようになります。多くの場合、本物は、大衆の人気とは全く無関係のところに存在します。あるいは大衆が嫌うところに存在します。

現在の“心霊ブーム”という一時的な流行が去った後に、本物が登場するようになる可能性が大きいのです。心霊ブームの陰に隠れていた本物が、流行が去った後に、少しずつ表に現れるようになるかもしれません。私たちは“スピリチュアリズム”という本物が、まさにそうした形でこれから世の中に広がっていくものと考えています。

スピリチュアリズムの過去の歴史の中には、心霊現象によってき引き起こされた“ブーム”と言っていいような時期がありました。霊界によって次々と目を見張るような心霊現象が演出され、それに多くの人々が群がったのです。そうした時期には、大勢のニセ霊能者が現れて、人々を騙し混乱させました。しかしそのブームの中で、真剣に真実を求める人々によって「本物のスピリチュアリズム」が見出され普及していくことになりました。当初の目覚しい心霊現象は、当時の知識人たちに“霊魂説”を認めさせることを目的としたもので、軽々しいブームを引き起こすことが目的ではなかったのです。

現在の世論調査では、人々の「霊」に対する関心の高まりが数字となって示されていますが、スピリチュアリズムでは、これをそのまま本当の霊的影響力の普及、スピリチュアリズム普及の指標とは考えません。世論調査は“ブーム”としての傾向を示しているかもしれませんが、本物のスピリチュアリズムの影響力を示しているとは言えません。“スピリチュアリズム”という本物は、ブームの陰に存在しているのです。