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(1)霊魂の存在を否定する科学と唯物主義

太古の昔より存在した素朴な霊信仰

太古の昔より、人類は素朴な“霊信仰”を持っていました。心霊現象、特に霊媒現象は、人々によって当たり前のものとして受け止められてきました。あの世からの声が、霊媒(シャーマン)を通して届けられるという出来事に疑いを持つような人間はいませんでした。時には伝えられるメッセージの内容に不満を感じることはあっても、霊媒現象自体に対して疑いを抱く人間はいませんでした。

長い歴史を通じて人間は、霊媒を介してあの世との交信ができることを無条件に認めてきたのです。シャーマンを通して神が語りかけてくる“託宣”という現象についても、人々は疑うことなくこれを受け入れてきました。

科学時代の“霊魂説”の否定

しかし近代に至り、人間の理性が重視され、科学が発達するようになるにともない、人々の霊媒現象に対するそれまでの素朴な信心、すなわち“霊信仰”は薄らいでいくことになります。従来、霊の存在は人々の素朴な霊信仰の上で受け入れられてきましたが、科学時代においては、そうした霊魂説は“迷信”の一言(いちごん)のもとに否定されるようになりました。人々は霊媒現象に疑いの目を向けるようになり、時には“インチキ”と見なすようになりました。そして“神も霊魂も存在しない”という唯物的な考え方が、人々の心を支配するようになったのです。

産業革命以降、科学と物質文明は大きく発展し、唯物的な傾向は先進諸国を中心にますます力を振るうようになっていきました。知識人の多くが、従来の宗教や心霊現象を当然のこととして否定するようになりました。“科学と宗教は相容れない”という考え方が知識人の常識となり、大半の科学者が、神・霊・死後の世界の存在を迷信として排斥しました。こうして科学と唯物主義は一体となって、従来の宗教や心霊現象を駆逐していくことになります。

科学至上主義と唯物主義

宗教の最重要テーマである神・霊魂・霊界の存在を強く否定する代表が“唯物主義”です。唯物論者は、科学が認めたもののみを真実とし、宗教には真実はないとします。人によっては一応、科学と宗教は対象とする分野が異なるという「住み分けの原則」を受け入れはしますが、本音ではやはり科学が認めたものだけが真実であり、そうでないものは真実ではないと考えています。

そうした科学至上主義的な考え方はもちろん間違っていますが、多くの現代人が、科学は真実であり、宗教や心霊現象などは単なる思い込みや迷信にすぎないと思っています。それは必然的に“宗教は間違いであって、唯物論が正しい”という主張につながっていきます。

スピリチュアリズムと唯物主義の正面衝突

そうした唯物主義的傾向・科学至上主義的傾向は、1848年の共産党宣言においてピークに達しました。マルクスとエンゲルスによる共産党宣言は、徹底した唯物主義正当化の主張です。神も霊も霊界もないという宣言です。一方、同じ年にスピリチュアリズムが、全く反対の主張を持って地球上に現れています。“スピリチュアリズム”は、科学時代の人々に「霊魂の存在が事実である」ことを宣言することになりました。

1848年は、こうして心霊擁護派の代表であるスピリチュアリズムと、心霊否定派の代表である唯物主義(マルキシズム)が、真正面から激突する年となりました。1848年はその意味で、まさに人類思想史上、重大な年となったのです。

(2)1つの心霊現象から始まった“スピリチュアリズム運動”

1848年から始まったスピリチュアリズム

スピリチュアリズムは、死と霊という人類にとって普遍的な問題の解決を目的として登場しました。死と霊は、宗教において最も重大なテーマですが、スピリチュアリズムは、それを従来の宗教の形をとらずに人々に啓蒙しようとしてきました。その意味でスピリチュアリズムは、宗教の形式をとらない現代人向けの心霊啓蒙運動と言えます。

そのスピリチュアリズムは、唯物主義・科学至上主義の影響力が大きくなった時代に登場しました。スピリチュアリズムは、1848年にアメリカで起こった1つの心霊現象をきっかけにスタートしました。その後スピリチュアリズムは、交霊会によって心霊現象を計画的に現出させ、心霊研究・心霊実験を進めていきます。こうした中で、スピリチュアリズムは大きく発展していくことになります。

科学者が、心霊研究に乗り出す

一般に近代スピリチュアリズムは、1848年の“フォックス家事件”から始まると言われています。しかし考えてみれば、地上に人類が登場して以来現在に至るまで、時代・地域を問わず常に心霊現象は存在してきました。それなのにどうして1848年の心霊現象だけが、特別にクローズアップされるようになったのでしょうか。またその後のスピリチュアリズムの交霊会での心霊現象に、多くの人々の注目が集まるようになったのでしょうか。

 “フォックス家事件”以後、多くの科学者がスピリチュアリズムの心霊現象に関心を示し、それを精力的に実験・検証するようになりました。この点においてスピリチュアリズムは、それ以前の一般の心霊現象と大きく異なっています。それまでは科学者が心霊現象を特別に研究対象とするようなことはありませんでした。信仰的迷信の類として一蹴し、無視するのが当たり前のことでした。ところが1848年以降のスピリチュアリズムの心霊現象に対しては、そうした決めつけや無視ができなくなったのです。

スピリチュアリズムの心霊現象は、一般の心霊現象とは違っている

1848年以降の心霊的動きは、近代スピリチュアリズムと言われ、わざわざ「近代」という形容詞がつけられています。そこには人類の歴史に見られる“一般的な心霊現象とは違う”という意味が込められています。霊媒現象などの心霊現象は、シャーマニズムという原始宗教では日常的に存在してきました。現在の日本でも田舎に行けば霊媒がいて、死んだ知人からのメッセージを伝えてくれます。よく知られている恐山(おそれざん)のイタコもそうした霊媒です。

このような一般に見られる心霊現象と、スピリチュアリズムにおいて現出する心霊現象は、内容的に全く異なっています。その違いを明らかにすることは、実はスピリチュアリズムの本質そのものを明らかにすることに通じるのです。それについては以下で順次、述べていきます。

(3)物証による“霊魂説”の証明

物証による霊魂説の証明

科学思想の洗礼を受け、唯物主義に傾きかけている現代人に、従来のような素朴な霊信仰を期待することは不可能です。すでに霊魂の存在に懐疑的になっている人々に、「霊魂は存在する。霊からのメッセージが霊媒を通して届けられる」と言っても、説得性を持ち得ません。現代の知識人からは、「霊とか霊界などというものは、信じたい者だけに信じさせておけばいい。自分たちはそんな馬鹿げたことは一切信じない」という声が聞こえてきそうです。

スピリチュアリズムは言うまでもなく、人間の死後の存在・霊魂の存在を主張する立場です。スピリチュアリズムはそれを、「疑わずにただ信じなさい」という従来の宗教のやり方ではなく、“物証”という確たる事実・霊の存在の根拠を示して人々を納得させ受け入れさせようとします。どれほど否定的な立場に立っている人間でも、物証を示されたならば、あるいは目の前に現実の心霊現象を突きつけられたならば、信じたくなくとも認めざるをえなくなります。

そうした方法でスピリチュアリズムは、唯物主義が支配的になりつつあった当事の欧米諸国で“霊魂説”の正当性を主張してきたのです。そして現実的に多くの人々に霊魂の存在・霊界の存在を認めさせることに成功しました。スピリチュアリズムは“心霊現象”という物証を掲げて、唯物主義や従来の宗教の間違った教えに挑戦していったのです。

“霊魂説”に転向していった科学者たち

19世紀後半〜20世紀前半の間、当時の一流の科学者たちが、スピリチュアリズムの交霊会で現出される心霊現象の検証・研究に取り組みました。そうした科学者の大半が初めは、「心霊現象などという馬鹿げた迷信・嘘を、科学の力で暴いてやろう。霊や霊界などないことを明らかにしてやろう」と思っていました。「霊などというものは、信仰の中で人間の心が勝手につくり出したものであり、すべてまやかしである。それを証明して、馬鹿な人間どもの鼻をへし折ってやろう」と思っていたのです。

ところが実際に検証を始め心霊研究を進めるうちに、生々しい心霊現象という霊の実在の証拠を突きつけられることになります。目の前の事実をどのようにしても否定することができなくなり、最後はいずれの科学者も“霊魂説”を認めざるをえなくなりました。まさにこれこそが物証の威力です。スピリチュアリズムは事実の迫力・物証の力をもって、“霊魂説”の正当性を懐疑的な科学者たちに認めさせました。こうした動きは欧米、特に当時の最先進国であった英国を中心に拡大していきました。

それまでもっぱら宗教の対象であると考えられてきた死と霊の問題が、宗教とは全く関係のない人間、特に懐疑論・反対論の立場に立つ科学者によって真実性が明らかにされ実証されるようになったのです。霊の存在が信仰を通してではなく、科学者の研究によって証明されることになったのです。

この辺りの詳しい経過については、他の優れたスピリチュアリズム関連書において紹介されていますので、それを参考にしてください。当サイトでも、この後で簡単に取り上げています。

いまだに“霊魂説”に否定的な考え方をする現代人の中には、心霊研究に携わり最後に“霊魂説”容認に転向していった当時の科学者に対して、彼らはもともと十分な知性がなかったために、そうした結果になってしまったと考える人たちがいます。当時の一流の科学者といっても、人間的には単なるお人好しであったと言うのです。

批判者たちは、彼ら(科学者たち)がいかに優れた知性の持ち主であったのか、またどれほど厳格な実験・検証を進めていったのか、その実態を全く理解していません。当時の報告書を見ると、科学者たちの懐疑心は相当なものであったことが分かります。そして徹底した過酷とも言えるような厳しい条件を霊媒に課してきたのです。

そうした諸事情を考え合わせると、まともな感性の持ち主ならば、そこにはきっと彼ら(科学者たち)を転向させるだけの迫力ある現実的証拠があったのだと考えるのが当然ではないでしょうか。

当サイトの「スピリチュアリズムの歴史」の中でも取り上げていますが、現在はスピリチュアリズム勃興当初のような驚異的な物理的心霊現象は、ほとんど姿を消しています。それは「心霊現象を通して霊魂説を証明する」という段階を、すでに乗り越えているからです。そのため現在では、余程の事情心霊的に発展途上レベルにあるといった)がないかぎり、当時のような派手な物理的心霊現象は現出しないようになっています。

人類史上、初めての宗教革命

こうしたプロセスを経て、それまで純粋な宗教のテーマであった“霊魂”が、信仰問題から事実問題の対象へと移行するようになりました。ここに宗教史上、最も重要な点があります。これはスピリチュアリズムが――「人類史上、初めての宗教革命を引き起こしている」ということを意味しています。“霊魂説”という宗教の一番の本質的なテーマを従来の宗教の枠から切り離し、信仰ではなく事実(物証)によって明らかにしようとしたからです。これはまさに宗教における大革命なのです。

キリスト教の歴史の中では、旧教(カトリック教会)に対する反発から宗教改革が引き起こされ、新教(プロテスタント教会)が生まれました。これによってキリスト教世界は二分され、長い間、戦争が続きました。17世紀の三十年戦争では、虐殺によってヨーロッパ人口の30%が失われ、キリスト教の宗教改革は、人類歴史を左右する大事件となりました。

しかしスピリチュアリズムによる宗教改革は、さらに大規模な地球全体の変化を引き起こすことになります。スピリチュアリズムは――まさに「地球上のすべての宗教を対象とした宗教革命」なのです。地球上のすべての宗教に対する根本的改革を目指しているのです。かつてのキリスト教の宗教改革とは、次元においても規模においても比較になりません。スピリチュアリズムは、宗教史上「最大の大変革」を地球上にもたらそうとしているのです。

スピリチュアリズムとは

  • 地球上のすべての宗教を対象とする宗教革命
  • 宗教史上、初めての地球規模の宗教改革運動

(4)スピリチュアリズム運動の進化・発展

「心霊研究」としてのスピリチュアリズム

スピリチュアリズムの歴史の第一歩は、心霊研究から始まりました。その後もスピリチュアリズム運動は、心霊研究を通して発展していきます。この時代のスピリチュアリズム運動を説明するキーワードは――「心霊実験」「霊魂説の証明」「交霊会」です。

交霊会は、心霊実験を目的として設けられた少人数の集まり(サークル)で、そこには必ず心霊現象を現出させる霊媒がいます。交霊会によって、すでに述べてきたような心霊研究が行われてきたのです。心霊実験による心霊研究という歩みは、ある点では近代科学に通じる面を持っています。現に心霊研究は、当時の一流の科学者によって進められてきました。科学的なアプローチによって、宗教のテーマであった霊魂実在の証明をしてきたのです。

スピリチュアリズムの小定義【1】

  • 心霊研究を通して“霊魂説”を実証しようとする運動

「霊的思想」としてのスピリチュアリズム

しかしスピリチュアリズムは、こうした心霊研究の段階にいつまでも留まっていたわけではありません。一般には、スピリチュアリズムとは、19世紀半ばから20世紀前半にかけて科学者を巻き込んで行われた心霊研究の大流行といった説明がなされます。たしかにその指摘は一面では正しいのですが、それはスピリチュアリズムのごく一部分にすぎません。

スピリチュアリズムは、心霊研究の段階から、より次元の高い世界を目指して進化していきます。心霊研究から導き出される結論は“霊魂説”の正当性です。心霊研究の目的は、「人間は死後、霊魂として存在する」「死後の世界である霊界は存在する」「霊は地上人に働きかけることができる」――これらが事実であることを証明することでした。

しかし心霊研究は、それ以上のものではありません。さらに一歩進んだ内容、たとえば「霊界とはどのような世界なのか?」「霊はどのように存在しているのか?」「そこではどのような生活が営まれているのか?」「地上世界と霊界はどのような関係にあるのか?」といった質問については、心霊実験をどれほど繰り返しても答えを得ることはできません。

そこで別種の心霊現象が必要となります。それが「霊界通信」なのです。霊界通信は、霊媒現象と同じメカニズムの現象ですが、スピリチュアリズムではそれを意図的に現出させて、霊的情報や霊的知識を“霊”から直接得ようとしたのです。こうしてスピリチュアリズムは、霊魂説の証明から、霊的知識・霊的真理の獲得といった方向に進んでいくことになります。スピリチュアリズムは、心霊研究という領域から、思想・哲学の分野に進化していくことになります。実験・研究としてのスピリチュアリズムから、思想としてのスピリチュアリズムへと歩を進めることになったのです。

この段階でのスピリチュアリズムを説明するキーワードは――「霊界通信」「霊的知識」「霊的真理・霊的教訓」です。霊界通信とは、先に述べたように心霊現象の1つである霊媒現象のことです。スピリチュアリズムではそれを計画的に現出させて、霊的知識・霊的教訓を入手しようとしました。そうしたプロセスによってスピリチュアリズムは、単なる霊魂説の実験証明の段階から、心霊世界に関する思想へと進化することになりました。

スピリチュアリズムの小定義【2】

  • 霊界通信を通して、それまで地上世界になかった霊的知識・霊的教訓を霊界から直接入手し、それを広めようとする霊的思想の啓蒙運動

「霊的実践」としてのスピリチュアリズム

スピリチュアリズムは、さらに思想レベルから実践レベルへと進化していきます。霊界から入手した霊的知識・霊的教訓を実生活の中で実践し、霊的成長を目指すことに重点が置かれるようになります。この段階を説明するキーワードは――「霊的真理の実践」「霊的人生」「霊的成長」です。

スピリチュアリズムが思想にとどまるかぎり、スピリチュアリズムは単なる知的好奇心を満たすだけの手段になってしまいます。スピリチュアリズムは、それまでの宗教では考えられなかったような素晴らしい霊的知識を地上人類にもたらしましたが、それがスピリチュアリズムの最終目的ではありません。霊的知識・霊的真理は活用されるべきものとして、言い換えれば“実践の指針”として与えられたものなのです。

霊的知識は、それを実践することで地上人類が霊的成長を遂げることを目的としています。したがって霊的知識は、最終的に「霊的成長」という次元にまで至らなければ意味がありません。日常生活での実践、すなわち「霊的真理の信仰実践」こそが重要なのです。地上人の一人一人が霊的知識を実際に実行する。すなわち日常生活そのものを“霊的人生”とする――その結果として「霊的成長」を果たすことがスピリチュアリズムの最終目的なのです。

スピリチュアリズムの小定義【3】

  • 霊的知識を日常生活で実践し、霊的成長を達成しようとする霊的実践運動

霊的成長に向けての、スピリチュアリズムの進化プロセス

スピリチュアリズムは、心霊現象によって霊魂の存在への確信を固め、霊的真理によって人生の方向性を定め、真理の実践によって霊的成長をなすという3段階のプロセスから成り立っています。スピリチュアリズムは、常に「霊的成長」を最終目的として営まれています。「心霊研究→霊的思想→霊的実践→霊的成長」――これがスピリチュアリズムの意図する正常なプロセスであり、このプロセスの全体が、とりもなおさずスピリチュアリズムなのです。

それを図示すると次のようになります。

霊的成長に向けての、スピリチュアリズムの進化プロセス

スピリチュアリズムの小定義【4】

  • 心霊研究・霊的思想・霊的実践のプロセスを通して、人間にとって一番大切な霊的成長を達成しようとする霊性啓発運動

(5)スピリチュアリストの3段階(レベル)

スピリチュアリストの3分類

以上の説明によって“スピリチュアリズム”は、現象レベルから知識・思想レベルへ、そして霊的実践・霊的人生レベルへと段階を追って進化していくものであることが明らかになりました。スピリチュアリズムはこれまで、すでに150年の歴史を経ていますが、その150年の間に、こうしたレベルを踏んで進化の道をたどってきたのです。

スピリチュアリズムによってもたらされた「霊的真理」を受け入れ自分の人生の指針とした人、そしてスピリチュアリズムの「歴史的使命」を認めた人のことを“スピリチュアリスト”と言います。スピリチュアリストとは、簡単に言えば“スピリチュアリズム信奉者”のことです。そのスピリチュアリストは、意識の中心をどこに置いているかによって、現象レベルのスピリチュアリスト、思想レベルのスピリチュアリスト、実践レベルのスピリチュアリストに分類されます。

現象レベルのスピリチュアリスト・思想レベルのスピリチュアリスト

あるスピリチュアリストの関心は、もっぱら心霊現象に向けられています。心霊現象に対する好奇心が意識の中心を占めていて、思想や実践には向いていきません。また別のスピリチュアリストは、現象への好奇心を卒業して、思想・知識への関心が意識の中心を占めています。“真実を知りたい、真理を知りたい”という一歩進んだ意識のレベルに至っています。しかし手にした知識を実践しようとする意欲はありません。知ることだけに関心が向けられ、そこにとどまっています。

このレベルの人間の中には、ありとあらゆる霊的知識を集めないと気がすまないような人もいます。霊的知識のコレクターですが、どれほど知識を集めてもそれを実践に移さないかぎり霊的成長には結びつきません。したがって最終的には、そうした人の努力の多くが無駄になってしまいます。

霊的実践・霊的人生レベルのスピリチュアリスト

また、あるスピリチュアリストの関心は、「霊的真理の実践」に向けられています。実践に対する思いが、意識の中心を占めています。霊的知識を日常生活の指針とし、また日々の心の支え・反省の基準としています。そうした人の場合は、日常生活全体が霊的真理を実践する現場となっています。日々の歩みが“霊的人生”そのものにまで高められています。その結果、地上人生を通して確実に霊的成長を達成していくことができるようになります。

(6)人間サイドから見たスピリチュアリズムの定義

すでに何度も述べましたが、スピリチュアリズムの最終目的は、地球人類の霊的成長に置かれています。スピリチュアリズムのすべての営みは、地球人類の霊的成長に向けられています。この目的のためにスピリチュアリズムは、「心霊研究」によって霊魂の存在を証明し、「霊界通信」を通して霊的思想をもたらしてきました。そして最終的には、地上人自身がそれを実践に移すことによって霊的成長をなし、地上人生の本来の目的を達成することになります。

“スピリチュアリズム”とは――「霊界からもたらされた霊的真理の実践を通して霊的成長を目指す心霊啓発運動」と言うことができます。スピリチュアリズムは、1848年から始まった「霊的真理に基づく霊性復興運動」なのです。これが人間サイドから見たスピリチュアリズムの定義になります。

スピリチュアリズムとは

  • 霊的真理の実践を通して、地球人類の霊的成長を目指す霊性復興運動