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(1)スピリチュアリズムと心霊現象――心霊現象は、スピリチュアリズムの脇役

スピリチュアリズムの物理的心霊現象は、前座にすぎない

スピリチュアリズムが地上に展開を始めてからしばらくの間(1930年頃まで)は、物理的心霊現象が頻出していました。まさに奇跡の連続と言ってもいいような状況でした。そしてその不思議な現象を、当時の一流の科学者達が調査実験に乗り出しました。ほとんどの科学者は初めは心霊現象に懐疑的でしたが、研究を進める中で生々しい現象を突きつけられ、例外なく霊の存在を認めるようになっていきました。

実はこうした心霊現象は、すべて霊界側が計画的に演出したものだったのです。地上人に、死後の世界があること、人間は死後も霊として生き続けること、霊と地上人は霊媒を介してコミュニケーションを取ることができるという事実を知らせようとしたのです。物質主義に支配されつつあった当時の人々に「霊魂観」を受け入れさせることが、その目的でした。

そうした物理的心霊現象は、現在の先進国では、ほとんど不要なものになっています。「現代人の心霊を啓発する」という目的には、驚異的な物理現象はすでにそぐわないものになっているため、霊界側で控えるようにしているのです。

物理的心霊現象といった見た目に派手な現象は、霊の存在を証明すること以外に、もう一つの目的を持っています。それは「霊界からもたらされる教訓を、地上人が受け入れやすいように準備をする」ということです。言い換えれば“物理的心霊現象”は、霊界通信という霊界からのメッセージ・霊的教訓を受け入れるための前座にすぎないということです。目覚ましい奇跡的な心霊現象は、どこまでも「霊的教訓」をもたらすために、霊界側から意図的に仕組まれた計画の一部だったのです。

現在でも世界各地で物理的心霊現象が発生していますが、そうした現象は、今のスピリチュアリズムの流れの中では中心的な位置にはありません。いまだに霊的真理や教訓を受け入れられない人々に対して準備をするためのものでしかありません。霊媒現象を含めすべての心霊現象は、スピリチュアリズムの脇役、あるいはスピリチュアリズムの底辺部の展開のための手段なのです。日本においては、派手な物理的心霊現象は、もはや不必要になっています。霊界通信を通じて送られてくる「霊的真理」を、人々が直接受け入れることができる段階に至っているからです。

現在の中心的な心霊現象は「スピリチュアル・ヒーリング」

スピリチュアリズムの初期の段階で頻発した物理的心霊現象は、すでに過去のものとなりつつあります。それはスピリチュアリズムの地上展開の初歩的プロセスにすぎませんでした。地球上の科学の発展に対応して、またスピリチュアリズム自体の霊的レベルの高まりにともない、霊界から演出される心霊現象も変化していきます。より内面的な現象へ、より精神的・霊的要素の多い現象へと変化していきます。それが「スピリチュアル・ヒーリング(心霊治療)」だったのです。1930年頃より、スピリチュアリズムの中からスピリチュアル・ヒーリングが起こされるようになりました。そしてその後、スピリチュアル・ヒーリングはスピリチュアリズムの中心的な心霊現象に発展して現在に至っています。

スピリチュアル・ヒーリング(心霊治療)の目的は、いまだに霊の存在を知らない人々にそれを教え、人間は死後も“霊”として生き続けることを示すことです。霊が霊界から地上人に働きかけることができる事実を伝え、地球人類の「霊的覚醒」を促すことにあります。これがスピリチュアル・ヒーリングの目的です。スピリチュアル・ヒーリングは“病気治療”という医学的手段を用いて「霊的覚醒と霊的救い」をもたらそうとするものであり、病気を治すことが本来の目的ではありません。これが一般の治療(ヒーリング)と心霊治療(スピリチュアル・ヒーリング)の根本的な違いです。

スピリチュアリズムの初期には、物理的心霊現象という華々しい現象が演出されましたが、スピリチュアル・ヒーリングの世界でも、霊性が未熟な地域では派手な心霊治療が演出されます。それがフィリピンやブラジルなどで見られる“心霊手術”です。こうした人目を惹くようなスピリチュアル・ヒーリングは、いつまでも存在する必要はありません。やがて手当てや軽い接触といった一般的なヒーリング形式に変化していくようになります。

交霊会における死者との交わりの意味――いつまでも死者との交わりを求めるのは間違い

スピリチュアリズムは、交霊会とともに発展してきました。「交霊会」とは、霊界の霊との交わりを目的とする、霊媒を中心とした少人数のグループ(サークル)のことです。こうした交霊会では、霊界のスピリット(霊)が主役となってさまざまな心霊現象を演出したり、あの世からのメッセージや教訓が伝えられます。

人類は大昔より、シャーマン(霊媒)を通じて死者との交わりをしてきました。そうした霊媒現象をレベルアップして、意図的に霊界からの教訓・知識を入手しようとしたのがスピリチュアリズムでした。スピリチュアリズムの交霊会は、ただ単に死者との交わりを目的としたものではありません。その目的は、何よりも高度なメッセージ・教訓・霊的知識の獲得に置かれています。死者との交わりを通して地上人の死別の悲しみを慰めることは、スピリチュアリズムの交霊会の本来の目的ではないのです。

スピリチュアリズムは、交霊会を通して愛する人との死別の悲しみを癒すことを拒否するわけではありませんが、そこにとどまり続けるべきではないとします。いつまでも交霊会によって死者との会話を楽しみ、慰めを求めていてはならないと考えるのです。愛する人が死後も霊界で生き続けていること、そしてそこは地上世界よりも素晴らしい所であることが分かったならば、次は地上人自身が、霊界を視野に入れた正しい生き方をするように心がけるべきなのです。すなわち死者との交わりへの関心から、正しい生き方に意識の中心を移さなければならないということです。死者との交流だけにこだわり続けることは、霊的成長とは無関係なエゴ・低俗な自己満足に他なりません。

スピリチュアリズムは、愛する人との死別の悲しみが「交霊会」によって慰められることの意義を、積極的ではありませんが認めています。しかしその交霊会は、どこまでも本物の霊からの通信であることを前提としています。

ところが現実には、ニセ霊能者という大きな問題があります。ニセ霊能者が、自分の想像や思い込み、あるいは作り話を、死者からのメッセージと称して伝えるのです。最近では、他界者からのメッセージを伝えるというテレビの心霊番組に人気が集まっていますが、そこで放映される霊媒現象のほとんどがこうした“ニセモノ”です。本当に愛する人からの通信ならば問題はありませんが、現実には本物のあの世からのメッセージは少なく、大部分がニセモノなのです。そしてテレビを見ている大半の人々は、それをニセモノと見抜けずに騙されています。

霊的現象から霊的教訓へ、好奇心から純粋な信仰へ

世間には、心霊現象に異常な関心を寄せる人が多くいます。そのような人々は、知識の収集だけに走っている人間と同様、単なる好奇心のレベルにとどまっています。スピリチュアリズムでは、そうした好奇心のレベルを一刻も早く卒業すべきであるとします。つまり霊的現象や知識の収集だけに、いつまでも関心を持ち続けていてはならないということです。

スピリチュアリズムが重要視するのは、心霊現象ではなく「霊的真理」であり、その実践です。先に述べたように心霊現象は、霊的真理のために演出される前座にすぎません。霊的真理は実践を前提として霊界から与えられるものであり、地上人は真理の実践を通じて霊的成長を達成することができるのです。これこそがまさにスピリチュアリズムが目指しているものなのです。そうした肝心な目的(霊的成長)に意識が向いていかないのは、ひとえにその人間の霊的未熟性に他なりません。

スピリチュアリズムは、霊的現象よりも霊的知識を重視します。そして霊的知識よりも霊的実践をさらに重視します。スピリチュアリズムは、心霊現象を起こしたり、その現象をいじくり回して実験研究することではありません。スピリチュアリズムの目的は、どこまでも実践を通じて地上人の心(魂)を高め、霊的成長をもたらすこと以外にはないのです。

21世紀、現在のスピリチュアリズムは、これまでの心霊現象から「霊的教訓」へ、好奇心から「純粋な信仰実践」へという新たな時代に入ろうとしています。

(2)スピリチュアリズムの抱える諸問題

伝統宗教や唯物主義者による迫害・妨害

1848年、スピリチュアリズムが地上世界に展開を始めた当初より、スピリチュアリズムはキリスト教という伝統宗教や唯物主義者から多くの迫害・妨害を受けてきました。これらの反対勢力は、スピリチュアリズムの普及を阻止するために、ありとあらゆる陰湿な手段を講じてきたのです。

しかし霊界の大軍団を背景にしたスピリチュアリズムは、そうした反対者の迫害・妨害の中で着々と勢力を拡大してきました。現在ではスピリチュアリズムは、もはや後退することのない確固たる霊的態勢を確立するに至っています。そして今後のスピリチュアリズム展開の勝利は、揺らぐことのない確実なものとなっています。

もっとも今しばらくは、反対勢力による妨害は続きますが、それも時間とともに消滅していきます。常に霊界から地上に向けて強力な働きかけが休むことなく続けられているため、反対勢力によって今後のスピリチュアリズムが決定的に困った事態に至るようなことはありません。霊界からの働きかけを阻止することのできる勢力は、もはや地球上には存在しません。

スピリチュアリズム内部の敵

今後、スピリチュアリズムが展開していくうえで問題となるのは、伝統宗教や唯物主義者というよりは、むしろスピリチュアリズム内部の敵と言えるでしょう。スピリチュアリズムは、人類史上最高の理想と真理をもたらしました。しかしスピリチュアリズムを受け入れたといっても、一人一人の霊性は異なります。また真理の理解のレベル、取り組む姿勢、真剣さ・純粋さも、それぞれ違っています。さらには肉体を持っているがゆえに、煩悩(利己性)が地上人の心を絶えず低い方向へ引きずり下ろそうとします。

その結果、スピリチュアリズム内部にさまざまな問題が発生するようになります。霊的真理を十分に理解しないところで、真理を人間レベルに下げようとする動きが生まれたり、自分勝手なスピリチュアリズム観をつくり上げてそれを広めようとする人間が現れたりします。またスピリチュアリズムの歴史的な使命とその重要性を自覚しないまま、スピリチュアリズムを単なる思想の一つといった程度の位置づけで良しとしようとする人間も現れます。さらには霊的真理を、私利私欲のために利用しようとする人間も現れます。

そうした人間が、スピリチュアリズムの権威を失わせ、スピリチュアリズム発展の足を引っ張るようになります。このような“内部の敵”と言うべき存在は、スピリチュアリズムが地上に展開して以来、常に付きまとってきました。それが良識ある人々にスピリチュアリズムを誤解させ、失望を与えることになってきました。

ニセ霊能者の問題

スピリチュアリズム内部の敵の中で、最も悪質なものがニセ霊能者です。スピリチュアリズムは、霊界と地上世界を媒介する霊能者・霊媒者がいて成立します。スピリチュアリズムにとって、霊能者は不可欠な存在なのです。しかしその重要な立場にある霊能者が、たびたびスピリチュアリズムに大きなマイナスを及ぼしてきました。本来ならば霊界の意向に最も忠実であるべき霊能者が、その立場を忘れ、身勝手なことをして問題を引き起こしてきたのです。残念なことに高い精神性を備え使命感に徹した霊能者は稀な存在であり、ニセ霊能者が圧倒的多数を占めてきました。

霊能者が霊的に堕落して使いものにならなくなってしまう最大の原因は、霊能者自身の煩悩と霊性の低さにあります。そしてその煩悩を引き出すことになっているのが、地上世界の世俗的な人々なのです。世の多くの人々は、前世や守護霊の身元などを知りたがります。また霊からの特別なメッセージや将来の運命を聞きたがります。

こうした関心の底辺には、今の自分にはない可能性を信じたいという心理や見栄があります。その虚栄心を満たす答えを、特別な能力を持った霊能者に言ってもらおうとするのです。霊能者を通して、自分がもっと立派な人間であることや、これから素晴らしい人生が開かれることを確認しようとするのです。

ニセ霊能者は、そうした低俗な人々の関心に合わせて適当な答えを与えることによって、この世の富と名声がいとも簡単に手に入るようになることを知っています。デタラメなことを言っても、人々はそれをありがたく受け入れ、多くのお金と名声をもたらしてくれます。大部分の霊能者は、物欲や名声欲の誘惑にとても弱く、きわめて世俗的です。簡単に低級霊に魂を売り渡し堕落していきます。特にマスメディアによって世間の人々の話題に上るようになった霊能者の中には、そうした人間がいます。大半の霊能者が霊界の道具としての道を外れ、“低級霊の操り人形”と化しているのです。

このようなニセ霊能者は、スピリチュアリズムにとってマイナスにしかなりません。スピリチュアリズムを私利私欲のために利用することは、霊界の人々の誠意と犠牲を踏みにじる最悪の行為であり、スピリチュアリズムの権威そのものを失墜させることになります。

最近では、スピリチュアリズムの「霊的真理」が普及するようになり、それにともなってニセ霊能者も、その手口を巧妙化させるようになっています。ニセ霊能者は、霊的真理を自分の正当化やPRに利用しようとします。真理を隠れ蓑にして、自らの不正を隠そうとします。占いや前世の身元や守護霊の指摘など、低俗な関心に合わせて語られるいい加減なメッセージは、本物のスピリチュアリズムとは全く相容れません。それはスピリチュアリズムの崇高な目的に反します。テレビではいとも簡単に、前世を指摘したり、守護霊を透視したり、あの世からのメッセージを伝えるといったことが行われていますが、実際にはそんなことはあり得るはずがないのです。

ペテン師とも言うべきニセ霊能者の言動が、人々に本物のスピリチュアリズムを歪めて伝えることになります。ニセモノが、さもスピリチュアリズムの一部であるかのような錯覚を与えることになります。こうなるとニセ霊能者の“霊的な罪”は、きわめて大きいのです。スピリチュアリズムが普及するにともない、ニセ霊能者はますます巧妙な手口で多くの人々を騙すことになります。

(3)スピリチュアリズムの今後の展開

さまざまな分野に向けての霊界からの働きかけ

スピリチュアリズムの地上世界への働きかけは「霊的真理の普及」を一番の目的としていますが、霊的真理が受容されるための霊的環境づくり・地ならしのための働きかけも同時に進められています。霊界からは、地球上のありとあらゆる分野に向けて導きがなされ、地上人が霊的真理を受け入れるための下準備が着々と進められています。宗教界は言うまでもなく、政治・経済・科学・教育などの分野に向けても、霊界からの働きかけがなされています。また先進国だけでなくすべての国々に対して、その国家の霊的進化に見合った最大限の影響力が行使されているのです。

そうした霊界からの働きかけは、時には人々が全く気がつかない中で行われたり、インスピレーションによって直接地上人の心にメッセージを届けるという形で進められていきます。こうして大半の地上人が“スピリチュアリズム”という名前を知らないところで、霊界からの影響力がじわじわと広がっていくことになります。

霊界からの働きかけは、不平等な身分制度の改革、貧富の較差の是正、人種差別や男女差別の撤廃といった方面にも向けられ、社会改革運動を展開させることになります。20世紀後半から沸き起こった霊的世界に対する関心の盛り上がりも、霊界からの働きかけの一環として引き起こされました。アメリカのニューエイジ運動、日本の精神世界や霊的世界を求める動きも、すべて霊界からの導きによって起こされたものです。

このように一見スピリチュアリズムとは関係がないように思われるところにおいても、スピリチュアリズムは着々と広がっているのです。

スピリチュアリズムの霊的レベルアップ

今、地球上は霊界を挙げてのスピリチュアリズム運動によって、根本的な変化を遂げようとしています。時間の経過とともに「霊的真理」は世界中に普及し、スピリチュアリズムはさらに大きな影響力を持つようになっていきます。またスピリチュアリズムの進展にともない、スピリチュアリズムが抱えているさまざまな問題は、自動的に解決されていくようになります。したがって現在のスピリチュアリズム内部の問題も、それほど心配する必要はありません。

今後、地球上では「霊的真理」を正しく理解し、それを実践する本物のスピリチュアリストが確実に増えていきます。そしてスピリチュアリズムの上限ラインが、さらに引き上げられていきます。それにともない高級霊が願ってきた“本物のスピリチュアリズム”が、この地球上に定着していくようになります。これからの時代には、初めから高い霊性を備えた人間が次々と誕生し、スピリチュアリズムによる地球の霊的浄化に大きな先導役を果たすことになります。

スピリチュアリスト人口の拡大が、すべてを決定

スピリチュアリズムの今後の展開は、地上世界にありがちな激しい論争や議論を通じて相手をねじ伏せるという形でなされていくのではありません。スピリチュアリズムの発展は、霊界の援助を引き出すことのできる本物のスピリチュアリストが増えることによって進められていきます。“本物のスピリチュアリスト”の数こそが、今後のスピリチュアリズムのすべてを決定するということです。

本物のスピリチュアリストが増えることによって、霊界からのさらなる応援を引き出し、地球人類は進歩していくことになります。霊界の力を背景にしたスピリチュアリストの献身的な奉仕活動を通じて、地球の霊的浄化は進んでいきます。何百年か先の遠い将来には、地球人類の過半数がスピリチュアリストとなる時代がやってきます。その時には“スピリチュアリズム”は、地球上で最も大きな影響力を持つことになるのです。

地球上の常識となっていくスピリチュアリズム

将来は、本物のスピリチュアリストの増加とともに、地球全体・地球人類全体の霊性レベルがアップしていくことになります。それにともない霊的真理が、地球人類の共通の考え方になっていきます。高次のスピリチュアリズムが地上世界の中心の座を占め、スピリチュアリズム的思考が人々の常識となっていきます。

当然、これまで地球人類を支配してきた物質中心主義やエゴイズムは、姿を消すことになります。また人々を霊的牢獄の中に閉じ込めてきた地上の大半の宗教も姿を消すことになります。スピリチュアリズムの普及は、地球上の宗教と宗教組織を、自動的に消滅させることになるのです。

何百年か後には、スピリチュアリズムによる「霊的真理」は地球人類の常識となり、「霊的真理の実践」が当たり前の生き方となります。そうなったときスピリチュアリズム運動を通じて働きかけてきた高級霊達の「地球人類救済」という目的が達成されることになります。地球人類がお互いを霊的同胞として愛し合い、神を中心とする霊的家族として助け合う世界が実現することになるのです。