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(4)再生の目的

いったい何のために再生というようなことが行われるのでしょうか。なぜ人間は、再生しなければならないのでしょうか。いったん霊界に入ったならば、そこで霊的成長の道を歩めばよいと思われます。しかし人間の霊的成長にとって再生は不可欠なプロセスなのです。再生をしなければ、霊的成長の道を歩むことができないのです。

ここではスピリチュアリズムが明らかにした再生の目的について見ていきます。結論を言いますと、再生には2つの目的があります。

1)再生の目的〈1〉――類魂の一員として共同進化・共同進歩に貢献

類魂のメンバーとして、共同進化・共同進歩

人間は死後、霊的自覚の芽生えとともに少しずつ霊的段階を上昇していきます。やがてあるレベルにまで至ると、自分が所属すべき霊的家族についての直感が湧き上がってくるようになります。するとそれと同時に、自動的に魂のふるさとである霊的家族の中に入ることになります。そしてそこで類魂の一部分を形成するようになります。類魂を形成する仲間は全員、自分と同じ霊性レベルの持ち主です。類魂に入った後は、類魂の仲間と共に「共同進化・共同進歩」の道を歩むようになります。

類魂を代表して、全体進化のための地上体験を求める

類魂全体が向上するということは、それを構成する各霊たちも共に成長するということです。実は「再生」の重大な目的はここにあります。類魂を代表して一人の霊が地上に再生し、地上での新たな体験を通じて霊的に成長します。そして死後、その体験と成長した霊性を携えて再び類魂の中に戻っていきます。すると再生したメンバーの霊性と体験を共有することによって、類魂全体が新たに進歩することになります。類魂を代表する一人の者が地上での生活を通して霊性を高めるならば、それはそのまま類魂全体に波及し、類魂の向上が促されることになるのです。

このように類魂のメンバー(一人の霊)の地上への再生によって、結果的に本人の成長と同時に、仲間である類魂全体の進歩がもたらされるようになります。これが再生の1つ目の目的です。

2)再生の目的〈2〉――自己のカルマの清算

個人のカルマが類魂全体の足かせとなる

類魂を形成するメンバーの中には、地上時代に神の摂理に反した行為をした者がいます。するとその悪行は、「悪因縁(悪いカルマ)」として霊界にまでもたらされることになります。そのカルマは魂の中に内在し、当人がさらなる霊的成長をする時期を迎えると、意識の上に表面化するようになります。霊的進化とは言い換えれば、より霊的純度の高い世界に上昇することに他なりませんが、そうした時期が近づくと、自分の内に隠れていた不純な要素(マイナスのカルマ)が浮き上がってくるようになるのです。

同時に自分に内在しているカルマが、進化の足かせとなっていることをはっきりと自覚できるようになります。霊界では誰もが、自分がかつて地上で犯した罪が霊的成長の阻害要因となっていることに気がつくようになります。このとき重要なことは、一人の人間が地上時代につくってしまったカルマが、全員が一体関係にある類魂にとっても、足をひっぱる「重し」のようになるということなのです。一人の構成員のカルマが、類魂全体の進歩にマイナスの影響を及ぼすのです。個人の悪因縁が、本人ばかりでなく類魂全体の成長の足止めをすることになるのです。

すると類魂の指導霊から、地上に再生してそのカルマを清算すれば、さらに霊的成長の道を歩み出せるようになることが告げられます。

前世の悪いカルマを償うための再生人生

一人の霊が前世でつくったカルマは、自分自身が償わなければなりません。他のメンバーに、代わって償ってもらうということはできません。それが「カルマの法則」であり「自己責任の法則」であるからです。そこでカルマをつくった本人自らが、地上に赴く道(再生)を選択することになります。もう一度、地上に誕生し、そこで苦しみの体験を経ることにより、前世でつくったカルマを償って帳消しにするための人生を求めるようになります。「再生」には、こうした個人のカルマを償い、類魂全体にとっての足かせをなくすという目的があります。これが再生の2つ目の目的です。

マイヤースの「類魂説」ならびに「再生説」は、スピリチュアリズム思想史上画期的なものですが、シルバーバーチと比較すると、その内容の未熟性は明らかです。個人が地上でつくったカルマは、どこまでも本人自身が償わなければなりません。類魂の他のメンバーに代わってもらうことはできないのです。これが神の造られた「因果の法則(カルマの法則)」です。

この点でマイヤースの再生説には、霊的事実から離れた内容が見られます。類魂全体の成長のためにメンバーの一人が類魂を代表して再生人生を歩むようになるという指摘は正しいのですが、個人がつくったカルマはどこまでも本人自身が再生して償う必要があります。この点で、マイヤースの説は正確性を欠いています。類魂全体の霊的成長と、個人がつくったカルマの清算は別のものなのです。類魂全体の霊的成長は、類魂の中の一人が代表して進めることができますが、個人が犯した罪を償うのは、その本人自身でなければならないのです。一人の人間が再生して自分のカルマを償って帳消しにすれば、それが結果的に類魂全体の霊性のレベルアップにつながりますが、類魂全体の霊的成長とカルマの償いは本来、別々のことなのです。

実際の再生では、カルマを持った霊が地上での苦しみを通して前世の罪を償うと同時に、地上人生によって得られた霊的糧を携えて類魂全体の向上に寄与することになります。言い換えれば再生の2つの目的を同時に果たすケースが多いということです。また地上時代にあまりにも多くのカルマをつくってしまったような人間の場合は、類魂に入ることなく、半ば強制的に幽界から再生させられることになります。この場合すべてのプロセスが、霊的成長に関する「神の摂理」に基づいて自動的に行われます。

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