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(6)民族・国家のカルマと、再生人生の関係

民族のカルマ・国家のカルマ

神の摂理は、個人ばかりでなく人間の集合体である民族や国家に対しても働きます。民族も国家も、カルマの法則の支配を逃れることはできません。ある民族や国家がエゴ的な理由から他国を侵略して人々を苦しめるとするなら、その罪はその民族全体に、国家全体に「カルマ」として引き継がれることになります。当然その国民であれば、国家のカルマ清算のための苦しみを受け持たなければならなくなります。

地球上の人間は現在に至るまで、「物質主義」と「利己主義」に翻弄されてきました。そして民族間の抗争や、国家と国家の戦争というエゴとエゴのぶつかり合いを引き起こしてきました。そうした民族単位の罪・国家単位の罪に対して、「神の摂理」は一切の狂いもなく正確に働くようになります。カルマの法則によって、それに見合った苦しみの結果をもたらすようになります。

個人のカルマ清算のために、再生人生ではふさわしい親を選ぶ

さて、これまで述べてきたように個人の霊的成長は、「カルマの法則」と「償いの法則」のうえで進んでいきます。もし前世で大きな罪を犯した場合には、物質世界での苦しみの体験を通して前世のカルマを償うようになります。前世でつくった罪の償いは、再生人生での苦しみと試練を克服することによってなされるようになります。

再生人生を決定する際に考慮される地上の条件が、性別であり、民族・国家であり、家庭(親)です。「誰を親として生まれるのか?」ということは、カルマ清算のためにとても重要な条件となります。

ある親の子供になることで“遺伝病”を発病し、苦しむようになることもあります。再生者はそうした状況を知ったうえで、自らその親を選ぶことになります。人間の誕生を物質的な視点からのみ判断しようとすると、親の罪が子供に遺伝したように映ります。親の罪のために、子供が不幸な運命を背負ってしまったように思われます。しかし実際はそうではありません。世の中には、親の罪が罰として子供の難病を引き起こしたかのように考える人がいますが、それは間違っています。霊的に見れば、病気の可能性を承知のうえで、敢えて子供の方が自らの運命を選んだということなのです。どこまでもその親の子供となることで、前世のカルマ清算を果たそうとしているのです。もちろん親は、病気の子供を持つことで苦しみを味わい、それによって自分自身のカルマを切るようになっています。しかし、親の罪が罰として子供の病気を引き起こすというようなことは決してありません。“自分の罪は自分自身で償う”ということが、神の定めた「償いの法則」であり「カルマの法則」なのです。

このことは先祖の罪と子孫の運命についても言えます。先祖がもし神の摂理に反してカルマをつくった場合、先祖自身が苦しみの体験を通して償うしかありません。子孫が先祖の罪を代わって償ってあげることはできません。また先祖の罪が子孫に祟って、不幸がもたらされるというようなこともありません。こうした問題については5章(地獄とは)「先祖供養」の箇所で取り上げていますので参考にしてください。

個人のカルマ清算のために、再生人生ではふさわしい民族と国家を選ぶ

再生に際して親を選ぶのと同じような理由で、再生には生まれる民族や国家についても考慮されます。ある国の国民となることで「国家のカルマ」による苦しみが自分に降りかかってくることになります。その国に生まれることで嫌な思いをしなければならなくなったり、時には戦争に巻き込まれて死に直面するような苦しみを体験しなければならなくなります。あるいは独裁国家に生まれて、自由を奪われ辛く窮屈な生活を強いられるようになるかもしれません。しかしその苦しみが、実は自分自身の前世でつくったカルマを償う道ともなっているのです。

このように国家全体のカルマ清算の苦しみと、個人の前世のカルマ清算の苦しみが重層するようになります。「国家のカルマの償い」と「個人のカルマの償い」が、同時進行するようになっています。個人の立場に立ってみれば、どこまでも自分が前世でつくった罪の償いのために再生人生を送るのですが、それにふさわしい償いの道を国家のカルマが提供することになるのです。それについて別の言い方をするなら―― 「個人のカルマの償いのために、国家のカルマが利用されるようになる」ということです。こうして国家ばかりでなく、カルマ清算にふさわしい民族も選ぶことになります。

ある民族・国家に属するのは、必然の結果

再生には、地上人の知性ではとうてい理解できない複雑な霊的条件と内容が絡み合っています。その一方で再生は、厳格な神の摂理によって営まれていきます。すなわち民族であれ国家であれ、カルマ清算の道に一切の不合理性や不正確さは存在しないということです。ある国家に再生したということは、そこに必然性があったからなのです。そしてその国こそが、本人の霊性レベルに合った霊的成長を促すことになる最もふさわしい環境であるということを意味しています。ある民族や国家に再生するのは、偶然ではなく必然の結果なのです。

地上への再生については、ありとあらゆる霊的条件と地上的条件が考慮されます。ただ単に個人の好みや感情・利益の点から、再生する民族や国家、親が決められるわけではありません。

地上の敵対者同士が、霊的には強い結びつきを持っていることもある

前世で敵国を一方的に非難してきた人間が、再生時には立場が逆転し、かつての敵国の国民として生まれることがあります。非難され攻撃される側に立つことによって、自分が前世で犯した罪(エゴ的な攻撃)を償う道を歩むようになるのです。地上では敵対する国民同士であっても、霊的に見れば、そこにはカルマに支配された人間関係があるだけなのです。

今、地球上では民族間、あるいは国家間での殺し合いが絶えることなく続いています。血で血を洗う残酷な殺戮行為が行われています。敵対する民族や国民が憎み合い、相手を地上から抹殺しようとしています。地上におけるこうした殺人行為は、地球上の最大の醜さです。しかし霊界に入ると、そうした憎しみの感情は一切存在しなくなります。そして再生時には、カルマを清算するために、かつての敵対民族や敵国の一員として誕生することになるのです。

このように地上の敵対者も霊的に見ると、強い霊的絆で結ばれていることがあるのです。ユダヤ人とアラブ人という敵対民族の間にも、こうした霊的な関係が存在します。日本人と中国人、日本人と韓国人の間にも同様のことが言えます。

国家と民族の、霊的成長度

国家を1つの単位として見るならば、敵国から一方的に攻撃され苦しむことは、国家がそれ以前に犯したカルマを償い清算する道となっています。それによって過去のカルマが償われ、新たな霊的成長の道を歩み出すことができるようになります。攻撃される側に立つ国家や民族は、攻撃する側の国家や民族よりも霊的に一歩進化していることが多いのです。さらに国民全体の性格(国民性)を比較したとき、攻撃性が少なくて協調性が高く、民族意識が薄い国家は、そうでない国家よりもしばしば霊的に一歩進んでいるのです。

こうした観点から見ると、日本は現在の地球上で、霊的に最先端を歩んでいることが分かります。一方それとは反対に、常に相手国を非難し攻撃する国家は、霊的に見て低いレベルにあることが分かります。「攻撃性・利己性・非協調性」が人間の霊的成長レベルの未熟さを示しているように、国家や民族にも同じような霊的基準が適用されます。

現在の地球上では、日本の戦国時代400年以上前)と同じレベルにある国家・民族がひしめき合い、エゴ的な殺し合いと物をめぐっての奪い合いをしています。

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