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(9)再生が必要なのはいつまでか?

一人の人間は、何回くらい地上に再生するようになるのでしょうか。明確な答えは示されていませんが、高級霊の霊界通信を総合して判断すると、数回から多くても10回前後ということになるようです。

では、いずれ再生をしなくても済むような時が誰にでもやってくるようになるのでしょうか。再生はいったい、いつまで続くことになるのでしょうか。ここでは、そうした問題について見ていきます。

類魂の仲間との共同成長・同時進化

再生は、霊の成長・進化を目的として起こされますが、この際に重要なことは、霊的成長は個人一人だけによってなされるものではなく、「類魂」という仲間の共通意識が一緒になり、類魂全体として同時成長する中で達成されるということです。

ある人間が地上人生を送り、死後、霊界に入ります。そして自分と等しい霊的レベルの「類魂」の中に入り、時がきて類魂の一員として再生することになります。そして、その地上体験を類魂に持ち帰ることによって類魂全体が成長します。こうしたことを繰り返して、類魂全体が徐々に進化していくようになります。時には進化の途中で、他の類魂に入っていく霊もいます。そこでもまた同じような「類魂」としての成長の営みがなされることになります。

他の宗教でも、再生が霊的成長のために行われることを説いているところがありますが、再生が類魂との関わりの中で進んでいくという事実を明らかにしたのは、スピリチュアリズムが初めてです。再生は、類魂の存在を前提としないところで論じることはできません。

再生が不必要となる霊的レベル――物質圏を卒業した宇宙圏霊界

地上への再生を繰り返す中で、もはや再生を必要としない霊的レベルにまで至るようになります。その後は、地球という物質世界との関わりを経ずに霊的成長の道を歩むことができるようになります。すなわち、それまでとは全く異なる成長プロセスの段階(超物質の宇宙圏霊界)に入ることになるのです。

考えようによっては「類魂」も「再生」も、地上圏霊界(物質圏霊界)を通過するために必要な霊的成長のシステムと言えます。宇宙圏霊界の段階に至ると、もはや類魂としての共同進歩の必要性はなくなります。地球という物質圏を卒業した霊は、天使と同様に、地上体験を経ることなく霊的成長の道をたどるようになります。天使と等しい高級霊界の一員となる資格を持つことになるのです。

再生が不必要となる霊的レベル

古代インド思想の「解脱」とは?

古代インドのウパニシャッドが説く「輪廻思想(機械的輪廻説)」は、事実から懸け離れたフィクションとしか言いようのないものです。しかしその中で唯一評価できるのが、成長の暁には輪廻のサイクルを抜け出す時期がくる、すなわち再生不要の時が訪れるようになると説いている点です。古代インド思想では、もはや地上に生まれ変わる必要がなくなることを「解脱」と言っています。

解脱とは、スピリチュアリズムの再生観からすれば、「霊的成長を達成して地上圏霊界を卒業する」ということを意味します。地上への再生を経て霊的進化をなすレベルを越えて宇宙圏霊界に入ることを指しています。

再生不要の進化レベルに至ったシルバーバーチ霊

シルバーバーチは、すでにそうした再生を必要としないレベルに至った高級霊です。またモーゼスの霊訓の通信霊であるインぺレーター霊も、「私はこの度の仕事が終わったら、二度と地上に再生することのない境涯に至ります」と言っています。この言葉から彼(インペレーター)は、今まさに地上圏霊界を卒業する段階、すなわち再生のサイクルを不要とする段階に至った高級霊であることが分かります。

では、そうした地球という物質世界との関わりが不要となった超高級霊界において、霊たちはどのような状態で存在しているのでしょうか。

言葉の表現能力を超えた素晴らしい世界

地上への再生が必要のない高次の霊的世界は、これまで述べてきた霊界とは比較にならないほど素晴らしく、美しい世界であることが想像できます。しかし、そうした世界の実際の様子を、地上に伝えてきた霊界通信はありません。

シルバーバーチはその世界に住む超高級霊ですが、自分のいる高級霊界の様子を述べたことはありません。それは地上の言語を用いて説明することは、とうてい不可能だからです。いまだ地上と関わりのある霊界の様子ならば、ある程度まで霊界通信を通じて伝えることはできますが、超高級霊界については限界を超えているのです。

霊的身体の消滅と光源化

霊界では霊的身体は、進化とともに精妙になっていくということを述べました。霊は、地上との関わりのある霊界(地上圏霊界)においては、「霊的身体(霊体)」という形態を持つことになります。その霊的身体は、霊にとっては単なる表現器官にすぎず、メインはどこまでも霊本体・霊そのものです。霊界では「霊」こそが本質であって、そこに「霊的意識(霊の心)」が一体となって存在しています。霊的身体は、霊と霊的意識の表現器官として、従属的な価値が与えられているにすぎません。

一般に私たち地上人は、目に見える物質的な外形(身体)をその人間自身と思いがちですが、霊界では身体(霊体)はほとんど重要視されません。霊界では「霊と霊的意識こそがその人」という認識の仕方が徹底しています。この点で地上人とは大きな違いがあります。

驚くべきことですが、地上圏霊界を卒業してさらに進化すると、霊的身体は不必要なものとなって消滅してしまいます。地上圏霊界では、霊は表現体としての「霊的身体」を備えており、それは霊的成長にともない精妙化していきます。そしてさらに進化すると、霊的身体という形態も徐々に消滅していくようになるのです。

したがって地上圏霊界を卒業した超高級霊においては、霊的身体による自己表現はなくなり、「光り輝く霊」「光源体」として存在するようになります。「霊」は霊体という外形によって区別されるのではなく、意識のともなった個別的光源として区別されるようになるのです。霊体はなくても、その「光」によって「個別性」は保たれます。光源化した「霊」の知性・霊性は、霊体を持っていたときよりもさらに高いものとなり、その後いっそうの進化の道をたどっていくようになります。

天使は、もともと地上圏(物質圏)とは無関係な霊的存在であるため、人間的形態を持っているわけではありません。初めから「光源体」として存在しています。これまでたびたび天使が人間の姿をとって登場したのは、人々にその存在を知らせるために、わざわざ地上人の身体を思念でつくり、それをまとって現れたからなのです。