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(4)神の摂理(法則)による人間の創造と支配

――神の摂理によって創造された人間と人間界

神は自ら造った摂理(法則)を通して、被造世界を創造し、維持・支配しています。(3)では、物質界と生命界の違い、物質体と生命体の違いを明らかにしてきました。神は「生命体・生命界の創造計画」の最終段階で、人間を誕生させました。人間は地球の生命界の中で、最も高次元の生物として最後に創造されたのです。生命界全体が神の摂理によって支配されているように、人間もあらゆる面で摂理の支配を受けています。ここでは神が造った摂理(法則)によって、人間がどのように創造され支配されているのかを見ていきます。

さて、人間と動物との間には、さまざまな点で違いがあります。その中で最大の違いは“心・精神”の有無です。無数の動物種の中で、人間だけが心・高度な精神を持っています。この点で人間は他の動物とは全く異なっています。人間の特有性は、人間に対する神の特別な配慮に由来しますが、ここではそうした人間の一番の本質についても見ていくことにします。

1)人間と動物との根本的な違いとは

無生命・植物・動物・人間

物質界と生命界との間には、厳格な一線が引かれています。46億年前に誕生したとされる地球は、純粋に物質だけが存在する無生命の世界でした。そして約38億年前に、生命体が誕生しました。地球上で発生した最大の事件は、物質世界の中に生命体が誕生したということです。

その生命体は、低次元のものから徐々に高次元のものへと創造されていきました。約10億年前に、生命界の主流であった植物種の中から動物種が誕生するようになりました。現在に至るまで、数千万種〜1億種もの生命体が神によって創造されてきました。その多くが途中で消滅し、現在約200万種の生命体が地球上に生息しています。生命種の中には細菌や植物種・動物種があります。人間は動物種の最高次元の存在として、最後に創造されたのです。

動物と人間の共通性と相違性

動物は、植物とは大きく違った特色を持っています。動物は植物や菌類とは異なり、自律的に移動できる能力を持ち、これによってエネルギーを確保し生存することができるということです。この点で動物は、同じ生命体であっても、植物とは全く異なる存在と言えます。

では、動物と人間ではどのような違いがあるのでしょうか。生物学的に見ると、人類(人間)も動物種の一種であり、ヒト科ヒト(ホモ・サピエンス)という学名がついています。スピリチュアリズムが明らかにしたような人間と動物の根本的な違いが分からないところでは、人類(人間)と動物の構造上の区別は明瞭ではありません。サルと人間では外観も似ていて、それほど大きな違いはありません。人間は“毛を失ったサル”と言ってもよいほどです。また人間と哺乳類では、生理機能もほとんど変わりません。内臓の配置も大して違いません。このように見ると動物と人間との間には、肉体的に多くの共通性があることが分かります。ところがそれらを能力という観点から見ると、両者は全く違っているのです。

一般的に動物と人間との違いは、その“知性”にあるとされます。人間は知性に恵まれているために、地球上に誕生したのが最も遅かったにもかかわらず、地球上の生物の支配者的立場に立つようになりました。人間はここ1万年にも満たない短期間にさまざまな知識と技術を獲得し、その蓄積によって物質文明を発達させてきました。特に最近200年間の物質文明の発達には目覚しいものがあります。知性以外のもので、人間の特色としてしばしば指摘されるのが“言語”です。言語は人間だけが有する能力であり、優れた知性と密接な関係があります最近ではサルがわずかですが人間の言葉を理解したり、イルカがお互いに生物的信号を発してコミュニケーションをとることが知られるようになりました。しかし動物のそうした能力と人間の言語能力には、あまりにも大きな開きがあります)。また人間は知性を用いて道具をつくり、火を使用してきました。こうした点から見たとき、確かに動物と人間との間には大きな違いがあることが分かります。

動物と人間の本質的な違い――「霊的要素」の有無

では、そうした人間特有の知性や言語はどうして発生するようになったのでしょうか。なぜ人間だけが、優れた知性や言語能力を持つようになっているのでしょうか。唯物論的進化論者は、それは進化の過程で人間の脳が発達したためである、と主張します。しかし、その見解は間違いです。結論を言えば、動物と人間の根本的な違いは、人間だけが有する「霊的要素(霊・霊の心・霊的身体)」にあります。人間だけが「霊の心」から発する「霊的意識」を持っています。人間に特有とされる高度な知性・精神は、実はこの「霊の心(霊的意識)」に由来しているのです。

進化論者や唯物論者は、脳の発達が人間の知性を決定づけることになったと主張します。この主張は、“脳が意識・精神を生み出す”という認識に基づいています。現在の地球上の科学では、こうした“脳が精神を発生させる”といった見解が主流となっていますが、それは霊的事実に照らしてみると間違っています。高度な意識・知性・思考は、すべて「霊の心(霊的意識)」から生じているものだからです。“脳”は、それを受信する物質的な道具にすぎません。

これまで繰り返し述べてきましたが、人間も他の動物も、すべて神の計画・神の意図によって造られました。人間の創造が、動物の創造プロセスの最終段階になされたということは、神がそのように計画したからなのです。神が計画したために、人間は他の動物とは異なる存在として誕生することになりました。神が人間を生命界創造の最後に誕生させ、最も高次の動物としたのには、それなりの理由があります。その理由とは――人間だけを「永遠の個別的存在」にしようとされたということです。そのために霊的要素を有する「霊的存在」として人間を造られたのです。そしてそれに付随して、人間特有の高度な知性や言語能力が発生するようになったのです。

霊的要素を有する人間特有の高度な知性や言語能力の発生

動物にも次元の低い知性が見られますが、それは肉体本能から発するものです。

2)神による人間創造のプロセス

ここでは神による人間創造のプロセスから、人間の特殊性・独自性を再確認していきます。

生命界創造の最終段階に人間を創造

神は人間を、生命界(動物界)創造の最終段階において生み出しました。38億年前に始まった神の生命界創造計画は、低次元の生命体から徐々に高次元の生命体へと段階を踏んで進められました。そのプロセスを全体的に見ると、低次元から高次元へとレベルアップしているため、「進化論」という間違った仮説が唱えられることになったのです。神は人間を創造するに際し、その肉体をそれ以前のプロセスの中で最も次元の高いサルの肉体に似せて創造し、そこに「霊的要素」を付与しました。

人間は、神の生命体創造計画の最終段階において創造されましたが、そうした人間の誕生をいつとするのかは、人間をどのように定義するかで違ってきます。200万年前とする仮説がある一方で、10万年前、あるいは数万年前であると言う研究者もいます。スピリチュアリズムでも、明確な答えは示されていません。いずれにしても人類が地球上に誕生するようになったのは、生命体創造の歴史から見ると、今からほんの少し前のことなのです。

神による人間創造のプロセス――重層的創造のプロセス

では神は、人間をどのような計画に基づいて創造されたのでしょうか。人間は他の動物とは違った動物として造られましたが、その創造の経過をもう少し詳しく見ることにします。

人間が神の創造計画の最終段階において誕生するようになったという事実には、神の意図がストレートに反映されています。その「神の意図」とは、それまでの生命体創造のプロセスで達成された内容を人間の中にすべて盛り込む、ということです。生命体の身体は元素という物質的素材から成り立っています。そこに神によって「生命素」が付与されて生命体となるのです。その生命体は大きく植物と動物に分けられます。生命体の創造では先に植物が造られ、その後に動物が造られました。動物の最も高次元の存在(種)がサルです。肉体的に見たとき、サルの肉体は最も次元が高いものと言えます。このサルの肉体をモデルにして、そこに「霊的要素」を付与して人間ができ上がりました。

以上の内容を図示すると次のようになります。

神による人間創造のプロセス

すべての矢印は、神の摂理による働きかけを表しています。

この人間創造のプロセスの図で最も重要なのが、神が人間に「霊的要素」を付与するところです。人間の霊の源、すなわち霊の素材界を“霊の大海”と言います。神の働きかけによって、この霊の大海から一滴の雫(しずく)が取り出されます。これが「分霊化」と呼ばれる神の創造における一番の真髄です。こうして取り出された一滴の分霊(霊)が、人間の「永遠の本体(本我)」となるのです。一滴の分霊は“ミニチュアの神”と呼ばれることもあります。したがって人間の本体(霊)は、このミニチュアの神であり、人間はその最深部に神の分霊を内在させている、ということになります。

人間は神の分霊を本体とすることによって、永遠の霊的存在となります。人間の本体(霊)には、その表現器官として「霊の心」が付与され、その霊の心から霊的意識が発生するようになります。さらに「霊」と「霊の心」の道具として「霊的身体(霊体)」が付与されることになります。こうして人間は、霊的次元において「霊・霊の心・霊体」という霊的要素を持つことになるのです。肉体に生命素が付与されて生命体となるように、霊体も霊的生命素が与えられることによって霊界での生きた道具となるのです。

さて、神の生命界創造のプロセスが低次元のものから高次元のものへと段階を踏んでいるため、最終的な創造物である人間には、それ以前の生命体の要素が多重構造として内蔵されています。すなわち人間の肉体は物質元素を素材としており、それに生命体としての植物的・動物的な内容が積み上げられるといった形になっています。そしてその上に人間だけが有する「霊的要素」が積み上げられているのです。人間の構成は――「物質・植物との共通部分・動物との共通部分・人間独自の部分」からなり、それらが多層構造・多重構造を形成しているのです。

それを図示すると次のようになります。

人間の構成要素

3)人間の重層構造の各部分を支配するさまざまな摂理(法則)――物質界次元の法則・生命界次元の法則・霊的次元の法則

人間の重層構造と法則

人間は、神による地球上の創造プロセスの頂点に置かれています。人間の肉体は、地上の生命体の進化の最上部に位置しています。それは人間の肉体が、地球上のすべての存在物の要素を重層的に内蔵している事実によって明らかにされます。人間の肉体には、物質的・植物的・動物的なすべての要素が含まれています。そしてその肉体に、さらに「霊・霊の心(霊的意識)・霊的身体」といった「霊的要素」が加わっているのです。

こうした人間を構成するそれぞれの要素が、「神の摂理(法則)」によって支配されています。人間は、無数に及ぶ次元の異なる摂理の支配のもとで存在しているのです。

「法則にも、次元の違いによっていろいろあります。物質次元のもの、精神次元のもの、霊的次元のもの、さらにはそれらが入り組んで作用する場合もあります。」

『シルバーバーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.51

「一口に法則といっても、肉体を支配する法則もあれば、精神を支配する法則もあり、霊的な法則もあり、それらが絡み合った法則もあります。」

『古代霊は語る』(潮文社)  p.61

物理法則と生命法則

人間の肉体を構成する素材は、さまざまな鉱物元素です。この物質の素材界は、「物質法則・物理法則」によって支配されています。また人間の肉体は、単なる物質を寄せ集めただけの存在ではなく、生命が付与されています。したがって肉体は生命体として他の生命体同様に、神の定めたさまざまな「生命法則」の支配を受け、誕生・成長・老化・死という一連のプロセスを踏むようになっています。人間の肉体は生命法則の支配を受けているために、いつか必ず死を迎えなければなりません。

また人間の肉体は、動物の肉体と同様に運動機能を持ち、活動性が与えられています。そして「本能」という低次元の意識を持ち、これが神の法則の支配を受けて、肉体の生存・維持・繁殖がはかられるようになっています。

霊的法則・霊肉に関する法則

こうした肉体的要素に「霊・霊の心(霊的意識)・霊体)」が付け加わって人間ができ上がっていますが、そうした霊的構成要素についてもさまざまな「霊的法則」が働いています。さらには、霊的領域と肉的領域の2つの異次元領域にわたる法則も存在します。これが「霊肉に関する法則」です。

このように人間を構成するあらゆる要素に対して、次元の異なるさまざまな摂理が支配しています。複数の「摂理(法則)」が人間の各部分を支配すると同時に、全体として完全な秩序と調和が保たれるようになっているのです。

以上のように、人間の重層構造と、それぞれの構成部分を支配する摂理について見てきました。それを図示すると次のようになります。

人間の重層構造と、それぞれの構成部分を支配する摂理

4)自由意志と、霊的成長に関する摂理(法則)

永遠の霊的成長が人間の究極の目的

他の動物とは異なり、人間だけが「永遠の個別性」を維持する存在として創造されました。それゆえ人間は、肉体が消滅した後も存在することができるようになっています。神が人間だけに与えた永遠に存在するシステム――それが「霊・霊の心・霊体」という霊的要素です。神がそうした霊的要素を人間に付与したのは、ただ単に人間を永遠に存在させるためだけではありません。そこには「永遠に霊的成長の道を歩み続けさせる」という、さらなる目的があったのです。

神が人間に永遠の個別性を与えたのは、人間に内在する神の分霊である「霊」を永遠に進化させていくためだったのです。神が人間を地上世界に誕生させた目的は、一人一人の人間に「霊的成長」を促すためだったのです。霊的存在として創造された人間にとって、霊的成長こそがすべてであると言っても過言ではありません。霊的成長は、地上人生においても、霊界での永遠の生活においても“究極の目的”となっているのです。

霊的成長に関する法則

私たち人間は、物質次元の法則・生命次元の法則・霊的次元の法則という複数次元にわたる法則によって支配されています。そうした法則の中で、霊的存在として創造された人間にとってきわめて重要なものが「霊的摂理(法則)」です。大半の人間は、人間の力には頼ることのできないギリギリの絶望状況に追い込まれるまで、霊的次元の摂理の存在には気がつきません。

その霊的摂理(法則)の中で、特に重要なものが「霊的成長に関する摂理」です。人間の肉体の成長が神の摂理に従ってなされるように、「霊的成長」も複数の神の摂理の支配のもとで進められていきます。

自由意志のもとでの霊的成長

神は、私たち人間をロボットとして造ったのではありません。人間に一定の自由選択・自己判断の権利を与え、自律的に霊的成長という大目的を達成するように計画されました。そのために“自由意志”を与え、そのもとで霊的成長を達成するように意図されたのです。自由意志は、自己判断によって自律的に方向性を選択するという能力です。神は、人間にとって最も価値ある「霊的成長」という霊的宝を、自由意志のもとで人間自身に獲得させようとしたのです。

神のロボットではない人間は、自由意志を用いて自ら判断し、霊的成長を実現していくことになります。それが神の計画だったのです。自由意志は、人間だけに与えられた特権であり、他の動物にはありません。「自由意志に基づく霊的成長」こそが、霊的存在としての人間が、他の動物と根本的に異なる点なのです。人間には霊的要素と自由意志という独自性が与えられ、自律的な霊的成長の可能性があります。これが人間と動物の決定的な違いなのです。

以下では、摂理と人間の関わり方、ならびに摂理と自由意志の問題について見ていきます。「霊的成長に関する摂理」については次の3章で詳しく取り上げることにします。