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(4)スピリチュアリストにとっての最大の敵とは

――内面の不安・恐れ

1)スピリチュアリストにとっての“最大の敵”

外敵からの攻撃は、むしろ“ありがたいもの”

霊的人生を歩むについては、さまざまな敵対者との戦いは避けられません。それはうっとうしくてウンザリすることですが、霊的に見ると、とてもありがたい体験と言えます。なぜなら外敵との戦いを通して、私たちの魂と信仰(信念)が鍛えられることになるからです。同時に「敵をも赦し、愛する」という利他愛の実践力が高められ、霊界の高級霊との霊的絆が強化されることになるからです。さらには外敵の攻撃にさらされることによって、スピリチュアリズム内部(同志たち)の結束が固められることになります。

このように考えると外敵の存在は、私たちの魂の肥やしとなり、「霊的成長」を促してくれるありがたいものなのです。したがって外敵は、私たちスピリチュアリストにとっての決定的な敵とは言えません。

“最大の敵”は心の中にある

シルバーバーチは、私たちスピリチュアリストが忘れてはならない深い内容に言及しています。それは「スピリチュアリストにとっての“最大の敵”は外敵ではなく、一人一人の心の内に潜む取り越し苦労・不安・恐怖心である」というものです。不安や恐れは地上人の誰もが持っていますが、シルバーバーチはそれが人間にとっての一番の敵、心の中の敵こそが“最大の敵”であると言うのです。

大半の人々は、老後や未来に対して不安を持っています。これから先、地球上や日本国内、あるいは家庭で、どんな事件や災害や不幸が発生するのだろうかと心配しています。また、いつ病気になるかもしれないといった悩みや不安を抱えている人もいれば、死に怯えている人もいます。死後の世界の存在は信じているものの、死んだら自分はどこへ行くようになるのか、どんな境遇に置かれるようになるのかと心配している人もいます。神や仏から見捨てられはしないか、これまで犯してきた罪によって裁きを受け、苦しむようなことになりはしないかと心配している人もいます。このように人々は、数えあげたらきりがないほど多くの悩みや不安や恐れを抱えています。ほとんどのスピリチュアリストも大なり小なり悩みや不安を持ち、真理を知っていても、時には絶望状態に陥るようなこともあります。

しかし霊界人から見れば、そうした地上人が持つ悩みや不安や恐れの大半は実体のないものであり、単なる取り越し苦労にすぎません。シルバーバーチは――「取り越し苦労から生じる不安や恐れの念は、スピリチュアリストにとっての“最大の敵”である」と言っています。こうした自らの心の内に潜む敵は、いかなる外敵よりも、たちが悪いのです。スピリチュアリストが歩む霊的人生において、不安や恐れとの闘いはきわめて重要な意味を持っています。真理を知ったスピリチュアリストは、何としてもこの“内なる敵”との闘いに勝利しなければなりません。

不安や恐れが引き起こす“霊的弊害”

地上の人間が不安や恐れを抱くことが、なぜそれほどまでに大きな問題なのでしょうか。それは不安や恐れの念が、霊界の守護霊や背後霊から送られてくる“霊的エネルギー”の通路を遮断してしまうからです。常に全力で地上人を導き、守護しようとしている霊界の人々の働きかけが無に帰してしまうからです。霊的エネルギーを受けられなくなること、善霊の影響力を受けられなくなることは、地上人にとって最大の霊的損失です。

霊的エネルギーが枯渇した地上人は、肉体と物質の壁の中に閉じ込められ、「肉主霊従」の状態に陥るようになります。すると、すべてがマイナスの連鎖反応の中に入ってしまいます。そしてその霊的アンバランス状態が、さらに不安や恐怖心を増幅させることになるのです。“低級霊”に対するバリアは完全に破壊され、悪意を持った霊たちに、いいように翻弄されることになってしまいます。

「霊的なものにとって“恐れる”ということがなによりも強烈な腐蝕作用を及ぼします。恐怖心と心配の念は、私たちが特に不断の警戒を要する敵です。なんとなれば、それが霊力が作用する通路を塞いでしまうからです。」

『シルバーバーチの霊訓(1)』(潮文社)  p.44

「恐怖心こそ人類最大の敵です。恐怖心は人の心を蝕みます。恐怖心は理性を挫き、枯渇させ、マヒさせます。あらゆる苦難を克服させるはずの力を打ちひしぎ、寄せつけません。心を乱し、調和を破壊し、動揺と疑念を呼び起こします。」

『シルバーバーチの霊訓(1)』(潮文社)  p.61

2)不安・恐れの克服

不安や恐れは、霊性の未熟さから

シルバーバーチは――「不安や恐怖の念は、その人間の霊性の未熟さから生じるものであり、恐れを持つこと自体が未熟さの証明である」と言っています。肉体を持たない霊界の人々は、私たち地上人が当たり前に抱いている不安や恐れといったマイナスの感情から、完全に解放されています。地上人も霊的進化によって一定の霊性レベルに至ると、肉体を持ちながらも、いっさいの不安や恐れから解放されるようになります。

スピリチュアリストが不安や恐れを抱く最大の理由は、「神の摂理」と「霊界の導き」を実感的に認識できないからです。知識としては理解しているものの、魂の奥底からの納得・実感が得られないために、どうしても「肉体本能」に引きずられてしまうのです。霊性があまりにも未熟な人間は、「霊的真理」自体を受け入れることができません。唯物論者がその例ですが、たとえ真理を受け入れた人間であっても、一定の霊性レベルに達していないかぎり、実感を持って真理を理解することはできないのです。“知”では分かっていても、“情”では納得できないという状態に陥ってしまいます。

霊性のレベルによって「魂の窓」の開放状態が決まります。霊性のレベルが高くて「魂の窓」が大きく開いている人は、多くの霊的エネルギーを取り入れることができ、感情の部分にまでコントロールが及ぶようになります。反対に霊性が未熟で「魂の窓」があまり開いていない人の場合には、霊的エネルギーを少ししか取り入れることができないために肉体的感情に支配されるようになり、霊的世界に対する実感を持てなくなるのです。

不安や恐れは、霊性のバロメーター

不安や恐れは、心の不調和状態から生じるものです。すなわち「心全体が神の摂理に一致していない状態にある」ということです。神の摂理からずれている分が“苦しみ”として表現されているのです。

不安や恐れというマイナスの感情は、その人間の「霊性レベル」と「日々の心の状態」を示す指針(バロメーター)と言えます。どのような悩みや不安を抱えているかによって、本人の霊性レベルが知られるようになっています。悩みや不安の念は、その人の価値観や考え方を端的に示しています。

(質問)――あからさまに言えば、取り越し苦労性の人は霊的に未熟ということでしょうか。

「その通りです。真理を悟った人は決して取り越し苦労はしません。なぜなら、人生には大霊の計画が行きわたっていることを知っているからです。(中略)“無用の心配をする”というそのことが、霊的成長の欠如の指標であると言えます。たとえわずかでも心配の念を抱くということは、まだ魂が本当の確信を持つに至っていないことを意味するからです。確信があれば心配の念は出てこないでしょう。」

『シルバーバーチの霊訓 霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会)  p.215

不安や恐れを一掃するための闘いとは

シルバーバーチは――「完き信念は恐れを払います。知識は恐れを駆逐します。恐れは無知から生まれるものだからです。進化せる魂は、いついかなる時も恐れることを知りません」『霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会)  p.68)と説いています。完全な信念と霊的知識の活用が、恐れを追放すると教えています。では、どうしたらシルバーバーチが言うように完全な信念を持ち、霊的知識を十分に活用することができるのでしょうか。ここで、非常に難しい問題に直面することになります。

不安や恐怖心を根絶するには、“霊的エネルギー”の取り入れが問題となります。霊的エネルギーを多く取り入れることができれば、「霊的真理の内容(神の摂理・霊界の導き・霊優位の生き方)」を実感と確信を持って理解することが可能となるため、不安や恐れは一掃されるようになります。

とは言っても“霊的エネルギー”の取り入れ口である「魂の窓」は、一足飛びに開かれるものではありません。「霊的成長」にともなって、徐々に開かれるようになるものです。また、一定の霊的成長レベルに達している人間であっても、肉体を持っている以上、常に高い霊的状態を保つことは困難なのです。

結局、不安や恐れを取り除いて霊的エネルギーを取り入れるためには、日々の努力が重要となります。日常生活において繰り返し「霊的真理」を読み、真理によって心の持ち方を正し、霊的意識を高める努力を継続していくしかありません。これが「霊的真理にしがみつく」ということです。また、霊的エネルギーをより多く取り入れるために、ひんぱんに「祈り」をすることも大切です。

こうした努力を続けていく中で徐々に「魂の窓」が開かれ、「霊的視野」が実感的なものとなり、「霊優位の状態」を常に維持することができるようになります。霊的エネルギーに満たされ、利他愛と奉仕の思いで心が占められるようになれば、すべての不安と恐れは消え去ります。

日々の理想的心境

シルバーバーチは、スピリチュアリストとしての“理想的心境”について述べています。それは、いっさいの不安と恐れを克服した心の状態です。シルバーバーチは――「私は自信を持って皆さんに申し上げますが、この世の中には心配することなど何ひとつありません」『シルバーバーチの霊訓(2)』(潮文社)  p.42)と言っています。この言葉は、不安や恐れを完全に克服した人間の理想的な心の状態を示しています。

さらに次のようにも言っています。「偉大なる魂は、泰然自若の態度で人生に臨みます。確信があるからです。その確信は何ものによっても動揺させられることはありません」『霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会)  p.216)「真理を知った者は常に冷静に、晴れやかに、平静に、自信に溢れ、決して取り乱すことがあってはなりません」『シルバーバーチの霊訓(1)』(潮文社)  p.61)。

肉体を持ち、物質世界に生きる地上人にとって、この教えはあまりにも高遠な理想、実現不可能な目標のように思われるかもしれません。しかし、地上人生の絶対の指針である「霊的真理」を手にした私たちスピリチュアリストには、恐れや不安から解放された高い心境を持つための絶え間ない努力が求められているのです。