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1)スピリチュアリズムの使命――地上人類に霊的視野をもたらすこと

地上人に「霊的視野」を持たせることが、スピリチュアリズムの一つの目的

霊的視野とは、「霊的真理」に立った見方・考え方・判断のことです。霊的視野を持つことによって、物質世界を物質的視点から眺める意識レベルを抜け出せるようになります。霊界から見ると大半の地上人が、正しい視野で地上人生をとらえてはいません。現在の地球上では、大多数の人々が物質的視野からすべてを眺め、物質を中心とした意識の中で毎日を過ごしています。

シルバーバーチは――「地上人に霊的視野をもたらすことがスピリチュアリズムの目的の一つである」と言っています。

「物質の中に閉じ込められている皆さんにとって霊的実在を原理とした物の考え方をするのが難しいものであることは、私もよく知っております。しかし、そういう考え方をお教えするのが、私たちがこうして地上へ戻ってきたそもそもの目的なのです。皆さんが人生を正しい視野、正しい焦点でとらえてくださるように導くことです。」

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.99

霊的視野を持つ霊界人と、霊的視野を持たない地上人

肉体を持った地上人の意識は、まさに物質の牢獄の中に閉じ込められたような状態に置かれています。しかし当の地上人は、その異常さに全く気づいていません。

「あなたは物事をガラスごしに薄ぼんやりと見つめておられます。真剣ではいらっしゃるかも知れませんが、きわめて小さなレンズで覗いて全体を判断しようとなさっています。あなたにはまだ永遠の尺度で物事を考え判断することがおできになりません。」

『シルバーバーチの霊訓(7)』(潮文社)  p.98

霊界人と私たち地上人は、モノの見方・考え方が根本から違っています。地上人はどこまでいっても物質的・地上的な観点からのみ考え、判断しています。「霊的視野」を持つ霊界人とそれを持たない地上人では、思考のスケールといい、洞察の深さといい、大人と幼児ほどの違いがあるのです。

「あなたと私とは同じ人生を二つの異なった角度から眺めていることを忘れてはなりません。」

『シルバーバーチの霊訓(7)』(潮文社)  p.90

「うわべだけで物事の価値判断をしてはなりません。私たちと皆さんとの根本的な違いは、皆さんが外面から判断なさるのに対して、私たちは霊の目でもって動機と目的を見抜いてしまう点です。」

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.98

「こんなことを申し上げるのは、他の多くの人たちと同様に、あなた方もまだまだ、本来の正しい視野をお持ちでないからです。ご自身のことを、一時的に地上的生命をたずさえた霊的存在であるとは得心しておられません。」

『シルバーバーチの霊訓 霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会)  p.194〜195

「物的身体に宿っている皆さんは今生きている地上生活のことだけを考えます。それに引きかえ地上を去った私たちは、地上生活を無限に続く生活の中のわずかな一時期として捉えます。皆さんがとかく物を見るその焦点を間違えるのは、そのためです。」

『シルバーバーチは語る』(スピリチュアリズム普及会)  p.105

霊的視野とは、「霊的真理」に見方・考え方をそわせること

霊的視野とは――「霊界の人々と同じような霊的視点・永遠的視点から地上世界や地上人を見る」ということです。肉体を持ちながらも、霊界の人々と同様の考え方・判断をすることです。したがって霊的視野を持つための努力とは――「霊界人に倣って、通常の自分の見方・考え方を切り替え霊的なものにしていく、永遠的なものにしていく」ということです。

しかし肉体を持ち、霊的感覚が失われてしまった地上人にとって、果たしてそれは可能なことなのでしょうか。霊性が鈍くなってしまった人間には、とてもできそうにありません。ところが、「霊的真理」がそれを可能にしてくれるのです。霊的真理とは、純粋な霊的視点から見た真実に他なりません。霊界にいる高級霊の視点は、常に霊的真理と一致しています。つまり「霊的真理」に自分の見方・考え方をそわせる努力を通して、高級霊と同じ「霊的視野」を持つことができるようになるのです。

霊的視野を持つことは、最高の悟りを得ること

永い人類の歴史の中では、霊格の優れた一部の人間によって“霊的悟り”が説かれ、新しい宗教や思想が起こされてきました。聖人・賢人の悟りによって開示された霊的知識は、地上人に霊的視野をもたらしました。しかしそうした悟りは、スピリチュアリズムによって明らかにされた霊的真理と比べると、ほんのわずかな知識、真理のごく一部分にすぎません。

地上人類は“スピリチュアリズム”の到来によって、これまでとは全く次元を異にする「霊的真理」を手にすることになりました。当然、その真理は新たな霊的視野を人類にもたらすことになりました。スピリチュアリズムの霊的真理に基づく「霊的視野」は、人類史上、類を見ない高次元の悟りと言えます。スピリチュアリズムによって地球上のすべての人間が、きわめて次元の高い悟りを獲得することができる時代を迎えることになったのです。歴史上のいかなる聖人も手にすることのなかった“最高の悟り”を、地球人類全員が共有することが可能となったのです。

もちろん「霊的視野」という一番の霊的宝を自分のものにするためには、たいへんな努力が要求されます。絶えず「霊的真理」を思い出し、それに内面を一致させるための意識的な努力が必要とされます。そうした努力をしないなら、いつまでたっても霊的視野を身につけることはできません。真理を知らないこの世の人々と何も変わらない、物質的な意識レベルにとどまることになってしまいます。

2)霊的人生に不可欠な霊的視野

霊的視野は、最高次元の「霊主肉従」

霊的成長のための実践の第一歩は、物質・肉体に翻弄されないようにするということです。霊的成長の道は、「霊主肉従」という自己コントロールの努力から始まります。スピリチュアリズムの実践は、「霊的自己コントロールの闘い」から出発するのです。この闘いに勝利し、自分自身が物質に翻弄されない存在となったとき、初めて霊的成長が可能となります。そのためスピリチュアリズムでは、霊的自己コントロールという“心の修養”を何よりも優先します。

霊的成長のための重要な実践である「霊的自己コントロール」、すなわち「霊主肉従のための内面的闘い」には、さまざまなレベルがあることを知っておく必要があります。低い次元の霊主肉従から、高い次元の霊主肉従があるということです。初歩的な霊主肉従は、物質欲・肉体本能の放縦に歯止めをかけることです。具体的には、質素な生活・節度ある生活を心がけるということです。

そして最も高次元の霊主肉従とは、物事の見方・考え方・判断を、すべて霊的観点からすることです。「純粋な霊的思考ができるようになる」ということです。そしてそれこそが「霊的視野」に他なりません。

霊的視野は、「利他愛の実践」と「苦しみへの正しい対処」の強力な武器

霊的視野から人を見ることによって、自己の好き嫌いの感情に左右されることがなくなり、「真の利他愛の実践」が可能になります。感情に流され、好きな人間だけを愛するというのが多くの地上人のあり方ですが、利他愛を実践するためには、そうした利己的な感情を克服することが必要です。そして霊的視野は、それを可能にするのです。

霊的視野から見れば、どのような人間も同じ「神の子供」であり、「霊的兄弟姉妹」です。誰もが守護霊によって導かれ、苦しみながら永遠の霊的進化の道を歩んでいるのです。このように考えると、地球上のすべての人間に対して「霊的成長をして幸福になってほしい」との思いが湧いてくるようになります。そして利己的な感情で人に接してはならないことを実感し、自分の心を戒めることができるようになります。相手の霊的成長を願い、可能なかぎり自分の持っているものを与えようとする利他的な思いが心を占めるようになります。

一方、霊的視野は、地上人が遭遇する“苦しみの意義”を確認させてくれます。霊的視野は地上の苦しみを小さなものに位置づけし、苦しみをありがたいものとして甘受する広い心を養ってくれます。「霊的視野」こそが、苦しみに正しく対処するための最強の霊的武器となるのです。

霊的視野によって心が広くなり、不動心と霊的楽天性が身につく

霊的視野は、霊界人と同じような物質世界を高みから眺め下ろすことができる広い心をもたらしてくれます。霊的視野を持つことによって私たちは、地上世界の出来事を一段高いところから眺め、より広範で高次元の観点から判断することが可能となります。それは「物質世界に居ながらにして物質世界を超える」ということであり、従来の宗教で言われてきた“悟りを得る”のと同じことです。

スピリチュアリズムの「霊的真理」は、地上人類の一人一人に“最高の悟り”をもたらします。霊的真理に基づく「霊的視野」は、これまでの人類歴史には存在しなかった“画期的な悟り”をもたらします。もっとも高級霊から見れば、その程度の悟りは霊界での常識ということになりますが……

霊的視野という広い意識を持つことによって、地上世界の出来事に振り回されたり、翻弄されることがなくなります。日々の出来事に右往左往することなく、常にゆったりと落ち着いて臨むことができるようになります。霊的真理と霊界の導きに対する信頼から心に深い安らぎが与えられ、「霊的楽天性」を持つことができるようになります。霊的視野は私たちに、最高のポジティブ・シンキングをもたらしてくれるのです。

「いかなる問題においても、私たちは決して地上的観点から物ごとを見ないということ、地上的尺度で判断しないということ、人間的な憎しみや激情には絶対に巻き込まれないということ、往々にして人間の判断力を曇らせている近視眼的無分別に振り回されることはないということを忘れないでください。」

『シルバーバーチの霊訓(7)』(潮文社)  p.59

霊的視野によって得られる「真のスピリチュアル能力」

霊的視野は、地上人に「スピリチュアル能力」をもたらします。この世には目を見張るような「サイキック能力」を発揮する人間(霊能者)がいますが、私たちは霊的真理に基づく霊的視野を持つことにより、彼ら以上の霊的能力、すなわち「スピリチュアル能力」を身につけることができるようになります。

「スピリチュアル能力」とは、霊界にいる多くの霊たちの協力・応援を引き出すことができる能力のことです。霊的視野を持ち、地球人類に対する利他愛の実践を心がける人間には、何百、何千という霊たちがこぞって援助するようになります。このように「霊的視野」は、スピリチュアル能力を開花させ、自分一人では到底かなわない大きな奉仕を可能にするのです。

3)霊的視野の習慣化・定着化のための努力

すでに見てきたようにシルバーバーチは――「地上人に霊的視野をもたらすことが、自分たちの使命の一つである」と言っています。これは他の人々に先駆けて霊的真理を知ったスピリチュアリストにとって、「霊的視野」を身につけることは義務であるということを意味しています。霊的視野を持つことは、天から与えられた「霊的真理」という宝を活用し実践することなのです。霊的視野は霊的成長の一つの目安であり、それを日常生活でどれだけ維持できるかが、その人間の霊性の指標となります。

もちろん霊的真理を手にしたからといって、一足飛びに霊的視野が持てるようになるわけではありません。霊的視野は、語学や新しい技術を習得するのと同じように、内面を霊的真理にそわせようとする努力によって少しずつ身につけていくものです。霊的視野を自分のものにするためには、絶え間のない地道な意識的努力が欠かせません。そうした努力をしない限り、物質的な意識レベルから抜け出すことはできないのです。

霊的視野を身につけるためには、何度も何度も「霊的真理」を読み、霊的視点に立った毎日の反省を継続することが大切です。常に霊的真理を思い出し、心の持ち方を正していく作業を繰り返さなければなりません。絶えず真理に触れ、厳しく自己反省を重ね、勇気を持って心を切り替える努力を続けていかなければなりません。

頭では分かっていても心がしっくりしない、実感がともなわないといったことは、初期の段階においては普通です。霊的意識はなかなか広がりませんが、そんなときこそ率直に、「神に助力を求めること」が必要です。まさに“神に祈る好機”なのです。そうした祈りは、地上人の霊的成長を心から願っている守護霊にとっては、とても嬉しいことであり、必ず全力で手助けしてくれるはずです。守護霊の助けを得る中で、「霊的視野」が実感をともなったものになっていきます。

心の切り替えは、初めは非常に難しいことですが、努力を継続する中で徐々にできるようになります。やがて霊的視野が習慣化し、定着するようになります。霊的視野が身につくにともない、日常の出来事に心が乱されることがなくなり、常に安定した心境を保てるようになります。

すべての物事を「霊的視野」から眺められるようになったとき、「霊的真理」を真に体得したと言えます。霊的真理が血となり肉となり、実用的なものになったということです。そこに至ってようやく、自らの「霊的成長」を自覚することができるようになるのです。

4)霊的視野と祈りの実例

霊的視野を身につけるためには、常日頃の意識的な努力が必要となります。日常生活において遭遇する出来事や自分を取り巻く世界について、「意識を切り替えて眺める」という不断の努力が欠かせません。こうした地道な努力を継続する中で霊的視野が定着し、その人の人間性の一部になっていきます。そして何かトラブルがあっても、すぐに霊的意識を取り戻し、心を安定させることができるようになるのです。

霊的視野とは、“スピリチュアリスト”が持つべき日常意識に他なりません。それは神への語りかけである「祈り」と、表裏一体の関係にあります。すなわち「霊的視野に立った思いは、そのまま純粋な祈りの言葉になる」ということを意味します。

ここでは、日常生活における「霊的視野(霊的意識)」と「祈り」の実例を示します。ここで取り上げるものは、どこまでも霊的視野と祈りのいくつかの具体例にすぎませんが、それを霊的視野を身につけるための練習材料としてください。また、自分の心を整理するための道しるべとして、あるいは実際の祈りの言葉として活用してください。

心が下がってしまったときには、以下のような順序で「霊的視野」を取り戻す努力をし、「祈り」をしてみてください。そうすれば、いつの間にか自分の心に霊的エネルギーが充電され、霊的意識が高まっていることに気がつくことでしょう。

祈りにおける神への呼びかけは「神様」でも、シルバーバーチのように「大霊」でもかまいません。ここでは、心情的な交わりを重視して「天の親様」としています。

――今、皆さん方は、どのような場所にいるでしょうか。自宅でしょうか。職場でしょうか。あるいは雑踏や、通勤電車の中でしょうか。どのような場所であっても、その場から、神と霊界と地上世界(地球)全体に思いを馳せることにしましょう。

①神を、霊的視野から見る

〈霊的視野〉

地上世界と霊界のすべてが、神の霊に包まれている。神の霊の大海の中に、私も地球も霊界も浸っている。私は「神の分霊」であり、大霊である神から生まれた。したがって、神は私の「霊の親」であり、私は神の「霊的子供」である。

そして私は今、神から最高の愛で愛されている。神は「摂理(法則)」によって被造世界と人間を支配しているが、その摂理の背後には“神の慈悲”が存在している。神は私に、直接その姿を顕すことはないけれど、私は常に神によって愛されている。

〈祈り〉

天の親様、地上世界と霊界のすべてが、大霊であるあなたの霊に包まれています。あなたの霊の大海の中に、私も地球も霊界も浸っています。私はあなたの分霊であり、大霊であるあなたから生まれました。したがって、あなたは私の「霊の親」であり、私はあなたの「霊的子供」です。

そして私は今、あなたから最高の愛で愛されています。あなたは摂理によって被造世界と人間を支配していますが、その摂理の背後には、あなたの慈悲が存在しています。あなたは私に、直接その姿を顕すことはありませんが、私は常に、あなたによって愛されています。

親様、あなたの存在とあなたの愛と、摂理によるあなたの支配を信じます。私のすべてを、あなたとあなたが造られた摂理に委ねます。私はあなたによって生命を与えられ、霊的存在者として永遠の霊的成長の道を歩むことになりました。私は、遠い将来、宇宙が消滅するようなことになっても存在し、あなたと個人的な関係を持ち続けます。

私は、あなたによって宇宙よりも大きな愛で愛されています。あなたから愛されているという事実こそ、私にとって最高の喜びです。あなたの子供として存在し、親であるあなたの愛の中で生かされていることに心から感謝を捧げます。

②霊界と霊たちを、霊的視野から見る

〈霊的視野〉

今、私の目に映るのは物質世界だけであるが、その物質世界に重なるようにして無限の「霊界」が広がっている。私の前に、現実に霊界が展開している。いずれ私は、肉体の死とともに霊界に入り、そこで永遠の生活を送るようになる。

今、その霊界では、地球人類を悲劇から救うために“スピリチュアリズム”の大霊団が組織され、地上に向けて活発な働きかけがなされている。地球上の隅々にまで無数の高級霊が配置され、「地球人類救済計画」が着々と進められている。今この時も、世界各地で昼夜を問わず、「霊的真理普及」のための活動が展開している。私の周りにも、常に多くの霊たちがいて、スピリチュアリズムのために私を道具として用いてくれている。

一方、私のすぐ後ろには、一人の「守護霊」がいる。私は、地上に生まれてから今日まで、守護霊によって導かれてきた。守護霊は私の「霊的成長」を促すために常に心を砕き、援助をしてくれた。守護霊は私の“霊的教師”であり、“霊の兄弟”である。守護霊は、私のすべてを知っている。私の行動と心の内を、あますところなく知っている。守護霊の前に、隠し事は一切できない。

その守護霊によって私は、いかなる地上人の愛よりも深い利他愛で愛されてきた。そして守護霊はこれからもずっと、純粋な利他愛で私を愛し続けてくれる。私は、今後の人生をスピリチュアリズムのために捧げ、守護霊とともに全力を傾けて歩んでいく。

〈祈り〉

天の親様、今、私の目に映るのは物質世界だけですが、その物質世界に重なるようにして無限の「霊界」が広がっています。私の前に、現実に霊界が展開しています。いずれ私は、肉体の死とともに霊界に入り、そこで永遠の生活を送るようになります。

親様、今その霊界では、地球人類を悲劇から救うために“スピリチュアリズム”の大霊団が組織され、地球に向けて活発な働きかけがなされています。地球上の隅々にまで無数の高級霊が配置され、「地球人類救済計画」が着々と進められています。今この時も、世界各地で昼夜を問わず、「霊的真理普及」のための活動が展開しています。私の周りにも、常に多くの霊たちがいて、スピリチュアリズムのために私を道具として用いてくれています。

私のすぐ後ろには、一人の「守護霊」がいます。私は、地上に生まれてから今日まで、守護霊によって導かれてきました。守護霊は私の「霊的成長」を促すために常に心を砕き、援助をしてくれました。守護霊は私の“霊的教師”であり、“霊の兄弟”です。守護霊は、私のすべてを知っています。私の行動と心の内を、あますところなく知っています。守護霊の前に、隠し事は一切できません。

その守護霊によって私は、いかなる地上人の愛よりも深い利他愛で愛されてきました。そして守護霊はこれからもずっと、純粋な利他愛で私を愛し続けてくれます。私は、今後の人生をスピリチュアリズムのために捧げ、守護霊とともに全力を傾けて歩んでまいります。

親様、私の霊的感性が高まり、霊的視野が開かれ、霊界があることをいつも意識できるようにしてください。私を守り導いてくれている守護霊と多くの霊たちの存在を、常に実感できるようにしてください。私の思いや願いが永遠の霊界を前提としたものとなり、物欲・肉欲に決してとらわれることがないように強い心を与えてください。これまでずっと、地球人類のために献身的な歩みをしてくださった高級霊の方々、軍団の霊たちに心から感謝いたします。また、常に私を背後から導き、スピリチュアリズムのために働くことができる立場へと引き上げてくれた守護霊に感謝いたします。

親様、私は今、高級霊の方々が組織する霊界の軍団の一員として、自分の人生を捧げる決意をしています。どうか私を、スピリチュアリズム発展のために用いてください。良き霊界の道具となれるよう努めてまいりますので、「地球人類救済」のために、私のすべて・人生のすべてを可能なかぎり用いてください。

③地上世界(地球)を、霊的視野から見る

〈霊的視野〉

私が今住んでいる地球(物質世界)は、霊界での生活に備えて、神が造られた“訓練の場所”である。わずか100年にも満たない短い物質世界での生活の中で、私たち人間はさまざまな体験を積み、魂(精神)を鍛え、霊的成長をなすために地球に生まれてきた。私は今、霊的成長という地上人生の目的を果たすために、そして死後のさらなる奉仕とより良い生活のために歩んでいる。その物質世界での生活も、すでに半分以上の時が過ぎており、私は残された地上人生をいっそう充実させていかなければならない。

私が住んでいる地球は、多くの惑星の中で、霊的にきわめて低い場所である。「物質主義」と「利己主義」に支配され、神の愛も光も届かない暗黒の世界になっている。そのため多くの人間が、本来は必要のない塗炭の苦しみを味わっている。

霊的世界の素晴らしさと、霊的人生の可能性を知らない現代人は、これまでの地球上の物質文明の進歩を誇り、科学に大きな期待と希望を寄せている。しかし地球人類が至っている文明のレベルは、あまりにもお粗末な段階にすぎない。霊的なものが優位にならないかぎり、物質文明の発展には限界があり、それは人間に真の幸福をもたらすことはない。現在の地球上には、本当の霊的文明はほとんど見られない。

しかしその暗黒の地球にも、高級霊たちが進める救済活動によって“霊的光”が射し込み始め、徐々に地球上を覆うようになっている。スピリチュアリズムによってもたらされた「霊的真理」という霊的光が、地球人類の「霊的無知」と「物質至上主義・利己主義」を駆逐しようとしている。やがて地球上から悲劇は消滅することになる。

幸運なことに私は、暗黒の地球にあって真っ先にスピリチュアリズムと出会い、霊界から届けられた「霊的真理」を手にすることになった。この時代に地球に生まれ、霊的真理を知ることができたことは、地球人として最大の幸運である。私には、地球人として「最高に価値ある地上人生を歩むことができる」という恩恵が与えられている。

〈祈り〉

天の親様、私が今住んでいる地球(物質世界)は、霊界での生活に備えて、あなたが造られた“訓練の場所”です。わずか100年にも満たない短い物質生活の中で、私たち人間はさまざまな体験を積み、魂(精神)を鍛え、霊的成長をなすために地球に生まれてきました。私は今、霊的成長という地上人生の目的を果たすために、そして死後のさらなる奉仕とより良い生活のために歩んでいます。その物質世界での生活も、すでに半分以上の時が過ぎており、私は残された地上人生をいっそう充実させていかなければなりません。

親様、私が住んでいる地球は、多くの惑星の中で、霊的にきわめて低い場所です。「物質主義」と「利己主義」に支配され、あなたの愛も光も届かない暗黒の世界になっています。そのため多くの人間が、本来は必要のない塗炭の苦しみを味わっています。

霊的世界の素晴らしさと、霊的人生の可能性を知らない現代人は、これまでの地球上の物質文明の進歩を誇り、科学に大きな期待と希望を寄せています。しかし地球人類が至っている文明のレベルは、あまりにもお粗末な段階にすぎません。霊的なものが優位にならないかぎり、物質文明の発展には限界があり、それは人間に真の幸福をもたらすことはありません。現在の地球上には、本当の霊的文明はほとんど見られません。

しかしその暗黒の地球にも、高級霊たちが進める救済活動によって“霊的光”が射し込み始め、徐々に地球上を覆うようになっています。スピリチュアリズムによってもたらされた「霊的真理」という霊的光が、地球人類の「霊的無知」と「物質至上主義・利己主義」を駆逐しようとしています。やがて地球上から悲劇は消滅することになります。

親様、幸運なことに私は、暗黒の地球にあって真っ先にスピリチュアリズムと出会い、霊界から届けられた「霊的真理」を手にすることになりました。この時代に地球に生まれ、霊的真理を知ることができたことは、地球人として最大の幸運です。私には、地球人として最高に価値ある地上人生を歩むことができるという恩恵が与えられました。

親様、私に最高の地上人生を与えてくださって、ありがとうございます。私の一生を、スピリチュアリズム普及のため、地球人類の救いのために捧げます。

④地球上の悲劇を、霊的視野から見る

〈霊的視野〉

物質主義と利己主義が支配するこの地球上には、肉体を維持するための最低条件(食料・衣類・住居)さえも保証されない気の毒な人々が大勢いる。食べる物にも事欠く悲惨な状況の中で、霊的なことなど到底考えられない哀れな人々が世界中にあふれている。人間は皆、地上生活を通して「霊的成長」をなすために地球に生まれてきた。それが地球全体の未熟さ(エゴ)ゆえに犠牲となり、霊の道具である肉体すら維持することができない悲惨な状況に置かれている。

現在の地球上において、彼らは最も不幸な人間である。今後、何百年もの時をへて地球が霊的に進化した暁には、こうした哀れな人々は地球上に存在しなくなるはずである。しかし21世紀の現代では、悲惨な犠牲者が次々と生み出されている。地球人類の未熟さゆえに犠牲となった人間は、霊界において埋め合わせの道を歩むことになり、長い視点から見れば決して不公平な扱いを受けることはない。

地球上の悲劇はすべて、人類を支配している「霊的無知」と「物質主義・利己主義」から生じている。地球上の悲劇を追放して人類を救うために、霊界から「地球人類救済計画」が進められ、それによって地球上に徐々に霊的光が射し込むようになってきた。私は霊界からの導きの中で、いつの間にか「地球人類救済プロジェクト」に参加することになった。霊界の高級霊たちとともにスピリチュアリズムのために働くという、地球人として最高に価値ある人生を歩むことが許されている。

〈祈り〉

天の神様、物質主義と利己主義が支配するこの地球上には、肉体を維持するための最低条件(食料・衣類・住居)さえも保証されない気の毒な人々が大勢います。食べる物にも事欠く悲惨な状況の中で、霊的なことなど到底考えられない哀れな人々が世界中にあふれています。人間は皆、地上生活を通して「霊的成長」をなすために地球に生まれてきました。それが地球全体の未熟さ(エゴ)ゆえに犠牲となり、霊の道具である肉体すら維持することができない悲惨な状況に置かれています。

現在の地球上において、彼らは最も不幸な人間です。今後、何百年もの時をへて地球が霊的に進化した暁には、こうした哀れな人々は地球上に存在しなくなるはずです。しかし21世紀の現代では、悲惨な犠牲者が次々と生み出されています。地球人類全体の未熟さゆえに犠牲となった人間は、霊界において埋め合わせの道を歩むことになり、長い視点から見れば決して不公平な扱いを受けることはありません。

親様、地球上の悲劇はすべて、人類を支配している「霊的無知」と「物質主義・利己主義」から生じています。地球上の悲劇を追放して人類を救うために、霊界から「地球人類救済計画」が進められ、それによって地球上に徐々に霊的光が射し込むようになってきました。私は霊界からの導きの中で、いつの間にか「地球人類救済プロジェクト」に参加することになりました。霊界の高級霊たちとともにスピリチュアリズムのために働くという、地球人として最高に価値ある人生を歩むことが許されています。

親様、どうか最も恵まれない地上の同胞に、生命を維持するための最低限の食料とモノが与えられますように……。あまりにも悲惨な状況の中で死んでいく哀れな兄弟姉妹たちに、霊界での幸福と今後の霊的成長の道が約束されますように……。そして地球全体が進化して、一刻も早く、こうした哀れな人々を生み出すことのない惑星に至ることができますように導いてください。そのために、どうか私を霊界の道具として最大限に用いてください。

――自分を取り巻く神・霊界・地上世界を霊的視野から見てきました。ここで方向を転じて、自分自身と周りの人間を霊的視野から見ることにしましょう。

⑤自分自身を、霊的視野から見る

〈霊的視野〉

私は、魂を成長させるために地上に生まれてきた。肉体は、地上で魂を成長させるのに必要な道具にすぎない。私の肉体は死とともに朽ち果てて土に返るけれど、私の魂は死後も霊界で永遠に生き続ける。今は一時、物質世界ならではの体験を求めて地上で生活しているが、霊界こそが本来の世界である。肉体という不自由な道具をまとって生きる地上は、厳しい霊的修行の場である。しかしそうした地上生活の間、ずっと「守護霊」が付き添い、背後から守り導いてくれる。

私は「霊界の道具」となってスピリチュアリズムのために働くことを決意して、地上に生まれてきた。私の地上人生は「地球人類救済活動」に協力するためにある。一人でも多くの人がスピリチュアリズムと出会うことが、私の願いである。地球上に「霊的真理」が広まり、人類の常識となることが願いである。

私は、地上人生のすべてを“最高の人類愛”のために捧げたい。私は、自分の人生を物欲追求や肉体本能の満足のために費やしたくない。真理普及とは無関係なこの世のことに時間とエネルギーを奪われたくない。私は、残された自分の人生を神と霊界の人々に捧げ、「良き霊界の道具」として歩んでいきたい。

〈祈り〉

天の親様、私は魂を成長させるために、あなたによって地上に生み出されました。肉体は、地上で魂を成長させるのに必要な道具にすぎません。私の肉体は死とともに朽ち果てて土に返りますが、私の魂は死後も霊界で永遠に生き続けます。今は一時、物質世界ならではの体験を求めてこの地上で生活しているのであって、霊界こそが本来の世界です。肉体という不自由な道具をまとって生きる地上は、厳しい霊的修行の場です。しかしそうした地上生活の間、ずっと「守護霊」が付き添い、背後から守り導いてくれます。

親様、私は「霊界の道具」となってスピリチュアリズムのために働くことを決意して、地上に生まれてきました。私の地上人生は「地球人類救済活動」に協力するためにあります。一人でも多くの人がスピリチュアリズムと出会うことが、私の願いです。地球上に「霊的真理」が広まり、人類の常識となることが願いです。

私は、あなたから与えられた地上人生のすべてを“最高の人類愛”のために捧げたいのです。私は、自分の人生を物欲追求や肉体本能の満足のために費やしたくありません。真理普及とは無関係なこの世のことに時間とエネルギーを奪われたくありません。私は、残された自分の人生をあなたと霊界の人々に捧げ、「良き霊界の道具」を目指して歩んでまいります。

親様、自分の人生は「人類への奉仕」と「スピリチュアリズム普及」のためだけにあることを、強く自覚させてください。物欲に惑わされたり、本能の放縦に流されることがないように、私を高めてください。もっともっと清い世界を求める力を、どうかお与えください。

⑥周りの人間を、霊的視野から見る

〈霊的視野〉

地球上のすべての人間は、魂を成長させるために地球に生まれてきた。そして自分にふさわしい環境として、今の人種・国・性別を選んできた。彼らは皆「神の子供」であり、私とは「霊的兄弟姉妹」である。そして私と同じように、守護霊の導きを受けて地上人生を歩んでいる。

彼らは私と同様、肉体だけでなく霊体を持って生きている。肉体は、時間とともに衰えていく。今は若く美しい肉体も、年とともに醜くなっていく。そして死によって肉体を脱ぎ捨て、霊体だけになって霊界で永遠の人生を送るようになる。今、私の目に映る相手の肉体は、霊体の道具にすぎない。霊体には、人種・民族・国家の違いや年齢の違いはない。言葉の違いもない。

魂を成長させるために地球に生まれてきたにもかかわらず、大半の人々は地上かぎりの楽しみや喜びを求め、かけがえのない人生を無駄にしている。「霊的真理」を知らないために、物質的な満足だけを追い求める人生を送っているのは、何と気の毒なことか。死ねば素晴らしい霊界に行くようになるのに、死を恐れているのは、何と哀れなことか。せっかくの地上人生を物欲と本能的快楽の追求に費やしているのは、実に不幸なことである。

〈祈り〉

天の親様、地球上のすべての人間は、魂を成長させるために地球に生まれてきました。そして自分にふさわしい環境として、今の人種・国・性別を選んできました。彼らは皆「あなたの子供」であり、私とは「霊的兄弟姉妹」です。そして私と同じように、守護霊の導きを受けて地上人生を歩んでいます。

親様、彼らは私と同様、肉体だけでなく霊体を持って生きています。肉体は、時間とともに衰えていきます。今は若く美しい肉体も、年とともに醜くなっていきます。そして死によって肉体を脱ぎ捨て、霊体だけになって霊界で永遠の人生を送るようになります。今、私の目に映る相手の肉体は、霊体の道具にすぎません。霊体には、人種・民族・国家の違いや年齢の違いはありません。言葉の違いもありません。

親様、魂を成長させるために地球に生まれてきたにもかかわらず、大半の人々は地上かぎりの楽しみや喜びを求め、かけがえのない人生を無駄にしています。「霊的真理」を知らないために、物質的な満足だけを追い求める人生を送っているのは、何と気の毒なことでしょうか。死ねば素晴らしい霊界に行くようになるのに、死を恐れているのは、何と哀れなことでしょうか。せっかくの地上人生を物欲と本能的快楽の追求に費やしているのは、実に不幸なことです。

親様、地球上のすべての人々が一刻も早く「霊的真理」を受け入れ、霊的人生を歩み出すことができますように……。大切な地上人生を物欲・肉欲にとらわれて無駄に終えることがないように、真の幸福に至る道へと導いてください。未熟な人間の不正や悪行に対して、怒りではなく哀れみを持って臨むことができるような広い心を与えてください。

親様、地球上に生を享けたすべての人々が、あなたの本当の子供として「霊的成長」の道を歩むことができますように……。あらゆる人種・あらゆる民族の人々が、私にとって「霊的兄弟姉妹」であることを深く実感させてください。地球上のすべての人々が、一人も欠けることなく、あなたの愛の中で幸せになれますようにお導きください。

⑦家族を、霊的視野から見る

〈霊的視野〉

地上世界では“血縁”という物質的なつながりによって、“家族”という人間関係をつくっている。霊界には“霊的絆”によって結ばれた霊的家族が存在するが、地上にあるのは“血縁的絆”による家族である。これまで地上世界では家族が愛の結びつきの単位とされ、きわめて重要視されてきた。

しかし血縁による地上の家族関係の多くは、肉体の死とともに消滅する。霊界において、地上の家族関係が継続することはめったにない。それは血縁関係には“霊的絆”という永遠的要素がないからである。地上人類は「霊的無知」から血縁関係を必要以上に重要視し、血縁を中心としたエゴ的人間社会をつくり出し、霊的成長に逆行するような歩みをしてきた。地上人の多くが血縁という物質的関係に固執して霊的成長を阻害し、せっかくの地上人生を台なしにしてきた。

家庭は人間にとって“愛の訓練場所”であるが、実際にはエゴ的な愛ばかりが大きくなり、霊的な愛にまで高められることはほとんどない。地上の家族愛の多くが、霊的なものではない。血縁者・家族に対する愛よりも、さらに価値のある愛は、血縁関係のない人々へ向けての“霊的愛”である。血のつながりのない人々の霊的救いのために働くことこそ、より次元の高い愛の行為である。

地上に再生するに先立って、私は「霊的成長」に必要な環境として、今の肉の親を選んだ。地上の家族・家庭はすべて、霊的成長のために自己選択したものである。地上世界では同じ家族であっても、一人一人の霊性・霊的成長度はバラバラであり、それぞれが自己責任に基づいて霊的成長の道を歩んでいかなければならない。それが「神の摂理」である。アジアの宗教が説いてきたような、先祖の罪を子孫が代わって背負わされるといったことはない。また、先祖の罪がカルマとなって子孫に悪事がもたらされるというようなこともない。

家族の一人一人は皆、霊的成長のための厳しい訓練の道を歩む「神の子供」である。それぞれは血のつながった家族である前に「神の子供」であり、神のもとにあって同じ「霊的兄弟姉妹」である。血縁という物質的な結びつきよりも、霊の結びつきこそが本質的で重要なものである。

〈祈り〉

天の神様、地上人の多くが“血縁”という物質的なつながりによって、家族を形成しています。これまで地上世界では家族が愛の結びつきの単位とされ、きわめて重要視されてきました。しかし血縁による地上の家族関係には霊的な結びつきがないため、その多くは肉体の死とともに消滅してしまいます。霊界において地上の家族関係が継続しているケースは、ほとんどありません。地上人類は「霊的無知」から血縁関係を必要以上に重要視し、血縁を中心としたエゴ的人間社会をつくり出し、霊的成長に逆行することになっています。

そうした地上世界では、大半の人々は、あなたが「真実の親」であることを知りません。また、全世界の人々が自分の「霊的兄弟姉妹」であることも知りません。家族関係にある一人一人は、血のつながった家族である前に「あなたの子供」であり、あなたの大家族の「霊的兄弟姉妹」なのです。

親様、縁あって地上で家族となった者たちが、どうか地上人生を霊的成長のために有効に費やすことができますように……。そして家族の一人一人の意識が、自分たち家族の幸せを超えて、より広い人類の幸福へと向かいますように……。常に家族よりも、あなたと全人類への愛が強く宿りますようにお導きください。

⑧周りの人間の死を、霊的視野から見る

〈霊的視野〉

死は、霊界という素晴らしい世界へ旅立つ喜びの時であり、楽しみに待ち望むべきものである。死によって人間は、病気の苦しみや肉体の重さから解放されるようになる。今、私の目の前にいるこの人は、もうすぐ霊界へ戻ることになるが、そこでは間違いなく地上人生よりもずっと幸せな生活が待っている。

そうした新しい門出を迎えようとする人が、死を恐れ、不安に怯えているのは的外れであり、哀れである。“死への恐怖”は、地球人類全体の「霊的無知」と「霊性の低さ」を示している。

〈祈り〉

天の親様、死は、霊界という素晴らしい世界へ旅立つ喜びの時であり、楽しみに待ち望むべきものです。死は、あなたが私たち地上人に与えてくださった再出発の時であり、地上人生への褒賞です。今、私の目の前に、肉体の死を迎え、地上人生を終えて霊界に戻ろうとするあなたの子供がいます。長い病気の苦しみと肉体の重さから解放され、光あふれる世界へ出発しようとしています。

親様、もうすぐ霊界へ旅立とうとするこの人が、少しでも早く肉体の死を自覚し、霊界の環境に慣れることができますように……。迎えてくれる霊界の人々に、素直に従うことができますようにお導きください。

――自分と周りの人間、家族を霊的視野から見てきました。次は自分自身の内面を霊的視野から見ていきます。

⑨苦しみ・困難を、霊的視野から見る

〈霊的視野〉

地上人生では、苦しみ・困難との遭遇は避けられない。苦難は、次々に生じてくる。それはこの地上が、苦しみの体験を通して霊的成長をなすための“訓練場所”として、神によって造られたからである。すべての苦しみ・困難は、正しく対処すれば、自分の「霊的成長」にとってプラスとなる。物欲にとらわれなければ、あらゆる体験から“霊的教訓”を学び、霊的成長の糧を得ることができる。苦しみの意義を理解し、霊的視野を持って臨めば、地上の苦難はすべて良いものとなる。地上人生で遭遇する苦しみは一時的なものであり、いつまでも続くわけではない。

また、私には霊界の霊たち(守護霊・背後霊)という最強の味方・真の理解者がある。霊界の人々が、私の人生をすべて良きように計らってくださっている以上、その導きを信じるべきである。私には、常に“ベストの道”が示されている。だから、自分なりにあがいたり、余分な心配や取り越し苦労をしてはならない。いたずらに恐れや不安を募らせ、苦しんではならない。地上人が抱く苦しみの多くは、霊界の人々の導きを忘れているか、導きの事実を信じていないところから生じる。それは霊的未熟さの反映であり、霊性の鈍さに他ならない。

また、地上人はとかく人目を気にすることで苦しみを招いているが、真理を知った者は、人の目より「神の目」「高級霊の目」を気にしなければならない。自分に対するこの世の人間の評価など、気にする必要はない。今、自分が神の前に正しく立ち、心を高める努力をしているかどうかだけが問題である。「人類のために人生を捧げたい!」という熱意があれば、それでよいのである。

〈祈り〉

天の親様、いつの間にか物質次元の意識にとらわれ、あなたの存在と霊界の人々の導きを忘れていました。そして、どうでもいい地上の出来事に心を奪われ、取り越し苦労をしていました。あなたが愛してくださっており、常に霊界の方々が最大限の導きをしてくださっているのですから、何ひとつ心配する必要はありませんでした。

親様、いつもあなたが愛してくださっていることを思い、霊界の方々の導きを信頼し、地上世界の出来事に超然としていられるような広い視野を、私に与えてください。自分のことで悩み、エネルギーを費やすのではなく、人々への奉仕のためにすべてのエネルギーを傾けることができますように……。地上人生で遭遇する苦難は乗り越えられないほど大きなものではないことを、自分の生き方を通して周りの人々に示すことができますように、どうか力をお与えください。

⑩寂しさ・孤独を、霊的視野から見る

〈霊的視野〉

今、“自分は誰からも愛されていない”と思い込み、寂しさ・孤独にとらわれているのは大きな錯覚である。私はこれまでずっと、地上のどんな人間(両親・家族)よりも深い愛で、「神と守護霊」から愛されてきた。今、私が寂しさを感じているのは、日常生活の忙しさの中で、そのいちばん肝心なことをすっかり忘れていたからである。

私は、決して独りぼっちではない。いつも神と守護霊と一緒である。神と守護霊から「最高の利他愛」で愛されている私は、何と幸せな人間だろうか。それなのに、その事実を忘れて寂しくなり、いつの間にか自分と同じ不完全な人間に愛を求めていた。今すぐ「神と守護霊」に意識を向け、その愛を思い起こし、霊的エネルギーを取り入れよう。守護霊から与えられる霊的エネルギーによって、私の心は満たされ、きっと元気が湧いてくるようになる。

〈祈り〉

天の親様、あなたと守護霊と霊界の多くの方々から「真実の愛」で愛されている私は、本当に幸せ者です。“誰からも愛されていない”と思ったことは、まさに錯覚であり間違いでした。

親様、自分に注がれているあなたと霊たちの愛を、もっともっと実感させてください。この世の人間から愛されたいと思う弱さを拭い去ってください。人から愛されることを期待するのではなく、自分の方から先に愛を与えることができる強い人間にしてください。私たち地上人を愛してくださっている霊界の方々に倣って、いつも明るい“愛の灯台”となれますようにお導きください。

⑪自分の死を、霊的視野から見る

〈霊的視野〉

魂の道具である肉体は、私の地上人生に重苦しさと不便さと、あまりにも多くの誘惑をもたらしてきた。その不自由な肉体ゆえに、私は数えきれないほどの苦しみ・悩みを体験することになった。しかし、それによって霊的意識の変革が引き起こされ、結果的に霊的成長が促されることになった。

死は、その重苦しい肉体を脱ぎ去り、霊体だけになって新しい人生を始める時である。肉体の死は地上人にとって、長く苦しかった物質世界から離れ、軽やかで楽しい霊的世界へ旅立つ時であり、喜び以外の何ものでもない。肉体の死は、苦しい地上人生を歩み終えたことへの、神からのご褒美である。

霊界では、すでに他界している家族や親しい人たちが、私を出迎えてくれる。その人たちとの再会を心待ちにして、喜びに胸をふくらませよう。霊界に思いを馳せ、死の訪れを静かに待つことにしよう。

〈祈り〉

天の親様、魂の道具である肉体は、私の地上人生に重苦しさと不便さと、あまりにも多くの誘惑をもたらしました。その不自由な肉体ゆえに、私は数えきれないほどの苦しみ・悩みを体験することになりました。しかし、それによって霊的意識の変革が引き起こされ、霊的成長が促されることになりました。

死は、その重苦しい肉体を脱ぎ去り、霊体だけになって新しい人生を始める時です。肉体の死は私にとって、長く苦しかった物質世界から離れ、軽やかで楽しい霊的世界へ旅立つ時であり、喜び以外の何ものでもありません。肉体の死は、苦しい地上人生を歩み終えたことへの、あなたからのご褒美です。

親様、霊界では、すでに他界している家族や親しい人たちが、私を出迎えてくれるはずです。私は、その人たちとの再会を心待ちにしています。地上人生の間に死の正しい意味を知り、こうして穏やかに死を迎えられる私は、本当に幸せです。霊界に思いを馳せ、死の訪れを静かに待つことにします。

親様、私はもうすぐ地上世界を去って霊界に入ることになります。私は短い地上生活の間にスピリチュアリズムと出会い、スピリチュアリズムのために働くという恵まれた人生を送ることができました。やりたいことは、まだたくさんありますが、それは他の多くの人々が代わってやってくれるものと信じています。私は霊界に行ってからも引き続き、霊界の方々とともに「スピリチュアリズム普及」のために働いてまいります。すべてをあなたに委ねますから、どうか霊界においてもスピリチュアリズムのために貢献する道を、私にお与えください。

親様、これまでのあなたの導きに、心から感謝いたします。