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東日本大震災の被災者が体験した心霊現象

――NHKスペシャル「亡き人との“再会”」

No.7/2013年9月3日

「お迎え現象」につぐ素晴らしい番組

8月23日、NHKで「亡き人との“再会”〜被災地 三度目の夏に〜」と題した番組が放送されました。これは、東日本大震災のその後を追ったシリーズの一つとして制作されたものです。NHKでは震災直後から被災地の様子をさまざまな角度から取材し、復興の課題やボランティアの人たちの活動などをずっと追い続けてきました。

今回の放送は、これまで他のメディアでは取り上げられることがなかった被災者の“不思議な体験”を紹介したものです。故人と再会したという4人のケースを、本人の体験談と映像で伝えるという、これまでに例のない内容となっています。

NHKはしばしば、思想的に偏向している番組や大衆に迎合していると思われる番組を放送することがあります。それに対して私たちは、批判的な見解を持つこともありますが、今回は、以前このコーナーで紹介した「お迎え現象NHK・クローズアップ現代で放送)と同様に、たいへん意義深い番組でした。NHKがこうしたテーマを扱ったことを高く評価し、心から拍手を送りたいと思います。

「幽霊が出る」という噂

被災地では、震災から数か月たった頃から“幽霊”が出るという噂が飛び交っていました。震災から1年後の2012年3月にはAFP通信が復興の様子とともに“幽霊”が出没しているという話題を記事にして、世界に発信しています。日本国内でも被災地を訪れた研究者たちやボランティアの人たちから“幽霊”が出るという話がたびたび聞かれ、ブログなどで目にすることがありました。しかし、そうした幽霊の出没については、一部の宗教学者が意見を述べる程度で、一般のメディアが表立って取り上げることはありませんでした。ブログで書かれている内容も、興味本位であったり噂話の一つという程度のものが大半でした。

しかし現実に被災地では、「故人が目の前に現れた」「声が聞こえた」「気配を感じた」といった体験を語る多くの人々がいます。今回の放送は、これまでメディアが伝えなかった被災地での“不思議な体験”を、余分な演出や解説を加えることなくシンプルな形で紹介した素晴らしい番組でした。遺族の体験を真摯にとらえ、ありのままを伝えた内容に多くの人々が胸を打たれたことと思います。

番組に対する賛否両論の声

放送後、NHKが心霊現象とも言えるテーマを取り上げたことに対して、大きな反響が巻き起こりました。「涙が止まらなかった」「自分も同じような体験をした」という好意的な声が寄せられた一方で、「NHKがオカルト的なものを扱っていいのか」という批判も多数見られました。

唯物論的な見方しかできない人たちにとって“死者との再会”は、怪談やオカルトでしかありません。非科学的な幽霊話をNHKが取り上げたとなれば、批判的な意見が出ることは容易に予測ができることです。しかしスピリチュアリズムの観点からすれば、それらの批判は、唯物論的な考えしか持てない偏狭な人間の的外れな意見にすぎません。どれほど頑(かたくな)な唯物論者であっても、自分が死ねば「死後の世界」があるという現実を突きつけられることになります。そのとき初めて自分の発言の愚かしさを恥じることになるはずです。

グリーフケアの次元を超えた番組内容

これまでにも、身近な人を亡くし悲しみの中にいる人たちを取り上げた番組はたくさんありました。それらの多くは、死別の悲しみを癒す“グリーフケア”の観点からのものです。今回も冒頭で、毎週1回、仮設住宅に行って被災者の声に耳を傾けているという住職の話がありましたが、こうしたグリーフケアも遺族の心の傷を癒すために必要なボランティアの一つです。

しかし今回の放送の素晴らしい点は、グリーフケアの次元をはるかに超えた問題にまで踏み込んだところにあります。「亡くなった人があの世で生きている、そして地上に残された人に会いにくる」という霊的事実を伝えているということです。それは、これまで長い間、人間が求め続けてきた「死後の世界はあるのか」「霊魂は存在するのか」という根本的なテーマにまで踏み込んだということを意味しています。番組がグリーフケアをテーマにしたものであれば、唯物論者たちも決して批判することはありません。しかし今回は、“死別の悲しみを癒す”といったレベルにとどまらず、人間の根源に関わる問題にまで及んだからこそ、さまざまな反響を呼んだのです。

番組では、故人と再会した4人のケースを紹介しています。突然の震災で大切な人を亡くした人たちが、深い悲しみに暮れ、故人への切実な思いを抱えながら悶々と過ごす中で、ある日突然、「もう一度会いたい!」と願っていた故人が目の前に現れる――その生々しい再会は、どんな慰めよりも強烈な体験として遺族の心を悲しみから救っていきます。遺族は閉ざされた心の扉を開き、「愛する故人は今も生きている、そして強い絆で結ばれている」という確信を持つことで、初めて悲しみから解放され、希望を持って人生を歩み始めることができるようになります。

スピリチュアリズムからすれば、番組内容はすべて実際の出来事

こうした“死者との再会”について、単なる錯覚であるとか、愛する人との死別の悲しみが生み出した幻影であるという人がいますが、それは霊的無知からの発言にすぎません。スピリチュアリズムの観点からすれば、番組で放送された体験はすべて事実なのです。 スピリチュアリズムでは、100年以上も前から愛する人があの世から地上にメッセージを送ってきたり、あの世で生きている証を示すためにさまざまな現象が起こされることについて、「心霊研究」という形で検証が進められてきました。そうした研究からすれば、人間は死後も生きており、死後の世界から地上人へメッセージを送ってきたり、働きかけをしてくることは、当然のことと言えます。死んだ人が現れるというと、大半の人は“幽霊”として怖がったり気味が悪いとしか思いませんが、死者はあの世で地上と同じように生きているのですから、今回の体験は、ごく当たり前のことなのです。

番組内で語られた話は、一般的にはどれも“不思議な出来事”としか言えないものです。しかしスピリチュアリズムでは、こうした現象について明確に説明することができます。被災地では、死んだはずの人を見たという人がたくさんいますが、今回のように、はっきりと死者の姿を見たり、死者からの働きかけを確かな形で感じた人は、それほど多くありません。テレビで語った人たちは、実は霊界からの働きかけを感じ取ることができるある種の「霊的能力」を持っていたのです。霊能者に通じるような能力を持っていたために瞬間的に霊の声を聞き、霊の姿を見ることができたのですこれをスピリチュアリズムでは「霊聴」「霊視」と言います)。番組では、霊界からの働きかけに感応できる人が取り上げられた、ということなのです。

地上に残された人が特別な霊的能力がない場合は、霊界側が配慮して地上人にわかるような形で現象を起こすことがあります。霊界から“エクトプラズム”という特殊な半物質を用いて地上人に働きかけてきますこれを「物質化現象」と言います)。鍵がかかった靴箱の中に白い花が入っていたという話や、誰もいないはずなのに突然おもちゃが鳴ったという話は、この「物質化現象」によるものです。

また、奥さんと幼い2人の息子さんを亡くした男性の話は、死後の世界の様子を如実に示しています。亡くなった2人の息子さんたちが成長した姿で、不思議な女の子と一緒に手をつないで現れた、という話です。霊界では小さな子供は地上と同じように少しずつ成長していきます。そして親より先に他界した場合、養育係と言われる霊からいろいろな世話をしてもらうことになります。息子さんと一緒に出てきた女の子は、霊界の養育係の霊なのです。

死別は、悲しい出来事・悲劇ではない

この番組は、日本人に「死後の世界」や「死者からの働きかけ」について、さまざまな実例を示すことになりました。しかし、スピリチュアリズムの観点からは、さらに踏み込んで考えなければならない点があります。それは、亡くなった人との再会を果たし、故人との絆を確信した遺族であっても、心の奥深くでは、いまだに愛する人との死別を嘆き悲しんでいるということです。

スピリチュアリズムからすれば、死んであの世へいくことは決して悲劇ではありません。故人がどれほど悲惨な死に方をしたとしても、霊界では地上で生きていたときよりも、はるかに喜びに満ちた素晴らしい生活を送っています。死ぬことは、悲しいことではありません。むしろ喜びであり、祝福してあげるべきことなのです。かわいそうだとか不憫(ふびん)だと思うのは、残された地上の人間の感情です。「霊的事実」からすれば、津波で流され亡くなった人たちは決して不幸ではないのです。今は、地上にいたときよりもずっと幸せに過ごしています。地上人がそうした事実を理解し納得すれば、故人に対する認識が大きく変わることになるはずです。

これまでは死者が現れると、“幽霊”だとしてただ怖がるだけでしたが、今回の放送は、死者は生前と変わらない姿であの世でも生活し、地上に残された人に姿を見せる、という霊的事実を日本中に伝えることになりました。そして、多くの日本人にとって「死後の世界」や「霊魂の存在」、「愛する故人との絆」といった誰もが抱いている根源的な問題について、真剣に向き合うきっかけになったことと思います。私たちはこうした番組がもっと増え、日本中に「死後の世界はある」という認識が広まることを期待しています。震災から2年余りが経ち、物的復興が進んでいますが、今も多くの人たちが深い悲しみを抱えています。私たちは、そうした人たちが希望を持って歩き始めるために、一日も早く霊的事実を知ってほしいと心から願っています。

スピリチュアリズムでは、「死者が遺族を訪問する」ということは常識と言ってもいいほど当たり前の出来事です。東日本大震災で亡くなった人が遺族のもとを訪れたという今回の状況と同じようなケースが、『霊的新時代の到来』の中にありますので、参考までにそれをご紹介します。

11歳のジョン少年もその1人で、これが最初の交霊会への出席だった。幼いときに妹を失い、今度は父親を不慮の事故で失って、母親と2人きりになったが、母親がシルバーバーチを通じて聞いていた2人からのメッセージを、いつもジョンに語って聞かせていたので、11歳の少年ながら、すでに死後の世界の存在を自然に信じるようになっていた。

まず、シルバーバーチの方からお父さんがここに来ていますよと言い、2人ともジョン君と同じようにわくわくしている様子を告げると、

ジョン 「ぼくは、妹のことをよく知らないんです。」

――「でも、妹の方はジョン君のことをよく知っていますよ。」

ジョン 「ぼくがまだ小さかった時に見たきりだと思います。」

――「いいえ、その小さい時から、今のように大きくなるまで、ずっと見てきております。ジョン君には見えなくても、妹の方からはジョン君がよく見えるんです。同じように目が二つあっても、ジョン君とは見え方がまったく違うのです。壁やドアを突き通して見ることができるのですから……

ジョン 「そうらしいですね。ぼく、知っています。」

――「ジョン君のような目を持っていなくても、よく見えるんです。霊の目で見るのです。霊の目で見ると、はるか遠い先まで見えます。」

ジョン 「妹は今年でいくつになったのですか?」

――「それはとても難しい質問ですね。なぜ難しいかを説明しましょう。私たち霊の成長のしかたは、ジョン君たちとは違うのです。誕生日というのがないのです。年齢が一つ増えた、2歳になった、というような言い方はしないのです。そういう成長のしかたをするのではなく、霊的に成長するのです。」(中略)

――「そんなことよりも、ジョン君に知ってほしいことは、もうわかってきたでしょうけれど、妹とお父さんはいつもそばにいてくれているということです。これは、まだまだ知らない人が多い、とても大切な秘密です。いつも一緒にいてくれているのです。ジョン君を愛し、力になってあげたいと思っているからです。

このことは、人に話しても信じてくれませんよね? みんな目に見えないものは存在しないと思っているからです。このことを知らないために、地上では多くの悲しみが生じております。理解すれば“死”を悲しまなくなります。死ぬことは悲劇ではないからです。あとに残された家族にとっては悲劇となることはあっても、死んだ本人にとっては、少しも悲しいことではありません。新しい世界への誕生なのです。まったく新しい生活の場へ向上していくことなのですから……。ジョン君もそのことをしっかりと理解してくださいね。妹のことは小さい時に見たことがあるので、少しは知っているのでしょう?」

ジョン 「今この目で見てみたいです。」

――「目を閉じれば見えることがあると思いますよ。」

ジョン 「この部屋にいる人が見えているようにですか?」

――「まったく同じではありません。さっきも言ったように“霊の目”で見るのです。霊の世界のものは肉眼では見えません。霊の世界の音も、肉体の耳では聞こえません。今お父さんが、とてもうれしいとおっしゃっていますよ。もちろんお父さんは、ジョン君のことは何でも知っています。いつも面倒をみていて、ジョン君が正しい道からそれないように導いてくれているのですから……

ジョン 「ぼくに代わって、礼を言ってくださいね。」

――「今の言葉はちゃんとお父さんに聞こえていますよ。ジョン君にはまだちょっと理解するのは無理かな? でも、ジョン君がしゃべることも、皆お父さんにはわかるのです。フラッシュとなってお父さんのところに届くのです。」