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スピリチュアリストが持つべき“死別”への正しい姿勢

――“死”は地上人生のご褒美であり、素晴らしい出来事

No.14/2015年3月3日

人間にとって一番悲しい出来事は、愛する人との死別であると言われています。親や配偶者、親戚や友人などとの死別は必ずやってくると知りつつも、誰もがその時を迎えると悲しみに打ちひしがれることになります。大半の人間は、肉体生命が失われることは人生の中で最も不幸な出来事であり、最大の悲劇であると考え、何よりも“死別”を恐れています。

では、私たちスピリチュアリストは“死別”をどのように考えるべきなのでしょうか? スピリチュアリズムでは、“死”は不幸でも悲劇でもなく、素晴らしい出来事であると説いています。人間は霊的存在であり、肉体の死は自然現象のひとつにすぎません。地上での生活を終えた霊魂は、本来の住処である霊界へ戻っていきます。“死”は地上人生を生き抜いたことへのご褒美であり、祝福すべきことなのです。

スピリチュアリズムと出会い「霊的真理」を知った私たちは、愛する人との死別においても、この世の人々と違っていなければなりません。身近な人を失って悲しみの涙を流すことは、ある意味で人間として当たり前の感情です。しかし、霊的真理によって霊界の素晴らしさを知っていながら、この世の人々と同じように死を嘆き悲しむとするなら、せっかくの霊的真理を活用していないということになります。身近な人の死を前にして動揺せず平静さを保つことができてこそ、スピリチュアリストと言えます。愛する人が死後の世界へ旅立つのを心から祝福してあげることができた時、「真理を自分のものにした」と言えるのです。

以下で紹介するお手紙は、ご夫婦で「関西読書会」に参加していた方から寄せられたものです。お二人は長年、『シルバーバーチの霊訓』を愛読していました。3年前から読書会に参加し始め、ちょうどその頃、ご主人がガンの宣告を受けました。ご主人は自宅で緩和ケアを受け、昨年の11月に他界されました。日本スピリチュアル・ヒーラーグループの公開ヒーリングにも参加し、2か月前までお二人で読書会に出席していました。

ご主人は、死への恐怖や不安を抱くことなく、霊的真理に出会えた喜びと死後の世界への期待を胸に旅立っていかれました。そして奥様は、ともに奉仕人生を歩んできた同志として、ご主人の最期を毅然とした態度で看取られました。ご主人は今、霊界で肉体の苦痛から解放され、喜びと幸せに包まれていることでしょう。

「死は悲劇であり不幸なことである」という考え方は間違っています。霊的真理を真っ先に手にしたスピリチュアリストは、「死は祝福すべき素晴らしいものである」という霊的視野に立った正しい見方を、率先して人々に示していく立場にあります。最愛の人との“死別”という現実に直面したときこそ、真理を知った者としての真価が問われることになるのです。

たくさんの祈りの念をありがとうございます。

ガンの告知を受け、公開ヒーリングに参加させていただき、丸3年でした。死ぬその時まで霊医の方々が働いてくださったと思います。全く痛みがなかったわけではありません。9月末に1度、10月に1度、11月に1度と計3回痛み止めの点滴をしていただきました。10月に入りオキシコンチンという麻薬剤を12時間ごとに1錠、飲み続けました。

亡くなる3週間前からはおかゆも食べなくなり、氷が主食のようになりました。11月に入り、1日は服の買い物に出かけ(サイズが小さくなったため)、1日は散髪に、1日は風呂に、1日はひげを剃り……と、体力がないので1日に1つずつ準備をしておりました。最後の2日間は水も摂らずに過ごし、11月11日に眠ったまま旅立ちました。最期まで自力でトイレに行きました。

11日の夜中に私は2度、目を覚ましましたが、その時は眠っておりました。朝4時頃から祈りをいたしました――「天にまします親なる神様、霊医の方々、守護霊様、どうぞ御心ならば痛みなく笑顔で肉体を脱ぐことができますように、旅立てますように」。

6時過ぎに目を覚ました時には、隣で眠っているのか亡くなっているのか、全く分かりませんでした。何の音もなく寝入った時のままなので……。自宅看取り用の冊子をいただいていたのですが全く当てはまらず、静かすぎる最期でした。看護師の方に連絡をして死を確認していただいたくらいです。温かく息づかいが聞こえてきそうな、でも鏡は曇らないので、やはり亡くなっていると……

名古屋の息子から「眠れないが、何かあったのか?」というメールが7時前に届きましたが、「今、確認中(笑)」と言ったくらいでした。

主人は、亡くなる1週間前まで店に出ていました。最後の1週間はとにかく主人に寄り添っていたいとの思いから、店は姉に任せ、私は何もできませんが四六時中、主人のそばにいることにしました。普段も一緒なのですが(笑)。

主治医が10月18日に、主人のピアノを聴きに来られました。主治医は、数値の悪さからピアノは無理だと思っておられたようですが、主人は元気そのものでした。「本当はピアノを弾く体力はないはずだ」と思っておられたと思います。

主人は肝臓に7センチ大のガンが3個、白目は卵の黄身のようで身体はクレヨンの黄色、全身イエローマンでしたが腹水はなく、浮腫もなく、吐血もなく、ただ指先がひきつるくらいでした。

葬儀は“家族葬”で、大人7人、孫3人の、坊主ナシ、線香ナシ、戒名ナシ、献花ナシ、出棺まで5分くらいでしょうか。誰も泣くこともなく、笑顔で静かで和やかな葬式ができました。これもスピリチュアリズムに対して理解があったおかげです。子供たちは、シルバーバーチを読んでいるという程度の理解ですが……

知識の上に立った信仰、これほど強いものはありません。主人は日常生活の奉仕――「愛・行・想」を一番大事にしておりました。学んで数十年になりますが、たいしたことは何もできておりません。ガン告知から3年、日常生活は何も変わらず今まで通りの生活の延長でした。

「ガンになれば無治療でいく」――これは私たち夫婦の暗黙の了解でした。ガンは自分自身の細胞なので、共存共栄で当然治療ナシでした。ニンジンジュースと玄米ジュースが(量は減りましたが)、最後まで続いたくらいです。サプリメントも途中から飲まなくなりました。緩和治療一本と決めておりましたが、入院しているわけではないので看護師さんが来るまで痛みは続きます。まさに霊主肉従の精神です。

私たちも、スピリチュアリズムを学んでいなければもっと慌てていたかもしれません。自宅での看取りを心静かに温かく手厚く受け入れられたのも、スピリチュアリズムによって「肉体の役割」と「人は本来霊的存在」ということを知っていればこそだったと思います。

3年の猶予をいただいたことに、どれほど感謝したかわかりません。主人は亡くなる前日、看護師さんに「死亡診断書はどうするの?」と聞いて、「それはあんたが死なな書かれへん」と言われて笑いました。よほど死後の私のことが心配だったと思います(笑)。

死亡する1週間前まで元気に店に出ていたので、死んだことを知らない人が多くて、今でもバタバタしています。

何もできなくなった主人の姿を見るにつけ、早く安らかに肉体を脱ぐことができますようにとの思いの方が、自分の悲しさ、寂しさより大切に思えました。

毎朝6時から30分間、黙想するのが私たちの習慣でしたが、亡くなる1週間前くらいには私に対しての感謝の念だけがひしひしと伝わってきました。本当に感謝しなくてはいけないのは、私の方なのです。

スピリチュアリズムのおかげで、死への恐怖は全くなかったように思います。自分の霊的家族のもとへ帰る喜びの方が大きく、死後の世界への興味も多々あったと思います。この世に未練は全くなかったと思いたくなるほど信念の強い人でした。

地位も名誉も財産もない平凡な1人の人間の一生です。ただ他の人と違ったのは、スピリチュアリズムを長く学ばせていただいたことです。主人の死後、悲しさ、寂しさは全くないわけではないのですが、いつも温かく1人ではないような、主人と同行二人のような感じが今も続いております。

人生を振り返ってみても、やはりスピリチュアリズムを基盤とした主人との人生は、導かれていたとしか思えません。こんな平凡な1人の人間の人生ですら導きがあり、病からたくさんのことを学ばせていただきました。因果律の働きと神の存在を確信させていただける素晴らしい学びであったと思います。スピリチュアリズムに、シルバーバーチに出会えたことの喜びは、何ものにも代えがたいものです。

何の使命もなく、世の中に胸を張って言えるものなどないような平凡な人生ではありましたが、ともに学び、ともに祈り、ともに歩んだ主人との人生は、スピリチュアリズムの学びそのものでした。スピリチュアリズムの学びがあればこその現在、と感謝いたしております。

スピリチュアリストと言えるまでには至ってはおりませんが、感謝の念で終われたことに主人も私も満足しています。

これからも永遠に道は続きます。まだまだカルマも残っていることと思います。主人はあちらで、私はこちらで、またともに霊界で暮らせる日までお互いに頑張りたいと思います。自分にできる精いっぱいの努力をモットーに……

道とは奉仕以外にはありません。奉仕イコール道です。道は私たちの宗教観であり、スピリチュアリズムです。それが今の私たちのスピリチュアリズムに対する結論です。

ありがとうございました。

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