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スピリチュアリズムは、人類史上“最高にして最大の反戦平和運動”

――霊的観点から見た戦争と平和

No.21/2016年8月12日

去る7月10日、第24回参院選が行われました。今回の選挙は、第3次安倍政権が発足してから初めての本格的な国政選挙で、財政再建や憲法改正などが争点となりました。安倍政権になってから、安全保障関連法の施行や憲法改正に向けての具体的な働きかけが始まり、日本人として戦争や軍備についてあらためて考える機会が増えてきました。

また近年、日本を取り巻く世界情勢もこれまで以上に緊迫したものになっています。北朝鮮は核実験やミサイルの発射を繰り返し、中国は南シナ海で軍事拠点を拡大させ、日本の領空や領海へたびたび侵入しています。さらに、世界各地でイスラム過激派によるテロが頻発しており、日本人もその犠牲になってしまいました。これまで多くの日本人は「日本は平和で安全な国だ」と思ってきましたが、次第にその考えを見直さざるを得なくなっています。

こうした状況を前にして、スピリチュアリズム普及会にも「憲法問題や国防についてどのように考えたらよいのか」という質問が寄せられています。スピリチュアリストは、政治に無関心であってよいのでしょうか? 私たちも何らかの政治活動や平和運動に参加しなければならないのでしょうか?

世の中には、戦争や国防についてさまざまな考え方があり、反戦を訴える組織やグループもたくさんあります。しかし、戦争や国防について「霊的観点」から眺めることができるのは、スピリチュアリズム以外にはありません。

結論を言えば、スピリチュアリズムは地上のどんな組織よりも徹底して反戦を訴えています。スピリチュアリズム運動は、人類史上“最高にして最大の反戦平和運動”であり、スピリチュアリストは地上で“最強の反戦平和主義者”と言えます。

今回は、スピリチュアリズムの観点から戦争や国防について考えていきます。そしてそれを通して、私たち日本人スピリチュアリストは、平和な国際社会を築くためにどのように考え対処していけばよいのかを確認していきます。

(1)霊的観点から見た戦争

戦争の根本原因とは何か?

戦争は、人間同士が殺し合いをするという残酷極まりない行為です。戦争が、人類にとって“最大の悲劇”であることに異論を唱える人は一人もいないはずです。それにもかかわらず、人類が地上に誕生して以来、戦火の絶えた時はありませんでした。

皆さんは、戦争の原因は何だと思いますか? 一般の人は、それぞれの戦争によって原因が違うと考えます。しかし霊的観点から見ると、すべての戦争はたった一つの原因に行きつきます。それは「霊的無知」です。

地上人は、霊的なことが全く分かりません。霊的事実を知らないため、物質世界がすべてだと考え「物質中心主義(唯物主義)」に陥っています。モノやお金にしか価値を認めない「物質中心主義」は、自分の利益を真っ先に求める「利己主義」を発生させます。

もっと多くのモノやお金を手に入れて、豊かで楽しい人生を送りたいという思いは、個人レベルにとどまらず、国家レベルにもそのまま反映していきます。他国からモノを奪ってでも自国を豊かにしたいという利己的な願望が、戦争や紛争を引き起こすことになります。戦争の根本原因は「霊的無知」と、そこから発生する「物質中心主義」と「利己主義」なのです。

なぜ戦争は“罪”なのか?

誰もが、戦争は“大悪”であり“大罪”であると思っています。しかし一歩踏み込んで、「なぜ戦争は“罪”なのか?」と問われた時、大半の人は答えることができません。霊的観点から物事を眺めることができるスピリチュアリストだけが、戦争の本質を正しく理解することができます。戦争が“罪”である理由は、戦争は「神の摂理」に反する愚かな行為だからです。

生命は本来、神のものであって人間のものではありません。それゆえ、神から与えられた生命を人間が勝手に奪うことは許されません。戦争によって他人の生命を強引に奪うことは「神の摂理」に反する行為であり、“罪”なのです。

また、戦争は霊的に準備ができていない者を霊界へ送り込んでしまうという点でも「摂理」に反しています。シルバーバーチは――「戦争は、人間が地上界を離れる時期がきたときに肉体から去るべきである、という摂理に反すること」(シルバーバーチの教え・下 P57)と述べています。“死”は、自然現象として自動的に発生する場合のみ正しいと言えます。神から与えられた生命を、まだ時期がこないうちに奪ってしまうことは「神の摂理」に反することなのです。

さらに、人間にとって最も大切なことは「霊的成長」です。肉体は、霊的成長をなすために神から与えられたものであり、霊的成長のための道具です。戦争が“罪”である理由は、単に肉体生命を奪ってしまうからという単純なものではありません。戦争によって命を落とすことで、地上人生の目的である「霊的成長」のチャンスが失われてしまいます。その意味で、戦争は最大の悲劇であり“大罪”と言えるのです。

(2)戦争に対するスピリチュアリストの考え方とスタンス

地上から戦争をなくすには、霊的真理の普及しかない

地上ではこれまで、戦争をなくし平和を築くためにさまざまな政治活動や平和運動、国際機関による調停などが行われてきました。しかし、それらは一時的な対処にすぎず、人類はいまだに戦争に対する根本的な解決策を見いだせずにいます。シルバーバーチは、地上から戦争をなくし平和と調和をもたらすために、次のような画期的な解決方法を教えてくれています。

「和平へ向けていろいろと努力が為されながら、ことごとく失敗しています。が、唯一試みられていないのは“霊的真理”の適用という方法です。」

『シルバーバーチの教え(下)』(スピリチュアリズム普及会)  p.68

シルバーバーチは――「地上から戦争をなくすには、スピリチュアリズムの霊的真理を地上に普及させ、すべての事柄に真理を適用するという方法以外にはない」と述べています。これが、シルバーバーチによって示された戦争撲滅のための唯一の方法です。

スピリチュアリズムは、霊界の人々が総力を挙げて推進している「地球人類救済計画」です。それは「霊的真理の普及」によって地上から戦争をなくし、真の平和を築いていこうとする霊界主導の大プロジェクトなのです。

スピリチュアリズム運動によって、地上から戦争が消滅していくプロセスは次の通りです。霊界から地上に霊的真理が降ろされ、人々は「霊的無知」から解放され、「霊的知」に至るようになります。霊的真理を手にした人々は、真理を人生の指針として歩むことで「物質中心主義」から「霊中心主義」へ変わっていきます。そして、自分の利益を真っ先に求める「利己主義」ではなく、他人の利益を優先する「利他主義」へと変化していくようになります。一人一人が「霊中心主義」と「利他主義」に基づく生き方を実践し、それが地球規模で拡大していくことによって「霊的同胞世界」が確立していきます。「霊的同胞世界」が築かれたとき、地球上から戦争が消滅することになります。

スピリチュアリズム運動によって、地上から戦争が消滅していくプロセス

真の平和は、「霊的同胞意識」によってもたらされる

「霊的無知」に陥っている地上人は、あらゆる物事を地上的観点で見ています。地上的観点から人種や民族や国家を見ていくと、肌の色の違い、言葉の違い、文化や習慣の違いといった相違点しか認識することができません。さらに自分と相手を比較して、どちらが優位にあるか、どちらが幸せかという自己中心的な見方しかできません。地上人は「霊的無知」ゆえに、人類全体に対する仲間意識や同胞意識が欠如しており、それによって戦争や紛争が引き起こされるのです。

全人類が「霊的同胞意識」で地上世界を眺めることができた時、地上から戦争がなくなり平和が訪れます。霊的同胞意識とは――「すべての人間が神から分霊を与えられた神の子供である」「全人類が神を共通の親とする霊的家族・霊的兄弟姉妹である」という意識です。人類は皆、霊的に等しい存在であるという霊的同胞意識を持つことができるようになって初めて、自分よりも相手のことを心配し、相手のために尽くしていくという利他愛の実践ができるようになるのです。

これまで行われてきた政治活動や平和運動では、戦争をなくすことはできません。全人類が霊的同胞意識を持ち、利他愛(全人類愛)が地上に行き渡るようになった時、真の平和がもたらされるのです。

スピリチュアリストは、常に霊的意識を保ち地上の出来事に超然としていることが必要

霊的真理が人類の共通理念となって「霊的同胞世界」が確立するまでには、何百年、あるいは千年以上の永い期間がかかります。一人一人の魂が根底から変わり、それが地球全体に波及していくためには、多くの時間が必要です。

地上世界は今、物質中心主義と利己主義に覆われています。そのため、常に地上のどこかで戦争や紛争による悲劇が繰り返されています。私たちはそうした地上の現実を、霊界人が地上を眺めるのと同じ視点で見ていかなければなりません。地上に居ながらにして心は霊界におき、すべてを霊的視点から眺め判断していくのです。地上の出来事に対して感情的にならず、いかなることも高みから見下ろし冷静に対処していくことが必要です。スピリチュアリストは、地上の争いや対立に巻き込まれることなく「常に霊的意識を保って超然としている」というスタンスを貫いていかなければなりません。

(3)霊的観点から見た地上世界の実態――エゴに支配されている国際社会

スピリチュアリズムが普及し「霊的同胞世界」が確立すれば、戦争はなくなります。しかし、それには千年以上もの永い期間が必要であり、戦争はこの先もずっと続くことになります。

では、私たちスピリチュアリストは戦争という現実問題に対して、どのように考え対処していけばよいのでしょうか? それを知るために、霊的観点から地上世界の実態を見ていくことにします。

地上には、利他的な国は一つもない

私たちが地上世界の実態を見ていくとき、常に頭にとどめておかなければならない最も重要なことがあります。それは現時点での地上世界は、個人から国家に至るまで「物質中心主義」と「利己主義」に支配されているということです。

霊性レベルがきわめて低い現在の地上には、利他的な国は一つもありません。程度の差はあっても、すべての国が利己主義のもとで営まれ“国益(自国の利益)”を最優先しています。世界中の国が自国民の幸せのために少しでも多くのモノとお金を手に入れようと、しのぎを削っています。現在の地上には、国益を後回しにして他国への奉仕を優先するような国はありません。「神の摂理」である利他性(利他主義)を優先的に実践するような国は、どこを探しても存在しないのです。

国家は、他国と同盟を結んだり友好を深めたりしますが、それは表面的な関係にすぎません。何かあれば手の平を返したように態度を変え、自国を守るためなら戦争も厭いません。つまり、利己主義に立っている国家は信用することができない、ということです。あらゆる国が「神の摂理」から外れているという現実の中では、信用して付き合える国はないのです。

もちろん、どんな国にも利他性を持った人もいれば利己性の強い人もいます。しかし、たとえ利他性に恵まれた人がいたとしても、国家という集団の中では物欲的・自己中心的な方向に流されてしまいます。個人レベルでは信用できたとしても、国家レベルでは信用することはできません。

世の中の平和主義者たちは決まって、「平和をもたらすためには、まず相手を信用しなければならない」と言います。しかし「霊的真理」に照らしたとき、21世紀の地上世界には信用できる国は一つもないというのが現実です。スピリチュアリストは、そうした現実をシビアに受け止めていかなければなりません。

地上は“弱肉強食”の世界

現時点での地上世界は、個人の生き方から一国の政治に至るまで、モノとカネをめぐる“弱肉強食”の世界となっています。国際社会は、モノとカネとチカラ(政治力・経済力・軍事力)をめぐり、熾烈な争いを展開しています。世界各国の政治家は必ず“世界平和”を唱えますが、それは口先だけのきれい事で、本音は国益を最優先しています。

“弱肉強食”の地上世界では、非情で冷徹な「力の論理」が実質的な決定権を持っています。国際政治の本質は、軍事力と経済力を背景にしたエゴ的な国益追及の駆け引きであり、国の力は軍事力と経済力によって決まるのです。

そのため、軍事力も経済力もなく自力で国を守れないような弱小国は、周辺国から攻撃を受け侵略されてしまいます。その結果、強制的に現状を変更させられたり、属国化が為されることになります。ソ連のウクライナへの侵攻や中国におけるチベットの属領化などを見ると、それがよく分かります。

日本人は国家間で争いが起きたとき、話し合いで解決しようと考えます。しかし、話し合いでは解決できないというのが現実です。軍事力と経済力を背景にしない政治外交には実質的な力はありません。強い軍事力と経済力を持たないかぎり、外交を優位に展開させることはできないのです。話し合いで解決できるのは、双方の軍事力と経済力が拮抗している場合に限られます。

軍事力がなければ、国を守ることはできません。双方の軍事力が拮抗しているとき、軍事力が抑止力となって戦争に至らずに済むのです。これを“パワーポリティクス”と言い、世界の常識となっています。

日本人は、この常識が分かっていません。そのため、「話し合いで解決すべきだ」とか「軍事力など必要ない。自衛隊はいらない」と言います。しかし、そうした主張は全くのナンセンスです。日本人の多くは世界の常識が分からず、空想的平和主義・平和ボケに陥っています。

“必要悪”としての軍事力

現在の国際社会では、軍事的な抑止力だけが実質的に戦争を回避する手段になっています。軍事力を抑止力とした時、直接的なぶつかり合いを避けることができるのです。近年、日本を侵略しようとの中国の意図があからさまになってきましたが、それを防ぐには日本が抑止力として軍事力を持つことです。日本が軍事力を備えたとき初めて、無法な国家からの侵略を防ぐことができるようになるのです。

日本のリベラルや左翼の人たちは、「憲法9条によって日本は戦争に巻き込まれることなく平和を維持している」と言います。しかし、その主張は間違っています。日本が第2次世界大戦のあと現在まで戦争に巻き込まれずに済んでいるのは、日米同盟とアメリカの核の傘があったからです。憲法9条のおかげではなく、日米同盟とアメリカの核の傘によって守られているというのが現実です。

軍事力を無視して平和だけを主張する国家は、必ず滅ぼされることになります。この意味で、現時点では軍事力は戦争を抑止する“必要悪”となっています。本来、軍事力という手段などない方がいいに決まっています。誰もが、軍事力に頼ることなく平和が築かれることを願っています。しかし“宇宙のすべての惑星の中で下から2番目”という霊性の低い地球では、軍事力を抑止力とすることで戦争を回避するしかありません。

スピリチュアリズム運動は、地上世界から戦争をなくすことを目的として進められていますが、それはまだ始まったばかりです。地球人類はこれから、霊的真理を指針として霊的進化の道を歩んでいくことになります。長い期間をかけた歩みの中で、人類の霊性が徐々に向上するにともない、それが国家にも反映していくことになります。そして遠い将来には、地上のすべての国が「摂理」に一致した利他的な国家になり、軍事力は必要ではなくなるのです。

“正当防衛”は、神の摂理にあった行為

軍事力は人殺しの手段ですから、本来あってはならないものです。しかし、人類の未熟さゆえに「物質中心主義」と「利己主義」に支配されてしまった地上では、軍事力は“必要悪”となっています。現時点の地上では国家が軍隊を持つことは常識ですが、霊的観点から見ると「どのような動機で軍事力を用いるか」によって善悪の判断が大きく異なります。

軍事力の用い方には2通りあります。一つは、国益拡大のために軍事力を用いて他国を侵略するというケースです。これは“国家エゴ”によるものであり、許されることではありません。もう一つは、他国から一方的に侵略された時、それを防衛するために軍事力を用いるというケースです。これが“正当防衛”です。

正当防衛は、人間がもともと持っている自然権として国際法で認められており、他国からの侵略に対する自衛権として国際連合でも認められています。

正当防衛は、相手の攻撃に対して自分を守るために戦うことです。戦争は明らかに「神の摂理」に反する行為ですが、神から与えられた生命を守ろうとする正当防衛は、「神の摂理」にそった行為と言えます。これを国家レベルにまで拡大すると、国民の生命を守ることは国家としての正当な権利であり、「神の摂理」にそった行為ということになります。

こうした意味から、国家としての最優先事項の一つが国防です。国防は国家の存立に関わる重大事です。政府が他国の侵略から国民の生命を守るために軍事力を持つことは、正当防衛に当たります。それは「正しい動機」から発した行動と言えます。

正当防衛における問題点は、自国を防衛するためにどの程度まで軍事力を保有するかということです。この際に原則となるのが相手国との“軍事バランス”で、軍事力が拮抗していなければ抑止力にはなりません。中国のような軍事力の拡大に奔走している覇権主義的国家は、最終的には必ず軍事力を背景にして周辺国を威嚇・恫喝して従わせようとします。したがって、きわめて現実的な観点に立って対抗能力を備えなければなりません。

日本のように核兵器を保有していない国は、軍事同盟を強化して国防体制を整えていくことが不可欠です。これが今回、安倍政権のもとで進められた安保法制施行の意図なのです。

霊的観点から見た「日本国憲法」――前文に見る“空想的平和主義”

物質中心主義と利己主義が支配する21世紀の地上では、信用して付き合える国は一つもないというのが現実です。世界の国々は、自国と自国民を守るために軍事力を持つことが当たり前だと考えています。しかし、日本だけが全く違った認識のもとにあります。それを具体的に表しているのが「日本国憲法」です。

今回の参院選でも憲法改正が大きな争点となりました。憲法改正で特に問題となっているのは、前文と9条です。9条についてはさまざまな解釈がありますので、ここでは前文について霊的観点に立って少し触れておきます。

前文の中に、次のような箇所があります。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」

日本国憲法  前文

国際社会はエゴで成り立っています。そのため信用できる国はありません。しかし前文には――「私たち日本人は、平和を愛する国際社会の公正さや信義を信頼して、私たちの安全と生存を保持することを決意した」と書かれています。つまり「国際社会を信用して、日本国民の生命を守ってもらうことにした」と言っているのです。世界のどの国の人たちも、自分たちの生命は自分たちの力で守るのが当然だと考えている中で、日本国憲法だけが日本国民の生命を他国に守ってもらおうというのです。

ジャーナリストの櫻井よしこ氏は、この前文に対して次のように述べています。

「国際社会とは何でしょうか。地球上には約200の国々が存在します。その中のどの国に私たちの命や日本の運命を託すというのでしょうか。隣国には台頭著しい中国がいます。でも一体誰が自分の命や家族の運命を中国に託したいでしょうか。(中略)国際社会という漠とした存在に、国民と国家の生存と安全を依拠せよと定めた日本国憲法は無責任の限りです。」

『正論スペシャル』 平成28年4月・産経新聞社発行

櫻井よしこ氏は、まさに正論を述べています。日本国憲法の前文に書かれていることは、観念論にすぎません。前文は、現実の世界がエゴに支配された“弱肉強食”の世界であることを直視しておらず、軍事力の均衡が戦争を抑止するという大原則を無視した“空想的平和主義”と言えます。

日本国憲法の理念は、理想と現実を取り違えています。「霊的真理の普及」によって地上に霊的同胞世界が確立し、「利他主義」に基づく国際社会が築かれるようになった時、初めて他国を信用することができるのです。しかし、現在の地上世界はそうではありません。現実を正しく認識しようとしない幼稚な平和主義は、日本をいっそう危機的状況へと追い込むことになります。霊的観点から見た時、日本国憲法は欠陥憲法であり、改正すべきということです。

空想的平和主義に対して、軍事力による抑止という現実的な観点から国防を考える立場が「現実的平和主義」です。櫻井よしこ氏は、常に現実的平和主義に立って意見を述べています。戦後、左翼思想に覆われていた日本において、彼女の勇気ある行動によって政治家の良心が目覚め、やっと正論が主張されるようになりました。その意味で私たちは、櫻井よしこ氏は日本のジャンヌ・ダルクだと思っています。

スピリチュアリストは、真の反戦平和主義者

スピリチュアリズムでは、物質中心主義と利己主義に立脚した現在の政治には何も期待していません。今後、国際社会の中で戦争を回避するために何らかの提案や努力がなされたとしても、それは根本的な解決方法ではないため、必ず新しい問題が起こってきます。霊的真理が普及し、それが国際社会の理念になることでしか真の平和は訪れません。

戦争をなくし世界平和を確立することは、地上人にとって共通の願いです。誰もが戦争のない世界を望んでおり、その意味ではすべての人が反戦平和主義者と言えます。しかし、霊界観点から地上の実態を眺め、高次元から反戦と平和を訴えていくことができるのはスピリチュアリストだけです。

本当の反戦平和運動とは、人間の心を支配している物欲と利己性を拭い去り、霊界人と同じ霊的同胞意識を持つように人々に働きかけていくことです。全人類が霊中心の生き方をなし、利他愛を実行していくことができるように導いていくことです。霊的真理によって心の根本変革を目指すスピリチュアリズムは、まさに真の反戦平和運動と言えるものです。

スピリチュアリズムの最終目標である「霊的同胞世界」が確立するまでには、千年以上の永い期間が必要です。21世紀の現代に生きる私たちは、遠い将来に実現する「霊的同胞世界」という理想を目指しつつも、“弱肉強食”の世界である現状をしっかりと見据えていなかければなりません。つまり、理想と現実というダブルスタンダードで考え対処していくということです。スピリチュアリストは空想的平和主義者ではありません。「真の反戦平和主義者」として、霊的同胞世界の確立に向けて全力を尽くしていくことが求められているのです。