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シルバーバーチの交霊会が行われていた部屋 初公開!

No.22/2016年12月05日

トニー・オーツセンからのサプライズ・メール

私たちのサークルでは、『シルバーバーチの霊訓』の編者の一人であるトニー・オーツセンと、15年以上にわたって親交を深めています。トニーは、シルバーバーチの霊媒であったバーバネルから厚い信頼を受けていた人物で、シルバーバーチの交霊会にレギュラーメンバーとして参加していました。交霊会の参加者のほとんどが他界してしまった今、彼はシルバーバーチの交霊会の“生き証人”と言えます。

トニーは現在、イギリスで最も権威ある心霊誌『ツーワールズ』の編集長を務めており、英国スピリチュアリズム界のリーダー的存在です。毎月、私たちのもとに送られてくる『ツーワールズ』からは、英国のスピリチュアリズム界をなんとか盛り上げたいというトニーの奮闘ぶりが伝わってきます。

今年の6月、トニーから「日本の皆さんに特別な写真をお見せしたい」といってメールが送られてきました。それは、アパートの賃貸情報としてインターネット上に掲載されていた写真です。一見するとそれは、一般的な貸家の写真と何も変わりないものです。しかしそこは、かつてバーバネル夫妻が住み、シルバーバーチの交霊会が行われていた場所です。

シルバーバーチの交霊会は、1930年代からハンネン・スワッファーが亡くなる1962年まで、スワッファーの自宅で行われていました。その後、バーバネルが他界するまでの約20年間、バーバネルのアパートで続けられました。

トニーは、写真に説明を添えて、交霊会が行われていた当時の部屋の様子を伝えてくれました。以下がトニーからのメールの一部です。皆さんも写真を見ながら、当時の様子を想像してみてください。

1枚目の写真は、アパートの全景です。バーバネル夫妻は結婚してから約50年間、ここに住んでいました。2階の右側、窓が4つある部分が夫妻の住居でした。一番右側は寝室の窓で、その隣りが狭い予備の寝室、そして3つ目と4つ目は居間の窓です。

2枚目の写真は、シルバーバーチの交霊会が行われた部屋です。当時は、窓ぎわには淡い黄色の2人用ソファが置かれていていました。バーバネルはそこに座って入神し、シルバーバーチからのメッセージが参加者に伝えられました。妻のシルビアは、いつもその隣りに座っていました。部屋の左隅にはひじ掛けイスとレコードプレーヤーがあり、その隣りには小さな机がありました。2つの窓の間には整理ダンスがあり、その上には小型テレビが置かれていました。そして、壁には素晴らしいシルバーバーチの油絵(*マルセル・ポンサンによるインディアンの心霊画)が掛けてありました。部屋の右側にはもう一つイスがあり、2人用ソファの前にはコーヒーテーブルがありました。

3枚目の写真は、玄関から入ってすぐの部屋です。この部屋には、ダイニングテーブルと4つのイスが置かれていました。そして、お皿やグラス、ナイフやフォークなどが収められた食器棚がありました。

バーバネル夫妻が住んでいたこのアパートは、ロンドン市内の閑静な住宅街の一角にあります。すぐ近くには、ビートルズをはじめとする有名ミュージシャンが録音を行った「アビーロード・スタジオ」があります。夫妻が住んでいた当時、アパートの家賃は相場よりずっと安いものでした。しかし今、この地区は高級住宅街として知られるようになり、週475ポンド(日本円にして約6万5000円)という驚くような家賃になっています。

アパートの部屋はそれほど広くはありませんでしたが、部屋にはバーバネル夫妻の心遣いが感じられる素敵な家具が置かれていて、とても上品な雰囲気でした。シルビアは、痩せていて寒がりだったので、いつも暑いくらい暖房が効いていました。それに対してバーバネルは、ときどき小言を言っていたことを懐かしく思い出しました。

“荘厳な霊的神殿”で行われていたシルバーバーチの交霊会

トニーのメールから、シルバーバーチの交霊会がどのような部屋で行われていたのかが伝わってきます。そして、バーバネル夫妻が、スピリチュアリストの手本となるような清らかで慎ましい暮らしをしていたことが窺えます。この部屋は、一般の人たちにとっては数あるアパートの一室にすぎません。しかし、私たちスピリチュアリストにとっては特別な場所となっています。

今から30年ほど前まで、この部屋で人類史上最高レベルの交霊会が開かれていました。世界各地から多くの人々がここを訪れ、それまで人類に知らされてこなかった画期的な霊的真理が明らかにされたのです。

シルバーバーチは、交霊会が行われた部屋の様子を次のように語っています。

「大霊の使徒が足繁くこの小さな一室に通うのは、ここが荘厳な神殿だからです。それは、建物が大きいとか、高くそびえているとか、広いということではありません。ここから地上界に光を注ぐことができるということです。」

『シルバーバーチの教え(下)』(スピリチュアリズム普及会)  p.26

シルバーバーチは、この部屋を“荘厳な神殿”と表現しています。交霊会の場は、地上人の目には10人そこそこの参加者が集う小さな部屋としか映りません。しかし霊界から見ると、地上のどんな建物よりも大きくて神々しい霊的神殿だったのです。バチカンのサン・ピエトロ大聖堂もロンドンのセント・ポール大聖堂も足元にも及ばない、光輝く壮大な霊的神殿で交霊会が行われていたのです。

さらにシルバーバーチは――「今夜は、この部屋には5千人もの霊たちが集まっています」(『シルバーバーチの教え(下)』p.29)と述べています。シルバーバーチの交霊会には、交霊会を取り仕切る霊団のメンバーだけでなく、参加者とゆかりのある霊や交霊会を見学に来た霊・地上との交信について学ぶために来た霊など、大勢の霊たちが集まっていました。小さな部屋は、数えきれないほど多くの霊たちで埋め尽くされていて、地上人には想像もつかないような光景が展開していたのです。

霊界から大きな期待が寄せられている、日本人スピリチュアリストたち

シルバーバーチの交霊会は、バーバネルの他界をもって終了しました。それと同時に、この部屋も“霊的神殿”から普通のアパートの一室へと戻りました。シルバーバーチの交霊会は、もう二度と行われることはありません。

スピリチュアリズムは今、展開の足場をイギリスから日本へと移し、ハイレベル・スピリチュアリズム(実践的スピリチュアリズム)として新しい段階を迎えています。170年近くのスピリチュアリズムの歴史において初めて、高級霊が認めるレベルのスピリチュアリズムが、日本で展開し始めています。

現在、日本では霊的真理の普及に意欲を燃やすスピリチュアリストたちが中心となって、各地で質の高い読書会が開催されるようになってきました。スピリチュアリズムに人生を捧げる決意をした人たちが自発的に集う高次元の集まりは、シルバーバーチの交霊会と同じように、多くの霊たちから注目されています。

今後、霊界の真の道具として自らを捧げようというスピリチュアリストが増えるにつれて、無数の霊たちが全面的に協力する態勢が、今以上に整えられるようになっていきます。かつて、ロンドンのアパートの一室が“霊的神殿”となり、霊界と地上を結ぶ“架け橋”としての役目を担っていたように、日本各地で行われる高次元の読書会は、スピリチュアリズム普及の重要な霊的拠点となっていきます。霊界は、スピリチュアリズムの新時代を切り開く開拓者として、日本人スピリチュアリストたちに大きな期待を寄せています。人類救済計画を進展させるために、高級霊が地上に働きかける足場になることが私たちに求められているのです。

トニーの近況

交霊会が行われた当時は若手のホープだったトニーも、すでに還暦を過ぎています。しかし彼は、今もわずかなスタッフとともに『ツーワールズ』の編集長として精力的な毎日を送っています。

1年ほど前、トニーはSNU(英国スピリチュアリスト同盟)やSAGB(英国スピリチュアリスト協会)といったイギリスの名だたるスピリチュアリストの団体から、長年にわたるスピリチュアリズムへの貢献を称えられ、表彰されました。そのとき謝礼が用意されていたのですが、彼はそれを受け取らず、すべてホームレスへの支援に寄付をしました。

そうしたエピソードを聞くたびに、トニーが本物のスピリチュアリストであることを実感します。彼も、現在に至るまでスピリチュアリストならではの苦しい道を歩んできたに違いありません。いくつもの試練を乗り越え、現在も衰退の一途をたどっているイギリスのスピリチュアリズム界をなんとか立て直そうと孤軍奮闘しています。私たちは、人生を懸けてスピリチュアリズムのために力を尽くしているトニーを、真の同志だと思っています。私たちは、今回のメールの返信として、日本のスピリチュアリストたちに貴重な情報を送ってくれた彼の心遣いに心から感謝の思いを伝えました。

それにしても、一体どんな人がこの部屋に住むことになるのでしょうか? 人類の霊的宝である霊界通信が送られてきた場所に、スピリチュアリズムとは何の関係もない、シルバーバーチの名前さえ知ることのない人が住むことを思うと、何とも不思議な、そして残念な気持ちになります。いつの日か、この部屋の新しい住人がスピリチュアリズムを知り、そこで行われていた歴史的な出来事に驚く日がくることを願っています。