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“死後の世界の事実”は、スピリチュアリズムがもたらした最高の恩恵 〈No.1〉

――平均的な人間の死の直後の様子

No.24/2017年09月03日

今年の6月、乳がんで闘病していた“小林麻央”さんが亡くなり、多くの人が彼女の早すぎる死を悼みました。大半の人間にとって、死は最大の不幸であり、悲劇以外の何ものでもありません。しかしスピリチュアリズムでは、死は喜びであり、地上人生を生きたご褒美であることを明らかにしています。そして死別は悲しむようなことではなく、祝福すべきことであると説いています。霊界から見ると地上人の死は、まさに肉体という牢獄から解放される喜ばしい時なのです。

さらにスピリチュアリズムでは、「人間は死んだらどうなるのか?」という問いに対して、従来の宗教が示すことができなかった霊的知識を明らかにしています。地上人は初めて、死後の世界の事実を知ることができたのです。それはスピリチュアリズムがもたらした“最高の恩恵”の一つと言えます。その恩恵を真っ先に受けた私たちスピリチュアリストは、人間の宿命である“死”について、霊的視野で見ていくことが必要です。

人間は死後、どのようなプロセスをたどるのでしょうか。スピリチュアリズムが明らかにした「死の直後の様子」と「死後世界観(他界観)」について、3回にわたって見ていきたいと思います。

スピリチュアリズムが明らかにした「死の直後の様子」

人間はいつか必ず“死”を迎えます。地上人生を終えて、地上に最も近い霊界(幽界)に入っていくプロセスは、本人の霊的成長度や霊的真理を知っているかどうか、また地上での体験によって一人一人異なります。地上で人のために精いっぱい生きた人間と、ごく普通の人間、あるいは極悪非道な人間が死後、全く同じ道筋をたどるようなことはありません。

とは言っても、大部分の平均的な男女、一般的に善人と言われている普通の人間には、ほぼ共通した傾向が見られます。そのプロセスは、次のようになります。

  • 死の眠りからの目覚めと混乱
  • 調整期間(休息所での眠り)
  • 死の自覚の芽生え
  • 迎えの霊たちとの対面
  • 幽界の休息所
  • 幽界での生活の開始

“死”とは、霊体と肉体を結んでいる「シルバーコードが切れる瞬間」のことを言います。シルバーコードは、ハサミやナイフで切るようにスパッと切れるわけではなく、伸びたり縮んだりしながら徐々に細くなって切れていきます。このとき、大半の人は意識を失い、深い眠りの状態に入っています。言わば、全身麻酔をかけられたような状態――これが「死の眠り」です。シルバーコードが切れるとき、本人は何の苦しみも痛みも感じていないのが普通です。よく、死に顔が苦痛で歪んでいるように見える人がいますが、苦しいのは意識を失う前であって、死の瞬間ではありません。

シルバーコードが完全に切れて霊体と肉体が分離すると、やがて麻酔から醒めるように目を覚まします。このとき、本人は霊体だけになって、霊界の最下層に入っています。

死の眠りから目覚めると、ある人はぼんやりした意識の中で、自分とそっくりの人間がベッドに横たわっているのが見えます。そしてその傍らには、泣いている家族や親戚の人たちがいます。それで「自分はここにいるよ」と叫んだり、その人たちの肩を叩いたりするのですが、誰も気づいてくれません。ほとんどの人(他界者)は、こうした状況に戸惑い、不安に駆られるようになります。「自分はどうなったのだろう。頭がおかしくなってしまったのだろうか? 夢を見ているのだろうか?」と、混乱状態に陥ります。

霊的知識を知らない大半の人間は、なかなか自分の死を自覚することができません。混乱状態のまま指導霊地上時代の守護霊や知人の霊が多い)に導かれて、休息所での眠りにつきます。そこで自分の身体(霊体)や精神を霊界に適応させるための調整が行われます。

死から「死の自覚」までの期間は、人によってさまざまです。霊性や知識・地上での習性によって、長くかかる人もいれば短い人もいます。こうした休息所での眠りを通して、身体(霊体)の調整と死の自覚が促され、少しずつ自分が死んだことに気がつくようになります。

死を自覚すると、内在していた霊的意識と霊的感覚が急激によみがえってきます。すると「霊的視野」が開け、すでに他界している親族や親しかった人たちが目の前に現れるようになります。そうした人たちが集まり、霊界入りを心から歓迎してくれます。実は、こうした人たちは死に際してずっと付き添い、霊界入りするための手伝いをしてくれていたのです。

しばらくその人たちと対話をしたあと、多くの人は再び休息所でまどろむような反睡眠状態に置かれます。死んで間もない新参者は、すぐに霊界になじむことができないため、再び身体の調整が行われます。霊体にまとわり付くように残っていた「幽質接合体」の残滓が取り除かれ、霊体だけの存在になっていきます。

休息所では、こうした身体の調整がなされる一方で、地上時代の自分の歩みを回顧する人もいます。自分の目の前に地上時代のさまざまな出来事が映画のスクリーンのように映し出されます。その中にはすでに忘れていた出来事も含まれ、地上でなしたすべての行為が洗いざらい示されます。それを、より高い指導霊のインスピレーションの影響を受けながら見つめ、地上時代の自分の生き方を自ら査定することになります。「自分で自分を審判する」――これが「幽界での審判」と言われるものの実態です。

こうして死後しばらくの間、身体と精神の調整、地上人生の反省というプロセスをたどります。このプロセスは、多くの人の場合、地上の時間にして数日〜数週間で完了します。そして再び指導霊に連れられて、いよいよ「幽界」での新たな生活が始まることになります。

幽界に入るための第一条件は「死の自覚」――生前から霊的真理を知っておくことの重要性

人間が死後、幽界に入っていくために最も重要な条件は、「死の自覚」です。自分が死んだことに気がつかなければ、幽界に入っていくことはできません。「死の自覚」とともに霊的意識が覚醒し、幽界での生活に入ることができるのです。

ここでは、ごく普通の人間の死の直後のプロセスを見てきましたが、こうした人たちは、霊界に対する最低の知識・基本的な霊的真理を知りません。生前、死後の世界に対する準備が全くできていなかったために、自分が死んだことに気づかず、幽界に入るための適応期間・調整期間としての休息が必要になるのです。

こうした人々に対して、生前から死後の世界があることを信じ、霊的世界に対する知識を持っていた“スピリチュアリスト”の場合は、シルバーコードが切れて「死の眠り」から目覚めるとすぐに、自分の死を自覚するようになります。死の眠りからの覚醒と同時に霊的意識がよみがえり、霊的視野が開かれ、待ち受けていた霊界の人々との感激的な再会を果たすことになります。その後、幽界での生活に入っていきます中には、短い調整期間が必要となる人もいます)。生前から霊的真理を学んでいた人は、死後、すぐに自分の死を自覚し、幽界入りのプロセスをスムーズに歩むことができるのです。

一方、それとは正反対の人もいます。死の自覚を持てないどころか、指導霊に「あなたはもう死んでいるのですよ」と教えられても、自分の死を頑なに否定し、まだ地上生活を続けていると思い込んでいます。そうした人は、死の自覚が持てるようになるまで地上近くに留まり続けることになります。これが“地縛霊”です。

こうした地縛霊の中には、地上人に憑依したり、イタズラや悪事を働く者がいて、厄介な問題を引き起こします。地上時代に唯物論者だった者、間違った宗教の狂信者、戦争や事故で突然死んだ者、自殺者なども地縛霊となります。何カ月、何年、時には何百年もの長い間、自分の死を自覚できず、ずっと地上近くをうろつき回ることになるのです。

このように「死の自覚」は、霊界(幽界)に入るための第一関門・第一条件と言えます。死者が自分の死を自覚しさえすれば、次に進むプロセスは自動的に示されるようになります。霊界の人々は、死者が一刻も早く死の自覚を持てるように、さまざまな働きかけをしています。死の自覚を促すために、たいへんな労力を費やしているのです。

シルバーバーチは、日々送られてくる死者に対して次のように述べています。

「こうしている間にも、何百万、何千万という人間がこちらの世界へ送られてきますが、そのほとんどが死後の準備が何もできていないのです。みんな当惑し、混乱し、茫然自失の状態です。そこで我々に、多くの面倒が生じることになります。本当は地上にいるうちに霊的教育を始める方が、ずっと良いことなのです。」

『LIFT UP YOUR HEARTS』  p.98

霊界から見ると、自分の死を自覚できない大半の人々は、地上では平均的な人間であっても、最低の知識さえ身につけていない“霊的な問題児”ということになります。地上時代に「霊的真理」を知っておくことが、いかに重要であるかがよく分かります。生前から霊的真理を学んでいた人は死後、必ず、心の底から「よかった!」と思うようになるのです。