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“死後の世界の事実”は、スピリチュアリズムがもたらした最高の恩恵 〈No.2〉

――死後世界観(他界観)「幽界」について

No.25/2017年10月30日

前回は、平均的な人間の「死の直後の様子」について見てきました。死の直後で最も重要なことは「死の自覚」――自分の死をしっかりと認識することです。この条件が整うと、最初の霊的世界である「幽界」での生活に入っていきます。死の直後には休息所で霊体の調整をしますが、幽界では地上で染みついた地上臭・物質的意識を拭い去ります。霊的真理を知っているスピリチュアリストも、いっとき幽界に留まることになります。

幽界はこれまで“アストラル界”とか“ブルーアイランド”と呼ばれ、多くの霊がその様子を伝えてきています霊界通信の9割以上が「幽界」からの通信)。幽界とは、どのような所なのでしょうか。私たち人間は死後、幽界でどのような体験をするのでしょうか。

今回は、スピリチュアリズムによって明らかにされた幽界の様子と、そこでの生活について見ていきます。

幽界の様子と生活

●地上とそっくりな世界

幽界は地上にとてもよく似た世界で、地上にあるものはすべて存在しています。山や川・海・野原があり、村・町・家もあり、大人も子供も犬や猫もいます。しかも、すべてのものが地上より一段と美しく、明るく輝いています。また、感触も地上と同じで堅さがあり、叩けば音を出すこともでき、冷たさも感じます。

●霊体が新しい身体

霊体は肉体と同じ形をしていますが、肉体よりはるかに精妙にできています。霊体には老化がなく、どの人も若々しい時の状態を保っています。肉体がないため、地上時代の障害や病気はなくなり、眠ることも食べることも必要ありません。地上では多くの人が生活のため・食べるために必死でお金を稼いでいますが、それも不要となります。

●地上時代と同じ考え・性格

死によって肉体はなくなりますが、心(精神)はそのまま幽界に持ち越されます。しばらくは地上時代と同じ考え方をし、性格や癖や人間性を維持しています。

●時間と空間の制約がない

幽界は、外見上は地上とそっくりですが、物質的世界ではありません。そのため時間と空間の制約がなく、地上のように夜がくることはありません。地上ではすべての人間が時間や太陽の動きに合わせて行動していますが、その制約がなくなります。

●思うことが何でも叶う

幽界では、心で思ったことが形をもってすぐに現れます。欲しいと思ったものは何でも手に入ります。また、行きたい所へ瞬時に行くことができ、会いたいと思った人とも会うことができます。地上人からすると、まるで夢のような世界と言えます。

●心と心がテレパシーで通じる

幽界では、お互いの心は“テレパシー”で通じ合います。言葉は必要ありません。自分が考えていることは相手にストレートに伝わり、まさに“以心伝心”です。地上時代は言葉の違いから分かりあえなかった外国人とも、自由にコミュニケーションを取ることができます。

●心の中身が周りの人々に知られる

さらに幽界では、心の中身(本音)が周りの人々に知られるようになっています。そのため、自分の心や過去の行為を隠すことはできません。地上では、自分の本音を隠したり、ウソをついて人を騙すことができますが、幽界ではそうしたことは一切通用しません。

幽界は、霊界へ行くための準備をする場所

このように、幽界は多くの点で地上とよく似ていますが、地上よりもずっと美しく、願ったことは何でも実現する世界であり、まさに“極楽浄土”と言えます。そのため最初は誰もが、「ここに永遠にいたい!」と思います。

しかし、幽界でずっと生き続けていくことはできません。なぜなら幽界は、次の段階である「霊界」へ行くための準備をする場所であり、他界した人間が無理なく霊的世界に適応できるようにとの「神の配慮」によって造られた世界だからです。幽界で地上的意識を拭い去ることで純粋な霊的存在となり、霊界へ赴くことができるようになります。

幽界における“霊的純化プロセス”

では、地上的意識はどのようにして拭い去られるのでしょうか。それは、自分の“地上的欲望”が簡単に満たされる生活に、飽きがくることから始まります。

幽界では地上的なものに魅力を感じているうちは、どれだけでもそれを楽しむことができます。しかし、そうした生活にもやがて飽きがきて嫌気がさし、精神的なものを求めるようになります。ごく自然な形で「霊的意識(霊的本性)」が目覚め、次の世界である「霊界」に入っていくようになります。

例えば、皆さんが有名な高級レストランに行ったと想像してみてください。最初は、ふだん食べたこともないような豪華な料理に大満足するはずです。しかし、それが2日も3日も続くと、そうした料理に少し飽きてきます。1週間も続けば、「もう見るのもイヤ!」とうんざりし、他の料理が食べたくなるのではないでしょうか。

幽界の生活もそれと同じで、自分の欲望が何でも実現することに初めは誰でも満足します。しかし徐々にその生活に嫌気がさし、しだいに虚しくなってきます。霊的純化が進んで地上的意識が拭われると霊的意識が目覚め、精神的・霊的なものを求めるようになります。こうして霊界へ行く準備が整います。そのプロセスをまとめると、次のようになります。

  • 地上的欲望が何でも叶う
  • 幽界の生活への飽き・嫌悪・虚しさ(地上的欲望を捨て去る)
  • 精神的・霊的なものを求め始める(霊的目覚め)
  • 霊界へ

このように幽界における霊的純化プロセスを通して霊的意識が目覚めるようになると、霊界へ行くことができます。精神的・霊的なものを求める思いが湧き上がってくるようになると“眠りの状態”に入り、気づいたら霊界に移動しています。

幽界は、本格的な霊的世界である「霊界」に入るための「霊的純化をする場所」という重要な目的を持っているのです。

通信霊“ローズ”の場合――『500に及ぶあの世からの現地報告』から

霊界通信の多くが「幽界」の様子を伝えていますが、中でも『500に及ぶあの世からの現地報告』当サークル出版)には、その様子が詳細に示されています。そこに登場するローズの、幽界での生活をなかなか捨てられない心情がリアルに伝わってきます。

地上時代、ロンドンで花売りをしていたローズは、紅茶を飲むのが大好きなごく普通の女性です。ローズが最初に交霊会に現れたのは1952〜53年頃で、そのときの彼女は幽界での生活に心の底から満足し、さまざまなことを語っています。

そして約10年後(1963年)に再び現れたローズは、幽界での生活に満足している一方で、少しずつ心に変化が現れています。ローズは指導霊から何度も霊界へ行くことを勧められますが、不安な思いから頑なに拒んでいます。

〈ローズの言葉〉

「こちらの人々が私に、別の世界へ移動するように話して聞かせるのです。しかし、それは私とは違った方法で進歩したいと考える頭のいい人にとってのふさわしい道だと思います。私は今のままで幸せなのに、なぜ別の世界へ行かなければならないのですか? 彼らはいつも“あなたは移動すべきだ、生活を変えることを考え始めるべきだ”と言うのです。しかし私はそのようなことはできません。(中略)

本当に不思議なことですが、人間はいつまでも同じ状態にとどまり続けることはできないようです。いずれ今までの生活に退屈して嫌気がさすようになったり、自分がいる世界のすべてを知り尽くしたと考えるようになります。すると一種の眠りのような状態に陥り、別の世界へ行くのです。

……私はそれが怖いのです。私は別の所へ行きたくありません。多くの友人が“あなたはここを早く出るべきだ”と言います。しかし私にはそれが理解できません。なぜ、人がせっかく手に入れたものを、手放さなければならないのですか? その中で幸せだというのに。それなのにわざわざ自分の知らないものを手に入れよ、と言うのですか? 私はそんなものはいりません。私は、今のままで十分に幸せなのです」

『500に及ぶあの世からの現地報告』  p.325〜p.326

ローズはこのすぐ後で「別の世界へ行くつもりなどない」と言っています。ローズの言葉から、人間は長年地上生活を送ることで地上的意識や物質欲・利己性が“魂”にまで染みつき、それを取り除くことは容易ではないことが分かります。

そして3年後(1965年)に再び現れたローズは、すでに霊界に移動していることを伝えています。つまりローズの場合には、“幽界での霊的純化”に少なくとも13年はかかっていることになります。

重要なことは、霊的真理を知り霊的幸福を求める生き方

本来の住処である「霊界」へ行くためには、地上的意識・物質欲を捨て去らなければなりません。幽界をスムーズに通過するには、地上という物質世界にあっても物欲・肉欲に流されず、「霊的幸福(利他愛の喜び)」を求めて実践する人生を歩んだかどうかが重要なカギとなります。

しかし大半の人々は、霊的なことを何も知らないために、「物質的幸福」を追い求める人生を送っています。「霊的無知」から摂理に外れた歩みをし、幽界での霊的純化に長い時が必要となります。「霊的真理」を知っているスピリチュアリストであっても、知識の収集だけに満足して何も実践しなければ、スムーズに霊界へ行くことはできません。ローズがもし、地上で霊的真理を知り、霊的な喜びを求める生き方をしていれば、こんなにも悩まずに霊界へ行けたはずです。

シルバーバーチはこうした未熟な地上人を救うために、地上で「霊的真理」を学び、それを実践することの重要性を強調しています。「霊主肉従の努力(霊優位の生活)」と「利他愛の実践」を通して魂に“霊的な喜び”を積み上げていくことの大切さを繰り返し説いています。地上人生の目的である「霊的成長」は、自分のことを忘れて人にサービス(奉仕)することによってなされます。見返りを求めない純粋な利他愛の行為が、霊的成長という“永遠の宝”をもたらすことになるのです。

皆さんは、これまでの人生を振り返ってみて、物質的喜びよりも霊的喜び・霊的幸福を求めてきたと言えるでしょうか。胸を張ってそう断言できる人は、幽界をスムーズに卒業することができます。私たちもそれを目指して、スピリチュアリストとして摂理に適った歩みをしていきたいと思っています。