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スピリチュアリズムと天皇・天皇制について

No.32/2019年11月10日

2019年5月1日に新天皇が即位され、国民の天皇への関心が一気に高まりました。日本は祝賀ムード一色に包まれ、連日、メディアは天皇についての特集を組み、映像を流し続けました。そのため普段はあまり天皇の存在を意識することがなかった多くの国民が、天皇について認識を新たにし、皇室への理解を深めることになりました。10月22日には、「即位の礼」の中心儀式である「即位礼正殿の儀」が行われ、国を挙げて新天皇の即位を祝いました。)

ここでは「霊的観点」から天皇と天皇制について見ていきます。それが「スピリチュアリズムの天皇観」です。千年以上の歴史を持つ天皇制は、世界でも類のない、まさに日本特有の政治制度であり、日本の宗教・精神文化の独自性を示しています。海外の多くの識者が、日本に国民の意識を統合する皇室があることに羨望(せんぼう)の眼差しを向けています。自分たちの国にそうしたものがないことを残念がっています。

天皇・皇室に関しては、これまで多くの学者・研究者によってさまざまに論じられてきました。歴史的観点から、政治的観点から、そして宗教的観点から述べられてきました。しかし、スピリチュアリズムの天皇観は、そのいずれとも異なります。スピリチュアリズムでは、天皇とその制度を霊的観点から見ていきます。言うまでもなく霊的観点からの「天皇観」は、スピリチュアリズムによって初めて示されたものです。

(1)“神”から“人間”になった天皇――戦後の「天皇の人間宣言」の衝撃

敗戦直後の天皇制存続の危機

千年以上もの長いあいだ続いてきた天皇制は、太平洋戦争の敗戦直後の昭和20年に、まさに存続の危機を迎えました。連合国側には、天皇の戦争責任を問い、強硬に天皇の処分を要求する声が出ていました。戦後処理にあたった政府関係者は、天皇制の行方を危惧(きぐ)していました。もし国民の中から革命的な雰囲気が盛り上がり、多数の国民が天皇制を廃止し、共和制への移行を望む情勢が展開するようになったなら、GHQは直ちに天皇制を廃止する手続きに踏みだすことになっていました。このように敗戦時には、天皇制の存続はGHQに完全に委ねられた状況にありました。国民の動向を見て、GHQは天皇制を廃止するか存続させるかの判断をしようとしていたのです。

ところが敗戦後に行われた新聞社(読売・毎日)による世論調査では、いずれも圧倒的に天皇制の存続を望む結果が示されました。国民の90%以上が天皇制の存続を願い、廃止を望む国民は5%程度にとどまりました。連合国・GHQは、国民の間に天皇への遺恨(いこん)・批判がほとんどないことに驚き、天皇批判の世論は一部の左翼勢力から出たものにすぎないことを理解しました。この状況がGHQを動かし、天皇制存続へと向かわせることになったのです。そして最終的に新たな憲法のもとで、天皇制を存続させることになりました。

天皇の人間宣言

敗戦によって、それまでの天皇の地位(立場)は根底から変化することになりました。それを決定づけたのが天皇の「現人神(あらひとがみ)否定」、すなわち「人間宣言」でした(※)。これによってそれまで政治権力の頂点にいた天皇は、政治権力の圏外に立つ“象徴天皇”へと大きく立場を変えることになりました。

1946年元旦に、昭和天皇は次のような詔(みことのり)――世にいう「人間宣言」を発しました。「天皇ハ神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ」。これにより、“天皇は天照大神の子孫である”とのこれまでの認識が、根底から否定されることになりました。

“現人神”になった天皇

天皇と皇室の歴史をさかのぼると、その起源は太陽神である天照大神(あまてらすおおみかみ)に行き着きます。長い間、天皇は神話の中に登場する皇祖神・天照大神の子孫として人々から信じられ、受け入れられてきました。天皇は天照大神の直系の子孫(血筋を継ぐ者)として権威を認められ、国民の上に君臨してきました。千年以上もの長い期間、天皇が血脈を通じて神の血統を継承し、現世に肉体を持った神として登場しているとされてきました。これが“現人神(あらひとがみ)”であり、“万世一系の天皇”という言葉が意味する内容です。

現代の日本人の中には、太古の神話の話を歴史的事実そのものと考える人はいないでしょうが、敗戦まで多くの日本人は、天皇を神話と結びつけて信じてきました。神の子孫という天皇の地位は、血統によって世襲され、それゆえ「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」とされてきました。そして天皇は国民から神(現人神)として受け入れられ、皇祖神(天照大神)をまつる祭司長として認定されてきたのです。天皇の権威はすべて、神の血筋を受け継ぐ子孫という点において認められ、正当性を持ってきたのです。

このように戦前まで、日本人は天皇を“現人神”として崇拝してきました。肉体を持った神・肉体を通して現れた神が“現人神”という言葉の意味ですが、それは天皇が天照大神の血統を受け継ぐ直系の子孫であることによって可能になったのです。

古代、天皇家の先祖にあたる有力豪族が、他の豪族を政治的・軍事的に支配して覇権(はけん)を拡大していきました。そして政治的・軍事的支配者としての大王(おおきみ)として立つことになり、それがその後の“天皇”につながっていきました。古代における政治・軍事闘争の結果、大王という政治的支配者が現れ、大王から天皇への制度展開が行われ、最終的に“天皇”を頂点とする“天皇制”というシステムが形成されることになったのです。

そうした天皇を中心とするシステムが完成したのは、672年の壬申(じんしん)の乱を経て成立した天武朝の時代であるとされています。“天皇”という称号も、“日本”という国号も、その時に定められました。このように古代において天皇は政治の実権を掌握し、天皇による直接支配体制が確立されました。

“現人神”から普通の人間に――「天皇の人間宣言」の衝撃

古代において神話に基づく天皇が登場し、その後、歴代の天皇は天照大神の血筋を受け継ぐ子孫“現人神(あらひとがみ)”として存在し続けることになりました。こうして現人神である天皇を頂点とする歴史が延々と続いてきました。その歴史的流れが20世紀半ばの敗戦によって突如、強制的に変更され、天皇制は存続の危機を迎えることになったのです。

日本が戦争に負けたことで天皇の権威は否定され、天皇みずから「現人神ではなく人間であること」を宣言しました。天皇は神ではなく人間であるとの宣言――それが「天皇の人間宣言」です。天皇の人間宣言は、それまで千年以上も続いてきた現人神としての天皇の歴史を、根底から覆すことになりました。古来、受け入れられてきた“天皇は天照大神の子孫である”という日本人の共通認識・日本人の精神を根本から否定することになったのです。

「天皇の人間宣言」は、天皇が自分たちと同じ普通の人間であって、特別な神秘的権威など持っていない、ということを明らかにした出来事でした。一般国民は、ずっと天皇を天照大神の子孫として崇拝してきました。それが突如、間違いだった、天皇は神ではなく人間だった、ということになってしまいました。その衝撃の大きさは、計り知れません。人々は、どれほど大きなショックを受けたことでしょうか。それはクリスチャンにとって、「イエス・キリストという人物は実はいなかった。イエスなる救世主は実際には存在していなかった。聖書の記述はすべて作り話で、それが考古学的に実証されることになった」と公表されるのと同様の衝撃・ショックを与える出来事だったのです。

(2)天皇が特別な権威を持ち続けることができた理由とは――どうして天皇制は長い期間、維持されてきたのか

天皇制は、千年以上もの長い期間にわたって存在してきましたが、その間、天皇が絶対的な政治権力と軍事力を持って国家を支配することで、天皇制を維持してきたのではありません。歴史的事実はそれとは正反対で、天皇は政治的実権と軍事的力を持たないにもかかわらず、一定の権威を持ち続け、天皇制を存続させてきたのです。

日本の歴史を見ると、政治の実権を握った“時の権力者”によって、実質的な支配がなされてきました。天皇はそうした権力者に利用される形で、時にはすがるような立場で存在を維持してきました。時の権力者にとっては、天皇を滅ぼして自分がそれに取って代わることも可能でした。実際、太平洋戦争の敗戦時には天皇の存在が危ぶまれましたが、それと同様の事態が、武士が実権を握るようになってから何度も生じていたのです。

なぜ天皇は時の権力者に滅ぼされずに、生き残ることができたのでしょうか? 軍事的力を持った権力者は、なぜ天皇を滅ぼさなかったのでしょうか? ここでは長い歴史を通して天皇制が維持されてきた理由について見ていきます。政治的実権も軍事力も持たなかった天皇が、千年以上もの期間、存在し続けることができたのには、宗教的理由と政治的理由が考えられます。

1)天皇制が維持されてきた宗教的理由

日本人の死霊(しりょう)・怨霊(おんりょう)への恐れ

歴史書や古典を読むたびに強く感じることは、古来、日本人は“死者の霊・怨霊”に対して異常な恐れを抱いてきたということです。天皇から貴族、そして一般庶民に至るまで、社会のあらゆる階層の人々が“死者の霊”を恐れてきたことが分かります。死者への恐れは、平安時代に“怨霊思想”として、社会全体を巻き込むことになりました。仏教の重要な役目は、死者の救いと怨霊対策になりました。天皇自身も怨霊を恐れてきましたが、実はその天皇は、“怨霊思想”によって存続することが可能になったと言っても過言ではありません。

死者の霊や怨霊が政治を動かす重要な要因になってきた、と指摘する研究者がいますが、実際に日本の歴史は死霊や怨霊によって左右されてきました。当時の人々の死者に対する恐れ・怨霊に対する恐れは、現代人には実感できません。大半の現代人は、怨霊などというものは迷信にすぎないと考えるでしょうが、当時の人々にとっては、怨霊は人生における一大事・人生を決める重大な問題だったのです。現実に、それが政治の動きに重大な影響をもたらしてきたのです。

歴史を正しく理解するためには、“死霊や怨霊に対する恐れ”という宗教的要素を知らなければなりません。政治を動かしているのは政治的野心という欲望だけでなく、死霊・怨霊への恐れが大きな要因になっていることを知っていなければならないのです。

死者の霊・怨霊に対する恐れが、天皇を存続させてきた

時の権力者・支配者は、天皇の権威を利用して政治権力を掌握してきましたが、そうした権力者も、死霊や怨霊に怯(おび)えていました。歴史上、権力者は例外なく死霊や怨霊を恐れ、死後の運命を恐れて神仏にすがり、救いを求めてきました。“怨霊”とは、自分が受けた仕打ちに恨みを抱いている死者の霊のことで、地上の人間(現世の人間)に災いをもたらして報復すると信じられてきました。

もし天皇を殺害したとなると、天皇は“怨霊”となって報復し、大きな災いをもたらすことになります。一般の怨霊による災い程度では済まなくなります。なぜなら天皇は、天照大神の直系の子孫・太陽神の血筋を引き継ぐ子孫だからです。そうした人物を殺害するということは、天照大神に背くことになります。一般の人間を殺害したのとは、罪の重さが違います。時の権力者には、天皇が神の血筋を引き継ぐ子孫であるという観念が、大きな恐れとして迫ってきました。神の子孫である天皇を殺すことに、異常な恐れを抱かざるをえなかったのです。天皇が政治的実権も軍事力もないにもかかわらず存在し続けることができたのは、時の権力者の心の中に、天皇が神の子孫であるという畏怖(いふ)と恐れの思いがあったからです。

以上が、長期にわたって天皇制が維持されることになった宗教的理由です。

戦後の「天皇の人間宣言」は、それまで受け継がれてきた天皇の超越的権威を否定することになった大事件でした。神的権威を否定することで、天皇は国民と同じ普通の人間になってしまったのです。この時、千年以上も続いてきた天皇制は、実質的に消滅してしまったのです。

天照大神の血縁の継承と世襲制

天皇という“宗教的権威者”と、政治的権力者という“世俗の支配者”が併存してきたという点に、日本の統治機構の特色があります。こうした形の統治機構は世界の歴史上、きわめて特殊です。力(政治力・軍事力)のある者が国家を支配するというのが、世界の歴史的常識です。しかし、日本では力がないにもかかわらず、天皇は滅ぼされることなく一定の権威を維持して存在し続けました。

それは天皇に、“天照大神の子孫”という他の誰も持つことができない特殊な血筋があったからです。天皇だけが持つことができる血筋こそが権威であり、この世の権力を超越したものなのです。神の血筋を引き継ぐことによって、天皇は神聖な権威者になることができました。一方、どれほどこの世の権力を持っている人間も、天皇が有するこの権威を手に入れることはできません。

もし天皇の地位が世襲制でないなら、天皇は権威を継承することはできず、あっという間にこの世の権力者に滅ぼされていたはずです。“神の血統”という権威が世襲を通じて引き継がれてきたため、天皇は長い時代を通して権威者であり続け、生き延びることができたのです。

2)天皇制が維持されてきた政治的理由――実権を持たない形式的な象徴的立場

形式的で実権のない天皇の立場――象徴的な権威のみ

天皇制を長い期間にわたって存続させることになった理由(怨霊への恐れ・世襲制)について見てきましたが、実は天皇制が続いてきたのには、もう一つ重要な理由があります。それは天皇が、政治的実権を持たない象徴的立場に留まり続けてきた、ということです。

長い歴史を通じて日本では、天皇を形式的な政治の主宰者としつつも、天皇みずからは政治を行わず、もっぱら祭祀儀礼(さいしぎれい)を執行し、神的権威を維持するという状況が続いてきました。神性(聖性)という権威を認められた天皇が形式上、政治のトップの立場に立ち、実質的には時の権力者が政治を執り行うという政治形態が続いてきました。天皇は世俗的・政治的な権力闘争や派閥闘争から身を引いて、神の子孫であるという権威をもって、世俗の権力から超越し続けました。これが「天皇の象徴的立場・象徴性」ということです。天皇はこの象徴性という形式的地位に留まり続けてきたため、政治権力者が代わっても滅ぼされることなく、存続することができたのです。

700年以上の武家政権時代(鎌倉時代〜江戸時代)、天皇は形式上、政治のトップの立場に立ち続けました。しかし実際には、天皇は世俗の政治の世界から距離を置き、宮中という政治とは無関係な所に身を隠し、神秘的な権威だけを持って存在してきました。これによって天皇は、政治権力者の変遷の歴史の中にあっても、生き延びることができたのです。

時の権力者との、持ちつ持たれつの関係

神性という権威だけを持った天皇と、政治的・軍事的実権を持った時の権力者は、持ちつ持たれつの関係、ある意味でウィンウィンの関係を維持してきました。時の権力者は、天皇から官位を授かることで形式的には天皇の臣下になるものの、支配者としての立場が公的に認められることになります。天皇の承認・お墨付きを得ることで、政治権力者としての立場が正当化されることになります。

実権を持たない天皇が、実権を有する権力者を形式的に従わせる。実権を持たない天皇が、形式的に実権を持つ権力者の上に立つ。こうして天皇は“シンボル的権威者・象徴的権威者”として、国家の頂点に君臨してきました。「君臨すれども統治せず」という立場を全うすることで、天皇制は存続することができたのです。

(3)明治維新における天皇の地位の変遷――歴史的な象徴的権威者としての立場から、政治権力をともなった立場へ

実質的には、象徴的な天皇制が続いてきた

“象徴天皇”というと、戦後、GHQによって初めて登場するようになったものと考えがちですが、実際にはこれまで見てきたように、長い間、象徴的な天皇制と言ってもいいような状況が続いてきました。平安時代には、政治は実質的には藤原摂関家によって支配され、天皇は権威のみを持つ飾りのような立場に立たされてきました。その後、鎌倉幕府によって武家政治が始まると、政治の実権は武士に握られ、天皇は実権を持たない権威的存在者の立場に立たされることになりました。天皇家と武家政権の間に、かつての藤原摂関家と同様な関係が形成されることになったのです。時の政治権力者にとって、天皇は実権を持たない単なる儀礼的存在でしかありませんでした。

このように長い歴史の期間、天皇は政治的権力者に対して神性のみを有する権威的存在者(象徴的存在)として生き延びることになり、時の権力者に屈辱的に従うといった状況が続きました。そうした天皇と時の権力者との力関係は、江戸幕府の時代に端的に示されました。幕府は、朝廷を監視する役所(京都所司代)を設けただけでなく、「禁中並公家諸法度(きんちゅうならびにくげしょはっと)」を制定し、朝廷を厳しく監視し管理しました。さらには徳川の娘を入内(じゅだい)させ、徳川の血を朝廷に入れようと画策しました。朝廷に対する幕府のあからさまな圧力事件として、紫衣(しえ)事件がよく知られています。

天皇が象徴的な権威的存在者として存在する中で、時に政治的権力を取り戻して“天皇親政”を確立しようとする野心的な天皇(後鳥羽上皇、後醍醐天皇など)も現れました。しかし、一時的に天皇側に実権を取り戻したものの長続きせず、天皇親政の試みは失敗に終わり、結局、天皇は象徴的(権威的)存在として、元の「政治的権力者によって擁立された象徴的権威者」の立場に戻ることになってしまいました。

明治維新から太平洋戦争の敗戦までの天皇制は、歴史的には特殊なもの

こうした状況が明治維新とともに、突然、根底から変わることになりました。700年以上続いた武家政権と天皇の立場が逆転することになったのです。江戸末期、幕府討伐を目指す勢力は天皇を担ぎ、徳川幕府を倒して政治の実権を奪い、天皇を政治的権力のトップに置く“天皇親政”を目指しました。西洋の近代国家(特にプロイセン)をモデルとして憲法を制定し、天皇が政治権力を掌握する天皇を中心とした君主国家を確立しようとしました。

大日本帝国憲法(明治憲法)は、まず第1章・第1条に天皇主権を定め、天皇の軍隊統帥権などを規定しています。また第3条では、「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」と明示し、天皇の神聖不可侵条項(神格条項)を定めています。こうして長い間、続いてきた天皇の象徴的ポジションが根底から覆され、天皇を一元とする権力集中体制をつくり上げることになったのです。

しかし、当時のヨーロッパの専制君主国家とは違い、日本ではそれまで天皇が実権を持って政治を執り行うという経験がありませんでした。軍事力によって国家を統制してきた歴史がなかったのです。天皇は、薩長の討幕勢力が幕府を倒した後、形式的にトップに据えられた君主にすぎませんでした。天皇が軍の全権を掌握するという専制君主は、それまでの日本の歴史にはほとんど存在せず、その意味で明治の天皇制は、日本の歴史の上で極めて特殊なものだったのです。明治以降の政治は建前は天皇親政でしたが、実権を掌握した天皇が絶対君主として君臨し、国家を支配するというものではありませんでした。こうした政治的な矛盾が時間とともに噴出し、最終的に軍部の独走を許すことになり、太平洋戦争の敗北という自滅の道をたどることになってしまったのです。

明治以降の天皇制の崩壊は、自ら政権を掌握しようとした後鳥羽上皇や後醍醐天皇が一時的に武家政権から政権を奪取したものの、天皇親政を維持できず崩壊していった歴史的出来事と共通しています。

当時の世界は帝国主義の時代で、西欧列強がアジアやアフリカ・中東地域を植民地にして経済活動領域を拡張していくという弱肉強食の競争が展開していました。中国もアヘン戦争によって西洋列強の餌食(えじき)となり、植民地化が進められ、国内に多くの居留地を存在させることになりました。次は日本が植民地化されるかもしれないとの危機感が日本中を覆い、急いで近代国家の建設を目指すことになったのです。

富国強兵・殖産興業(産業革命)・憲法制定など、近代国家をつくり上げるための改革が急ピッチで進められ、その結果、日本はアジア・アフリカで初めて近代国家の仲間入りを果たし、独立を保つことに成功しました。天皇を頂点に置いた権力集中化は、独立を守るために必要なものだったのです。この意味で明治の政治改革は成功したと言えます。

敗戦によって再び、象徴的な天皇制が復活

形式的に天皇に権力を集中させた明治維新以降の政治体制は、徐々にほころびを見せるようになり、明治憲法のもとでの政治体制は、昭和20年の敗戦をもって崩壊することになりました。戦争の敗北によって、天皇を政治権力者とする天皇制は破綻し、天皇親政は潰(つい)えることになりました。そして天皇は再び、政治的権力から距離を置き、世俗的権力を超越した象徴的な王者という本来の立場に戻ることになりました。

敗戦を機に、明治憲法下の政治権力をともなった天皇制が廃止され、共和制を確立しようとの動きが一部で見られました。しかし結果的には、世論に配慮したGHQと当時の日本の政治家の懸命な努力によって、天皇制の存続が決定されました。そしてそれを機に、本来の象徴的な天皇制が復活することになったのです。

新憲法のもとで、国民を新たな主権者とし、国民と共に歩む天皇として復活することになりました。国民主権と民主主義のもとで、“象徴天皇”として新たな道を歩みだすことになったのです。

(4)天皇・天皇家が存在することの現代的意味――国民の心の統合としてのシンボル・象徴

太平洋戦争の敗戦にともなう「天皇の人間宣言」をきっかけに、天皇の存在意味やあり方が問われるようになりました。「天皇の人間宣言」は、天皇に関する本質的な問題を提起し、激しい議論を巻き起こすことになりました。

21世紀の科学時代において、はたして天皇が存在する意味はあるのでしょうか? もし存在する意味があるとするなら、それはどのようなものなのでしょうか? 天皇の存在は、国家と国民にどのような価値と恩恵をもたらすのでしょうか? ここではそうした“天皇制”に関する問題について見ていきます。

1)象徴天皇制こそが、日本の国体・国柄

歴史上の紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、また敗戦という苦い体験を経て、日本は天皇を象徴とする政治システムに戻りました。そしてそのもとで戦後、安定した国家運営をなしてきました。象徴天皇制こそ、日本人に合った、そして好ましい政治システムであると言えます。

これまで何度も述べてきましたが、象徴天皇制は今回の敗戦によって始まったものではなく、長い日本の歴史を通して維持されてきた、日本独自の政治システムです。ところが明治になって近代国家を目指すあまり、無理に背伸びをして伝統に反した政治体制を導入した結果、戦争という悲劇を招くことになってしまいました。そして敗戦によって再び、本来の象徴的な天皇制に戻ることになったのです。

日本では長い間、時の支配者が政治権力を持ち、天皇は政治権力から距離を置き、精神的・文化的権威を有するという二元主義的な体制(政治レジーム)が続いてきましたが、こうした形での天皇制(象徴天皇制)こそが、まさに日本の国体・国柄と言うことができます。

2)象徴天皇制・立憲君主制の長所

万世一系の歴史――日本は世界最長の国家

神話に基づいて天皇は天照大神の子孫とされ、その地位を血統的に引き継ぐことで、宗教的な最高権威者(祭祀王)とされてきましたが、こうした政治システムのもとで存続してきた国家は、日本以外にはありません。祭祀王である天皇の最も重要な役割は――「国家と国民の幸せを祈り続ける」ということです。世俗の政治に直接関わることなく、一定の距離を置くことによって、祭祀王としての使命を全うすることが可能となるのです。

日本の皇室は、しばしば英国の王室と比較されますが、歴史的経緯の点から見ると両者は根本的に違っています。また、わざわざ言うまでもないことですが、易姓革命を行って次々と政治権力者が王朝を開いてきた中国とも根本的に違っています。日本における統治システムは、一人の権力者が支配権・統治権を獲得し、古い国家を滅ぼして新しい国家を樹立するという形式とは全く異なっているのです。

よく中国5千年の歴史と言われますが、中国という1つの国家があってそれが5千年間、滅ぼされることなく続いてきたというわけではありません。新興勢力が古い国家を滅ぼして、次々と新しい国家を建てるという形で歴史が続いてきたのであって、1つの国家がずっと続いてきたわけではないのです。時には異民族によって支配された時代(元や清)もあります。中国大陸には5千年以上前から人間が住み、権力闘争を繰り返す中で新しい国家が生まれては消えていった、ということなのです。現在の中華人民共和国という国家は1949年に始まったばかりで、その歴史はたかだか70年しか経っていません。日本の1300年に及ぶ歴史と比べると、問題になりません。また古代文明を誇ったギリシャも、ローマ帝国やオスマン帝国に編入され、独立国家として存続してきたわけではありません。

それに対し日本では、古代に天皇を頂点に置く国家が確立され、その後は他国によって滅ぼされることなく、現在までずっと存続してきました。日本の歴史の中では、時の政治権力者が天皇を滅ぼして、それに取って代わろうとする状況も発生しましたが、結果的にそうした方向には向かいませんでした。そして天皇を頂点とする国家が続いてきたのです。時代ごとに政治権力者は代わっても、天皇を頂点とするシステム(政治レジーム)は変わらなかったため、日本という国家は長い歴史を保つことになりました。その結果、現存する国家の中で、日本は世界最古の国家になったのです。

王政と立憲君主制の実情

20世紀を迎えようとしていた1800年代の終わり頃、ビクトリア女王の治世下、大英帝国は全盛期を迎えました。この時期、南北アメリカを除く世界の大半の地域が、国王や皇帝によって支配されていました。しかし第一次世界大戦を機に、ハプスブルグ家(神聖ローマ帝国)、オスマン帝国、ドイツ帝国が崩壊しました。また戦中には、ロシアで革命が起こり、ロシア帝国も滅びました。また第二次世界大戦後には、イタリアは国民投票によって王政廃止を決定しました。第二次世界大戦で敗北した先進国家の中で、君主制を維持することができたのは日本だけだったのです。

一方、アラブ・中東世界では、多くの国が戦後も専制君主制を維持していたものの、各地で革命が起こり、王たちが次々と追放されることになりました。その中でサウジアラビアやクウェートやアラブ首長国連邦は、現在まで強固な王政・専制君主体制を維持してきましたが、今では内部の抗争が頻発し、いつ王政が崩壊してもおかしくないような状況にあります。アジアでは、マレーシア、ブルネイ、カンボジア、ブータン、タイで王政が続いています。これらは現在まで比較的穏やかな政治状況を保ってきましたが、ネパールでは2008年に王政が崩壊し共和制に移行しました。中国の覇権主義の影響を受けて、アジアの王政には今後、大きな動揺が発生することが予想されます。

現在における立憲君主制の意義――国民の心を一体化させ、政治状況を安定化させる

現在、世界には200ほどの国がありますが、その中で君主制を採用しているのは27か国(英国連邦を含めると42か国)です。日本も英国と同様、立憲君主国です。一見すると、君主制は時代遅れの政治制度のように映ります。ところが現在の国際社会では、英国や北欧3国のように国王を象徴とする立憲君主制の国家のほうが、民主主義がスムーズに機能しています。それに対しフランス、イタリア、ドイツ、ロシアなど君主制を廃止した国家では、むしろ民主政治が安定していません。

民主主義の理念に基づき人権を尊重している立憲君主制の国家では、象徴的国王や天皇の存在が国民の心を一つにし、国家を安定させることになっています。日本と英国はそうした立憲君主制の良きモデル国家と言えます。日本と英国は象徴的君主によって、立憲君主制が最も良い形で機能している稀なケースと言えます。

世界中の人々が、日本という先進国家において、天皇という元首が国民から厚い信頼と敬意を受けている事実を羨ましがり、驚きの眼差しを向けています。国民が天皇と心を合わせることによって象徴天皇制がスムーズに機能し、日本は国家としての尊厳を保つことになっているのです。

英国の立憲君主制に対するシルバーバーチの言葉

霊的に見たとき、神が造られた世界には、国王や天皇という特別な人間は存在しません。それは「霊的無知」であった地上人類が、霊的未熟さからつくり上げた負の歴史的遺産なのです。とは言っても、スピリチュアリズムでは、今すぐにすべての君主制や王政・天皇制を廃止すべきとは考えません。先に述べたように現在の日本にとって、象徴天皇制はきわめて良い精神的影響力を国家と国民にもたらしているからです。

ある日の交霊会で、シルバーバーチに次のような質問がなされています。日本の皇室問題にも関係した質問で、それに対するシルバーバーチの答えは、とても重要な内容に言及しています。

(質問)――共和国となった現代でも英国は「王室」という体制を維持していますが、これは意義のあることでしょうか。

「はい、意義のあることです。なぜなら国民を一体化させるものは大切にすべきだからです。国家は拠って立つべき共通の要素によって一体化を求め、国民全体が一丸となるべきです。一体化を妨げ分裂させようとする者たちに私たちが批判的なのは、そのためです。魂が解放されれば、おのずと互いに近づき合いたくなるものです。」

『シルバーバーチの教え(上)』(スピリチュアリズム普及会)  p.62〜63

このシルバーバーチの言葉は、現在の英国の立憲君主制のあり方を支持する見解です。霊的観点から見るなら、国王(女王)は国民と等しい一人の人間・一人の大霊の子供に他なりません。しかし、歴史の変遷を経て至った現在の英国王室の存在を、霊的に良いものと認めているのです。国民の心を一体化させ、団結させることになり、それは摂理に一致していると言っているのです。

これと同じことが、現在の日本の天皇・皇室にもそのまま当てはまります。天皇・皇室の存在は、国民の心を一致させ・団結させるという霊的・精神的恩恵をもたらしています。現在の日本国憲法は、戦後、アメリカによって押し付けられたものとして批判されますが(実際にそうですが)、新憲法のもとで象徴天皇制が確立されたことは、結果的に日本国家と日本国民にとって、とても良かったと言えるのです。しかし、今の日本国憲法には多くの問題や欠陥があり、憲法を改正する必要があります。特に国防・安全保障に関係する条文は、一刻も早く改正すべきです。)

3)利他性の手本を示している天皇

天皇・皇室の国事行為は「利他性の摂理」に近い崇高な実践行為

日本が象徴としての天皇を君主とし、国民が象徴天皇と心をともにすることによって、国家全体に安定性がもたらされます。災害時に天皇の見舞いを受けた被災者は感動し、大きな勇気を与えられています。もし天皇・皇室が、憲法に示された立場に安住して国民との触れ合いを避け、皇居に隠れたままの生活をしているとするなら、国民は天皇・皇室に親近感を抱くことはないでしょう。天皇・皇室が、自分たちの生活だけに関心を向けているとするなら、国民の敬意を得ることはできません。

国民が無条件に天皇に敬意を寄せるのは、天皇がこの世の利害や自己の幸せを超越して、無私の生き方・国民の幸福を優先した生き方をしているからです。天皇が私利私欲を離れ、ひたすら国民の幸福を願い祈る姿は、スピリチュアリズム的に言えば、まさに大霊が定めた「利他性の摂理」を実践していることなのです。天皇以外に、国家の安寧(あんねい)と国民の幸福のために日々、祈り続けている日本人がいるでしょうか? 自分の利益を全く考えず、ひたすら国家と国民のために祈り続けている人間がいるでしょうか?

世の中には、人々のため・社会のためと言いながら、実際には自分の利益を優先し、自分の家族の幸せだけを願い、自己の欲望を満たそうとする偽善的な人間があふれています。現在の地上世界は、“物質中心主義”と“利己主義”に覆われています。日本という国家と国民を見ても、物質中心主義と利己主義に支配されていることが分かります。そうした中で、一切の私利私欲を超越して国家と国民のためだけに祈り続ける天皇の姿は、利他的な生き方そのものと言えます。

スピリチュアリズムを主導するイエスをはじめとする高級霊たちは、すべての地球人類の幸福を願い、そのために自己の幸福を犠牲にして全力で働き続けています。そうした高級霊と比べると、天皇の生き方はスケールは小さくとも、間違いなく無私無欲の利他的な生き方であり、摂理に一致した実践と言えます。口先で愛を語るのではなく、日々の祈りを通して、また日常の行為を通して、国民への利他愛を示してきたのです。こうした人物が国家のトップに立っていることは、日本国民にとって、何と幸せなことでしょうか。実はそれが“象徴天皇制”の最も本質的な意義なのです。

利他性の手本を示している象徴天皇

「利害を離れたところで、国家の元首が国民のためにひたすら祈りを捧げる」――これは国民にとって、本当にありがたいことです。これほど素晴らしい手本はありません。それゆえ天皇は、人々の心に感動を与えてきたのです。

天皇の日々の利他的実践の中に、真に崇高な行為・最も純粋な信仰者の姿を見ることができます。天皇は国家の精神的支柱として、重要な役割を果たしています。「一国の中心者が、政治的権力とは関わりのないところで、ひたすら国家の安寧と国民の幸福のために祈りを捧げ、精神的統合のシンボルとして存在し、人々がそれを認め受け入れている」――こうして象徴天皇制は、効果的に機能することになっているのです。

戦後、天皇は人間宣言をし、国民と同じ人間であることを公言し、そのもとで象徴天皇としての歩みを模索してきました。こうした天皇の努力を通して、「純粋な利他的奉仕に励む」という象徴天皇制の形が確立されました。天皇のあり方・生き方は、私たち国民にとってまさに良き手本であり、海外に誇るべき宝と言えます。

(5)スピリチュアリストは、皇室問題にどのように臨むべきか――皇室問題に対するスピリチュアリストの姿勢とは

天皇に関する問題を、さまざまな角度から見てきました。宗教や政治の観点から、歴史の観点から、また霊的観点から見てきました。それらを通して天皇と天皇制に対する新たな理解ができたものと思います。ところで遠い将来にも、現在の天皇制は存続することになるのでしょうか? それとも、いつか天皇制は消滅してしまうのでしょうか?

ここではそうした問題を含め、天皇制に対する私たちスピリチュアリストの姿勢について見ていきます。天皇制をめぐる議論は、とかくヒートアップしがちですが、私たちスピリチュアリストはそうした議論に対して、どのような態度で臨むべきでしょうか? 天皇制に関するスピリチュアリズムの見解とは、どのようなものなのでしょうか? こうした問題について見ていきます。

「スピリチュアリズムの天皇観」の大原則――天皇もすべての人間と同じく、一人の“大霊の子供”にすぎない

戦後、天皇みずからが「人間宣言」をしたにもかかわらず、いまだに天皇を神聖視する傾向があります。多くの国民が、天皇を無条件に特別な人間と見なしています。

スピリチュアリズムの天皇観とは、天皇を「霊的観点」から見たときの見解です。スピリチュアリズムの天皇観における重要な内容は――「天皇といえども一般の人間と同じく、大霊の分霊を受けた“神の子供”である」ということです。天皇も死後、霊界で新たな生活を始めるようになります。霊界で永遠の霊的成長の道を歩みながら、一歩一歩、霊の親である大霊のもとに近づいていきます。「天皇も私たちと同じ大霊(神)の子供にすぎない」――これが霊的観点から見たスピリチュアリズムの天皇観のポイントです。

ある日の交霊会で、シルバーバーチは次のように述べています。

「大霊の目から見れば皆、大霊の子供であり、兄弟姉妹なのです。私たちの教えは単純ですが、真実です。それは大霊の摂理を基盤としているからです。」

『シルバーバーチの教え(下)』(スピリチュアリズム普及会)  p.59

シルバーバーチの言葉は、天皇に対するスピリチュアリストの基本的な考え方を示しています。スピリチュアリストは天皇に対して、常に自分と同じ大霊の子供であるという霊的視点を持ち続けなければならないのです。

天皇を過度に崇敬することは間違い――世界人類は皆、“神の子供”という見方を優先すべき

天皇に関係する問題は、どこまでも「霊的観点」から考えなければなりません。そうでないと、次元の低い利己的国家主義・民族主義(ナショナリズム)の議論に堕ちてしまいます。繰り返しますが、スピリチュアリズムでは、地球上のすべての人間は等しい“大霊の子供”であり、お互いが神の愛によって結ばれた“霊的兄弟姉妹”であると見なします。大霊から発した共通の霊的絆が、全人類を結びつけていると考えます。

霊界では、すべての霊が“大霊”とその“摂理”を信仰対象としています。大霊である神と、大霊が造った摂理以外に、絶対的に崇拝・帰依するものはありません。それが、すべての霊界人に共通の宗教・信仰を形成しているのです。

スピリチュアリズムは、霊界における「唯一・共通の宗教」の地上版と言えます。したがって私たち地上のスピリチュアリストには、“大霊”である神と、大霊が創造した“摂理”以外に信仰対象はありません。それ以外のものを崇拝することは間違っています。私たちスピリチュアリストが、天皇を特別な存在として考えたり、特別視することは間違っています。スピリチュアリストは、天皇よりも大霊を優先しなければならないのです。

海外の王政も日本の天皇制も、もとはと言えば地上の「霊的無知」な人間が生みだした産物であり、その存在は霊的摂理と一致していません。天皇という特別な存在者がいること自体、神の摂理に反しています。王政も天皇制も、地上人類の霊的進化の未熟さを反映しているのです。

王室の存続よりも重要な問題がある

天皇制の維持に関係した興味深いシルバーバーチの言葉があります。それは、1936年に英国の王室が存続の危機に直面した際のシルバーバーチの言葉です。時の国王エドワード八世が、二度の離婚歴がある米国女性シンプソンとの結婚のために王位を放棄することを宣言し、それによって君主制の存続が危機的状況に陥り、英国中が大騒ぎになりました。

そうした時に開かれた交霊会で、シルバーバーチは次のように述べています。

「この度の事件には学ぶべき大きな教訓があることを申し上げたいと思います。いかなる事態にあっても、永遠なるもの・霊的なものから目を逸(そ)らしてはなりません。この場合も、あまり英国の王政や王権にこだわった考え方ではなく、地上は神の摂理によって支配されている世界であるということを念頭に置いた考え方をしなければなりません。地上世界は、まだまだそれからは程遠いのです。

しょせんは一人の人間にすぎない者に過度の崇敬を向けてはなりません。宇宙には、たった一人の王・全生命の王しか存在しないことを忘れないでください。その王の御国においては、すべての子供が等しく愛され、豊かな恩寵(おんちょう)が欲しいだけ分け与えられるのです。

王室の華麗さに魅惑されて肝心な永遠の実在から目を逸らしてはなりません。悲劇と暗黒の中にいる人、その日の食べ物にも事欠く人、太陽の光も届かない場所で生活している人――要するに大霊が用意された恩恵に十分に浴せない人たちがいることを忘れてはなりません。

王室一個の問題より、もっと大きな仕事・もっと大きな問題へ関心を向けてください。涙ながらに苦境を訴えている多くの人々のことを忘れてはなりません。その痛み、その苦しみ、その悲しみは、王室一個の難事よりもはるかに大きいのです。」

A Voice in the Wilderness

英国の王室存続に関するこのシルバーバーチの言葉は、日本の皇室にもそのまま当てはまります。シルバーバーチは、皇室存続の問題よりも、ずっと重要な問題・優先すべき問題があると言っているのです。それこそが天皇・皇室に関するスピリチュアリズムの見解であり、私たち日本人スピリチュアリストが持つべき基本的な姿勢なのです。

スピリチュアリズムは、人類全体の救いを目的にしています。地球上の悲劇の元凶である「霊的無知」を霊的真理によって解消し、人類を支配している“物質中心主義”と“利己主義”という2つのガンを追放し、地上からさまざまな悲劇を消滅させることを目的にしています。こうした形で「地球人類の救済」を目指しているのです。スピリチュアリズムが対象としているのは全人類であり、人種・民族・国家というワクを超えたすべての“神の子供”です。今の人類だけでなく、今後、新たに地球上に誕生してくる未来の神の子供たちをも対象としているのです。

地球上の全人類の前に、日本という一国はそれほど重要ではありません。スピリチュアリズムにとっては、日本人よりも全人類のほうが大切なのです。したがってスピリチュアリストは、日本一国の出来事だけに意識を向けていてはなりません。常に全人類の救いと霊的進化と幸福に意識を向けるべきなのです。

皇位継承の問題について

令和という新しい時代を迎えた皇室の大きな課題は、安定的な皇位継承です。皇位を継承する資格のある皇族は、現在3人しかいません皇嗣秋篠宮殿下と、その子供である悠仁さま、そして常陸宮さまの3人です)。そのため古代から現代まで貫かれてきた「皇位継承の大原則」――男系の男子による皇位継承の存続が難しくなる可能性が出てきました。多くの日本人が、今後の皇位継承に関して危機感を抱いています。そうした危機的状況を回避するために、“女性宮家の創設”や“女性天皇の容認”、“男系男子の血統を持つ旧宮家の復活”、そして“女系天皇の容認”といったさまざまな方法が考えられています。

女系天皇の擁立は、これまでとは別の王朝を創設するに等しくこれまで実際には存在してこなかった)、万世一系の伝統を崩壊させることになるとの理由で、多くの人々が猛烈に反対しています。とは言っても最近の世論調査によれば、60%を超える人が女性宮家の創設に賛成し、女系天皇に賛成する人も同じく60%を超えています。

このように“天皇制”をめぐって国民の間に激しい議論が巻き起こっていますが、それに対するスピリチュアリズムの見解は明快です。天皇自身が人間宣言をし、長い間、国民が抱き続けてきた間違った天皇像が否定された以上、もはや血統の継続・世襲制にこだわる必要はない、ということです。世俗の政治権力を超越したところで国民の幸せを祈り、国民の心を一つにするというシンボル的な元首にこそ存在意義があるのであって、それこそが“真の象徴天皇”に他なりません。そうした天皇であるなら、世襲かどうかは本質的な問題ではないのです。

したがって将来、女性が天皇になっても、また女系天皇が擁立されることになってもかまわないということです。象徴としての天皇が現実に存在し、国家と国民の幸福のために祈り続けているというところに、天皇制の“真の存在意義”があるのです。

皇室典範は、従来の血縁信仰に基づく考えを原則としています。血縁信仰という物質次元の考え方を土台とする法律です。人間がつくった神の摂理に反する法律なのです。皇室典範の第1章・1条では、「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」と規定していますが、「霊的観点」から言えば、天皇を男系に限定する必要はなく、男子にこだわる必要もありません。摂理に反する皇室典範は、変更すべきなのです。