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新型コロナウイルスによる災禍とスピリチュアリズム 〈No.1〉

No.34/2020年06月29日

新型コロナウイルスの感染拡大によって世界中がパニックに陥り、人々は“死の恐怖”に怯(おび)えることになりました。これまで体験したことのない緊急事態の中で不安と混乱が広がり、人々は檻(おり)に閉じ込められた動物のように窮屈な生活を強いられることになりました。急速な感染拡大によって医療崩壊の危機が迫り、すでに経済破綻が始まっています。世界大恐慌の勃発(ぼっぱつ)も、ほぼ確実な状況になりつつあります。日本では収束に向かっていますが、地球規模で見ると、ウイルスは依然として猛威をふるっています。新型コロナウイルスによる災禍が収束した後には、世界は今より大きな苦しみの中に立たされることになるでしょう。

新型コロナウイルスによる災禍は、日本にとって、まさに第二次世界大戦以来の国難です。東日本大震災や最近の台風・水害の被害によって多くの日本人が不幸の中に追いやられましたが、今回のウイルス禍は、日本だけでなく人類全体を巻き込んだ世界規模の悲劇を生み出しました。こうした事態について、私たちスピリチュアリストはどのように考え、対処したらよいのでしょうか。

スピリチュアリズムでは、地上のあらゆる出来事を「霊的観点」に立って眺めます。霊的観点から眺めるということがスピリチュアリズムの最大の特徴であり、他の宗教や思想と根本的に違っている点なのです。地上の出来事を霊的観点から眺めるということは、霊界人と同じ立場に立って考え・判断するということです。それは「霊的真理」を手にしたスピリチュアリストだけに与えられた特権と言えます。

地上的視点で見れば、今回のウイルス禍は“大災厄・大悲劇”ということになりますが、それを霊界サイドから眺めると、全く違った見方ができるのです。重大な結論を言えば――「霊界人は今回のウイルス禍を、私たち地上人ほど深刻なものとは考えていない」ということです。霊的に見ると、それは地球上のありふれた災難の一つに過ぎず、さほど重大な出来事ではありません。大した出来事ではないどころか、今回のウイルス禍は地球人類にとって良い面もある、ということなのです。

新型コロナウイルス災禍は、地上世界の“経済至上主義”に警告を発し、急ブレーキをかけることになりました。これまでの物質的な豊かさだけを追い求めるあり方に対して反省を促し、根本からそれを改める機会をもたらすことになりました。

今回のウイルス禍には、もう一つの良い面があります。それはこの災難を通して、中国の野心と本性が明るみに出て、世界中の人々が警戒心を持つようになったことです。中国共産党が支配する“一党独裁国家”は、本気で世界征服を目論(もくろ)んでいますが、その野望に欧米をはじめとする世界各国が気がつくようになったのです。これまで中国に騙されてきた世界の国々が、中国の実態を知り、距離を置くようになったのです。

本稿では、新型コロナウイルスに関するスピリチュアリズムの見解を、4つのポイントを中心に述べていきます。1つ目のポイントは、新型コロナウイルスとは何か、どうしてこうした災禍が発生するようになったのか、ということです。これについての答えを霊的観点から見ていきます。

2つ目のポイントは、新型コロナウイルス災禍が、地上世界を覆っている“経済至上主義”に対して急ブレーキをかけることになった意味についてです。今回の災禍は、霊的に見れば決して悪いものではなく、むしろ地球人類にとって必要なものであることを述べていきます。新型コロナウイルスがもたらした災禍の意味を霊的観点から明らかにしていきます。

3つ目のポイントは、新型コロナウイルス災禍が世界に与えた衝撃と、今後の国際情勢に及ぼす影響についてです。特に中国の情勢を中心に見ていきます。世界制覇を企て、中華帝国建設の野望を抱く中国共産党による“独裁国家”は、現在の地球上における最大のガンであり、人類の敵と言うべき存在です。今回のウイルス禍は、中国に大きな衝撃を与えると同時に、日本の安全保障に関する深刻な問題を提起することになりました。

4つ目のポイントは、今回のウイルス禍がもたらしたさまざまな教訓と、この災禍に対する私たちスピリチュアリストの考え方・姿勢についてです。「霊的真理」を知っているスピリチュアリストは、一般の人々とは考え方・姿勢が違っていなければなりません。こうした4つのポイントを中心に、新型コロナウイルスがもたらした災禍について述べていきます。

本稿の内容は次のようになっていますが、これを2回に分け、今回は(1)と(2)を、次回は(3)と(4)を取り上げます。

(1)新型コロナウイルス発生の根本原因は何か?

今回の新型コロナウイルスは、中国・武漢において発生しました。その発生源については、野生動物市場から自然発生したものという見方と、武漢のウイルス研究所から流出した人工的なものという見方があります。生物兵器の可能性が疑われ、専門家による研究施設への立ち入り調査が求められてきましたが、中国政府は頑(がん)として受け入れようとしません。中国共産党の独裁体制の崩壊に結び付く危険性があるからです。結局、新型コロナウイルスの発生源は明らかにされず、うやむやのままで終わってしまうことになるでしょう。

今回の新型コロナウイルス災禍のような微生物による悲劇は、一度限りのものではなく、今後も繰り返し発生することが予想されます。世界中を巻き込んだウイルス災禍の直接的な加害者は、言うまでもなく“ウイルス”です。初めにこのウイルスについて見ていきます。そしてそこから今回の災禍の真の原因を「霊的観点」から明らかにしていきます。

1)ウイルスと人間は本来、共存・共生の間柄

ウイルスと人間は、共存・共生関係にある

最も重要な事実は、あらゆる生命体は「神(大霊)」によって生み出された、ということです。ウイルスも人間も共に、神によって創造された生命体です。生物学的には、ウイルスは生物と物質の中間体ということになりますが、生命を持っているという点では生命体に属します。

そのウイルスと人間は本来、共存・共生関係にあります。地球上の生物の体内で生息しているウイルスは200万種以上にのぼり、そのうち野生の哺乳動物の体内で生息しているウイルスは32万種を超えると推測されています。そうしたウイルスの大半が、人間に害を及ぼすことなく生息しているということは、「ウイルスと人間は、共存・共生関係にある」ということを示しています。

ウイルスなどの微生物が人間や動物の体内で生息しているということは、微生物が人間や動物を宿主(しゅくしゅ)としており、微生物にとって人間や動物は、みずからの生存のために不可欠な存在であることを示しています。ウイルスにとっては、宿主である人間や動物が死んでしまうことは自分自身の生命も失うことであり、最大の危機なのです。ウイルスと人間は本来、共存・共生関係にあります。ウイルスは“生態系”維持の陰の主役であり、人間をはじめとするあらゆる生命体が存続するために必要不可欠なパートナーなのです。

もしウイルスが人間や動物にとって有害な存在であるなら、地球上の生命体はとっくに死滅していました。人間の愚かで間違った行為人間中心の政治・経済・科学などの営み)が、人間にとって有益なパートナーを有害な存在に変身させてしまったのです。人間にとって有害なウイルスは、人類の“利己的欲望”が生み出したものであって、ある意味で被害者ということになります。

新型コロナウイルスは、「自然法則」に反した人間の生き方によってつくられた被害者

地球上の人間が「自然法則(神の摂理)」に一致した生き方をし、自然界と調和を保っていたなら、今回のようなウイルス禍は発生しませんでした。摂理に反した人間の利己的・自己中心的な生き方が自然界との調和を崩し、ウイルスとの共生関係を壊して人類に害を及ぼす存在にしてしまったのです。

ウイルスは、人間が地上世界で生存していくための不可欠な働きをしています。そのウイルスを人間の敵にしてしまった原因は、人間自身にあるのです。地球上の“生態系”を破壊するような行為は、まさに“エゴの極み”と言えます。地球人類のエゴ的活動が生み出したウイルスが拡散して“パンデミック(世界的大流行)”を引き起こし、人々に大きな苦しみと恐怖をもたらすことになったのです。

こうした“パンデミック”による悲劇は――広い視野(霊的観点)から見れば「生態系という調和システムによるバランス回復機能」と言えます。摂理の働きによって生じた「自然界との調和を取り戻すための現象」ということです。「自然界との調和を取り戻し、微生物との共生関係を修復する作用」ということなのです。新型コロナウイルスは、「自然法則(神の摂理)」に反した生き方をしている人間がつくり出した被害者です。人間の利己的・自己中心的な生き方によって奇形化させられ、“人類の敵”に仕立てられてしまった被害者なのです。

2)新型コロナウイルス災禍をもたらしたのは、人間の間違った生き方

今、世界中の人々が、新型コロナウイルスを人類にとっての“最大の敵”と見なしています。姿の見えない厄介な敵、しかもまだ完全な治療薬のない恐るべき敵と見なしています。しかし、それを霊的観点から見ると、今述べたように「人間の間違った生き方が生み出した被害者」ということになるのです。

新型コロナウイルスのような人間に害を及ぼす微生物が発生する原因について、シルバーバーチは驚くような見解を示しています。それは地上人には思いもよらない内容ですが、すべての霊界人に共通する見方なのです。

「人間が正しく生きているとき、こうした問題(微生物による病気の発生)は起きないでしょう。人間の生き方は、地上の環境のすべてに反映するのです。人間が生き方を正せば、克服できないような問題は生じなくなります。人間の行為と環境との間には密接な関係があるのです。」

『LIFT UP YOUR HEARTS』

シルバーバーチは、人類が直面している新型コロナウイルス災禍の根本原因を、霊的観点からずばり明らかにしています。地球上に蔓延し、人々を恐怖のどん底に陥れているウイルス災禍の原因は――「人間の間違った生き方にある」と断言しているのです。大半の人々は、新型コロナウイルスは突然、発生したものであり、一方的に降りかかってきた災難であるかのように思っていますが、シルバーバーチはそうした考え方を根本から否定しているのです。

中国で新型コロナウイルスが発生したことについては、「間違った生き方」という人類に共通する原因があったからです。そうした共通の霊的背景がなければ、人間に害をもたらすようなウイルスが発生することはなかったはずです。中国という地球人類の醜さを凝縮した国家から有害なウイルスが発生したのには、必然的な霊的理由があったのです。

人間の間違った生き方とは――「自然法則(神の摂理)」に反した不自然で不調和な生き方のこと

では、シルバーバーチが言う、新型コロナウイルス災禍を引き起こすことになった「人間の間違った生き方」とは、どのようなものなのでしょうか。新型コロナウイルス災禍の根本原因である「人間の間違った生き方」とは、具体的にどのようなことを指しているのでしょうか。

それは、地球人類の考え方と生き方(行為)が「自然法則(神の摂理)」に反していた、ということです。摂理に反した人類の生き方が、今回の新型コロナウイルス災禍を引き起こしたのです。ウイルス禍が全世界に及んでいるということは、人類全体の生き方が摂理に反していた、ということを意味しています。

「神の摂理」とは、神(大霊)が宇宙・万物を創造し、それを維持するために設けた法則・決まりのことです。自然法則もその1つで、人間は自然法則に一致した生き方をすることによって自然界と一体化し、調和状態に置かれるようになります。そのとき人間に、自然界と調和したことによる喜びと充実感がもたらされ、健康を手にすることができるようになるのです。

病気は、人間が自然法則(神の摂理)から逸脱し、自然界と不調和状態に陥ったことで発生します。すべての病気は、自然法則に反した不自然で不調和な生き方から発生するものなのです。これが、「人間の間違った生き方が、人間に害を及ぼすウイルスを発生させることになった」というシルバーバーチの言葉の意味なのです。

「自然法則」に反した不自然で不調和な生き方とは――人間の利己的・自己中心的な行為のこと

人間の生き方に関する法則(摂理)の中で最も重要なものが、「利他性の法則」です。自然界とそこに存在するもののすべてが、「利他性の法則」によって支配されています。したがって人間が「利他性の法則」に一致した生き方をすれば、自然界との調和が維持されることになります。それに対し、「利他性の法則」に反した利己的・自己中心的な生き方をすれば、自然界との一体性が失われ、自然界との調和が崩れることになります。それによって自動的に、人間に苦しみや痛みがもたらされるようになるのです。

人間中心の利己的な行為が自然界の秩序を乱し、自然環境を破壊し、他の生物との調和関係を崩壊させることになります。人間の利己性が自然界との調和を崩し、自然環境を破壊して“生態系”という調和システムに悪影響を及ぼすのです。今回の災禍に関して、「このウイルス禍は人間がもたらしたものである」と述べている識者がいますが、まさにその通りなのです。

医学が発達すれば、ウイルスなどの微生物による病気は制圧されるようになると言う人がいますが、それは間違いです。ワクチン開発によって人類は感染症を制圧することができると考えるのは間違いです。“天然痘撲滅”という1つの成功例をもって楽天的に考えるべきではありません天然痘は、人類が根絶に成功した唯一の感染症)。人間の生き方が変わらないかぎり、感染症はなくなりません。次々と新たな感染症が発生して、人類はその都度、混乱させられ苦しむことになります。

3)新型コロナウイルス災禍は、人間が「神の摂理」に反したことへの自業自得の結果――コロナウイルス対策を“人類の敵との戦い”と言う的外れ

“人間の生命だけが大切、人間さえよければそれでいい”と考える、人間の利己性・自己中心性

今回の新型コロナウイルス災禍に人々が怯(おび)えているのは、感染によって人間の生命が奪われることになるからです。ワクチンや治療薬がないために、多くの人命が失われるようになることを恐れているのです。人類の歴史の中には、14世紀にヨーロッパを襲ったペスト災禍のように大量の人命が失われた悲惨な出来事がありました。ペスト感染によって、当時のヨーロッパ人口の3分の1が失われました。ルネッサンスの発祥地であるイタリアのフィレンツェでは、都市の人口の半数以上が失われました。)

人間の生命が尊いものであることは、言うまでもありません。したがって“死”は、人間にとって最大の不幸であり、悲劇であるということになります。スピリチュアリズムでは“死”を悲劇とは考えず、地上世界の不自由さから人間を解放してくれるありがたい出来事としています。霊的観点から見れば“死”は、霊界における永遠の人生の出発点であり、祝福すべき時なのです。)

人間が感染症や自然災害を恐れるのは、大切な人命が失われることになるからです。ここで視野を広げて、他の動物にも意識を向けてみましょう。すると、人々が心配しているのは自分たち人間の生命が失われることであって、動物や家畜の死を恐れているのではないことに気がつきます。

“動物虐待”という人間の摂理違反

ペット以外の動物や家畜の死に、人々の意識が向けられることはほとんどありません。人間の生命だけが大切であって、他の動物の生命は大切ではない、ということです。大半の現代人が、ウシやブタといった家畜は人間の食料だと考え、その生命を奪うことに罪悪感を持つことはありません。人間が家畜の生命を奪うことは、当たり前だと思っています。

しかし、人間は家畜の生命を自由に奪ってもいい、という考え方は、人間の利己性・自己中心性から出たものです。“人間さえよければそれでいい”という身勝手な考え方なのです。人間が生命をつくり出したのではない以上、人間に動物の生命を奪う権利はありません。

自然界に存在する生命体は、すべて“共存・共生関係”にあり、全体として調和を維持しています。それを人間が、自分たちの生命だけが尊いものであるとし、他の動物の生命は奪ってもいいと考えるのは間違っています。きわめて利己的・自己中心的な考え方であり、「神の摂理」に反しています。

人間は毎日毎日、自分たちの食料にするために無数の動物の生命を奪っています。これは人類全体が、かつての“ナチス”以上の残虐な行為をしているということです。摂理に反した非道な行為をしているということなのです。殺される家畜の立場に立って考えてみれば、現代人がどれほど間違ったことをしているのかが分かるはずです。何千頭の家畜の中に一頭でも感染症が発生すると、他の健康な家畜も一緒に殺処分してしまいます。こうした“大量虐殺”を、人間は自分たちの利益(カネ)のために平気で行っているのです。

地球人類が、肉食に代表される“動物虐待”という人間中心の利己的行為をしているかぎり、感染症はなくなりません。今回のウイルス禍が収まっても、必ず時をおいて別の感染症が発生するようになります。そのたびに人類は恐怖におののき、莫大な経済的損害を被(こうむ)ることになるのです。今、世界各地で「新型コロナという敵と戦うために一致団結しよう!」との声があがっていますが、それはある意味で的外れな主張なのです。

数年前に、鳥インフルエンザが世界的に流行しました。もともと水鳥の腸内にいたウイルスは、何万羽ものトリが飼われている養鶏場に入り込むと、遺伝子に変異を起こすようになります。養鶏場で大量のトリが感染すると、ウイルス変異の危険性が高まります。その結果、弱毒性から強毒性に変異したウイルスが現れることになりました。

人間がトリを食料にするために過酷な環境の中で大量飼育するのは、きわめて不自然なことです。人間が摂理に反した不自然な行為をしたために、強毒性のウイルスが生まれることになったのです。

人間は、“自然環境破壊・生態系破壊”の加害者

人類は特別な知性を用いて農業革命と産業革命を起こし、科学技術を進歩させて高度な物質文明を築いてきました。人々はどこまでも物質的な豊かさを追い求めてきました。しかし、“人間さえよければそれでいい”とする人間中心の活動は、自然環境と生態系を破壊し、“人間は何でもできる”という傲慢な考え方を人々の心に植えつけることになりました。こうした摂理に反した人間の利己的行為が、有害なウイルスを生み出してしまったのです。

今回の新型コロナウイルス災禍は、人類が人間中心の利己的行為によって自然環境と生態系を破壊し、動物を虐待してきたことへのツケとして引き起こされました。人間自身の悪行によって、自然界から逆襲を受けることになったのです。それは人間の間違った生き方が招いた“自業自得”の結果と言えます。今回のウイルス禍は、人類全体が摂理に反した生き方をしてきたことに対する共同責任として受け入れるべきものであり、ウイルス禍によって生じる苦難は、人類全体で共有しなければなりません。
新型コロナウイルスの感染が短期間に世界中に拡大したのは、物質的な富を求めて利己的なグローバル競争を展開してきたことに対する当然の報いと言えます。アッという間に感染が地球上に拡がったのには、それ相応の理由があるのです。急速な感染拡大の原因は、経済発展を追い求める中で、人間自身がつくり出してきたものなのです。

新型コロナウイルス災禍の根本原因は、私たち地球人類が「神の摂理」に反した不自然で不調和な生き方をして“自然環境と生態系”を破壊してきたことにあります。物欲の追求に走り、“人間さえよければそれでいい”という人間中心のエゴ的な活動を続けてきたことにあるのです。こうした根本原因を解決しないかぎり、今後も同じような悲劇に見舞われることになります。

新型コロナウイルスの感染は、有効なワクチンができるまで続いていくことになるものと思われます。その間、社会規制を厳しくしたり緩めるといった対策を取っていくことになるでしょう。そうする中で“集団免疫”ができ上がり、新型コロナも人の風邪ウイルスの一つとなっていくものと推測されます。

4)中国の研究所から流出した可能性が疑われた新型コロナウイルス

ここわずか20年の間に人類は、コロナウイルスによって3回も攻撃を受けています。そのうちの2回が“中国発”の流行です。これは決して偶然に発生した出来事ではありません。地球上で最も「神の摂理」に反した場所、利己性と強欲さが支配する地球の恥部と言うべき場所から発生した出来事には、深い霊的な意味があります。人類全体に波及するような悲劇は、しばしば地球上の恥部から発生しているのです。

武漢のウイルス研究所からの“新型コロナウイルス”流出の疑い

人間に感染するウイルスはいくつかありますが、そのうちの4種類は風邪を引き起こすウイルスとしてすでに人間と共存しています。しかし、今世紀に入って致死率の高いSARSとMERSが出現し、続いて今回の武漢発のウイルスが発生することになりました。新型ウイルスの2つが中国から発生したことから、今回の出来事に対しては、中国・武漢の研究所で人工的につくられた新型コロナウイルスが何らかの事故によって外部に流出したという疑いがかけられました。

もし今回の新型コロナウイルス災禍が、中国・武漢のウイルス研究所から始まったとしても、それを中国政府が認めることは決してありません。流出が明らかになれば、共産党による一党独裁体制の崩壊につながる危険性があるからです。中国政府は、今回の新型コロナウイルスは武漢の野生動物市場が発生源であるとし、どこまでも人工的なものではなく、自然発生的なものであると強調しています。

世界各国で進められている“生物兵器”の開発競争

生命と物質の中間体であるウイルスは、今では人間の手によって製造される時代になっています。2002年、米国では小児麻痺の病原体であるポリオウイルスの人工合成に成功しています。また2018年には、カナダで天然痘の類似ウイルスの合成に成功しています。ワクチン開発の目的で、世界各国においてウイルスの合成研究が進められています。

現在、ウイルスの合成は医学的目的だけにとどまらず、“生物兵器”として世界の多くの国家によって極秘裏に研究が進められているのです。

武漢にあるウイルス研究所でつくられた新型コロナウイルスが、何らかの事故で外部に流出したことが専門家の間で疑われています。中国当局は、新型コロナウイルスによる感染は、市場で売られているコウモリを食べた人から拡大したと主張してきました。しかし、今回の事件以前(2015年)に、武漢ウイルス研究所の研究チームによって、次のような論文が発表されています。それは「コウモリから抽出したSARSウイルスに手を加えることで、ネズミの呼吸器にダメージを与えるウイルスの開発に成功した」という内容です。この論文が学術誌に掲載された当時、このウイルスは人間に感染するのではないかという疑念の声があがりました。

さらに、新型コロナウイルスが武漢ウイルス研究所でつくられたことを疑わせる論文が、2020年1月に中国の研究者によって発表されています。そこには――「コウモリは市民の食料ではなく、市場では売られていなかった。2002〜2003年に起きたSARS(コロナウイルス)と、今回のコロナウイルス(またはその誘導体)が実験室から漏れ出た可能性がある」といった内容が記されていました。このレポートは、中国政府によって直ちに削除され、現在は見ることができません。)

生物兵器の威力を見せつけた新型コロナウイルス災禍

本来、人間と共生関係にある自然界のウイルスを無理やり奇形につくり上げて“生物兵器”にするということは、「神の摂理」に最も反した行為であり、自然界との調和を乱す悪質な行為です。それは“エゴの極み”と言うべき行為です。現在の地上世界は“物質中心主義”と“利己主義”に覆い尽くされていますが、そうした摂理に反したあり方を極限までエスカレートさせたのが、生物兵器の開発競争なのです。

今回の新型コロナウイルス災禍を通して、生物兵器の威力が明らかになりました。敵に対して、いかに大きなダメージを与えることができるかが証明されることになりました。生物兵器は姿が見えないために人々の恐怖心を煽(あお)り、正常性を失わせ、世界中を簡単にパニックに陥れることができます。新型生物兵器とワクチンを手にすれば、核兵器に匹敵する強力な軍事力を持つことができます。核兵器を使わずに、世界を威圧する力を持つことが可能になるのです。

今後、未知のウイルスが製造され、それがテロリスト集団や独裁者に渡るなら、世界中が危機に直面することになります。現在ではウイルスが人為的に合成されるようになっていますから、資金力の乏しい国家北朝鮮など)やテロリスト集団にとって、生物兵器の開発はとても魅力があります。今回の新型コロナ禍は、テロリストや独裁者に大きな刺激を与えたはずです。

ウイルスの流出を隠ぺいした中国政府は、非難されるべき

中国政府は、欧米から向けられた武漢のウイルス研究所からの流出疑惑を、即座に否定しました。そして躍起になって隠ぺい工作に走りました。中国の傀儡(かいらい)機関と言ってもいいようなWHO(世界保健機関)を使って、“新型コロナウイルスは武漢の研究所で人為的に合成されたものではない”との声明まで出させています。

中国はなりふり構わず画策し、挙句の果てには“新型コロナウイルスは米軍が持ち込んだもの”というとんでもないウソまでついて、米国の反中国感情に火をつけることになりました。米国だけでなく他の国々(英・豪)からも、武漢のウイルス研究所に対する調査の要求が出されています。また米国各地で、中国に対する損害賠償訴訟が起こされるようになっています。いかなる理由があるにせよ、新型ウイルスが発生したなら、真っ先にその事実を世界中に知らせ、警告を発しなければなりません。中国が“自分たちは公明正大で世界に貢献している”と誇るのなら、研究所を含め武漢への調査を受け入れるべきです。

中国政府は、武漢からの新型コロナウイルス発生の可能性を示唆した中国人医師を逮捕・投獄して口封じをし、隠ぺいしようとしました。その結果、新型コロナウイルスを世界中に拡散させ、“パンデミック(感染爆発)”という大問題を引き起こすことになったのです。こうした隠ぺい工作に対して世界中から非難の声があがり、中国に対して損害賠償を求める動きが起こったのは当然のことです。新型コロナウイルスの発生を隠してパンデミックを引き起こしたことは、言い逃れのできない事実なのです。

日本政府は、中国との関係を悪化させることになっても非難の声をあげるべきです。オリンピック不参加という仕返しを受けることになっても現状では、オリンピックが開かれるかどうか定かではありませんが……)、また日本企業が迫害されるようなことになっても、国際社会の一員として当たり前のことをすべきなのです。

地球人類全体の共同責任ではあるが、最も責任を負うべきは中国

多くの国家が“生物兵器”の開発を進めていますが、それは「利他性の摂理」に最も反する行為です。「利他性の摂理」の対極に位置する“利己性の極み”と言うべき愚かな行為です。生物兵器の開発が世界各国で進められているという事実は、地球人類がどれほど「神の摂理」からかけ離れ、物質中心主義と利己主義に支配されているのかをよく示しています。

利己性は人類に共通する要素ですが、中国はその利己性を極限までエスカレートさせている国家です。中国は世界の中で最たる“エゴ国家”であり、自己中心的な国家です。“自分たちさえよければそれでいい”と考える、まさに人類全体にとっての敵と言うべき国家なのです。中国政府は最近になってしばしば“運命共同体”という言葉を用いますが、それは世界中の国家が中国に従うこと・中国が世界を支配することを意味しています。中国は、自分たちが世界を支配する“中華帝国”を最終目的として、すべてを展開しているのです。

貧困という弱みにつけ込んでカネの力で他国を操り従わせる、というのが中国のやり方です。カネの力を最大限に利用して籠絡(ろうらく)し、自分サイドに取り込もうとするのが中国の手口です。“モノとカネと軍事力”に訴えることが、他国を支配するのに効果的であることをよく知っているのです。世界を巻き込んだ今回の新型コロナウイルス災禍は、中国から始まりましたが、中国という地球上で最も摂理に反した利己性の強い国家から発生したのには、霊的な意味での必然性があるのです。

今回の新型コロナウイルス災禍は、大本をたどると、地球人類に共通する“霊的無知”と“物質中心主義”と“利己主義”という摂理に反した内容に行き着きます。そうした意味から言えば、今回の災禍は人類全体の共同責任ということになりますが、その中で最も重い責任は新型コロナウイルス発生の事実を隠ぺいした中国にあるのです。

(2)新型コロナウイルス災禍は、人類の間違った生き方に対する“警告”――パンデミックは、地球人類全体の霊的進化にとっての必要悪

地球上にはさまざまな悲劇が蔓延し、多くの人々が辛く苦しい人生を送っています。戦争や貧困・飢餓で生命の危機に瀕(ひん)している人間も大勢います。今回の新型コロナウイルス災禍も、そうした悲劇の一つです。人々は新型コロナウイルスを“人類の敵”と見なし、その対策に全力を傾けています。しかし、地球人類を苦しめている新型コロナウイルス災禍も「霊的観点」から見ると、全く違った捉え方ができるのです。

人間が体験する苦しみの多くは、「神の摂理」に反した生き方のツケ(カルマ)として生じています。苦しみは、生き方が間違っていることを教えるサインなのです。苦しみの体験を通して人間は、自分の生き方が間違っていることを自覚し、それを改めるようになります。苦しみには、こうした修正作用としての意味があるのです。

新型コロナ禍は、人類の間違った生き方に“警告”を発し、正しい生き方に目覚めさせる良い機会となります。今回のウイルス禍には、地球人類にとって“必要悪”としての意味があるのです。したがって、新型コロナウイルスを一方的に悪者と決めつけることはできません。ここでは霊的観点から「新型コロナウイルス災禍」について見ていきます。

1)新型コロナウイルスが人類に与えた大打撃

地上的に見れば、ウイルス災禍は悲劇だが……――多くの人命を奪う新型コロナウイルスは、人類にとって憎むべき敵?

人々が新型コロナウイルスに対して恐怖を抱き混乱するのは、それによって人間にとって最も大切なものが奪われてしまうからです。人間にとって最も大切なものとは“生命”です。世界中の人々が新型コロナウイルスの感染拡大によってパニックに陥ったのは、かけがえのない生命が奪われ、不幸になってしまうと考えたからです。今回の騒動を通して、多くの人々が“死”を身近に感じるようになりました。これまでは死について深く考えたことがなかった人も、死の恐怖を覚え、生きていることのありがたさを実感することになりました。

今回のウイルス禍によって、世界でどれくらいの死者が出るようになるのか、さまざまな試算がなされています。その際、用いられるのが“致死率”という指標です。これを基準にして死者数が試算されます。SARSの致死率は約10%、エボラ出血熱の致死率は約50%流行を繰り返し、致死率は25〜90%)、今回の新型コロナウイルスによる致死率は約2%と言われています。

この2%という致死率は、1918〜1919年に世界で大流行し、2500万人を超える死者を出したスペイン風邪と同じです。当時の世界の総人口は現在の4分の1程度でしたから、今回の新型コロナの感染が世界中に拡大した場合、単純計算で死者はその4倍、1億人に達することになります。むろん当時と現在では医学のレベルに格段の差があり、緊急事態への対処能力や延命治療技術が進歩しているため、この数字がそのまま当てはまることはありません。しかし、先進国と違って医療体制が整っていない発展途上国で感染が拡大すれば、ワクチンが開発されていない現状では、かなりの死者が出ることは明らかです。

新型コロナの感染拡大は新興国にとって、先進国とは比較にならないほど悲惨な結果を招くことになります。WFP(世界食糧計画)では、「新型コロナの感染拡大にともなう経済的影響などで、貧困国や紛争地域を中心として2020年末までに、1億3000万人が餓死する可能性がある」との見通しを示しています。これは、戦争に匹敵する大きな悲劇と言わざるをえません。

新型コロナウイルスがもたらした経済的大打撃

治る見込みのない病気にかかると、誰もが“死の恐怖”に駆られるようになります。それと同時に、生活上のさまざまな悩みに直面することになります。病気によって職を失い、生活が成り立たなくなるかもしれません。収入が閉ざされるだけでなく、多額の治療費が必要となり、借金に頼るようになるかもしれません。運よく病気が治っても、仕事がなければ借金を返すことはできません。破産して、どん底の生活に陥ってしまうかもしれません。このように病気は、死の恐怖だけでなく経済的な打撃をもたらし、人生の希望を奪い去ってしまうことになります。

現代人にとって、生命に次いで重要なものはお金です。新型コロナウイルス災禍は、地球上のあらゆる国家と国民に経済的な打撃をもたらしました。今後、新型コロナ禍によって世界経済が危機的状況に陥ることは明らかです。IMF(国際通貨基金)は、「2020年の世界経済が、1929年に始まった世界恐慌以来、最低の景気低迷に陥る」と述べています。未曾有(みぞう)の経済危機であった世界恐慌に匹敵する、あるいはそれ以上の景気後退と経済縮小が起きる可能性を示唆(しさ)しています。新型コロナの感染拡大は、特に新興国に深刻な打撃を与えることになります。新型コロナ禍が収束すれば経済はV字回復するようになるとの楽観的な見方をする人もいますが、おそらくその予測は完全に外れることになるでしょう。

このように新型コロナウイルスは、現代人にとって最も大切な生命とお金を一方的に奪い取ることになりました。新型コロナは、世界中の人々を恐怖と不安の中に追いやる憎むべき敵・人類の敵となりました。そしてその見えざる敵との戦いは、人類を守るための“正義の戦い”として位置づけされることになったのです。

2)世界の経済成長に急ブレーキをかけた新型コロナウイルス――新型コロナは、“経済至上主義”と“グローバル経済”に大打撃を与えた

新型コロナウイルスは“経済至上主義”という人類の間違った生き方に大打撃を与え、多くの苦しみをもたらしました。“グローバル経済”という強欲な資本主義経済に致命傷とも言える重大な影響をもたらしました。

世界を支配してきた“経済至上主義”

現在の地球上では、いずれの国家も経済発展を目指して熾烈(しれつ)な競争を展開しています。なぜなら経済発展こそが国家を富ませ、国民を幸せにすることになると思っているからです。国民も経済発展を望み、“モノとカネ”という物的な富が、自分たちを幸せにしてくれると考えていますこうした考え方を「物質的幸福観」と言います)。物質的な豊かさこそが、人間にとって最も大切なものであると考えているのですこうした考え方を「物質的価値観」と言います)。そのため世界中の国々が金儲けに血眼(ちまなこ)になり、経済発展を最優先してきました。

そうした国家と国民にとって経済成長の停滞や経済不況は危機であり、一大事となります。経済成長が続いているかぎり人間の幸福は拡大していきますが、経済成長が停滞すれば幸福は縮小し、遠ざかってしまうことになります。そのため世界中の人々が、新型コロナ禍によってパニックに陥ったのです。現在の地上世界は、“経済至上主義”に覆われています。冷戦終結後の急激なグローバル化によって、経済成長を最優先するあり方に拍車がかかることになりました。そして、すさまじいまでの経済競争の中で“弱肉強食”の醜い状況が展開することになったのです。

物的な富(モノとカネ)に対する人間の飽くなき欲望と執着が、“経済至上主義”を通して強欲性と利己性を拡大することになりました。グローバリズムによって資本主義の宿命である“貧富の格差”が極限まで拡大され、貧困層が取り残されることになりました。なりふり構わない経済活動によって環境破壊が進み、貧困層をさらなる窮地へと追いやることになりました。

新型コロナウイルスが、グローバル経済に急ブレーキをかける

今回の新型コロナ禍によって各国が閉鎖的になり、世界経済は大きな痛手を被(こうむ)りました。地球上の経済活動に急ブレーキがかかり、景気後退が急速に進むようになりました。特にそれまでグローバリズムによって最大の恩恵を得てきた中国経済は、大きな打撃を受けることになりました。しかし、それにもかかわらず中国は“コロナ危機”を覇権の拡大に利用しようとしています。

ヒト・モノ・カネが国境を越えて自由に動くグローバルな社会では、他国で発生した病気も国境を容易に越えて、自国民の健康を脅かすリスクを高めます。また、モノの自由な移動を前提としたグローバル経済では、中国のような国家への依存度が高まり、いざという時に自国の経済に大きなブレーキをかけることになります。日本を含む先進諸国が中国依存の経済構造をつくり上げてきたことが、重大な危機を生み出すことになったのです。今回の新型コロナ禍では、医薬品の材料の製造を一手に握っていた中国が、それを武器として他国を威圧しました。そのため多くの国々が中国依存から脱却し、自国生産に切り替えようと動き始めました。

コロナ危機は、グローバル経済を後退させました。国境を越えたサプライチェーン(供給網)が寸断されたのは言うまでもなく、都市封鎖(ロックダウン)や外出制限によって経済活動そのものが極度に縮小しました。感染拡大を恐れる各国は国境を閉ざし、ヒトとモノの往来は激減しています。

今回のウイルス禍は、“グローバリズム”という狂気的な経済至上主義に強制的に急ブレーキをかけることになりましたが、それは見方を変えると、「物欲追求に翻弄(ほんろう)されてきた地球人類に“警告”が発せられた」ということなのです。急速に拡大してきた経済成長に歯止めがかかり、それまでの利己的で強欲な経済活動が、一時的ではあっても制限されることになったのです。

さらなる深刻な経済危機がこれから到来

新型コロナウイルスは世界経済に大打撃を与え、世界中から悲鳴があがりました。突如、経済成長という希望が打ち砕かれ、大切なものを奪われたショックによって先進諸国はパニックに陥りました。

しかし、今回の悲劇はこれだけにとどまりません。本格的な経済的悲劇は、これからやってきます。新型コロナ禍が収束した後には大規模な経済危機が到来し、世界恐慌や国家破産が現実のものとなるでしょう。そのとき人々は、苦しみのどん底に突き落とされ、先の世界恐慌時よりも多くの人間が自殺するようになることでしょう。

今回のウイルス禍を通して、世界中の人間がいかに経済発展を優先してきたのかが浮き彫りにされました。経済成長が停滞することは、金持ちや先進国にとっては地獄の到来であり、最大の悲劇ということになるのです。

3)新型コロナウイルス災禍は、人類が生まれ変わる良い機会

「神の摂理」の支配のもとにある人間にとって、苦しみはそれまでの間違いを修正し、新しく生き直すチャンスとなります。それが、「苦しみの甘受」ということです。今回の新型コロナウイルス災禍は、人類が生まれ変わる良い機会となります。“コロナ危機”という苦しみの体験を通して人々が霊的進歩の道を歩みだすようになるなら、それは地球人類にとって有意義な出来事と言えるのです。

新型コロナウイルス災禍は、地球人類にとって悲劇ではない――経済が縮小して物的な富を失うことは不幸ではない

新型コロナウイルス災禍は、人類に大きな経済的な苦しみをもたらすことになりましたが、その苦しみは決して不当に与えられたものではありません。経済活動(金儲け)に急ブレーキがかかって打撃を受けることは、金儲けを最優先する国家や個人や企業にとっては確かに危機ということになりますが、霊的に見れば悪いことではないのです。新型コロナ禍によって経済成長がストップし、景気が後退するのは悪いことではなく、むしろ人類に「霊的成長」をもたらすことになる有益な出来事なのです。

人々は、新型コロナ禍によって経済が縮小することを重大な危機と思って大騒ぎしています。収入が一気に減少し、物的な富を失って不幸になったと嘆いています。しかし、「霊的観点」に立って眺めるなら、新型コロナウイルス災禍は人類にとって、悲劇でもなければ不幸でもありません。

“魂”に意識を向けさせる“苦しみの体験”

苦しみの体験は人間にとって、生き方の間違いを知らせてくれるありがたい“警告”と言えます。経済発展を求め、物的な富の追求に走っている地球人類は、実はすでに“魂”を病んでいるのです。多くの人間が深刻な“霊的な病(やまい)”にかかっているのですが、それは肉体的な痛みとして感じられないため、誰も気がつきません。新型コロナウイルス感染症よりも、はるかに重い病気にかかっていることが分からないのです。肉体が病気になればすぐ病院に駆け込みますが、魂の病気は自覚できないため、放置しているのです。

物的なもの(肉体や金銭)に対する関心の何分の一かでも、霊的なものに関心を向けることができれば、人類は真の幸福に至る道を歩みだせるようになります。苦しみの体験は、人間にとって一番大切な“魂”に意識を向けさせる良い機会になります。そうした意味で、今回の新型コロナによってもたらされた苦難は、物欲・肉欲の暴走に歯止めをかけられない地上の人間に反省を促すきっかけになるのです。そしてそれを、地上人を導いているすべての霊界人が願っているのです。

新型コロナウイルス災禍は、それまでの間違った生き方を反省する良い機会

今回の新型コロナウイルス災禍は、さまざまな点で人間の病気に譬(たと)えることができます。大抵の病気は、それまでの本人自身の間違った生き方(日常生活)に原因があります。しかし、患者の多くは自分に原因があるとは考えず、単に運が悪かったのだと思って、医者に病気を治してもらおうとします。なかには思うように病気が治らず、次々と病院を渡り歩く人もいます。

肉体を酷使し、暴飲暴食を繰り返していれば、いずれ病気で苦しむようになります。その時、病気の苦しみをそれまでの間違った生活が招いた自業自得の結果だと思って生活を正すなら、病気は徐々によくなって健康を回復することができるようになります。しかし、間違った生活(病気を招いた原因)を改めようとせず、医者任せにしているなら病気は治りません。どれだけ医者に通っても、いくら薬を飲んでも、健康を回復することはできません。人間にとって病気の苦しみは、間違った生活を改善して健康を取り戻すためのチャンスなのです。賢明な人は、病気の苦しみを、自分の間違った生き方を教えてくれるシグナルとして捉えます。

人々を苦しめてきたさまざまな感染症も、人類全体が間違った生き方をしているところから発生しています。今回の世界規模の新型コロナ禍も同様で、地球人類がいかに間違った生き方をしているのかを教えています。新型コロナによってもたらされた苦難は、人類の間違った生き方を正すための“警告”として受け止めるべきものなのです。

とても残念なことですが、おそらく大半の人が、今回の新型コロナによる災禍が収まって平穏な日々が戻ると、元通りの生き方をするようになるでしょう。物欲・肉欲に流され、モノとカネを追い求める人生を送るようになることでしょう。

4)経済成長至上主義から「霊的成長至上主義」へ――人間はモノとカネより、霊と霊的成長を優先して生きなければならない

人間にとって「霊的成長」が何より重要であることを知っている人は、物欲に流されることはありません。肉体を維持し、簡素な生活を送るのに必要なだけのお金があれば、それで十分であると考えます。そうした人は景気が衰退して収入が減っても、勤めている会社が倒産しても、パニックに陥ることはありません。それを悲劇や不幸であるとは思いません。人生の目的は「霊的成長」であり、お金はそのための補助的なものにすぎないと考える人にとって、お金が減ることは大きな痛手にはならないのです。こうした見方・考え方をする人は、現在ではごく少数ですが、本当はすべての人間がそうあるべきなのです。

人間にとって最も価値があるものは「霊的成長」です。それを思えば、日本人にとって念願のオリンピックが中止になったとしても、悪いことではありません。新型コロナによって不自由な生活を強いられ、人々の物欲と経済成長にブレーキがかかることは、決して悪いことではないのです。

スピリチュアリズムが目指す「霊的成長至上主義」

“経済成長至上主義”は地球上を覆い尽くし、世界中の国家を巻き込み、人類は経済発展のための“奴隷”になってしまいました。宗教は、「物質的な豊かさより精神的な豊かさを優先しなければならない」と説いてきましたが、現在の宗教に人々の心を変える力はありません。

地球上を支配している“経済成長至上主義”に対して、スピリチュアリズムは正反対の主張をします。スピリチュアリズムが掲げる目標と方向性は―「霊的成長至上主義」です。「霊的成長至上主義」が人類の共通理念にならないかぎり、今回のウイルス禍のような悲劇がなくなることはありません。スピリチュアリズムが教える霊的成長至上主義は、「神の摂理(自然法則)」に一致した生き方を目指すものです。「神の摂理」から逸脱した人間の生き方が自然界との調和を崩し、さまざまな悲劇を発生させているのです。

今回の新型コロナウイルス災禍も、人類が「神の摂理」に反した生き方をしてきたところから発生しています。スピリチュアリズムの理念である「霊的成長至上主義」に基づく生き方は「自然法則」に一致しているため、新型コロナ禍のような悲劇の発生を食い止めることになるのです。

「霊的成長至上主義」とは

スピリチュアリズムは、人間が地上に誕生してきた目的が「霊的成長」にあることを明らかにしています。人間は地上で霊的成長を達成することにより、霊界での生活の準備をすることになります。地上人生の目的は、どこまでも「霊的成長」にあります。地上人生は霊界における人生の準備期間であり、地球はそのための訓練場所なのです。

ところが大半の地上人が、“死によってすべてが消滅する”“死後の世界などない”と考え、限りある人生を楽しく過ごさなければ損だと思って、ひたすら金儲けに走っています。その結果、物欲・肉欲に支配され、せっかくの地上人生を無駄に過ごすことになっています。

人間にとって正しい生き方とは――「霊的成長を最優先する生き方」です。地上人生の目的である霊的成長を求め、神の摂理に一致した歩みをすることです。地球上の人間は皆、こうした霊的成長を最優先する生き方を目指さなければなりません。これが「霊的成長至上主義」です。

しかし実際には、大半の人間が霊的成長至上主義とは正反対の“経済成長至上主義”的な生き方をしています。物欲・肉欲の追求を優先し、霊的成長を目指している人はほとんどいません。この事実は、大半の地上人が間違った生き方をしている、摂理に反した不自然で不調和な生き方をしている、ということを示しています。

今回の新型コロナウイルス災禍は、地球人類の間違った生き方が反映したものです。人類が摂理から外れた生き方をしているところから生じた災禍であり、人間自身が招いた悲劇なのです。

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