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ニューエイジや新新宗教における前世探しブーム

ニューエイジや新新宗教では、前世探しが盛んに行われています。そして欧米では、宗教レベルを超えて、科学者が前世研究に乗り出しています。米国における前世への関心は、エドガー・ケイシーのリーディングや、1956年のバーンスタインによるブライディー・マーフィー事件(退行催眠による輪廻転生の真偽論争)によって先鞭がつけられました。また英国人研究者アレキサンダー・キャノンによる退行催眠は、「過去世療法」として人々に知られるようになっていました。(1970〜1980年)

そうした土台の上に、ニューエイジ運動が到来し、女優シャーリー・マクレーンの『アウト・オン・ア・リム』『ダンシング・イン・ザ・ライト』が出版され、世界的大ヒットを飛ばすことになったのです。

(このシャーリー・マクレーンの前世譚は、後にチャネラーの創作であったことが暴露され、彼女自身もそれを認め謝罪することになりました。)そして1980年代後半から、ブライアン・ワイスによる『前世療法』がベストセラーとなり、多くの欧米ニューエイジャーの前世探しに火をつけることになりました。現在、アメリカ人の約4分の1が輪廻転生を信じていると言われています。

日本にもこの退行催眠による前世療法が波及し、退行催眠を行うセラピストが徐々に増えています。昨年はテレビでも退行催眠の様子が放映されました。今や日本人の中にも、退行催眠によって前世を知りたい、前世のカルマによる病気を治すために前世療法を受けたい、と願う人が急増しています。

霊的な事柄に関心のある人々は、退行催眠は、前世を知る最も強力で確実な方法であると考えるようになってきています。

日本の新新宗教(GLAや幸福の科学)でいわれる前世については、すでにニューズレター3号スピリチュアリズムから見た新新宗教)において言及しました。それらは事実から全く掛け離れていること、その大半が作り話に過ぎないことを指摘しました。そうした現在の新新宗教による余りにも程度の悪い前世探しと比べ、退行催眠によるそれは、比較にならないほど確実なもののように思われます。

ご存じのように、シルバーバーチなどの高級霊による霊界通信では、再生が事実であることを明らかにしています。退行催眠によって本当に自分の前世を知ることができるとするなら、それを受けてみたいと思うのは、人間の心理として当然のことでしょう。自分の前世を知ることに大きな魅力とロマンを感じるのは、ごく自然な人間の好奇心といってもよいでしょう。

もし退行催眠によって本当に前世を知ることができるのなら、それはスピリチュアリズムをさらに推し進めることになるかもしれません。今アメリカを中心にブームを起こしている退行催眠を、スピリチュアリズムの立場ではどのように考えるべきでしょうか。もし退行催眠が本物でないとするなら、その理由を明確に示すことが、私達スピリチュアリストとしての責任ということになります。

ブライアン・ワイスの『前世療法』――退行催眠による前世探しブームの火付け役

現在のアメリカにおけるニューエイジの「退行催眠」や「前世療法」の火付け役を演じたのが、米国フロリダの精神科医ブライアン・ワイスです。ワイスの著した『前世療法』は米国でベストセラーになり、翻訳されて日本にも紹介されています。シャーリー・マクレーンは、チャネラーのリーディングによって前世(?)を明らかにされましたが、ワイスは学者の立場で、「退行催眠」によって他人の前世を明らかにしようとします。

1982年、ワイスがキャサリンという精神障害に悩む患者を催眠療法で治療している時、年齢を溯(さかのぼ)らせる具体的な指示の代わりに、ついうっかり次のような指示を与えてしまいました。「あなたの症状の原因となった時期まで戻ってください」すると彼女は、4千年前の中近東の過去世に戻ってしまったのです。そして彼女は、当時の名前はもちろん、風俗や日常生活に至るまで詳しく思い出しました。そしてその日の退行催眠では、キャサリンはさらに二つの過去世(一つは18世紀のスペインでの売春婦、もう一つはギリシア人女性)を思い出しました。

それまで前世とか輪廻転生といった現象について考えたことのなかったワイスは、当然のことながら仰天し動揺します。その状況をどうしても信じることができませんでした。しかし不思議なことに、それまでの長期にわたる治療では治らなかったキャサリンの症状が、その時から急激に良くなり始めたのです。

ワイスはキャサリンに対して、繰り返し催眠を試みます。その度にキャサリンは、異なる過去世へと戻って行きました。こうした現実を前にして、ワイスの懐疑主義も徐々に消え、前世の存在を受け入れるようになります。4、5回目の退行催眠中に、マスター達(あの世にいる霊達)がキャサリンを通じてメッセージを送ってきました。こうしてキャサリンは、チャネラー(霊界通信の霊媒)としての能力を発揮することになります。

その後1984年までに、キャサリンは12の過去世を思い出します。そして、それらの記憶が蘇るたびごとに彼女の病気は回復に向かい、やがて完治することになります。その時マスターが、「我々がお前に話しかけるのもこれが最後だ。これからはお前は自分の直感で学ばなければならない」との通告をしてきます。そして、「もうこれ以上の啓示は与えない」というマスターの言葉どおり、あの世からの通信はなくなります。

その後も、ワイスは依然として退行催眠を続け、現在に至っています。彼のこれまでの催眠治療の数は三千例以上にも及んでいます。ワイスは、患者の多くは過去世を思い出すことによって、病気が癒されたと言います。このように「退行催眠」によって過去世を思い出させ、それによって現在に影響を及ぼしている悪いカルマを消滅させ病気を治すこと――これを「前世療法」と言います。

ワイスの著書『前世療法』には、退行催眠によって思い出したとされる過去世の多くの実例が、実にリアルに描かれています。名前、時代、場所、出来事など、生き生きと鮮やかに語られています。ワイスの話がそのまま事実であるならば、誰もが、自分もぜひ退行催眠によって過去世を知ってみたいと思うようになることでしょう。以上が、ワイスによる『前世療法』の概要です。

イアン・スティーヴンソンの前世の研究

前世研究にたずさわるアメリカ人科学者として、ブライアン・ワイスと並んでその名が広く知られているのが、イアン・スティーヴンソンです。イアン・スティーヴンソンはヴァージニア大学医学部精神科の教授で、その厳格な前世の研究によって、現在世界中から最も高い信頼が寄せられています。スティーヴンソンの著書は、日本語にも翻訳されています。(『前世を記憶する子どもたち』『前世の言葉を話す人々』『生まれ変わりの刻印』)これらの本によって、スティーヴンソンの厳密な研究手順や分析方法を知ることができます。現在の前世に関する研究としては、スティーヴンソンの右に出る者はなく、彼は申し分なく世界の最高レベルにあると言うことができます。

その彼は、『前世を記憶する子どもたち』の中で、退行催眠による前世探求を鋭く批判しています。スティーヴンソンはその本の前書きで――「薬物を使うにせよ瞑想や催眠を利用するにせよ、前世の記憶を意図的に探り出そうとすることには、あえて反対の立場を取りたいと思う。遺憾ながら催眠の専門家の中には、催眠を使えば誰でも前世の記憶を蘇らせることができるし、それにより大きな治療効果が上がるはずだと主張するか、そう受け取れる発言をしている者もある。私としては、心得違いの催眠ブームを……特に前世の記憶を探り出す確実な方法だとして催眠が用いられている状況を、何とか終息させたいと考えていると述べています。

スティーヴンソンの前世研究は、まず厳密な面接調査から始まります。前世の記憶を語る子供がいるとの情報が入れば、さっそく現地に出向いて面接調査を開始します。子供の語る話の内容が、他人や社会から入手されたものでないことをチェックし、さらに、その内容が事実であるかどうかを確認します。スティーヴンソンは、刑事事件に取り組む現代の捜査官さながらの手順を踏んで調査を進めます。再生者本人(子供)については言うまでもなく、それを証明する人々に対しての信頼性もチェックします。また“前世の人格”を知る人間に対して面接調査をし、本人の語る前世の内容の裏付け調査をします。そして前世者に関するあらゆる資料・記録(病院カルテ、検死調査書、死亡届など)を収集します。

こうした全ての面からの厳しい調査によって、子供の語る話が事実であることが明らかにされると、次にその情報自体をさまざまな角度から分析することになります。そして前世の記憶としての信憑性に少しでも欠ける可能性のあるものを、片っ端から消去していきます。

例えば、潜在意識による記憶のいたずらがその一つです。子供が何年か前に聞いた話や、他人から読んでもらった本の内容や、また、ずっと以前に見たテレビの内容が潜在意識の中にしまわれることがあります。その後、本人はそうしたことがあったことさえも忘れてしまいますが、何かの拍子にそれが顕在意識に出てくることがあります。すると、それを前世の記憶が蘇ってきたと錯覚してしまうのです。こうした潜在意識の関与する記憶は、前世の記憶とは言えません。また子供が、テレパシーによって“前世の人格”を知る人からその情報を取り入れるという可能性も考えられます。ゆえにそうしたサイキック・霊的能力が認められる子供の記憶は、前世のケースから除外されることになります。また、憑依現象が起こり、あの世の霊の記憶が子供を通して語られるということも考えられます。このケースも、前世を思い出したことにはならないので、当然除外されることになります。

このようにスティーヴンソンの調査と分析は細心・厳密をきわめ、前世の記憶と紛らわしいものは全て排除され進められていきます。そうした厳しい条件をパスしたものだけが、再生のケースの可能性があるとされるのです。彼は前世の研究対象を子供に限定していますが、それは前世の記憶を語るという子供の大半が、10歳までにその記憶を失うという事実があるからです。また社会と触れ合う時間が多ければ多いほど、外部から、前世とは無関係なこの世の情報が潜在意識にインプットされる可能性が大きくなるからです。そのためスティーヴンソンは、大人が何らかのきっかけで前世の記憶を思い出したというようなケースが生じても、そうしたものをあまり重要視しません。

さて、ここで見逃してはならない大切なことは、このように厳格な研究手順をふむスティーヴンソンが、(先に述べたように)退行催眠による前世の記憶を信頼できないものとしているということです。そして、それについての明確な理由をあげています。スティーヴンソン自身も自ら退行催眠を行い、その体験をふまえて、退行催眠の問題点を明らかにしています。(これについては、『前世を記憶する子どもたち』の第3章に詳しく説明されています。)

催眠下では、被術者の精神は極度に集中状態におかれ、施術者の指示に反抗しがたくなります。例えば、「あなたの症状の原因となっている前世に戻りなさい」とか、「もっともっと時代を溯りなさい」といった指示が与えられると、潜在意識は何とかして、それに従った答えを出さなければならないような、切羽詰まった状態におかれます。その結果、潜在意識の中にあるあらゆる情報を動員して、それらしい“前世の人格”を作り上げることになります。施術者の指示に合わせて、事実からほど遠い、フィクション・ストーリーを作ることになります。これが催眠術の特色である創作性であり演出性なのです。

「あなたは“蝶”になりました」という強い暗示を与えられると、被術者は自分の両腕を蝶の羽のように動かし、「今、花畑の中を気持ちよく飛んでいます」などと言うようになります。皆さんも一度くらいは、そうした催眠術の実演をテレビでご覧になったことがあると思います。その時、催眠をかけられた本人は、実際に自分が蝶であるかのような気持ちになっています。その間は自分が人間であるということを忘れ、蝶そのものになっているのです。こうした“創作性・演出性”が、催眠下では極端に強くなるのです。催眠のメカニズムは現代の医学では解明されていませんが、催眠の持つそうした特性は、かなり明らかにされています。催眠によって作り上げられたフィクション・ストーリーは、そこで語られる内容を現実と照らし合わせてみれば、事実でないことは直ちに明らかになります。

もし、ある人が催眠状態下で、「私は20年前、愛知県岡崎市に住み、吉田花子という名前で、交通事故で死にました。そして今、この家の子供として再生しています。私の前世は、20年前に死んだ吉田花子です」と言ったとするなら、その再生譚が全くの作り話か事実であるかは、少し調べるだけですぐに分かります。ところが、それが数百年、時には数千年以上昔の人間の話ということになると、よほどの有名人でない限り、その情報を確認することはほとんど不可能です。(そうは言っても実際には、話に出てくる名称や用語が、その時代のものと一致しないということなどから、フィクションであることが明らかにされるケースが多いのですが……)退行催眠によって思い出したとされる過去世とは、実はこうしたケースが大半なのです。

スティーヴンソンは、退行催眠下で過去世を語る人間にさらに催眠をかけ、いっそう深い催眠意識状態に誘導しました。そして先の退行催眠下での前世像は、書物やテレビや他から取り入れた情報をもとにして作り上げられたものであることを明らかにしました。こうして作られたフィクション人格は、語る本人自身にもそれらしく思えるし、その場面に合った生々しい感情(強い怒り・悲しみ・喜び・泣き叫び)まで引き起こすなど、一貫した人格性を示します。しかも催眠状態におかれれば、繰り返し何度でも、その人格を再現することができるのです。

スティーヴンソンは、退行催眠で呼び覚まされたという前世の記憶とは、そのほとんどが、こうした催眠状態でのフィクション性・演出性によるものであると言っています。人間の潜在意識については、現在の科学ではその実態は十分解明されてはいませんが、催眠下での“潜在意識”は、フィクション人格を作る能力があることだけは確かなのです。

ただしその一方で、スティーヴンソンは、催眠によるフィクション以外の例外的なケースの存在も認めています。それが低級霊による“憑依現象”です。彼は、バーンスタインの著書で取り上げられたブライディー・マーフィーの前世の記憶は、このケースではないかと述べています。

スピリチュアリズム関係では、アメリカ人医師ウィックランドの除霊治療がよく知られています。死後も死んだことに気が付かない低級霊が地上人に憑依し続け、精神病を引き起こすことがあります。ウィックランドはそうした霊を、霊媒である妻に乗り移らせ、直接霊を説得して死を悟らせます。自分が死んだことに気が付くと、その霊は憑依状態・自縛状態から解き放たれ、霊的自由を得ることになります。そうした方法で、彼は迷える多くの霊を救い、同時に数多くの精神病患者を治してきました。その際、妻に乗り移った霊が語る時の様子や内容は、退行催眠での雰囲気や語られる内容と、全くといってよいほど同じなのです。こうしたことからも、退行催眠で出現する前世の人格の一部は“憑依現象”によるものであることが窺えます。

スティーヴンソンの前世研究は、地上サイドにおける最高レベルのものと言ってもよいでしょう。すでに述べたように、その研究は、可能な限りの徹底した厳密な調査・分析によって進められてきました。そしてその過程で、退行催眠による前世の記憶は、そのほとんどが信頼できないものであることを明らかにしたのです。

さらに、スティーヴンソンの優れた見解について述べておきたいと思います。スピリチュアリズムの観点と照らし合わせた時、スティーヴンソンの研究の中で最も驚かされるのは――「ある人格がそっくりそのまま生まれ変わるということはない」という指摘です。これは私達スピリチュアリズムになじんでいる者にとっては、再生におけるインディビジュアリティとパーソナリティの問題であることがすぐに理解されます。

再生を理解するうえで極めて複雑で難解な問題が、「前世の何が再生するのか」ということでした。シルバーバーチは、地上において表現されるパーソナリティが次の再生時にそのまま現れることはないと明言しています。再生するのは、パーソナリティよりもっと大きな自我(インディビジュアリティ)の別の部分であると言うのです。そのことは地上サイドから見れば、全く別のパーソナリティ(地上の人物像)が現れるということなのです。考えようによっては、地上人が思い描くような再生はない、ということなのです。しかも現実の再生には、さらに複雑な要素が加わります。それが、「類魂のメンバー(部分)としての再生」という一面です。幸いなことに私達は、シルバーバーチやマイヤースなどの霊界通信によって、その複雑な再生の実態を、さまざまな角度から眺めることができます。そして再生とは、一般の人々がとかく考えるような、同一人物像(同一人格)の再現ではないということを、はっきりと知ることができました。

退行催眠によって思い出したとされる前世像は、明らかに同一人物像(パーソナリティ)としてのものであり、同一人物としての前世が、まるで小説の主人公のように描かれています。しかし現実には、そうした前世はないのです。今、私(自分)として自覚し意識している私と、前世の私(としての人物像)は違うのです。

今、私達がもっている「私という意識・自覚」は、過去にも未来にも存在しません。つまり、今の「私という意識」だけを基準にして見れば、過去世はなかったということです。今現在、私として自覚している存在は、過去に地上で生活していたことはないのです。このように地上サイドの視点から見ると、「私という意識・自覚」の連続性がないため、再生はないと言えます。

しかし、それを霊界サイドの視点、インディビジュアリティという全体をふまえた観点から見ると、再生はあるということになります。つまり、インディビジュアリティとしての私の一部が地上に出現するということです。この観点から見れば、過去と、現在と、未来の“地上の存在”に、一貫した連続性があることになります。このように、霊界での視点に立ってはじめて、再生があり、前世があると言えるのです。

さて、スティーヴンソンの見解は、厳密にはスピリチュアリズムと全く同じではないにせよ、個性と人格の区別を明確にし、現在の人格がそのまま再生するのではないということを明らかにしています――「私(スティーヴンソン)は、一つの人格がそっくりそのまま生まれ変わり得るという言い方は避けてきた。そのような形での生まれ変わりが起こり得ることを示唆する証拠は存在しないからである。実際に生まれ変わるかもしれないのは、直前の人格および、それ以前に繰り返された過去世の人格に由来する『個性』なのである」と述べています。(『前世を記憶する子どもたち』)霊界通信にも匹敵する、スティーヴンソンの洞察の深さには驚きを禁じ得ません。

シルバーバーチの退行催眠に対する見解

『シルバーバーチの霊訓(10巻)』には、退行催眠に対するシルバーバーチの見解が示されています。結論を言うと、シルバーバーチは、退行催眠によって前世を知ることはできないと述べています。退行催眠には信頼性を置くことはできない、退行催眠による前世は事実ではないとしています。その理由として、シルバーバーチは、次のような点をあげています。

  1. 催眠術の基本は“暗示性”にあり、被術者は必ずしも施術者の暗示どおりに反応しているとは限らない。(「前世を思い出しなさい」という指示を出しても、被術者が本当に前世のことを語っているかどうかは分からないということです。)
  2. 人間の精神には莫大な可能性が秘められており、“創造力や潜在的願望”によって過去世の人物像が作られる。(これはスティーヴンソンが、催眠下においては、潜在意識はそれまでの情報を駆使してフィクション的前世譚や前世人格を作り上げると言っているのと同じことを指しています。)
  3. 霊による“憑依”の可能性がある。その場合、語られているのは憑依霊の記憶であって、本人の前世の記憶ではない。
  4. 催眠中に“幽体離脱”が起こり、その間の一連の記憶が印象づけられて語られることがある。これは本人の前世の記憶ではない。

シルバーバーチはこうした理由をあげ、退行催眠によって前世の記憶を思い出すことはほとんど不可能であると言うのです。「いわゆる催眠術による遡及(そきゅう)(退行)は頼りにならないと考えます」と述べています。シルバーバーチは、スティーヴンソンが取り上げたケース以外に、「睡眠中の幽体離脱」という別の可能性も指摘しています。

さて退行催眠のような形で前世を思い出すことはないということになれば、実際には、どのようにして前世の記憶は引き出されるのでしょうか。シルバーバーチなどの高級霊は、これについてどのように言っているのでしょうか。

シルバーバーチは、地上人が前世を思い出す可能性としては、「せいぜい前世とおぼしきものを引き出すことができる程度に過ぎない」と述べています。また、「前世については一瞬のひらめきの中で垣間見るだけ」とも言っています。つまりシルバーバーチの言葉によれば、地上人が知ることのできる前世の実情は、退行催眠で小説風に描かれる一人の人間の前世像とは、あまりにも掛け離れているのです。『霊の書』(当サークル発行『スピリチュアリズムの真髄 「思想編」』)の中で、聖ルイは「神がその無限の叡知によって人間に全てを知ることができないように、また知らしめないようにしているのです……過去世のことを忘れているからこそ自分を確保できているのです」と述べています。このように高級霊は、自分の前世が何であったのかを知ろうとすることの無意味さを強調しています。

自分の前世や背後霊を知りたいという願望の本音には、自分が立派であることを少しでも確信したいという見栄が潜んでいます。これは、家柄、財産、学歴などを自慢するのと同じレベルのことなのです。地上にいる以上、私達はもっと肝心なことに意識とエネルギーを向けるべきです。死ねば誰もが、自分の前世を知ることができるようになります。率直に言って、前世や背後霊にこだわる人間に限って、内省的でないのが実情です。

また現実の問題(人間関係の不和など)の原因を何もかも前世に結び付けることは、明らかに間違っています。自分の責任をタナに上げて、単に責任転嫁をしていることが多いのです。それは、地上に生まれたことの意義・目的を忘れていることです。地上にいる私達は、地上人生において苦しみや困難を乗り越えた時に、はじめて過去世のカルマを消滅させることができるようになっています。安直なカルマ消滅の方法はありません。地上ならではの苦しみや困難から早く逃れたいと退行催眠に期待することは、“霊的摂理”からの大きな逸脱なのです。

「ここでぜひ指摘しておきたいのは、地上の人間は再生というものを、今の自分にない一種の栄光に憧れる気持ちから信じている場合が多いということです。人間世界でいうところの“劣等感”です。現在の自分の身の上がいくらみじめでも、かつての前世では高貴な身の上だったのだと信じることによって慰めを得ようとするのです。」

『シルバーバーチの霊訓(10)』(潮文社)  p.125

次号では、引き続き「退行催眠」と「前世療法」について述べていきます。ブライアン・ワイスの『前世療法』と飯田史彦氏の『生きがいの創造』を検討し、問題点を取り上げることにします(退行催眠と前世療法の問題点-2)。

今回のテーマについては、やや堅苦しいタッチになっており、理解しにくい点も多いと思います。しかし、将来、スピリチュアリズムがニューエイジをリードし導いていく立場にあることを考えた時に、きわめて重要なポイントとなるため、あえてこうした形で書き表しました。