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スピリチュアリズム・ワンポイント

臓器移植について

先日、日本で初めての脳死患者からの「臓器移植」が実施され大きな話題となりました。ご存じのようにスピリチュアリズムは、臓器移植を良しとはしていません。この度の臓器提供者や医療関係者の誠意は認めるべきですが、臓器移植自体は霊的摂理から外れた行為です。霊的事実に対する無知から生じたものなのです。

臓器移植の根底には、死ねばすべて終わりであるという“唯物的思想”があります。その唯物思想が、肉体生命こそ最も大切であるという“肉体生命至上主義”をつくり出しています。そうした唯物生命観においては“死”は敗北であり、反対に少しでも肉体生命を永らえさせることは医学の勝利であるということになります。

それに対しスピリチュアリズムでは、肉体はどこまでも“霊”の地上における道具にすぎないと考えます。そして肉体生命に価値をおくことはありません。死は何としても避けるべき悪ではなく、それどころか霊本来の世界へ帰って行く喜ばしい時であると、正反対のとらえ方をします。

臓器移植のような不自然な手段を講じて肉体生命を永らえさせる必要は全くありません。人間にとって、わずかばかりの肉体生命の延長が重要なのではなく、魂の成長をなすことこそが重要なのです。臓器移植は、私達にとって無意味で不必要なものなのです。

世間では“脳死”が人間の死であるかどうかが大きな問題となりましたが、スピリチュアリズムの観点から見れば、実はそうしたことは取るに足りないことです。脳死であろうがなかろうが臓器移植はすべきではない、ということなのです。その意味で今回の脳死移植についての賛否両論は、ともに的外れな議論をしているということになります。

「臓器移植」についての、シルバーバーチの言葉を見てみましょう。

――霊的観点から見て心臓移植をどう思われますか。

「何事も動機が大切です。移植が純粋に生命を永らえさせるためである場合が確かにあります。が、実験を重ねていくうちに実験そのものの興味が先行して肝心の目的を忘れている場合があります……

私は臓器の移植には賛成できません。また輸血も賛成できません。私の考えでは――私はあくまで私の個人的見解を述べるだけですが――肉体的生命の維持ということが唯一の目的であってはならないと思います。心に宿す考えが正しければ行為も正しく、したがって肉体も正常となります。

問題の解決は臓器の移植ではありません。本当の解決は各自が神の意図(摂理)にのっとった生き方をすることです。」

『シルバーバーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.127

――現段階では心臓移植はかならず失敗に終わると考えてよろしいでしょうか。

「実験そのものは成功するケースもあると思います。ただ私が気がかりなのは、実験そのものが霊的にみて間違った方向へ進みつつあることです。その方向は人間の幸福のために献身すべき人が選ぶべき道ではないということです。現段階のやり方では健康は得られません。健康とは調和状態のことです。今の医学者のやっていることは一時的な部分品の継ぎ合わせにすぎません……

人間という存在は身体と精神と霊の三位一体として創造されているのです。その三つは不可分のものです。置きかえはきかないのです。あなたはそれらが一体となって一つの個性をこしらえている存在です。健康というのはその三つの要素の間の協調関係であり、規則的リズムであり、一体関係です。健康を得る方法はそれ以外にはありません……

地上は無知だらけです。死を恐ろしい怪物のように思って避けようとしています。死を恐怖心をもって迎えていますが、死も自然の摂理の一環にすぎません。」

『シルバーバーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.128