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皆さんのご質問にお答えして

これまで、ニューズレターについて多くの方々からご質問をいただきました。そのつど、可能なかぎり返事を差し上げるように努めておりますが、行き届かない点につきましては、どうかご了承ください。

このコーナーでは、今までお寄せいただいたお便りの中から、三通ご紹介いたします。

質問─1

ニューズレター5号に、臓器移植についての記事がありました。私は二十数年前より、妻とともに「献体運動」に取り組んできました。妻は数年前にこの世を去り、その時大学の医学部に献体いたしました。「献体」に対するご意見をお伺いいたします。

答え

二十数年にわたって進めてこられた「献体運動」の推進者としてのご苦労・ご努力は、並々ならぬものであったことと拝察いたします。“人のため・社会のため”という一途な奉仕の信念なくしては、成し遂げることのできない道だと思います。

結論を述べますと、死後の肉体(シルバーコードが完全に切れて霊体から離れた肉体)を医学の発展のために捧げるという「献体」は、霊的真理に照らし合わせて、何の問題もありません。その行為にともなう動機が純粋で利他的なものであるならば、誠に尊い愛の実践だと思います。

霊的視点から見た「臓器移植」についてはニューズレター5号で触れておりますが、「献体」はそれとは異なるものです。霊体が完全に抜け出てしまった肉体はただの物質に過ぎず、どう取り扱ってもよいものです。

シルバーバーチは、次のように述べております。

――死者はある一定期間、そっと安置しておいてあげる必要があると信じている人がいます。それと言うのも、最近では人体を使って実験するために死体をかっさらうように実験室へ持っていくことがよくあるのです。こうしたことは魂ないし霊にとって害があるのでしょうか。(質問)

「それはその死者の霊が、霊的事実についての知識があるかどうかによります。もし何の知識もなければ、一時的に害が生じる可能性があります。と言うのは、霊体と肉体とをつないでいるコードが完全に切れたあとも、地上での長い間の関係によって相互依存の習性が残っているからです。

その意味では一般的に言って、埋葬または火葬までに三日は間を置いた方がよいでしょう。それからあとのことは、どうなさろうと構いません。死体を医学的な研究の材料として提供したければ、それも結構でしょう。そちらで判断なさるべきことです。」

つまり、シルバーコードが完全に切れているかどうかが問題であって、完全に切れてしまえば、肉体はただの物質であり、どう扱ってもよいのです。摂理には反しません。そして、その肉体を純粋な思いから医学の発展のために捧げるというのであれば、地上の人間として立派な“愛の行為”だと思います。

利他愛の実践にもさまざまなレベル(次元)があります。今後は、真理の普及(霊的事実を伝えること)を奉仕の一番の核とされ、その上で、献体運動を進めて行かれてはいかがでしょうか……

質問―2

ある知り合いの方から「神の道具と言っても、人間はそう簡単にできるものではない。まず自分をしっかりつくり上げ、自分の行動・人間に責任を持てるようになって、はじめて神の道具になれる。まず自分をつくり上げることが大切だ」と言われたのですが……

答え

自分をつくり上げること、言い換えれば、自分を成長させることが大切であるという意見に異論を唱える人はいません。問題は、自分をつくり上げるにはどうすべきか、自分を成長させるにはどのようにしたらよいのか、ということです。

シルバーバーチは、「地球を天国にするのは理論的には一日でできることですが、現実にはそうはいかないので、こうした長い時間をかけた忍耐の歩みが必要になっているのです」と述べています。それと同じで、自分を成長させるということは理屈によって片付けられることではないのです。

その方は、人間を成長させるには具体的にどのような努力をすべきかを、しっかり理解していらっしゃるのでしょうか。ご質問の中の言葉は、単なる綺麗事・観念論のような感じがいたします。おっしゃるように、人間は成長しなければならないというのは確かですが、それを成し遂げるには、具体的な方法と現実的な努力が必要とされるのです。

人間の魂の成長における最大の障害・阻害要因は、魂が肉体に閉じ込められているということです。つまり、日常的に「肉主霊従」という状態に陥っているということです。そのために“魂の栄養素”(霊的栄養素)を取り入れることができなくなっているのです。

私達地上人が霊的に成長するには、霊が優位となるような状態、「霊主肉従」という状態を保つことが最低限必要となります。宗教におけるさまざまな修行方法は、実はこの一点――「霊主肉従」を保つためにあるのです。

「道具意識」を持つように努めるということは、そうした「霊主肉従」の状態を効果的に、しかも最も深い次元において実現する方法です。良き霊界の道具となることを目指して努力することは、まさに魂成長のための最高の手段であり、最短の歩みともなるのです。

ですから、ご質問の中での知り合いの方の発言――「まず自分をつくり上げて、はじめて道具になれる」というのは、一見筋が通っているかのように聞こえますが、単なる観念論に過ぎないことが分かります。どのような状態に至ったなら、自分をつくり上げたと言えるのでしょうか。その方は、地上において人間が完成の域に達することができるとでも思っていらっしゃるのでしょうか。現実の醜い自分の心と厳しく闘ったことがある人ならば、そうした観念的なことは口にできないはずです。

「神の道具」として歩もうとすることは、まさに自分を高めつくり上げるための努力なのです。未熟な人間がスムーズに自分をつくり上げる、最も自然で効果的な方法なのです。自分を成長させることだけに心がとらわれたり、自分の魂を高めようとやっきになると、結局、魂は成長させられません。それでは、どこまでも“自意識”の殻を抜け出せないからです。

それとは逆に、自分のことを忘れて(自分の魂の成長とか救いさえも忘れるほどに)、ただ人のために自分の全てを捧げたいという思いが心に湧きあがる時、結果的に魂は成長しているのです。「道具意識」とは、まさに自分のことを忘れ、人々のために自分の全てを捧げようとする生き方なのです。

質問―3

私はこれまで、「高橋信次先生」は釈迦の生まれ変わりだと思っておりました。そして今でも毎朝、祈りの言葉「心行」を神棚に向かって上げています。しかしニューズレターで先生についての記事(スピリチュアリズムから見た新新宗教)を読んでから、「高橋信次先生像」が混乱するようになりました。今後どのようにしていけばよいのか、アドバイスしてください。

答え

シルバーバーチは――「地上の特定の人間を信仰の対象としたり、誇大に評価し帰依することは間違いである」と述べています。高橋信次氏が、霊力・人格ともに優れた稀に見る人物であったことはニューズレターでも書いた通りです。しかし高橋氏と言えども、あくまで地上の一人の人間に過ぎません。

これまで絶対だと考え信じ切っていたものが崩れ始めることは、人生の足場を根底から覆されるような出来事であり、大きな不安を引き起こすことになります。その悩みがいかほど大きなものであるかは、人生の苦しい峠にさしかかっておられるご本人でない限り、知ることはできません。

しかし、それは霊的視点から見た時、より高い世界に飛躍するための、新しい自分に生まれ変わるための“産みの苦しみ”であると言えます。その苦しみは、ご自身が、これまでの霊的レベルに満足できなくなったことを意味しています。もし依然として、高橋信次氏こそ最高であるとの信念にとどまっているとするなら、ニューズレターの記事など気にもかけなかったはずです。示されたより高い世界の価値が分かるということは、ご自分の霊性がすでにそのレベルにまで至っているからなのです。ニューズレターの内容にご自分の高い魂が引かれ、新しい光が差し込むようになったのです。

今後どのような道をとるかは、ご自身の責任において決意しなければなりません。そのためにはまず、スピリチュアリズムの真理(シルバーバーチの霊訓など)を徹底して読まれることです。そして、スピリチュアリズムこそ自分の歩むべき道であるとの確信が得られた時は、その良心の声に勇気を持って従うべきです。スピリチュアリズムに対してまだ納得できないというのであるなら、急いで結論を出そうとせず、さらに時間をかけて霊訓を読まれることです。焦る必要はありません。じっくりと結論を出せばよいのです。

あなたのこれまでの人生は、今この時を迎えるための準備であったことは明らかです。高橋信次氏との出会いも、そのためにあったのです。霊界において高橋氏は、すでにスピリチュアリズムの意義とその重要性を悟っております。自分が何をしなければならないのかも、はっきりと理解しています。また、これまでのニューズレターにも目を通しております。詳しくはこれ以上語ることはできませんが、そうした高橋氏の霊界における理解の拡大と霊的成長とは別に、あなたはご自身の理性によって、何が正しいことなのかをご自分で判断しなければならないのです。そして、ご自分の意志で歩み出さなければならないのです。どうか、良心の声に忠実に歩まれますように……