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心霊治療は、現在のスピリチュアリズムにおける中心的な心霊現象

心霊治療(スピリチュアル・ヒーリング)は、代表的な心霊現象と言えます。これまで現代医学に見捨てられた多くの患者が、心霊治療によって救われています。心霊治療は現在のスピリチュアリズムの中で重要な地位を占めています。シルバーバーチの交霊会には大勢の心霊治療家が招待され、シルバーバーチから直接教えを受けています。シルバーバーチはそこで、心霊治療の重要性を何度も繰り返し述べています。

現在、イギリスの心霊治療家(スピリチュアル・ヒーラー)の数は6千人に達しています。しかし、その中でハリー・エドワーズのような、霊性・知性・人格性に優れ、真に高級霊団の道具と言えるようなヒーラーは、ほんの一握りに限られます。日本では新宗教によって浄霊や手かざしなどの病気治療がさかんに行われていますし、民間信仰による祈祷治療なども大衆の中に広く根を下ろしています。また最近では気功治療やニューエイジ関係のさまざまなヒーリングが流行しています。おそらくそうした心霊治療に係わる総数では、日本はイギリスよりも多いと思われます。但し、その中でスピリチュアリズムの霊的真理に基づく治療家というと、本当にわずかなものとなってしまいます。

シルバーバーチは、これからのスピリチュアリズムの普及において、心霊治療は大きな使命を持っているということを述べています。これは高級霊界の神庁において、スピリチュアリズムの霊的真理普及のための一つの計画として審議・決定されたものと思われます。それゆえ心霊治療は、スピリチュアリズムの中で重要な部分を占めているのです。従来までに見られた物理的心霊現象に代わって、心霊治療が霊的現象の中心となるように決定されたのです。そのことは、今後スピリチュアリズムの急激な普及が予想される日本でも、多くの心霊治療家が現れることを意味しています。皆さんの中からも、この後、心霊治療に携わるようになる方も出てくることでしょう。

常に新しい側面が台頭しています。物理的心霊現象がおもむろに後退し、心霊治療と霊的教訓という高等な側面がそれと取って代わりつつあります。

『シルバーバーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.165

――これからは心霊治療がもっとも重大な分野となるように計画されているのでしょうか。(質問)

「迷うことなく“そうです”と申し上げます。これからは、病気に苦しむ人々の治療の分野に霊力を顕現させていく計画が用意されています。病気や障害のために人生が侘しく、陰うつで、絶望的にさえ思えている人々に、霊的な治癒エネルギーが存在することを証明してあげるのです。

霊力――生命力そのものであり、数多くの治療家を通して注入される無限のエネルギーは、病気や障害によって痛めつけられ苦しめられている身体に、新たなエネルギーを注ぎ込んで活気づけ、いかに疑り深い人間でも、地上の用語では説明できない力が存在することを認めざるを得なくしてしまいます。皆さんが生きておられる今の時代にぜひ必要だからこそ、そう計画されているのです。」

『シルバーバーチの霊訓 霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会)  p.224

スピリチュアリズムにおける健康観・病気観

心霊治療について述べる前に、スピリチュアリズムでは健康や病気をどのように考えているのか見ていきます。健康の本質を知ったり、病気の原因を正しく知ることは、心霊治療を深く理解するためにどうしても必要です。

スピリチュアリズムによれば、病気には二つの原因があります。一つは、霊・精神・肉体の不調和、すなわち霊と肉の関係のアンバランスです。このニューズレターで何度も繰り返し述べてきましたが、私達は霊(魂)と霊体と肉体という三つの部分から構成されています。もし霊的要素が肉体的・物質的要素に勝り、十分な霊的エネルギーが肉体に流されている時は、私達は容易に肉体をコントロールすることができます。そして肉体は摂理にそった自然な状態に置かれることになります。そうした状況下にあっては、神が私達の肉体に与えた健康を維持するための機能が健全に発揮されることになります。

肉体には健康状態を保つための驚くべきシステムが備わっています。ホメオスターシス(恒常性維持機能)、免疫機能(外部の敵の侵入から身体を守る機能)、自然治癒力(身体のバランスが崩れ病気になっても回復させる機能)という神が与えてくださった配慮(システム)によって、私達の肉体は健康が維持されるようになっています。健全な霊性、霊と肉の正しいバランス(霊主肉従・霊による肉体コントロール)、肉体に対する正しい管埋(栄養・運動・休養)の諸条件が満たされる時、私達の肉体は健康状態を保つことができるのです。

病気とは、今述べた条件を欠いた結果生じるものです。霊(魂)のエネルギーが乏しくなり、霊と肉体の関係がアンバランスになること(肉主霊従・肉欲本能が霊性を支配)によって、あるいは肉体に対する間違った使用や管理(間違った食事・運動不足・過労・睡眠不足)によって、神が与えてくださった健康維持システムは十分な働きをすることができなくなります。

特に霊性の萎(しぼ)みと霊肉関係のアンバランスは、精神状態を不安定にし、不必要にストレスを溜め込むことになります。ストレスヘの対処能力を欠くことになり、これが免疫システムに打撃を与えるようになります。継続したストレスや不安定な精神状態が、病気を引き起こす最大の原因となるのです。

肉体は本来、少しばかりの物質的な悪条件に対しては適応性を持っています。少々の悪い食べ物や化学物質に対しても、体全体の維持システムによって乗り越えていけるだけの能力を持っています。しかし肝心な維持システムが十分に作動しないところでは、物質的な悪条件(間違った食事・嗜好品・化学物質)の影響をまともに受けて、肉体に異常をきたすことになるのです。

食生活を正すこと、適度な運動を欠かさないことは大切です。しかし、それだけで健康な肉体を維持することはできません。霊と肉体全体がトータルとしてバランスを保っていなければ駄目なのです。霊体と肉体の正しいバランスを取るためには、霊にエネルギーが満ち、生き生きとしていなければなりません。そのことは逆に言えば、心がより高い方向に変化することによって病気が治る、ということを意味しています。

もし皆さんが、心の変化の重要性を無視して肉体の病気だけを治そうと努力をしても限界があります。肉体的な悪条件を取り除く努力(食生活改善・適度な運動など)と同時に、心を高める努力を欠いてはならないのです。新しい人生観・価値観を持つことができて、初めて心は大きく変化することができます。呼吸法や瞑想、催眠術は確かに精神レベルで良い効果がありますが、最も深い心の世界(霊的レベル)にまで至るものではないため、やはり限界があります。呼吸法・瞑想法などは精神レベルにおける対症療法であって、根本療法とは言えません。

「霊と肉の関係のアンバランス」とそこから生じる「不必要なストレス」こそ、病気の最大の原因と言えます。自分自身でストレスをつくり出し、自分で自分の首を絞めているところに、「極度に偏った食事」などの物質的悪条件が追い打ちをかけ、免疫系などの健康維持機能を低下させることになってしまいます。多くの現代人は、このように霊的方向からも物質的方向からも、自分で自分の肉体を痛めているのです。

性の放縦や飽食といった現代人の風潮は、まさに本能に翻弄された姿と言えます。霊性が高い状態にあり、霊と肉の関係が正常であるなら、人は肉体にとって悪い影響を与えるものは自然と求めなくなります。肝心な霊的な世界が欠落しているために、現代人の多くは際限なく不健全なものを求め、体にとって不自然な食べ物や飲み物に引かれるようになっています。そして当然の結果として、病気を蔓延させているのです。

食生活を健全なものにすることは、すでに不自然さになじんでいる多くの現代人にとってストイックな生き方と厳しさが要求されることになります。それはまさに霊的修行とも言えますが、実はそれこそ現代人にとっての魂の鍛練の良いチャンスなのです。食事を正常化するための努力は、霊的な努力の一部と言えます。人が健康であるためには、霊と肉のバランスを維持すると同時に、あまりにもひどい肉体に対するマイナスの物質的条件(その最大のものが間違った食生活)を是正しなければなりません。肉体を霊の健全な道具として使うためには、手入れが必要なのです。

「病気・不快・異常の原因は調和の欠如にあります。健康とは全体の調和が取れている状態のことです。身体と精神と霊との間に正しいリズムとバランスが取れていることです。三者の連繋がうまくいっていない時、どこかに焦点の狂いが生じている時、自然の生命力の流れが阻害されている時に病的症状が出るのです。霊力が流れず、本来の機能を果たしていないからです。」

『シルバーバーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.171

「病気は食べ物や飲み物だけで片づく問題ではありません。精神的な要素と霊的な要素も考慮しなければなりません。肉体に関わることだけで霊を判断することはできません。不可能なのです。たとえばタバコを止めたからといって、止められずに吸い続けている人より霊的に上かというと、必ずしもそうとは言えません。霊性はその人の生き方によっておのずと決まるもので、第三者から見てどうのこうのと批判すべきものではありません。」

『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版)  p.76

「たとえば健康に良くないから肉は食べないというだけでは、霊性は向上しません。呼吸器に悪いからという理由でタバコを吸わないようにしても、それで霊性が向上するわけではありません。

そうではなくて、霊性を開発しようと決意し、その開発に少しでも障害になるものは控えるというのであれば殊勝なことです。大切なのは動機です。」

『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版)  p.76

さて、もう一つの病気の原因は、前世でつくり上げたカルマです。再生の目的は類魂全体の向上のために新しい地上体験を積むことにありますが、それと同時に再生には、個人として前世でつくった悪いカルマを償って消滅させるという、もう一つの目的があります。悪い地上的カルマが残っている限り、それは霊界での向上の足枷(あしかせ)となります。そしてその悪いカルマは、カルマをつくった同じ地上世界でその内容に匹敵するだけの苦しみを味わって、初めて消滅させることができるようになっています。

苦しみの内容は人それぞれに異なっています。身体の不自由や人間関係のトラブルに苦しむ人もあれば、仕事や金銭上の苦しみを味わう人もいます。病気はそうしたさまざまな苦しみの一つなのです。苦しい体験や困難は多くの場合、再生に先立って自ら選択することになります。それが地上人生において必要な時に、タイミングをずらすことなく正確に生じてくるのです。そのようにして起きた病気の場合は、その苦しみが、本人の魂の向上のための重大なきっかけとなるということです。病気を通じて、カルマ清算の道が開かれるということです。

さて、そうした病気を通じてのカルマ清算の道が霊界において予測されていても、時によっては、病気として現象化する前にそのカルマが消滅することがあります。本人が徹底して内省的努力を重ね、常に霊主肉従を心がけるといった場合には、克己の努力にともなう苦しみを通じて、あるいは自己滅私の愛の実践を通じて、カルマが消滅するようになります。しかし、こうした積極的なカルマ消滅の道を歩める人はめったにいません。結局大半の人々は、病気の苦しみを体験するという形でカルマを清算することになります。

「どうしても避けられない要因の一つに患者のカルマ(宿業)の問題があります。当人の霊的成長の度合いによって決められる精神と身体の関係です。」

『シルバーバーチの霊訓(2)』(潮文社)  p.193

さまざまなヒーリングと心霊治療のメカニズム

私達は構成要素の観点から見た時、「霊(魂)・霊の身体・肉の身体」から成り立っていると言えます。また意識の観点を中心として見る時は、「霊・霊的心(精神)・肉的心(本能)」から成立していると言えます。私達はこのように、三つの要素が一体となった三位一体的な存在と言うことができます。

病気とは、この三者の関係がバランスを欠いて全体が摂理に一致できないところに生じるものです。特に三要素の中で、最高次元にある“霊”がエネルギーを枯渇させて、霊としての十分な働きができない時、霊と肉の健全な関係は崩れ、肉体に異常が生じるようになります。霊のレベルでの問題は精神レベルでの問題をつくり出し、それがさらに、最も低い次元の肉体に問題を引き起こすことになります。一般には肉体の異常さだけを病気と考えていますが、実は霊的にも精神的にも問題は生じているのです。そして、それが肉体の病気以上に重要な問題なのです。

「私たちは基本的には霊的観点から人間を見ます。霊が正常であれば精神も正常であり、従って肉体も正常となります。その反対ではないのです。つまり肉体が正常になれば精神も霊も正常になるというものではないのです。霊がすべてを統率しています。」

『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版)  p.71

シルバーバーチの言う、霊・精神・肉体の「三位一体」についての詳しい説明は複雑になりますので、ここでは省略いたします。いずれ今後のニューズレターで取り上げる予定です。

最も根本的な治療は、最大の原因である“霊”そのものに向けての働きかけ、霊と肉の関係のアンバランスを是正するものであるということになります。霊を無視して精神レベルへの直接的働きかけも可能であり(催眠療法・暗示療法など)、それはそれなりの肉体への良い結果をもたらします。しかし、そうした治療は中途半端なものであり、やがて病気のぶり返しや別の症状として現れることになります。また霊や精神を無視した肉体レベルだけへの働きかけは、根本的な治療からはおよそ懸け離れています。

現在の西洋医学は唯物医学であり、まさに肉体だけに働きかける治療法です。片輪の医学と言うべきものです。最近、急に脚光を浴びるようになったホリスティック医学は、精神レベルまでを含くめたより進歩した医学と言えますが、それでもまだ霊的レベルにまで至っているわけではありません。過渡的な医学、霊的レベルに至る前段階の医学と言うべきものです。

このように人間には、霊的レベル・精神レベル・肉体レベルの三つの要素があるため、治療もそれぞれのレベルにおいて可能となるのです。こうしたことは心霊治療についてもそのまま当てはまります。すなわち心霊治療には、働きかける対象レベルによって三種類のヒーリングが存在することになります。

「同じく治療といっても、物質次元の磁気的なものがあり、幽体を使用した心霊的なものがあるのです。さらにその上に、霊界の高い界層からのエネルギーによる治療があります。これをスピリチュアルと呼びます。」

『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版)  p.204

「エネルギーには無限の段階があります。その頂点には大霊がおわします。そして物質はその最下位に位置します。治療はその階梯のどの段階においても行えます。どの段階になるかは治療家の霊性の高さによって決まります。」

『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版)  p.205

次にそれぞれについて見ていきましょう。

(1)肉体レベルへのヒーリング

これは治療師(ヒーラー)自身の肉体エネルギー(生体磁気ともいい、気功や導引などの中国医学でいう“気”はこれに相当する)を患者に与えるものです。単純な手当療法やハリ、指圧なども同じ原理による治療です。ヒーリングと言っても、働きかけるのは肉体レベルに過ぎないため、単に症状を抑えるといった程度のものになります。それを病気が治った、病気に効くと言っているのが大半のケースです。西洋医学の対症療法とは異なっていても、こうした肉体レベルだけの治療は、どこまでも対症療法の域にとどまっています。

(2)精神レベルへのヒーリング

精神への直接的な働きかけによって、幽体レベルにその影響力を与えることができます。精神が肉体に及ぼす影響力の強さについては最近の医学でも認められ、心身相関医学や精神神経免疫学といった新しい医学の分野が確立されるようになりました。精神レベルへの治療は、肉体より上位レベルに向けて働きかけをするという点で、生体磁気治療よりは効果的と言えます。但し、このレベルのヒーリングでは、霊界にいる医者(霊医)の関与はありません。

信念やイメージによって肉体の病気を克服したり、暗示やプラシーボを用いての治療が最近よく行われるようになってきました。またヨーガの影響を受けて、瞑想や呼吸法による精神レベルへの働きかけが広く行われるようになってきました。ヨーガの行は健康法として注目され、ヨーガ行者の超常能力は現代人に驚きを与えましたが、この能力はどこまでも精神レベル(サイキックレベル)のものです。肉体に属する部分の能力なのです。このレベルでの治療は治療家自身のエネルギーを用いるものであって、霊界とは無関係です。

こうした精神レベル・サイキックレベルでの治療が成立する時、その治療師は「サイキック・ヒーラー」と呼ばれます。サイキック・ヒーリングの方法は、祈祷・手かざしなどですが、働きかけに用いられるエネルギーは肉体次元のエネルギー(サイキック次元のエネルギー)です。そのエネルギーはヒーラーから発するもので、ヒーラーのサイキック能力がその力の度合いを決定します。ヒーラーの人格とは係わりありません。このレベルでの治療は、この後に述べるスピリチュアル・ヒーリングと比べて、極めて表面的なレベルの治療と言えます。根本的な治療には至っていないため、情神レベルでの活性が乏しくなるにつれ、症状が現れてくることになります。すなわち病気のぶり返しがあるということです。

宗教に入って熱心に活動するようになって病気が治ったという話をよく聞きます。またクリスチャンサイエンスにおいて、信念によって病気が治るといったケースがたびたび取り上げられます。こうしたものは信仰治療などと呼ばれることがありますが、その大半は、やはり精神レベルにおいて治療効果が発現されたものと言えます。自分自身で精神レベルに刺激を与え、治癒力を高めたということです。

(3)霊的レベルへのヒーリング

三つ目の心霊治療は、本当の意味での「スピリチュアル・ヒーリング」です。これまで述べてきた二種類のヒーリングは、どこまでも地上のエネルギー・治療師個人のエネルギーを用いてのものでしたが、ここでの治療は純粋な霊界のエネルギーを使用してのものです。患者の霊的レベルに直接働きかけることになります。これは治療の方向が上から下へなされる、つまり霊界から地上へ向けてなされるということです。それに対して先に述べた二つのヒーリングは、地上という平面レベルでの治療、肉体から精神という下から上へ向けての治療であるということになります。これがスピリチュアル・ヒーリングと他のヒーリングの根本的な違いです。

またスピリチュアル・ヒーリングにおける治療の主役は霊界の医師達であり、地上のヒーラーはあくまで道具です。この点も根本的に異なっています。霊界の医師達によって送られてきた治療エネルギーが、いったん地上の治療師の身体を通過して波動が下げられます。そのエネルギーが治療師から、患者の松果体や太陽神経叢をへて体内に流れ込み、患者の魂ならびに全身に行き渡ることになります。すなわち霊的エネルギーが、霊界の医師(霊医)→地上のヒーラー→患者というプロセスをへて流され、その結果、患者の霊(魂)が癒され、精神・肉体が癒されることになります。

またスピリチュアル・ヒーリングでは、こうした地上のヒーラーを介しての霊的エネルギーの流入とは別に、霊界の医師達が霊的エネルギーを直接患者の意識の中枢に送り、魂に備わっている治癒力を刺激して、肉体の病気を治すということも行われます。この場合は患者の潜在意識を利用して、健康な時と同じ生理反応を生じさせて、失われた機能を回復させることになります。

「大きく分けて、治療には二通りの方法があります。一つは治癒エネルギーの波長を下げて、それを潜在エネルギーの形で治療家に届けます。それを再び活エネルギーに還元して、あなた方治療家が使用するという方法です。もう一つは、特殊な霊波を直接患者の意識の中枢に送り、魂に先天的にそなわっている治癒力を刺激して、魂の不調、すなわち病気を払いのける方法です。」

『シルバーバーチの霊訓 霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会)  p.160

「使用するエネルギーによって異なります。信じられない方もいらっしゃるかも知れませんが、いにしえの賢人が指摘している“第三の目”とか太陽神経叢などを使用することもあります。そこが霊と精神と肉体の三者が合一する“場”なのです。これ以外にも患者の潜在意識を利用して、健康な時と同じ生理反応を起こさせることによって、失われた機能を回復させる方法があります。」

『シルバーバーチの霊訓 霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会)  p.165

以上がスピリチュアル・ヒーリングのメカニズムですが、誰に対してもこうした治療が可能になるわけではありません。こうしたスピリチュアル・ヒーリングが成り立つためには不可欠な前提条件があります。その絶対条件とは、何よりも患者自身が、ヒーラーを通じて送られてくる霊的エネルギーを受けられる状態にあるということです。患者の魂が、送られてくる霊的エネルギーに反応を示すところまで進化しているかどうかということです。もし患者の魂がそこまで至っていないならば、肉体への反応は生じません。病気は治りません。魂が一定のレベルにまで至っていることが何より重要なのです。

その魂の成長のためには、シルバーバーチが再三述べているように、苦しみの体験が必要とされます。苦しみを克服していくプロセスによって霊的浄化が進み、霊的に向上するのです。それは同時に悪いカルマを消滅させ、魂が霊的エネルギーを受容できる状況をつくり出すことになります。カルマが清算されていない段階では、どのような心霊治療も功を奏しません。このように病気はカルマを清算するための一つの有力なプロセスであり、病気による苦しみをへて霊的浄化が終了し、カルマが消滅すれば、魂が霊的エネルギーを受け入れられるようになるのです。そうした段階に至った人が、背後霊によって、その病気を取り除くことのできる治療家のもとに連れてこられることになります。患者にとってはそうしたヒーラーとの出合いは、病気が癒される時であると同時に、霊的世界に対する目覚めのチャンスを迎えたことにもなるのです。

このようにスピリチュアル・ヒーリングにおいては、病気が治るか治らないかの絶対的な要因が患者自身の霊的レベルに置かれています。これがスピリチュアル・ヒーリングの成功・不成功を決定する最も大きな要因となるのです。

「精神はあくまで魂の道具にすぎません。したがって魂が正常になれば、おのずと精神状態も良くなるはずです。ただ、魂がその反応を示す段階まで発達していなければ、肉体への反応も起こりません。魂がさらに発達する必要があります。つまり魂の発達を促すための、さまざまな体験をしなければならないわけです。それには苦痛が伴います。」

『シルバーバーチの霊訓 霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会)  p.147

「治療の成功・不成功は、魂の進化という要素によって支配されております。それが決定的な要素となります。いかなる魂も、治るだけの霊的資格がそなわらないかぎり、絶対に治らないということです。」

『シルバーバーチの霊訓 霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会)  p.143

スピリチュアル・ヒーリングにおいて次に大切な要因は、地上のヒーラーの内容です。ヒーラーの霊的レベルが高ければ高いほど、受けた霊的エネルギーを、純粋さを保って患者に流すことができるようになります。ヒーラーの霊性によって霊的エネルギーの質のレベルが左右されるということです。霊的なものに関しては、常に量より質が問題となります。日常生活を正し、常に自分自身に対して厳しく臨むと同時に、霊的真理によって自分の考え方や心境を高いところに置く努力が必要です。そうした自己コントロールができて初めて、より良い霊界の道具・コンデンサーとなることができます。自分を無にして霊の道具に徹し、神の愛で患者に接する時、高い質の霊的エネルギーを患者に注ぐことができるのです。このようにスピリチュアル・ヒーリングでは、ヒーラーの人格が大きな影響力を持っています。

「それを受け入れる能力をお持ちのあなた方にできることは、その能力をさらに発達させること、つまり受容能力を増し波長を高めることだけです。霊力そのものは無限に存在します。それをどれだけ受け入れるかは、あなた方自身の進化と発達の程度によって決まるのです。あなた方を通じて流れる霊力の限界はその受容能力によって決まるのです。」

『シルバーバーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.190

スピリチュアル・ヒーリングにおいての主役は霊界の医師達で、これが他のヒーリングと根本的に違う点です。彼らは、霊界からただ一方的に地上に臨んでいるわけではありません。霊界の医師達はいつも、患者の反応を見ながら試行錯誤の実験を繰り返しています。次々と新しい治療エネルギーをつくり出すことに全力を傾けています。それを地上に送り届けることで、患者一人一人に合ったデリケートな治療がなされるようになっています。スピリチュアル・ヒーリングにおいてはレディーメイドの方法は存在しません。百人百様の治療法が準備されるのです。スピリチュアル・ヒーリングは、常にこうした霊界における想像を絶するような研究プロセスのもとで進められているということを忘れてはなりません。霊界における治療技術は絶えず向上し変化しています。こうした点から考えると、かつての心霊治療の方法や内容に固執することが、いかに無意味なことであるかが明らかになります。

スピリチュアル・ヒーリングはその時々、その人その人にふさわしい形で処方されます。エドガー・ケイシーのリーディングアドバイスはよく知られていますが、それはケイシー存命中の時代の米国人の体質に合ったものです。そのため当時は効果を上げることができましたが、現在そのまま適用するというわけにはいきません。当時と比べ、現代人の体質や生活スタイル、環境は大きく変化しています。霊界においては、現代に適応する、その当時とは比べものにならない技術が開発されていることも考慮すべきです。エドガー・ケイシーの医療リーディングはかつての米国人には効果的でしたが、現在では彼らに対してさえも、すでに十分には適応できないものとなっています。

「それを扱う、知識と経験と理解の深い者が、こちらで待機しております。そちらの化学者や科学者に相当します。その者たちが、この霊力を各種の病気に合わせて特性をもたせる技術の開発に、いつも取り組んでおります。そのチャンネルとなる治療家を通して、病気のタイプに合わせて“調剤”する実験も行っております……最終的には治療家のもとを訪れる患者によって、一つひとつ異なるプロセスがあると思ってください。その際、患者のオーラが診断の大きな参考になります。それが精神状態と霊的状態を物語ってくれるので、それをもとにして、今述べた治癒エネルギーの調剤が行われます。」

『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版)  p.188

ブラジルやフィリピンなどでは、素手や錆(さ)びたメスを用いて肉体の患部を取り除く心霊治療家のいることが知られています。痛みを伴うことなく素手を体内に差し込み、手術が終わると患部を手でなでるだけで傷ロがきれいに塞(ふさ)がってしまうのです。まさに奇跡的ともいうような驚くべき心霊手術が行われています。こうした霊的手術を実際に行うのは霊界の医師であって、地上の治療師はその道具として使われているにすぎません。霊界の医師が主役となる典型的なスピリチュアル・ヒーリングと言うことができます。

しかし同じ霊界の医師が関与するスピリチュアル・ヒーリングと言っても、これまで述べてきた心霊治療とは、その方法があまりにも違っています。常識では考えられないような奇跡的な手術を目の当たりにした人々は、こうした心霊手術の方が、欧米で行われているスピリチュアル・ヒーリングより、はるかに高い治療効果を上げているかのように錯覚してしまいます。

実はこうした見た目に派手な心霊治療は、そこに住む人々の霊的レベルに合わせて演出されたものなのです。かつて二十世紀の初頭に、霊界の存在を知らせるために、さまざまな目を見張るような心霊現象が演出されました。当時の人々にとっては、そうした派手な方法が最も効果的だったからです。それと同様な理由で、現在ブラジルやフィリピンにおいて派手な心霊現象が展開されているのです。つまり霊的真理に至る前段階の心霊現象として、演出効果の高い、人目を引く心霊治療が行われているということなのです。もちろん心霊治療である以上、治るべき時のきた人が治っているにすぎません。霊的法則を無視した奇跡は何も起こってはいません。

霊的真理を受け入れるだけのレベルに達した地域・民族においては、そうした派手なスピリチュアル・ヒーリングは不要です。もし霊的真理に触れられる状況にある人が、好奇心に駆られてわざわざそうした治療を受けようとするならば、せっかく高い霊的立場に立ちながら、あえて低いものを求めるということになります。低俗な物質レベルに留まるのと同じことになるのです。現在の日本においては、そうした派手な心霊治療は必要ありません。より高いスピリチュアル・ヒーリングを通じて、霊的自覚をもたらすことが求められているのです。

スピリチュアル・ヒーリングの四つの大原則

ヒーリングに関して、私達がしっかりと知っておかなければならないことは、巷で行われているヒーリングと、スピリチュアリズムにおけるヒーリングは全く次元が違うものであるということです。スピリチュアリズムに導かれ、今後さらに霊的なことに係わっていく私達においては、「本物のスピリチュアル・ヒーリング」と「そうでないヒーリング」の明確な区別ができなくてはなりません。高級霊界の意図に忠実にそっていくために、スピリチュアル・ヒーリングについて、もう一度確認しておきましょう。

スピリチュアリズムのヒーリングとスピリチュアリズム以外の一般のヒーリングでは、次のような点で根本的な違いがあります。スピリチュアリズムにおいて期待されるヒーリングの、四つの大原則を述べていきます。

まず一つ目は、スピリチュアリズムにおけるヒーリングは、高級霊団の地上救済の歴史的大事業の流れの中にあるということです。その流れの中において、役割を果たすために存在しているのです。全高級霊界をあげての働きかけの末端を担っているということです。

一般のヒーラーが目を見張るような治療実績を上げ世間の注目を集めるようなことがあったとしても、その立っている立場はスピリチュアリズムのヒーリングとは根本的に違っています。スピリチュアリズムのヒーラーは歴史的な大きな使命を背負っています。何百億という高級霊を背景にしているスピリチュアリズムのヒーリングと、単に自分の力だけを背景にして、地上レベルだけの治療を行う一般のヒーリングでは、その価値は天と地ほどの違いがあります。この点を、スピリチュアリズムのヒーラーは常に自覚していなければなりません。この自覚がなくなれば、たちまちこの世のヒーラーと同じところに堕ちてしまいます。

二つ目は、スピリチュアリズムのヒーリングと一般のヒーリングでは、ヒーリングの目的自体が全く異なっているということです。スピリチュアリズムにおけるヒーリングは、霊的真理を地上の人々に伝えることを目的としています。単に病気を治すことがその目的ではありません。シルバーバーチはよく、病気が治っても霊的な目覚めがなかったらそのヒーリングは失敗であると言っています。これはスピリチュアリズムのヒーリングの目的が、まさに病気治しではないことを意味しています。ヒーリングはどこまでも真理普及のための手段であるということです。人々に霊的自覚をもたらし、真理の普及に貢献するために行われるのが、スピリチュアリズムにおけるヒーリングであるということです。

それに対し、この世の一般のヒーリングの目的は病気を治すことだけです。ヒーリングにそれ以外の目的は見いだし得ません。それゆえヒーリングの成功失敗は、病気がよくなったかどうかだけで判断されることになります。そうしたヒーリンクに携わるヒーラーの意識は、治癒率を上げることにのみ向けられます。

スピリチュアリズムのヒーラーがなそうとすることは、ヒーリングを利用して魂を救うことです。霊界が期待しているのは肉体の病気を治すことではなく、患者の魂に変化をもたらすことなのです。

もし、スピリチュアル・ヒーラーがこうしたしっかりした霊的観点に立っていないならば、病気が治ったかどうかだけを気にする、この世のヒーラーと同じことになってしまいます。伝道の手段としてヒーリングをしているのだという意識を忘れたヒーラーは、すでにこの世と同じ価値のないヒーラーに成り下がってしまうのです。お金を取る取らないという問題ではありません。お金を受け取らないことで善人のポーズをとっているヒーラーは多いのです。重要なのはそうした次元の問題ではありません。何のためにヒーリングをしているのかということです。伝道という目的のための手段であるかどうかということなのです。霊的真理普及の手段となった時のみ、ヒーリングは価値を持つのです。

率直に言って、すでにヒーリングに携わっている方々には、この点で厳しく自戒されることを願います。あまりにも表面上の治癒率にこだわっているようなことはないでしょうか。

「病気というのは霊的理解力をもたらすための手段の一つなのです。そこでもしもあなたが身体の病気は治せても霊的自覚を促すことができなかったら、あなたの責任ではないにしても、その治療は失敗だったことになります。が、もしも魂に感動を覚えさせることができたら、もしも霊的意識に目覚めさせることに成功したら、あなたは医師にも牧師にも科学者にも哲学者にもできないことをなさったことになります。」

『シルバーバーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.99

「心霊治療の目的はいたって単純です。魂の琴線に触れるということです。身体は癒えても魂が目覚めなかったら、その治療は失敗だったことになります。たとえ身体は治らなくても魂に何か触れるものがあれば、その治療は成功したことになります……患者に身体上の好転が見られなくても少しも落胆することはありません。むしろ、身体上の病状は改善したのに、その患者が霊的な実在に何の関心も見せなかった時こそ落胆すべきです。それが病気が治るということの背後に秘められた究極の目的だからです。」

『シルバ一バーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.169

三つ目は、スピリチュアリズムのヒーリングと一般のヒーリングでは、治療を行う主役が全く違うということです。スピリチュアリズムのヒーリングを直接担当する主役は、霊界の医者(霊医)です。地上のヒーラーはそのための“道具”にすぎません。それに対し世間の一般のヒーリングでは、ヒーラー自身が患者の病気を治す主人公になっています。そして渾身の力を振り絞ったり、念を集中するなどして治療に取り組みます。もっとパワーを上げるにはどうしたらよいのかと、いろいろなテクニックの開発に知恵を絞ります。これらは全て、自分が治すのだという自力治療・自力ヒーリングの実態を示しています。

スピリチュアリズムのヒーラーに要求されるのは、道具としての姿勢です。自分が治すのではないという謙虚さです。スピリチュアリズムのヒーラーは道具以上に出てはなりません。「自分の全てをどうぞ用いてください」と委ねる謙虚さが必要なのです。それによって霊界から送られてくる霊的エネルギーの良き通過体となることができるのです。

すでにスピリチュアリズムのヒーラーとして道を歩んでおられる方々に、今もっとも深く自省していただきたいのはこの点です。これまでの治療において、自分が治すのだという思い上がりはなかったでしょうか。もし、そういう意識が少しでもあるならば、それはやがて自分自身の慢心につながり、霊界に敵対する傲慢な思いをつくり上げることになってしまいます。この世のほとんど百パーセントと言ってもよいほどのヒーラーは、この傲慢という魔性の網の中にとらわれています。残念なことに、スピリチュアリズムのヒーラーを自称する方々の多くにもそれが見て取れます。スピリチュアリズムのためではなく、自分の名誉心と自己満足のためにヒーリングをしているような方々も見受けられます。

スピリチュアリズムのヒーラーと真理を知らないヒーラーでは、“謙虚さ”という人格性において歴然とした違いがなければなりません。自分は道具にすぎない、自分は霊界の医者に使ってもらう立場である、主役は霊界で自分はその手足にすぎないのだという自覚を持ち続けなければなりません。そうして初めて“傲慢さ”という人間的な煩悩を克服して、真実の謙虚さを保つことができるのです。心の底からの謙虚さを持てるかどうか、これがスピリチュアリズムのヒーラーと一般のヒーラーの根本的な違いなのです。そうあってこそ、スピリチュアリズムのすばらしさを世間一般の人々に示すことができるのです。

「治療家は背後霊団との最高の調和関係を目指して日常生活を律すべきです。そうすれば必ず良い結果が得られます。あなた方は身を正すことだけを考えていてください。あとは私たちがやります。援助の要請が拒否されることは決してありません……私たちが欲しいのは、よろこんでその霊力の通路となってくれる道具です。」

『シルバ一バーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.189

「ただひたすら使っていただくという気持ちで、可能なかぎり理想を目指して努力していればよいのです。」

『シルバ一バーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.174

四つ目の違いは病気観です。スピリチュアリズムの霊的真理を通じて、私達は明確なカルマ観(因果運命観)を持つことができました。それによって、心霊治療自体の限界を知ることができます。実は心霊治療の限界を正確に知るということは、心霊治療ならびに病気についての最も深い知識を得たことを意味します。一般的なヒーラーは、病気治癒の根本的な法則を知っていません。私達はカルマによる病気は、治るべき時期というものが決め手になっていることを知らされています。心霊治療によって病気が治るのは、その時期がきていたからです。その人に治るべき時期がきていなければ、どれほど多くのヒーリングを受けても、どれだけ有名なヒーラーを回っても治りません。このことは、治療家がどんなに誠意を尽くして全力を傾けても、治らない病気もあるということを意味しています。こうした心霊治療の限界を知っていることこそが、最も深く心霊治療を理解しているということになります。心霊治療における最も深い真理を知っているということです。

もしこうした真理を知らなければ、ヒーラー自身もやっきになって力を振り絞ったり、一人の患者に固執するようになったり、病気が治らなければ自信をなくしたりします。また患者にとっては次々とヒーラー巡りをすることになり、疲れ果てるだけの結果に終わります。一般のヒーリングでは、いっとき治ったかのように見えた病気が再発するケースがほとんどです。つまり病気のぶり返しですが、これでは本当に病気が治ったとは言えません。世間に向けては自分が治療したから病気が治ったと自慢しても、その治癒率が低いことは、当の治療家自身が一番よく知っているはずです。病気を治してあげたい、自分が犠牲になっても治してあげたいという思いは純粋ではありますが、すでにその中に傲慢さの芽が潜んでいます。やがてその芽が大きくなって、自分が治すのだという自力的執念のみが心の中心を占めるようになります。そして、いつの間にか自分の満足のためのヒーリングにすり代わってしまうのです。すでにその治療が自分の自己顕示欲の手段になっているのに、本人はまだ純粋に相手のためにやっているのだと思い続けているのです。このように、心霊治療に携わっているために心を醜くしている人が多くいます。

スピリチュアリズムのヒーリングに係わる者が、そうした醜いヒーラーになってはなりません。正しい霊的知識を持ち、純粋に道具意識に徹することによって、初めて正しいスピリチュアル・ヒーラーになれるのです。スピリチュアル・ヒーラーは決して、自分の治療の治癒率を声高に叫んだり自慢するようなことがあってはなりません。そうなったら一般の真理を知らないヒーラーよりも、もっと醜いことになってしまうのです。自分の実績だけを求め、患者を自分の周りに囲い独占欲の対象とするようなことにもなりかねません。

スピリチュアル・ヒーラーにとっての“生命線”

以上、スピリチュアリズムのヒーリングが他のヒーリングと根本的に異なる四つの点について述べてきました。これが本物のスピリチュアル・ヒーリングの大原則です。言うまでもなくこの四つの内容は、スピリチュアル・ヒーラーにとっての“生命線”になります。もし、この原則から逸脱するようなことがあるならその時は、スピリチュアリズムの領域から外されることになります。自分のためだけに働くヒーラーは、高級霊界にとっては何の役にも立たない道具と同じです。スピリチュアリズムのヒーリングに携わるということは、それほどの厳しい内容が要求されることなのです。

繰り返し述べますが、ヒーラーにとっては「道具としての謙虚さ」と「自己滅私的な奉仕性」こそが、すべての価値を決定するということです。患者に多額の報酬を要求するなど論外です。ヒーリングを通じてお金や名声を得ようなどと考えることは、すでに心を低級霊に明け渡しているということです。どれほど口先で愛のすばらしさを語り真理を語ったとしても、その愚かな行為が、すべてが偽物であることを表しています。語る言葉がヒーラーとしての価値を示しているのでなく、現実の行為がヒーラーとしての価値を明らかにしているのです。

こうした基本をしっかり押さえた上で、さらに心身を清く保つことを心がけなければなりません。日常生活を聖別するということです。男性の場合は、特に性欲との闘いに妥協しないように努力しなければなりません。見るものを厳しく聖別し、清らかな心境を取り戻すために、短期の断食や、徹底した深い祈りの時を持つことが必要になります。毎日霊的真理に触れ、心霊をアップさせることも必要です。“霊主肉従”の努力が一般の人以上に要求される立場であることを片時も忘れてはなりません。

このようなストイックな生活を心がけられない人は、本質的にヒーラーとしての資格を持っていないということです。自己コントロールのできない人、自己の肉欲や本能の放縦に意識的に歯止めをかけられない人は、五年十年たつうちに、必ず自分の魂を貶(おとし)めることになります。出発時点における崇高な精神はいつの間にか、お金と名声の欲に汚され、最後にはスピリチュアリストどころか、この世のレベルと比較しても醜いと言わざるを得ないような事態になりかねないのです。余程の高潔な霊性を持ち、厳しい内面的努力・禁欲的努力を継続する人でない限り、間違いなくヒーリングによって魂を汚すようになってしまいます。

実に残念なことに、こうしたヒーラーがあまりにも多いのです。今、ヒーラーを自称しておられる方は、金銭や性欲、名誉欲に潔癖でいらっしゃるでしょうか。

また霊的真理の普及こそ、私達の最も優先的になすべきことである以上、ヒーラーとしての立場にこだわる必要はどこにもありません。ヒーラーであることにこだわる心の奥には、自分は他人とは違っているのだ、人より優れていて偉いのだという虚栄心・慢心が巣くっていることが多いのです。すでにヒーリングに携わっていらっしゃる方も、時には、果たして自分はヒーラーをやめて人目につかない所で、霊的真理普及のために一生を捧げられるかどうかをチェックしてみられることです。その答えが、偽りのない自分の謙虚さのレベルを示しています。そこまでの謙虚さがない限り、高級霊界の期待に応える真のスピリチュアル・ヒーリングはできないのです。

「治療家に患者のオーラが見えるか否かは問題ではありません。症状の診断ができるかどうかも問題ではありません。そういうことにこだわってはいけません。要は霊が使いやすい状態になることです。道具としてなるべく完全になることを心掛けることです。完全な道具としてマイナスの要素となる人間的弱点を極力排除しなくてはなりません。そう努力することで霊力が豊富に流れるようになります。背後霊団との協調関係を決定づけるのは治療家の日常生活です。」

『シルバ一バーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.179

「心霊治療家にもサイキック・ヒーラーとスピリチュアル・ヒーラーとがあるわけです。後者の場合は生活態度を可能なかぎり理想に近づける努力をしなければなりません。能力はあっても、それをどこまで開発するかは治療家自身の責任です。それをいかなる目的に使用するかについても責任があります。なぜなら、その能力を授かったということは神の使節の一員であることを意味するからです。」

『シルバ一バーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.173

「よい治療家になる方法を教えてくれる書物はありません。ひたすら他人のために役立ちたいと願い、こう反省なさることです。“神は自分に治病能力を与えてくださったが、果たしてそれに相応しい生き方をしているだろうか”と。これを原理として生きていれば、治病能力は自然に力を増し質を高めていきます。」

『シルバ一バーチの霊訓(9)』(潮文社)  p.180

具体的な心霊治療の実践方法

これからの時代は、優れたスピリチュアル・ヒーラーが必要とされるようになります。もし皆さん方の中で心霊治療に関心のある方は、一度トライしてみてはいかがでしょうか。スピリチュアル・ヒーリングをするに当たっては、先に述べた四つの原則に忠実であることが大切です。スピリチュアル・ヒーラーとしての基本姿勢を守ることが最優先されなければなりません。そうした原則をしっかりと踏まえた上で、具体的な実践に移ることができるのです。

スピリチュアル・ヒーリングには決まった方法といったものはありませんが、初めて実践される方のために、最もオーソドックスな方法を示すことにします。

皆さんはヒーリングを始める前に、まず相手に次のようなことを伝えておくことが必要です。「ヒーリングは霊界の医者が主役であって、自分はその霊的エネルギーの通過体にすぎない」「病気が治るかどうかはカルマによる部分が大きいのでやってみなければ分からない」「同じヒーリングによって治る人もいるし、治らない人もいる。時には一週間後・一カ月後に急激によくなることもある」などです。治療に臨む前に、相手に心霊治療についてしっかりと理解してもらうことが重要です。

次にお互いが瞑想をし、二人の心境を整えます。その時、自分の体が霊医の送る光の通過体になることを心に強く描きます。「自分を通じて光を流してください。御心ならば、もしこの人に時がきているならば癒してください。そして霊的真理を知るチャンスを与えてください」と祈ります。こうして、あなたと霊界にいる医師達との波動を一致させるのです。最も深い祈りの世界に入っていくことができるのが良いのです。

それから実際の治療行為に移りますが、まず自分の手を相手の体の一部に軽く触れます。どのような触れ方でもかまいません。あるいは手かざしのように体から手を離して、霊的エネルギーを照射するといったやり方でもかまいません。あなたが道具としての自己滅私の心境を保つことが何より重要なのです。

ヒーラーにとって、チャクラに対する知識が必要であるかのごとく言う人がいますが、決してそういうことはありません。霊界のエネルギーが自分をへて相手に入り、魂・精神・肉体を癒すということさえ理解できれば、それで十分です。古代インドの生理学におけるチャクラの解釈は適切ではありません。正しくは霊体と肉体の接点がチャクラということです。)

リラックスした状態を維持するために、相手には軽く目をつむってもらうのが良いでしょう。そして霊のエネルギーが自分(ヒーラー)を通じて流れ込んでいることを、イメージしてもらいます。リラックスできるならば、相手は椅子に座っていても、ソファーに横になっていてもかまいません。

時間は10〜20分くらいから始めれば良いと思います。時にはヒーリングに入る前に、話をしただけで病気が癒されてしまうといったようなことも生じるかもしれません。治療にどのくらいの時間を当てればよいのかは、慣れるに従い自分の直感で分かるようになってくるはずです。すべてはケースバイケースで進めることです。その日は何も変化がなくても、2、3回は治療してみるのが良いでしょう。

「遠隔治療」もこれと全く同じ要領で行います。相手本人からの依頼、あるいは親族・知人からの依頼があなたに寄せられたことによって、あなたと相手との霊的なつながりが、すでに出来上がっています。たとえその相手と一面識もないようなケースでも、あなたに依頼があったということは霊的パイプが成立していることを意味しています。後は、あなたがその人のことを思うだけで、その霊的パイプにそって、あなたの肉体をへた霊的エネルギーが相手に届くようになります。

あなたが背後の霊医と通じてエネルギーを受ける時、あなたの心もリラックスするでしょう。そして、あなたをへてそのエネルギーを得る患者は、エネルギーが温かさとなって体のすみずみまで行き渡るようになります。霊的エネルギーが温かさとして感じられるのです。

心霊治療の過程においては時に、患者の霊眼が開かれ、霊的なスクリーンが見えるようになることもあります。霊の声が聞こえるようになるケースもあります。心霊治療によって、一般に言う霊能が開かれるというようなことがよく起こりますが、本人(患者)がそれをコントロールできる限りにおいては何の問題もありません。

しかし異常な興奮や緊張、硬直状態が引き起こされるようなら、すぐに治療を中止すべきです。その患者にとって、心霊治療はふさわしくありません。またそれまでに憑依を繰り返し、精神病を患った人への治療は避けるのが良いでしょう。そうした人に対しては、“遠隔治療”にとどめておくのが賢明です。

皆さん方の純粋さに応じて、霊界はきっと動き始めるはずです。スピリチュアル・ヒーリングにおいて私達がなすべきことは、たったこれだけのことです。大切なのは皆さん方の内面性の問題であることは、今さら言うまでもありません。

思い切って一度、身近な人への実践からやってみられたらどうでしょうか。もし本当にヒーラーとしての道があなたに準備されているなら、何らかの形でその道が展開してくるはずです。真剣な道具としての姿勢で治療に取り組むたびに、霊界からの働きかけは強くなり、より多くのエネルギーがスムーズに流れるようになります。あなたの内面の向上につれて、霊界側は高い質のエネルギーを与えることができるようになります。質の高さこそが、ヒーラーの上下を決定します。百人の低級霊媒が一人の高級霊媒に太刀打ちできないように、百人の低級ヒーラーよりも、一人の内面性の優れたヒーラーが力を発揮するのです。

「生み出す結果は驚異的でも、技術的にはきわめて単純です。患者がいて、治療家がいて、大霊がいます。その大霊の生命力である治癒エネルギーが治療家の霊的能力を通して患者の霊体に届けられる――それだけのことです。本質的にはそれが全てです。神秘もなければ魔法もありません。自然法則の働きがあるだけです。ただ、治癒エネルギーには無限の可能性があるということです。その治癒エネルギーの流入を規制するものは何かといえば、治療家の資質、その治療家が到達した霊的進化の程度です。霊性が高ければ高いほど、それだけ受容力も高まります。」

『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版)  p.70

スピリチュアル・ヒーリングは原則として無報酬で行うべきです。プロのヒーラーを目指す必要はありません。どこまでもボランティアですべきです。なぜならば、自分から報酬を求めることが、その人の物欲的本能を刺激し、やがていつの間にか、心がお金に翻弄されることになるからです。この誘惑を乗り越えているヒーラーにはめったに出会うことはありません。そのため最初から純粋なボランティアとして実践することを勧めます。

高い心境を保ってヒーリングに携わるなら、やがて霊界の働きかけによって治るべき時期のきた人が、あなたのもとに導かれてくるようになるでしょう。評判を聞き付け、多くの人々が寄ってくるようになるかもしれません。そうした時、相手がどのような人間であっても、霊界の道具として誠意を尽くさなければなりません。人を選り好みするようなことがあってはなりません。

さらには押し付けるように真理を語ったり説教してはなりません。相手の方から真理を求めてくる、霊界について質問してくる――その時こそ、あなたが相手の魂に働きかけるチャンスなのです。伝道については言うまでもないことですが、シルバーバーチが教えるように、「軽くドアーを押してみる」のです。真理を聞かなければ治療をしたくないというような姿勢は、決してとってはなりません。

霊界の導きを頼りに、時期のきた人との出会いのチャンスを待ち望む伝道もあれば、スピリチュアル・ヒーリングを通じて、その中から時期のきた人を選ぶというのも一つの伝道の方法です。

ただヒーリングの場合は、何としても病気を治して欲しいという気持だけでくる人が大勢いて、どの人にも同じように誠意を尽くさなければなりませんので、スピリチュアリズムを伝えるという点では効率が悪いとも言えます。但しこれについては、“ヒーリング”というだけで特別すぐれたことであるかのように勘違いする方が多いので、述べたまでです。

聖書の中に次のような一節があります。「たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、何になろうか」マタイ16章・26節――この言葉がそのまま戒めとなるのは、まさにスピリチュアル・ヒーラーにおいてなのです。

除霊と精神病について

世間ではよく、病気の原因を霊の障りや憑依と結び付けて考えます。何代も前の先祖の霊が地獄に堕ちて苦しんでいるのが災いとなっている、何体もの霊が憑いている、水子の霊が祟っている、といったことなどです。そして、こうした霊を取り除くこと(除霊)によって、病気や不幸が消え去るというのです。このような除霊は、多くの新興宗教や巷の祈祷師や霊能者によって行われています。一般の日本人の考える心霊治療とは、この除霊を指すことが多いようです。

しかしそこで言うような、霊の障りによって病気になるとか、除霊によって病気が治るというのは事実ではありません。確かに低級霊によって病気が引き起こされることもありますが、その多くは精神病に限ってのことです。霊が原因となる病気は一般に言われるほど多くはありません。その大半は、ニセ霊能者やニセ治療師が人々の無知に付け込んで言っていることに過ぎません。除霊は本来の心霊治療とは何の関係もありません。

霊の働きかけは地上人の心の内容に相応していることを思い出してください。霊肉のバランスが崩れて精神的に極度に不安定な状態にある人、あるいは霊現象に異常に興味を持ったり霊現象を恐れたりする人、極度に肉欲的・本能的な人、酒やドラッグに溺れて正常な理性を失っている人、あるいは霊的体質で多くのオーラを発散している人に対して、低級霊は近づき接触を図ります。要はその人の心の内容や状態が低級霊を引き付けることになるのです。低級霊や悪霊に働きかけられる大半のケースは、その人の心の持ち方・考え方に問題があるということです。

当然のことですが、霊に必要以上に関心を向けず、常に心を正そうと内面的な努力をしている人は、低級霊の働きかけを恐れたり心配する必要は一切ありません。私達地上人に対する低級霊の働きかけやからかいは絶えず行われていますが、そうしたものは取るに足りないことなのです。高い心境にある人には、近づくことさえできません。心の中で向こうに行きなさいと言えば、すぐにその場を離れるのです。

さて精神病の多くには“カルマ”が関係しています。前世でつくり上げたカルマによって霊と肉とのバランスが大きく崩れ、自己コントロールによって正常な状態を維持することが難しくなっています。さらに霊媒体質がこれに付け加わって憑依が頻繁に引き起こされるようになるのです。しかし、こうしたハンディーを背負った人も、霊的真理に基づく内省的努力を欠かさなければ病気にまで至ることはありません。けれど現実には、そこまでの努力を実行できる人はほとんどいません。

精神病は本人に多くの苦しみを与えることによってカルマの償いをさせると同時に、その人に係わる家族・知人にとってもカルマ清算のための道、必要な苦しみの道になっています。むろん精神病に対しても心霊治療を施すことができます。カルマが償われて時期のきた人ならば、心霊治療によって精神病は完璧に治癒することになります。しかも、そうした場合は二度とぶり返すことはありません。しかし大半の精神病患者はその時期にまで至っていないのが実情です。本人の霊肉のアンバランスが大きく、正常な精神状態を保てない時は、病院に入れるなどの具体的な方法を優先すべきです。

精神病患者の家族の多くは、救いを求めて新興宗教や霊能者のもとに走ります。そこで霊的なエネルギー(オーラ)を照射すれば、憑依している低級霊は一時その場を離れることになります。すると、それを病気が治ったかのように錯覚してしまいます。治療師も家族も病気が治ったとばかり思ってしまうのですが、それは一時霊が離れたということにすぎません。患者本人の心が、低級霊を跳ね返したり近づけないだけの霊的な力とエネルギーを持てない限り、再び低級霊の働きかけを受けたり憑依されることになります。病気がぶり返し、何度も同じことを繰り返すことになってしまいます。これが世間一般に行われてい除霊の実態です。

除霊においてカルマが消えることは決してありませんし、根本的に病気が治ることもありません。それどころか低級霊にますますからかわれるようになり、事態はさらに悪化することになります。霊への間違った関心と恐れが、低級霊にいっそう付け込ませるチャンスを与えることになるのです。

カルマによって生じた病気は、精神病に限らず、一定の期間、苦しみを甘受することが必要です。苦しみによる「心の浄化・霊的向上」というプロセスをへて、初めてカルマを消滅させることができるのです。霊能者に頼ることより、じっと苦しみに耐えることの方が、はるかに合理的で賢明な道なのです。霊についての本質的なことは何も知らない霊能者の言葉をまともに信じてはなりません。金儲けにからんだ除霊は、一切相手にしないことです。ますます悪い結果をもたらすことになります。