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地球人類の霊的進化の概観

シルバーバーチとインペレーターの霊界通信では、驚くべき霊界の秘密が明らかにされています。スピリチュアリズムは、この神秘中の神秘とも言うべき“霊的な事実”から出発します。それは次のような事実です。

人類が地上に誕生する以前に、地球を取り巻く霊界にはすでに多くの天使達がいました。そして、その中のある者は霊的成長のプロセス(肉体を持たない形での成長で、私達人間とは異なる霊的成長方法)をへて、超高級霊とも言うべきレベルに達していました。そうした天使達が、神の代理者として地球の経綸にあたっていたのです。人類が地上に誕生するに際しては、それらの天使達が主役を果たしました。他の天体からやってきた宇宙人の働きかけによって、地上人類が誕生したのではありません。イエスはそうした地球の経綸にあたっていた高級天使霊の一人だったのです。イエスは高級天使として地球に対する責任を持った立場に立っていました。現在、地上でスピリチュアリズムやニューエイジの名前で展開している“霊的刷新”の流れは、大本に遡(さかのぼ)れば、この高級天使イエスに至ります。

地球上に人類が誕生し、低い次元から徐々に霊性進化・霊的向上の道を歩み出します。人類の霊性進化における歩みには、常に霊界からの天使達の働きかけがありました。地球に係わる天使達の導きの中で、地上人類は現在に至るまで“霊性進化”の道をたどってきたのです。天使についての詳しい説明は、今後のニューズレターで取り上げる予定です。)

地球上に人類が誕生してから、今日西暦2000年に至るまでの気の遠くなるような長い道のりは、「人類全体としての霊性進化の歩み」の一言で言い尽くされます。霊性進化という核心的動向に付随して地球上に宗教・文明が引き起こされました。さらに、それらを取り巻くようにして政治・経済活動が営まれてきました。スピリチュアリズムの広義は「霊性進化の道程(みちのり)」ということであり、その意味からすれば、人類は地上に誕生して以来、現代に至るまで、まさにスピリチュアリズムの道を歩んできたと言うことができます。

こうした霊界の視点から、スピリチュアリズムを中心とする人類の歴史を見ていくことにしましょう。

スピリチュアリズムと言えば、一般的には1848年の“フォックス家事件”をその始まりとしています。しかし、それはあくまでも地上における現代スピリチュアリズムの出発点であるということです。地上人類全体の霊性進化の道、広い意味でのスピリチュアリズムの進展という観点から見れば、スピリチュアリズムは人類が登場して以来、すでに始まっていたのです。そして人類全体にわたるそのスピリチュアリズムの流れ(歴史)は、「人類誕生〜イエス登場以前」「イエス後〜1848年」、そして「1848年以後〜現在」の三つの時代に大きく分けることができます。

天使による霊界から地上への働きかけは、常にさまざまな地域、さまざまな民族に向けて行われてきました。霊界からの働きかけは、中東のユダヤという一地域・一民族に限られていたわけではありません。インド、中国、アジア、アメリカ大陸など、いずれの地域においても働きかけはなされてきました。しかし地球全体の規模で見ると、ユダヤ民族に対して最も集中的な働きかけがあったということなのです。そして、その中心的な流れを“核”として、霊界の導きが地上に展開していきました。

その流れは先に述べたように、「イエス以前」「イエス後」「1848年〜現代スピリチュアリズム」という三つの時代に区分することができます。地上人類の進化を全体的視点から見る時、イエスの誕生と1848年が、最も記念すべき節目の年となります。

次に、それらの一つ一つの時代について見ていくことにしましょう。

地上人類の誕生〜イエス登場

イエス登場以前の霊界からの働きかけがユダヤ民族に集中的になされてきたことは、モーゼスの『霊訓』の中でインペレーター霊が明確にしています。それによれば、現在のパレスチナ西部の古代都市サレムの王であったメルキゼデクは、偉大な霊の一つとして地上に生まれ、真理の光として歩み出します。彼は地上を去って後は、後継者たるモーゼの指導霊となります。モーゼを通じて強力な霊団がユダヤ民族に働きかけ、それが世界各地へと広がっていきました。そのモーゼは死後、エリヤの指導霊となり後世に影響を及ぼすことになります。そしてこのエリヤは死後、マラキ(インペレーター霊の地上時代の名前)の指導霊となります。またさらに時代がくだって、イエスの地上時代に至ると、彼らはイエスの指導霊として働くことになります。こうした、メルキゼデク→モーゼ→エリヤ→マラキ→イエスという巨大な霊的流れによって、人類の霊性進化の道筋が準備されてきたのです。

霊界による人類の霊的進化に向けての働きかけは、このようにユダヤ民族を中心としてなされてきました。このニューズレターでたびたび引用している三千年前の古代霊シルバーバーチが、果たしてこのユダヤ民族の霊的流れの中にあったかどうかということですが、シルバーバーチ自身が、地上時代は多神教を信じていたと言明しているところから推測すれば、ユダヤ人ではなかったということになります。

今あげた旧約聖書に出てくる人物達は、その後、霊界において進化し、また再生のプロセスをへて、その魂を向上させていきます。そして1848年以後、地上で展開しているスピリチュアリズムにおける指導的立場に立つことになります。例えばモーゼスの『霊訓』の通信霊インペレーター霊は、地上時代はマラキでした。そして、そのマラキのさらに上位の指導霊としてエリヤ、モーゼが控えていたのです。そのいずれもが、現在のスピリチュアリズムにおける霊界での指導的立場にあり、年2回のイエスを中心とする高級霊全員が集合しての首脳会談・審議会に参加していることが窺われます。

ヘブライ(ユダヤ)旧約時代に登場した、これらモーゼ、エリヤ、マラキなどは、霊的摂理が地上にもたらされるための中心的立場を担ったのですが、霊界においては彼らはみな、後に地上に生まれたイエスの指揮下で働くことになります。そして現在もなお、これらの全ての霊達はイエスを最高の霊として仰ぎ、指導を受けています。地上には後に生まれたイエスが、先に地上に生まれたモーゼ、エリヤなどに対して指導的立場に立つことになるのは、地上へ出生する以前の、イエスの霊界での地位にその理由があります。

すなわち旧約時代、イエスは霊界において天使として、地上のモーゼ、エリヤを指導する立場にありました。モーゼやエリヤなどの地上人は、霊的に未熟なレベルから徐々に進化していくプロセスを経なければなりませんでした。それに対して、イエスは天使としてすでに高次元にまで霊的進化を果たし、いかなる地上人よりも高い霊的な立場に立っていたのです。当時の地上人類とは、霊的な高さにおいて別格だったのです。その天使イエスが肉体をまとって地上に降臨したことは、地上人類史における最大の出来事でした。地上に生まれ、高級天使霊から地上の人間になったイエスは、その死後、直ちに本来の霊界での立場に戻ります。しかしその際、以前とは異なり、天使としての立場から、(いったん地上人類と同じ肉体を持って地上人として歩んだがゆえに)最高の霊性を持った地上の人間としての立場に立つようになります。こうして霊界における地上人類救済のための最高の指導霊になったのです。

以上のような霊界での背景があったため、地上に先に誕生した、モーゼ、エリヤ、マラキ、さらにはシルバーバーチなどが、イエスを最高の指導者として仰ぐことになったのです。

イエス以後〜1848年

イエスという高級天使が肉体をまとって地上に現れたため、地上にはイエスという“最高の霊性”を持った人間が登場することになりました。しかし霊的には最高であると言っても、いったん肉体を持てば、私達と等しい肉体の誘惑にさらされるようになります。肉体の持つ弱さを絶えず克服しなければならなくなります。この意味でイエスは、私達と同じ人間としての弱さ・苦しみ・悩みを持つことになったと言えます。高級天使イエスの受肉(地上への誕生)は、地球人類史上最大の出来事でした。このイエスの地上への誕生によって、人類に高次元の霊的真理がもたらされました。地上人類は、イエスによって、本当の愛・利他愛こそ摂理そのものであることを知りました。イエスによってもたらされた教えによって、霊的成長の方法・霊性進化の道が明確にされました。「利他愛」という人間にとっての最高の規範・生き方の指針が示されたのです。

イエスの肉体の特殊性について、高級霊はその秘密を述べています。イエスの肉体は、一般人の肉体と比べ霊的浄化が進んでいたため、霊界との交わりの障害にならなかったと明らかにしています。ここには人類にとっての最も深い奥義が示されています。イエスは絶えず霊界からの強力な導き・守護のもとにあり、その霊魂は常に霊的エネルギーで満たされていました。肉体を持ちつつも、それを常に完璧なまでに霊的にコントロールする状態(霊主肉従の状態)が保たれていました。これこそが、人間イエスと私達一般の地上人の違いなのです。イエスは地上に人類が登場して以来、最高に清らかなレベルの人間の在り方を地上において実現し、具体的にそれを示したのです。

キリスト教の神学では、イエスの肉体の特殊性について、原罪がない唯一の神の子として理解しようとしていますが、それは間違っています。このニューズレターでも述べましたが、原罪とかサタンといったものは、キリスト教が勝手に作り出した人間の想像物であって、霊界の事実ではありません。キリスト教の神学で言うように、原罪がないがゆえに、イエスの肉体が清らかだったわけではないのです。霊的エネルギーの充実度が私達と比べて桁(けた)外れに大きく、それによって肉体が浄化され、コントロールされていたためなのです。そしてそれが可能となったのは、高級天使が肉体をまとって地上人類として生まれるという、考えられないような特殊な事情があったからなのです。

さてイエスの死後、人々はその崇高な教えを純粋なまま後世に遺(のこ)すことができませんでした。人間のエゴと無知によってイエスの真意は歪(ゆが)められてしまいました。そして人間の想像物が、イエスの教えとして定着するようになってしまいました。キリスト教の教義は、イエスの教えとは似ても似つかないものとなりました。イエスの教えでないものがイエスの教えとして広められ、それが人類を無知の牢獄につなぎ止め、“思想的地獄・霊的地獄”に落とし入れるという極めて大きな罪作りの張本人になってしまいました。そして地上には長い霊的な暗黒時代が続くことになります。霊界からの救済的働きかけや霊的な業は、すべてサタンの仕業として見なされ、非道な弾圧の対象となってきました。

そうした人類の愚行を目の前にしたイエスの心境について、シルバーバーチは、「私はイエスが何度も涙するのを見てきました」と述べております。シルバーバーチは、さらに次のようにも言っています。「イエスを通じて地上へ働きかけた霊は、今なお二干年前に始まった事業を果たさんとして引き続き働き続けております。その間、イエスの霊は数え切れないほど何度も磔(はりつけ)にされ、今なお毎日のように磔にされております。」「イエスは地上での目的は果たしました。が、残りの使命はまだ果たしておりません。それが今まさに、イエスの指揮のもとに成就されつつあるところです。・・・略・・・その後イエスも向上進化し、地上時代よりはるかに大きな意識となって顕現しております。」

イエスは死後、霊界において人類救済の指導的立場にあり、現在に至るまで地上人類救済のためのスピリチュアリズムの総指揮を執ってきたのです。

1848年に向けての準備段階

地上が霊的暗黒時代にある一方、霊界ではイエスを中心として地上の霊的浄化のための道が着々と準備されていきます。そして1848年までに、地上に向けての大規模な組織的働きかけの準備が整います。1848年に遡(さかのぼ)る数世紀前より、霊界ではイエスを中心とした霊的軍団ともいうべき態勢がつくられてきました――「幾世紀も前から、真理普及のための強大な軍団が組織されているのです。」(『シルバーバーチの霊訓 地上人類への最高の福音』(スピリチュアリズム普及会)  p.55)

そして、そうした準備の一方で、スウェーデンボルグ等を通じての霊的教化の初歩的働きかけが始められます。スウェーデンボルグの霊界探訪によって、霊界と地上の交流の可能性が霊界と地上の両サイドに知られるようになります。このスウェーデンボルグの指導霊は(聖書の黙示録を書いた)ヨハネでした。誰でも睡眠中には霊界を訪れていますが、目が覚めると、その記憶の大半は失われています。しかしスウェーデンボルグは、覚醒後も、霊界訪問中の記憶や体験のほとんどを思い出すことができました。それによって、地上人に初めて正確な霊界の様子が知らされるようになりました。)

もちろんスウェーデンボルグの記述には、先駆者としての未熟な点や間違い・欠点もありますが、地上人類は彼によって初めて、詳細で具体的な霊界の知識を得ることになりました。

そのスウェーデンボルグは死後、アメリカ人霊能者アンドリュー・ジャクソン・デイヴィスの指導霊となって、地上に働きかけることになります。A・J・デイヴィスはアメリカ有数の霊能者で、その思想は「調和哲学」という名によって知られています。このアメリカ史上最高の霊能者は、やがてスピリチュアリズムが地上に到来することを予言しました。

そしてまさに、その予言の1年後、“フォックス家事件“が起こることになります。

フォックス家事件の30年ほど前から、ヨーロッパではメスメリズム(催眠術)が流行し、催眠下におけるさまざまな心霊現象が知られるようになっていました。もちろん、これらの全ての動きは霊界の働きかけによって引き起こされたもので、スピリチュアリズムの到来に対する準備だったのです。

この時期日本では、江戸期の国学者平田篤胤(あつたね)によって霊界研究が進められています。彼の霊界研究は、さまざまな現実の心霊現象を観察して事実を明らかにしようとする方法によって進められています。これは彼の霊界研究が実証性に富んだものであること、近代心霊科学研究や現代のアメリカの臨死研究にも通じるものであることを示しています。彼の明らかにした死生観は、その後の日本の思想に大きな影響を与えるようになり、やがて大本の出ロ王仁三郎へと続いていくことになります。篤胤は1845年、フォックス家事件の3年前に死んでいます。

篤胤は日本の心霊研究の創始者と言えるばかりでなく、彼の死生観である“幽冥論(ゆうめいろん)”は日本思想史の上からも画期的な思想であると言えます。彼の死生観は、彼の著書――『霊能真柱(たまのみはしら)』の中で述べられています。この中で示されている死生観は、まさにスピリチュアリズムの死生観そのものと言えます。

1848年以後──地上における本格的スピリチュアリズムの歩み

現代のスピリチュアリズムは、1848年のフォックス家事件に始まることはよく知られています。さて、そのスピリチュアリズムの目的は何かということですが、それについては、現代のスピリチュアリストと言われる人々の中においても、正しく理解されていないのが実情です。スピリチュアリズムに関心を持っているにもかかわらず、肝心なスピリチュアリズムの目的について勘違いをしている人達が多いのです。

スピリチュアリズムの地上展開の目的は、人類に霊的真理をもたらし、それによって人々を霊的に新生させ、霊性進化の道を歩ませるということです。それ以外にはスピリチュアリズムの目的はありません。霊界が総力をあげて地上に働きかけるのは、地上人類に霊的真理を教え、正しい霊的人生を歩ませるためであり、その一点に向けて霊界の働きかけがなされてきたのです。スピリチュアリズムの目的は、地上人を霊的に向上させること以外にはありません。

スピリチュアリズムというと、とかく心霊現象や超常現象と関連づけられますが、それらはどこまでも、スピリチュアリズムの脇役的な要素・補助的部分に過ぎません。スピリチュアリズムの霊的真理普及のための、単なる手段に過ぎません。心霊治療もそれと同様、霊的真理に至るための手段です。あるいは幼い者に対する玩具(おもちゃ)のようなものなのです。霊界は、霊的教訓を地上にもらたす前段階として、さまざまな心霊現象を通じて、死後の世界と霊魂の存在を示そうとしました。スピリチュアリズムにおける最も肝心なものは霊界通信によってもたらされる霊的真理と霊的な教訓であって、霊的な現象ではありません。

1848年以降、地上に展開した現代スピリチュアリズムにおいては当然、「霊的真理・霊的教訓」を地上にもたらすことが、その最終目的となっています。

スピリチュアリズムでは、「心霊現象」と「霊界通信による教訓」が二つの柱となって進行していきますが、霊界サイドにおける意図は、どこまでも「霊的教訓」にありました。そして霊界はまず現象を通じて、教訓を受け入れるための準備をしてきました。そのためスピリチュアリズムの初期の段階では華々しい現象が次々と演出され、人々の関心を霊的世界へ向けさせてきました。次に、そうした心霊現象をより効果的なもの、より多くの人々の関心を引き付けるものへとグレードアップさせていきます。すなわち単なる物埋的な心霊現象から、心霊治療(スピリチュアル・ヒーリング)へと、心霊現象の内容が変化することになります。そして、そうした霊的準備に並行して、高級霊界からの通信が送られてくるようになります。

次に1848年のフォックス家事件以降の、現代スピリチュアリズムの歩みを見ていくことにしましよう。

1)物理的心霊現象を通じての準備段階

霊的真理と霊的教訓を地上にもたらすに先立って、地上人に、死後の世界のあること、死後も人間は霊魂として生きること、死は生命の終わりではないこと、そして死後も地上の人々と交流ができるということを知らせる必要があります。こうした知識は「霊魂実在論」と言われ、スピリチュアリズムにおける最も基本となるものです。そうした常識的な霊的知識がないところでは、それ以上の知識を与えてもすべて無駄になってしまいます。より高度な知識が受け入れられるためには、それにふさわしい霊的準備が必要とされます。そのために霊界は目を見張るような物理現象を引き起こしました。19世紀の終わりから第一次世界大戦にかけて、ヨーロッパでは優秀な霊媒者・霊能者が次々と現れました。D・D・ホーム、フローレンス・クック、ユーサピア、パイパー夫人などがその代表で、よく名前が知られています。この時代における心霊現象研究を深く知りたい方は、すでに多くの出版物があり詳しく説明されていますので、それらを参考にしてください。)

優れた霊媒達によって、現在ではほとんど不可能と思われるような驚異的な心霊現象が演出されました。そして、それを当時の一流の科学者に調査研究させるという状況がつくり出されていきます。言うまでもなくこれらの一連の動きは、すべて霊界によって計画的に進められたものなのです。

この近代心霊科学研究においては、懐疑的な、あるいは否定的な立場を取る科学者の目の前に、生々しい否定し難い心霊現象の事実を突き付けることによって、彼らに霊的世界があること、霊魂が実在することを認めさせてきました。クルックス、ホジソン、リシェー、ロッジ、マイヤースといった科学者は、そうした代表的人物と言えます。これは懐疑的な人間、唯物論的な人間を、“霊的現象”という事実によってねじ伏せる、すなわち霊が物に勝ることを示すという意味を持っています。

2)より進んだ心霊現象(心霊治療)への移行──心霊現象の質的変化ならびに心霊現象の大衆化

第二次世界大戦を機に、物理的心霊現象の霊媒者は急に姿を消すようになります。霊界側の方針が変わったためです。すでに当時の一流の科学者を巻き込んでの「霊魂実在論」の証明は成功し、霊現象を素直に受け止められる人間にとって、霊魂の存在は明らかなものとなりました。しかし、そうは言っても相変わらず、自分の目の前で現象を見ない限り決してそれを信じようとしない人達がいます。この意味で、一部の科学者による心霊現象の研究には大きな限界があります。一方、二十世紀に入り、物理学の進歩により従来の物質観が一変し、(従来のニュートン力学に基づく)物質の定義も変化するようになりました。

そして、この状況に合わせて、新しいタイプの心霊現象が演出されるようになってきました。それが心霊治療(スピリチュアル・ヒーリング)です。霊界によって演出される心霊現象が、物理的な現象から心霊治療へという方向に変化することになります。心霊治療は身体の病気を治すという点では物質的ですが、それを引き起こすのは霊の力です。これによって多くの人々が直接霊の力を体験し、霊界の霊達の存在を知ることができるようになりました。こうした心霊治療の普及によって、霊現象の“大衆化・拡大化”が急速に進められるようになりました。そして心霊治療の普及は現代においても世界各地に広がりを見せています。

しかし霊的な後進地域においては、物理的心霊現象は今日においても必要とされます。見た目に派手な心霊現象を示さない限り、人々の心を霊的な世界へ向けることはできないからです。その意味で霊的現象の中心が心霊治療に移ったと言っても、地上世界には今しばらく、古いタイプの物理的心霊現象も必要とされます。

いずれにしても、霊界サイドから引き起こす心霊現象の中心は高級霊界の計画によって、物理現象から心霊治療に移ったことは事実です。現在行われている心霊治療の目的は言うまでもなく、それを通じて「霊的真理」への道を開くためのものです。

「一昔前に物理現象が科学者の関心を呼んだ時期がありました。もちろん、それも計画の一環でした……しかしその後、科学の世界にも大きな変化が生じております……そうなると、地上界へのこちら側からのアプローチの仕方も必然的に変わってきます。心霊治療が盛んになってきたのは、その一つの表れです。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.40〜41

3)心霊現象から真理と教訓のレベルへ──霊界通信による霊的真理・霊的教訓の段階へ

心霊現象によって「霊魂説」が受け入れられるようになったなら(死後の世界や霊魂のあることが分かったなら)、心霊現象の目的はそれで果たされたことになります。もはやそれ以上、現象を追い求める必要はなくなります。霊界・霊魂の実在を知りながら、いつまでも霊的現象にこだわることは、単なる好奇心・エゴ以外の何物でもありません。霊界の導きに対する裏切り行為にもなりかねません。霊的現象だけに関心がとどまる限り、最も肝心な霊的成長に心を向けることはできません。死後の世界があることを確信したなら、心霊現象はもうどちらでもよいものであり、一刻も早く次の段階、すなわち霊的真理の実践・内省的信仰の努力という方向へ進んでいかなければなりません。

霊界の存在を信じられる人は当然のことながら、もはや交霊会に参加する必要もありません。交霊会は、いまだ死後の世界のあることを知らない人のためのものです。高級霊が今日まで苦労を重ねて働きかけてきた目的は、まず霊界の実在を知らせた上で、霊的真理に基づく信仰実践・霊的歩み・霊的内省的努力といったレベルにまで地上人類を引き上げることだったのです。

しかし残念なことに、現実にはあまりにも多くの人々がいつまでも好奇心のレベルに留まり、相変わらず死者の霊との交わりを求め続け、あるいは現象に関心を向け続けています。

ここでインペレーターの警告に、もう一度耳を傾けてみることにしましょう。

「心霊現象は単に人間の目を見張らせ、面白がらせるためのものではありません。肝心の目的は霊的教訓にあるのです。」

『霊訓(完訳・下)』(スピリチュアリズム普及会)  p.161

「物理現象のみの興味、魂の成長にほとんど役に立たないうわべの興味にのみ終始してもらっては困ります……現象そのものを目標としているのではありません。目標は一段高い次元にあるのです。」

『霊訓(完訳・下)』(スピリチュアリズム普及会)  p.162

「現象はどういじくってみたところで、それ以上の価値は出て来ません……あくまでも現象を基礎として、そこより一歩踏み出さなければならないのです。」

『霊訓(完訳・下)』(スピリチュアリズム普及会)  p.163

「このスピリチュアリズムにも次第に致命的な悪弊が生じつつあります。すなわち現象のみをいじくりまわすことから生じる、言わば心霊的唯物主義です……もしもそれのみにて満足するのであれば、むしろ初めから一切の関わりを持たなかった方がよかったかも知れません。」

『インペレーターの霊訓―続「霊訓」』(潮文社)  p.112

地球に人類が登場して以来、霊界から一貫して続けられてきた霊性進化に向けての働きかけは、今現在のスピリチュアリズムによる「霊的真理・霊的教訓」において最終段階に至っています。1848年に遡る何世紀も前から、霊界で起こされてきた霊的軍団の組織化の目的は、今われわれが手にした霊訓によって決着をみています。高級霊がわざわざ低級霊を用い、派手な現象をつくりだしてきたその目的は、現在、私達が霊訓を手にしていることにおいて最終的なゴールに至っているのです。イエスが悠久の歴史をかけて働き続けてきたのは、まさしくこうした「霊訓」を地上にもたらすためだったのです。

幸いなことに、現在地上に生きる私達は、すでに「霊的真理」――『シルバーバーチの霊訓』、モーゼスの『霊訓』、アラン・カルデックの『霊の書』の三大霊訓に代表される高級霊界通信を手にしています。これらはスピリチュアリズムにおいてもたらされた人類にとっての最高の宝なのです。こうした高級霊訓によって地上には、すべての問題解決の方法が示されました。地上天国をつくりだすための道が示されました。霊界あげての働きかけは見事に成功しました。あとは地上にいる私達がそれを実践に移して、自らの魂を引き上げ、自分で自分を救うこと、並びにいまだ真理を知らない他の人々にそれを伝えていくことだけが残されているのです。この点を、よくよく理解しておかなければなりません。皆さんは、そうした最高次元の「霊的真理」を手にしながら、いまだに現象だけにとらわれているようなことはないでしょうか。

4)キリストの再臨、イエスの再臨について

キリスト教徒にとって、イエスの再臨は極めて重要な意味を持っています。キリスト教徒の信仰は、まさにイエスの再臨を信じることによって維持されてきたと言えます。クリスチャンにとって、イエスの再臨は最終的な希望なのです。しかし、その再臨についてはさまざまな考え方・とらえ方があります。ある者は、聖書の文字通りイエスが空中に聖徒を従えてやって来ると考えています。またある者は、イエスは人間として生まれ、その際、手足にクギの跡を持って誕生すると言います。またあるクリスチャンは、再臨するのはかつてのイエスではなく、同じ使命を持った別の人物が再臨のメシアとして地上に現れると考えています。そして、それぞれの見解の正当性を神学的論拠に基づき主張しています。

しかしスピリチュアリズムの観点から結論を言いますと、こうした再臨についての従来の諸説はすべて間違っています。「再臨」の本当の意味は、霊界通信によって明らかにされています。イエスを中心とする高級霊団がスピリチュアリズムを起こしてきたことは何度も述べましたが、イエスの再臨の意味するものは、まさにこのことだったのです。

現在、イエスを中心とする高級霊団は、スピリチュアリズムという形を通して地上人類を救うために働きかけ、影響力を及ぼしていますが、そのことが、すなわち「イエスの再臨の実態」なのです。かつてのイエスと同一の人物が再び地上に再生するのではなく、イエスの“霊的影響力”が地上に到来するということなのです。イエス本人が再び地上に人間の姿をとって現れることはありませんし、イエスと同じ使命を持った人物(メシア)が、第二のイエスとして地上に誕生するということもありません。スピリチュアリズムによってもたらされた「霊的真理」こそが、まさにキリストの再臨の実態そのものなのです。イエスの再臨とは、人ではなく“霊的影響力・霊的真理”のことを指しています。

ゆえにスピリチュアリストこそ、再臨したイエスに真っ先に出会っている当事者ということになります。クリスチャンにとって、こうした見解はとても受け入れ難いことでしょうし、彼らの多くは、そうしたデタラメを言うスピリチュアリズムは巧妙なサタンの仕業に他ならないと言います。しかし今述べたことは紛れもない事実であり、霊界に行った際には誰もが認めることになるのです。彼らも死ねば、霊界の事実を通して、そのことを認めざるを得なくなります。

「キリストの再来とは霊的再来のことです。人間が夢想するような、肉体に宿っての再生ではありません。使徒を通じて聞く耳をもつ者に語りかけるという意味での再来なのです。」

『霊訓(完訳・下)』(スピリチュアリズム普及会)  p.28

「今まさに主イエスが(新しい啓示をたずさえて)地上へ帰って来つつあるのです。それを、中継の霊団を通じて行っておられます。必要とあれば、みずから影響力を人間に行使されることもあるかも知れません。が、肉体に宿って再生されることは絶対にありません。」

『インペレーターの霊訓―続「霊訓」』(潮文社)  p.182

私達は、スピリチュアリズムがイエスを頂点とする高級霊によって進められていることを常に意識していなければなりません。しかし、決して“イエス信仰”に陥ってはなりません。

シルバーバーチの次の言葉を、深く心にとめておきましょう。

「わたしがこうしてイエスについて語る時、わたしはいつも“イエス崇拝”を煽ることにならなければよいが、という懸念があります。」

『シルバーバーチの霊訓 地上人類への最高の福音』(スピリチュアリズム普及会)  p.270

「イエスを信仰の対象とする必要はないのです。それよりも、イエスの生き方を自分の生き方の手本として、さらにそれ以上のことをするように努力することです。」

『シルバーバーチの霊訓 地上人類への最高の福音』(スピリチュアリズム普及会)  p.265

シルバーバーチより

「私たち霊界の者から見ればイエスは、地上人類の指導者の永い霊的系譜の最後を飾る人物――それまでのどの霊覚者にもまして大きな霊の威力を顕現させた人物です。だからと言って、私どもはイエスを崇拝の対象とするつもりはありません。イエスが地上に遺した功績を誇りに思うだけです。イエスはその後も、私たちの世界に存在し続けております。イエス直々の激励にあずかることもあります。ナザレのイエスが手がけた仕事の延長ともいうべきこの(スピリチュアリズムの名のもとの)大事業の総指揮に当たっておられるのが、他ならぬイエスであることも知っております‥・‥・。

イエス・キリストを真実の視点で捉えなくてはいけません。すなわちイエスも一人間であり、霊の道具であり、神の僕であったということです。あなた方もイエスの為せる業のすべてを、あるいはそれ以上のことを、為そうと思えば為せるのです。そうすることによって、真理の光と悟りの道へ人類を導いてきた幾多の霊格者と同じ霊力を発揮することになるのです。」

『シルバーバーチの霊訓(3)』(潮文社)  p.104