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どちらでもよいことに、いつまでも関心を向けていてはなりません。

宇宙人・UFO・超古代大陸文明について

宇宙人は、どちらでもよいもの

宇宙人とUFOは“超常現象”に似ているところがあるため、しばしば霊的な世界に関心を持つ人々の興味を引いてきました。しかし宇宙人もUFOも、その存在自体が疑わしい上に、私達の魂の成長とは直接関係しない、どちらでもよいものです。必要以上に関心を向けるようなものではありません。それらへの過剰な好奇心は、「魂の成長」という最も肝心な世界から焦点をずらしてしまうことになります。

シルバーバーチは、次のように言っています。

「人間はどうでもよいことにこだわり過ぎるように思います。(中略)火星にも人間のような存在がいるのだろうかとか、(中略)そんなことを心配してはいけません。」

『シルバーバーチの霊訓(10)』(潮文社)  p.184〜185

大切なのは宇宙人か霊界人か?

私達がまず意識を向けるべき対象は、宇宙人ではなく「霊界の人々」でなければなりません。いつか必ず死を迎える地上人にとって、霊界の存在は最大の関心事であるはずです。それに比べ他の天体は、私達の死後とは直接的に関係するものではありません。死後、誰もが必ず行くことになるのは、他の天体ではなく霊界なのです。

さて現在の地球にとって最大の出来事とは、霊界あげての人類救済活動が、今現実に進行しているということです。その大プロジェクトは、イエスを頂点とする高級霊団の組織的活動によって進められています。そしてそれが功を奏し、地球は徐々に変革されてきたのです。他の天体から来た宇宙人によって、人類救済活動が進められているわけではありません。宇宙連合があって、そのもとで地球の浄化が計画・推進されているわけではありません。この点をしっかりと押さえておかなければなりません。地上人類の運命は、霊界からの働きかけによって決せられてきたのです。

私達の知らない遥かかなたの天体に宇宙人が存在しているのは事実ですが、現時点において、私達地上人と直接的な係わりを持ってはいません。宇宙人の存在が、地上人類に特別な影響をもたらすとか、重要な意味を持っているわけではありません。実際には、どちらでもよい存在なのです。死後における霊界での生活、そしてそのための地上人生こそが、私達にとっての全てなのです。宇宙人とか他の天体といったどちらでもよいこと、何の意味もない単なる好奇心レベルのことに、いつまでも関心を持っていてはなりません。

地球人も宇宙人も同じ“霊界人”

広大な宇宙の中には、地球人以外の生命体としての宇宙人は確かに存在しています。シルバーバーチも、彼らと霊的に直接会って語った体験を述べています。またマイヤースも、太陽系惑星の半物質次元世界での宇宙人の存在について述べています。しかしそれは、UFOがらみで登場する宇宙人や、ニューエイジのチャネリングなどで出てくる宇宙人と同じものを指しているわけではありません。

ここで少し視野を広げて考えてみましょう。宇宙人の住む天体は、地球と同じくどこまでも物質次元の世界です。当然そこに住む人々も、私達地上人と同じような肉体(物質的身体)を持っています。私達と同じように肉体の死もあります。そして死後は、私達と同じように霊界に行くことになります。物質世界→死→霊界というプロセスは、全く同じなのです。重要なことは、私達地球人にとって霊界が本来の世界であるように、彼ら宇宙人にとっても霊界が本来の世界であるという点です。すなわち、霊界は、地球人と宇宙人にとって共通の一つの世界であるということです。つまり地球人も宇宙人も、霊界という同じ世界の住人なのです。ともに霊界を母国とする「霊的存在」という点こそが、地球人・宇宙人における最も本質的な共通点なのです。そうした事実があるために、地球人も宇宙人も同じ「神の子供」となっているのです。神を拝するのは地球人だけではありません。すべての宇宙人も私達と同様に、「霊的親」である神を拝しています。霊界こそが、地球人・宇宙人にとっての共通の母国であることを忘れてはなりません。

こうした観点に立って考えた時、ある宇宙人からの通信が共通の世界(霊界)を前提としていない場合には、明らかにおかしいと思わなければなりません。物質次元の天体・宇宙だけに限定した話をしていたり、宇宙人であることをことさら強調しているような場合には、疑ってかかるべきです。その通信は100パーセント、低級霊のからかいだと思って間違いありません。霊的世界ではなく物質世界に視点を合わせていること自体が、私達地球人の「霊的成長」を優先していないことの証なのです。まさに“低級霊”の仕業であることを示しています。

自分の前世は宇宙人?

最近では、自分の前世が宇宙人であったと公言する人達が増えています。しかし、そうした人達の“宇宙人前世譚”の根底には、自分の前世が歴史上の有名人であったとか、レッドインディアンであったと言って自慢するのと同じ思いが潜んでいます。それは、ただ自分がそう感じたとか、リーディングでそう言われたとか、そんな夢を見たという程度の全く根拠のないものです。その多くが、単なる虚栄心や自己顕示欲に絡んだところから出ています。

今述べたように、もともと私達は広い意味では宇宙人なのですから、自分の過去世が宇宙人だったなどと言うことは、地球上にいて日本人と外国人の区別にこだわるのと本質的には同じことです。そうした発言は、何より私達の本質が「肉体をまとった霊」であることに対する無知さを表明しています。私達は肉体(物質)をまとった霊であり神の霊的子供と言えますが、そのことは人間という存在は、地球人や宇宙人である以前に「霊的存在」であることを意味しているのです。

また仮にある人の前世が宇宙人だったということが事実であったとしても、それが特別、その人のすばらしさ・優秀さを証明するものではありません。霊界通信では、他の天体から地球へ再生するのは、その天体で十分な進化を果たすことができなかった者、霊性の劣った者であると言われています。つまり地球への再生には、懲罰の意味があるということです。いずれにしても、前世が宇宙人であったなどというのは取るに足らないことです。そんなことより大切なのは、この地上生活を通じて霊的な未熟さを埋め合わせ、魂を成長させるということです。もっとも前世が宇宙人であると言う人の大半は、事実ではありませんが……

他の天体からの転生とは

ある人間の前世が宇宙人であったというのは、“本体我”(霊的アイデンティティー)の一部が地球以外の天体に誕生した経験があるということです。それは霊的観点から見れば、パーソナリティー(地上の人物像)を表現した場所が他の天体であったということに過ぎません。どこにパーソナリティーを出現させるかは、霊的な本質にはさして重要ではありません。そんなことより、物質次元での生活を通して霊的成長がなされるのかどうかということが問題なのです。私達は霊的存在として、永遠に霊的成長のプロセスをたどっていきますが、そのことが人間にとって最も本質的で重要な点なのです。自分が宇宙人であったかどうかは、どちらでもよいことです。今、魂を成長させるために地球人としての人生を歩んでいるという事実だけが意味のあることなのです。

自分は宇宙人であったなどとわざわざ公言することは、再生についての事実と「霊的真理」に対する理解の乏しさを示しています。自分の前世を詮索することが無意味であるのと同様に、自分の前世が宇宙人であったなどというのは全く意味のないことなのです。

“低級霊”のからかい

すでに述べましたが、地上人類の救済・地上人類の霊性の向上という問題は、地上人みずからの責任によってなされなければなりません。そのために高級霊界において、地上人類の救済計画が立案され実行に移されてきたのです。その意味で、物質次元に生きる他の天体からの渡来者(宇宙人)によって、地球の救済活動が進められていくことはあり得ません。霊界において全地球的規模でのプロジェクトが進行している中にあって、その動きに呼応することなく、またそうした動きに配慮を示すことなく、他の天体から直接地球に働きかけるというのは、おかしなことです。作り話を語って人々を惑わせ、真実から遠ざけようとしていることは明らかです。あるいは人々をからかい翻弄しようとしているのです。そんなことをするのは言うまでもなく、宇宙人ではなく“低級霊”なのです。

『バシャール』について

1980年代後半から、バシャールと呼ばれる宇宙人からの“チャネリング”(霊界通信)が、日本のニューエイジャーの中で大変評判になりました。バシャールが、日本におけるチャネリングブームをつくり出すきっかけになったと言われています。しかし今述べたように、地上人類の霊性向上のための大事業がイエスを頂点としてすでに進展しているこの時、宇宙人を名乗るバシャールの正体が本物でないことは明らかです。バシャールは現実に展開している地球上最大の動きと、その組織の最高責任者であるイエスについて言及していません。あえて言わなかったのか、あるいはそうした動きに気づいていなかったのか、いずれかの可能性が考えられます。

バシャールからの通信内容のほとんど全ては、それ以前のニューエイジで言われてきたことばかりです。もちろん部分的には、スピリチュアリズムの霊的真理と共通なものも含まれていますが……それらに、バシャール独自のポジティブシンキング彼はそれを、ワクワクする生き方の追求・実践と言っています)と多次元世界観・人間観が付け加わっています。こうした一連の内容がニューエイジャーに受けることになったのです。

しかし結論を言えば、バシャールの通信内容は、その大半がチャネラーであるダリル・アンカから出たものに過ぎません。チャネラーが個人的に学んで得た知識がチャネリングとして語られているのです。ダリル・アンカが意図的に詐欺を働いているのか、あるいはトランス状況下で潜在意識にあるこれらの知識を吐き出すようなプロセスが生じたのか、あるいは低級霊がからかいの目的でダリル・アンカの潜在意識を用いたのか、いずれかのケースが考えられます。

彼独自のポジティブシンキング(ワクワクする生き方)は、ダリル・アンカの個人的な人生観に過ぎません。またセッションの参加者を煙(けむ)に巻くような多次元世界観・人間観は、それ以前のチャネリングですでに言われてきたニューエイジの形而上学を、ダリル・アンカが自分流に解釈した(?)ものをバシャールに語らせているに過ぎません。ニューエイジの形而上学の間違いについては、ニューズレター9号で説明しました。)

また前号の時間論・空間論の箇所で述べましたが、『セス』や『ラザリス』といった良質のチャネリングでは、スピリチュアリズムと全く同じ「類魂観」に立っています。そしてそれを説明するために、多次元世界・多次元人間という用語を用いています。それをニューエイジでは間違って解釈し、“パラレル世界論”という奇妙な形而上学をつくり出してしまいました。誤解と空想的想像力によってでき上がったものがパラレル世界論ですが、バシャールは、わざわざその間違った世界論を宇宙から届けているのです。これは宇宙人バシャールからの通信と言われるものが、霊媒ダリル・アンカの個人的な見解であることを物語っています。バシャールの言う多次元世界論は、バシャールのものではなく、単なる霊媒の考えなのです。

このようにバシャールの語る内容は、その大半がそれ以前にあった地上の知識の単なるコピーに過ぎないのですが、それを宇宙人が語るということで、聞く側の人間に何か特別大きな真理のごとく受け取られてしまいました。バシャールの通信は、チャネラーの個人的知識を土台としてつくり上げられたものであり、その内容はすべてチャネラーの知識に限定された、きわめて脚色性の強いもの、詐欺性の強いものであることが分かります。しかし、それがUFO信奉者であるチャネラーを通じて宇宙人バシャールからの通信として語られたため、世間一般に流行してしまったのです。

こうした程度の悪いチャネリング(霊界通信)には、必ず低級霊の関与がともないます。バシャールの通信の中にどの程度まで低級霊がかかわっているのかは、すぐに決めることはできません。通信の部分的なものに止(とど)まっているのか、あるいはダリル・アンカを完全にコントロール下に置いたものなのかは判断がつきかねます。しかし、いずれにしても純粋な本物のチャネリングでないことは確かです。

バシャールの通信には、低級霊であってもこの程度のことは言えるという内容しか見当たりません。地上でも、霊性が低く品性の劣る人間が霊的真理を語り愛のすばらしさを説くことがあります。そこには当然のこととして、内容の深さがともなっていません。それと同じように、バシャールの通信内容には「霊的真理」に対する深い洞察が見られません。低級霊であればこそ、地上人の歓心を買うために、さも高級霊のような振りをすることが多いのです。そして一見それらしい道理の通った話をしますが、そこには高級霊訓のもつ雰囲気はありません。人を煙に巻くような理屈っぽい言い方をする一方で、上辺(うわべ)のつじつまを合わせたような通信内容が並べられています。遥かかなたの宇宙から、わざわざこの程度のことを地球に伝える必要性がどこにあるのでしょうか。語る内容の深さの差は、シルバーバーチを始めとする「高級霊訓」と比べてみれば一目瞭然です。

本当は“宇宙人”と名乗っているのを聞いた時点から、これは低級霊のいたずらか、チャネラーの詐欺か潜在意識によるものか、いずれかであると判断すべきだったのです。宇宙人を装って地上人を驚かせ、惑わせようとしている“低級霊”の存在を見抜くべきだったのです。関係者はバシャールに対して、どれだけ徹底した身元確認の厳しい質問をしたのでしょうか。理性が納得するまで、ソースのレベルを見極めることが最低限必要なのです。多方面からの厳格なチェックをしていけば、必ず不確かな点が出てきたはずなのです。こうした当然のプロセスを踏むことなく、いつの間にか低級霊の思惑通りに、あるいはニセチャネラーの願い通りに、バシャールの存在は流行に乗ってしまいました。

繰り返しますが、私達にとって重要なのは宇宙人ではなく「霊界人・背後霊」なのです。またUFOではなく、地球救済のすべてを取り仕切っている「高級霊団」なのです。

UFOは宇宙人の乗り物?

UFOは宇宙人の存在との関係で、これまで大きな議論の的となってきました。UFOとは“未確認飛行物体”のこと、すなわち天空中に目撃される正体不明の物体のことです。そして、その大半(90%以上)は科学的なチェックによって、飛行機や人工衛星の見間違いであったり、光線によって引き起こされた現象の誤認であることが明らかにされています。

しかし中には依然として正体不明なものもあります。それを宇宙人の乗り物の可能性が高いと主張する人々がいます。正体が明らかでないといっても、現時点では分からないというだけのことであって、それが宇宙人の乗り物に結び付く根拠も関連性も全くないのですが、そうした人達は、どこまでも異星に住む宇宙人が地球にやって来るための乗り物であると主張するのです。現在では、UFOが宇宙人の乗り物であることを固く信じて疑わない人々によって、一つの新興宗教・UFOカルトのような状況がつくり出されています。スピリチュアリズムの中にも、UFOが宇宙人の乗り物であると信じている人々がいます。

UFO神話の推移

UFOの存在が人々の話題に上るようになってきたのは1947年以降のことです。この年、米国の実業家が空飛ぶ円盤(フライング・ソーサー)を見たという事件が起き、さらに“ローズウェル事件”というUFO史上、記念碑的な事件が起きました。これは墜落したUFOの残骸と、それに乗っていた宇宙人の死体が回収されたという事件です。そして死体は軍によってどこかに運び去られ、隠蔽されたということになりました。この事件は、その後の調査で全貌がかなり明るみに出され、UFOが宇宙人の乗り物であったという見解は完全に否定されています。宇宙人の死体の回収についても、詳細な調査によって、そうした事実はなかったことが明らかにされています。しかし円盤に乗った宇宙人が地球に飛来しているという噂は、その後、米国各地で頻発したUFOの目撃情報によって増幅されていくことになります。

そうした時に、UFOのイメージづくりに決定的な役割を果たしたのがアダムスキーでした。彼は宇宙人とコンタクトし、UFOに乗せてもらったという体験談を著し、さらにUFOの写真まで公表しました。このアダムスキーによって、人々のUFOや宇宙人についてのイメージは大きく決められることになりました。しかし後に、彼の体験談のすべてが意図的な作り話であったことが明らかにされ、また公表したUFOの写真からは、コンピューター解析の結果、円盤を吊り下げている糸が発見されています。

その一方で、UFOの円盤形イメージづくりに大きな影響を与えたのが、米国で1950年代につくられた一連のSF映画であると言われています。それ以前のUFOのイメージがロケット形であったのが、このSF映画で円盤形として描かれるやいなや、UFOは円盤形としてのイメージが定着することになりました。

他のUFOに関する重大な事件としては、宇宙人に誘拐されてUFO内に連れ込まれ、身体検査をされたという“アブダクション事件”があります。この事件は、宇宙人がすでに地球に来ている証拠として大きな話題を巻き起こしました。ベティ・ヒル事件は最も有名なアブダクションですが、科学的な調査によって、その事件の実態はかなりの部分に至るまで解明されています。事件の被害者が語った宇宙人やUFO内部の様子は、本人の潜在意識の中にしまわれていた映画のシーンの記憶を土台にして催眠術――事件後受けた催眠療法によってつくり上げられた偽の記憶(フィクション・ストーリー)であることが明らかにされています。被害者は催眠状態下で、自分自身によってつくられたフィクション・ストーリーの生々しさに、本当にアブダクションに遭遇したかのように思い込んだのです。

またUFOの特徴として、地上の飛行機では考えられないような鋭角的なジグザク飛行が挙げられます。UFO信奉者は、これを地球上には存在しない乗り物、すなわち宇宙人の乗り物の証拠と考え、宇宙人が地球人とは比較にならない高度な知性と文明を持っていると主張しました。しかし現在では、大脳の研究によって、そうした物体の動きは“脳”によって生じた反応であることが明らかにされています。

UFO信仰は“狂信的カルト”と同じ

以上が現在に至るまでのUFOブーム・UFO信仰のあらましですが、今日まで、UFOが宇宙人の乗り物である証拠も、宇宙人が地球人に接触した証拠も、また宇宙人が地上にいる証拠もありません。これまでUFO信奉者によって取り上げられてきた数々の存在証拠と言われるものの実態が、現代科学によってかなり解明され否定されています。しかし、それにもかかわらずUFOを信じる人々はますます増加し、ニューエイジなどを背景に“UFO神話”は世界中に広まっています。

UFO信奉者は、科学的研究がその証拠性を否定しても、何が何でもUFOが宇宙人の乗り物であり、宇宙人が地上にいることを事実にしたがっています。例えば、公式見解として宇宙人の遺体の存在は事実でないことが発表されても、「政府は真実を隠蔽している」「アメリカ政府はすでに宇宙人とコンタクトしているのに、これに関する情報を隠している」「スペースシャトルの宇宙飛行士はUFOに出会っているのに口止めされている」などといった事実無根のデマをつくり上げ、UFO神話の正当性をどこまでも主張しようとします。

1991年、イギリス南部でのミステリーサークル事件麦畑に幾何学パターンが突如出現したという事件)は、UFO信奉者に大きな興奮を与えました。麦の倒れ方といい、一晩の内に突如でき上がったことといい、とても人間の仕業とは思われず、UFOの着陸跡か宇宙人からのメッセージに違いないと騒がれました。しかしこの騒動は、後に二人の老人が、「自分達がいたずらでつくった」と告白するに及んで一段落することになりました。こうした結末があっても依然として、UFOは地球に飛来し、多くの宇宙人が地上で生活していると言い張っているのです。

現在では、UFO“宇宙人乗り物説”に対して、きわめて客観性に富んだ反論がなされています。それらの批判書とUFO信奉者の見解を比較してみるだけで、どちらの言い分が正当であるのかは明白です。UFOについての真偽の判断は、両者の意見を比較することによって簡単になされます。しかしUFO信奉者は、客観的な反論や証拠が示されても、それでもまだ本物はあるはずだとの姿勢を崩そうとしません。その姿勢は、事実よりも空想的信条を根拠とする、まさに新興宗教そのものと言えます。

一部の信奉者の間でUFOが信じられている限りにおいては、それほど大きな問題はありません。どれほど科学者や政府サイドから正式な見解が出されても、事実を隠しているに違いないと頭から決めてかかる人達に、何を言っても無駄でしょう。UFOが宇宙人の乗り物であると言うために、次々と都合のよい記事を捏造するような人達に、返す言葉はありません。狂信的な新興宗教に対しては、どうぞ、ご自由におやりくださいとしか言えないのと同様に、空想に取り憑かれて現実との区別さえつかなくなっているUFO信奉者は、そのまま置いておくしかありません。UFOは宇宙人の乗り物であり、宇宙人はすでに地球上にいるという考えから脱け出ることのできない人々――そうした思想的な牢獄の中に住み続ける人々が事実に目覚めるのは、霊界に行かない限り難しいかも知れません。状況は狂信的な宗教者と全く同じなのです。

スピリチュアリズムとUFO信仰の違い

地球以外の天体にも確かに宇宙人は存在します。また未確認飛行物体としてのUFOも存在します。しかしUFOが、宇宙人が地球にやって来るための乗り物であるという事実は存在しません。地球上では毎日何百人という人々によってUFOが目撃されていますが、それは異星人の乗り物ではありません。UFO信奉者が一方的に宇宙人の乗り物と思い込んでいるに過ぎません。そうした人達にとっての最大の敵は科学者と言えます。空想を土台としたUFO信奉者の信念にとっての最大の脅威は、科学的な反証です。

科学者が敵となりやすいという点においては、スピリチュアリズムとUFOは共通しています。そのため多くの人々から、スピリチュアリズムはUFOと同様のジャンルに属するものとして見られてきました。しかし、スピリチュアリズムとUFOは全く別物です。死後の世界や霊の存在とUFOの存在は、本来全く次元の異なるものです。死後の生命や霊界はどこまでも事実の世界であり、UFOは虚構の世界なのです。

UFO神話の弊害

スピリチュアリズムにとってUFO神話を見過ごすことができないのは、それが「霊界通信」の中に入り込んで、霊界通信を低め混乱させているという事実があるからです。霊界通信の背景には人類の救済を目的とした霊界あげての大計画があります。地球人類は霊界からの働きかけによって新たな進化の段階へと進もうとしていますが、その中心的役割を果たすのが高級霊からの「霊界通信」です。そうした本来もっとも崇高であるはずの霊界通信の中に、ただの空想に過ぎないUFO神話が混入してしまっているのです。

こうした困った傾向は、米国のニューエイジの中で発生しました。スペース・ブラザーと称する宇宙人達からのチャネリングが米国内で流行しました。プレアデス星をはじめ他の天体の住人を名乗るソースからの通信が評判となりました。こうして純粋な霊界からの通信であるはずのチャネリングに不純要素が混入することになり、チャネリング(霊界通信)自体が極めて程度の悪いものに堕ちてしまいました。そして霊界通信を信じる多くの人々に混乱を与えることになったのです。

言うまでもなく、スピリチュアリズムとUFO神話は全く異なるもの、相いれないものです。そのことをスピリチュアリズムに係わる人々はよく自覚し、UFO神話に惑わされないようにすべきなのですが、残念なことに、現実には多くのスピリチュアリズム関係者がこれに巻き込まれています。UFO信仰が“チャネリング”というスピリチュアリズムと共通の通信手段を利用し成り立っているために、宇宙人からの通信が本物であるかのように思わされてしまうのです。「霊界通信」という厳粛な事実の中に、UFOや宇宙人にまつわる嘘が侵入することによって、正当な霊界通信(チャネリング)が本来の純粋さを失いかけています。こうしたUFO神話とチャネリングの混同は、本物のチャネリングにとっての大きな問題点と言わなければなりません。

スピリチュアリズムとUFO信仰は両立しない

繰り返しますが、スピリチュアリズムとUFO信仰は全く別物であり、両立しません。スピリチュアリズムは事実であり、UFOは単なるフィクションに過ぎないのです。すでにチャネリングの中に入り込んでいる宇宙人からの通信と称されるものを、排除することが必要なのです。UFO神話は現在の新新宗教の中にも取り入れられ、教義の一部となっています。スピリチュアリズムとUFO信仰の違いを明らかにすることは、スピリチュアリズムと新新宗教の立場の違いを明確にすることでもあります。

シルバーバーチなどの高級霊による通信では、部分的に宇宙人について言及することはあっても、UFOについては一切取り上げていません。もし宇宙人がすでに地球上にいるとか、UFOが宇宙人の乗り物であるというのが事実であるとするなら、シルバーバーチがそれについて一言も触れないはずはありません。こう言うと、地球人にはまだ真実を知る時期がきていないために明かされないのだとの反論をする人がいるかも知れません。しかしそれを言うなら、UFO“宇宙人乗り物説”に対して挙げられている全ての批判に対しての再反論をこそ、先にすべきです。正当な批判を無視して、地球人にはまだ知る時期がきていないなどと居直ることは、虚構を勝手に事実と決めつける独断論と言わざるを得ません。また心霊現象におけるテレポーテーションと同じ原理で、UFOは他の天体から瞬時に地球に飛来(移動)することが可能であるとの見解を示す人もいますが、こうした言い分自体が、すでにUFOは宇宙人の乗り物であるという独断を前提にしていることなのです。これまで科学者サイドから出されたUFOへの反論をすべて明快に克服してからでない限り、UFOは宇宙人の乗り物であるとは言えないはずです。

他の可能性――物質化現象と幽体離脱中の体験

先に述べた催眠術下におけるフィクション・ストーリー以外に、UFO(未確認飛行物体)について考えられる可能性として、次のようなケースがあります。一つは、幽界から物質化して現れた乗り物がUFOとして肉眼で見られるというものです。その際、UFOの乗組員は、当然のことながら幽界の低級霊ということになります。しかしこうしたことは、わずかな可能性として挙げられるに過ぎません。

もう一つは宇宙人とのコンタクト・ストーリーについてです。それは、コンタクト・ストーリーは幽体離脱中の体験であるというものです。アブダクティーが催眠術によってつくられたフィクションであることはすでに述べましたが、幽体離脱中に出会った幽界の低級霊を、宇宙人だと錯覚したということも考えられます。しかしこれについても、わずかな可能性があるという程度に過ぎません。

アトランティス・ムー伝説

エジプト・メソポタミア・中国などの古代文明よりもさらに古い文明が、現在の太平洋と大西洋上に存在しており、それが大地震や大洪水によって短期間に海中に没したとの伝承があります。アトランティス大陸文明とムー(レムリア)大陸文明論などです。アトランティス大陸については、ギリシアの哲学者プラトンが対話編『ティマイオス』と『クリティアス』の中で述べたことで、ムー大陸については、19世紀にイギリス軍人ジェームス・チャーチワードが『失われた大陸』の中で取り上げたことにより、多くの人々の注目と関心を集めてきました。これら二つの古代大陸は、いずれも一万年以上前に高度の文明が花開き、都市には大神殿が立ち並び、まさに理想郷(ユートピア)と呼ぶにふさわしいものとして描かれています。

多くの学者や探検家などが、これら古代大陸文明の存在証拠を探すために奔走してきました。しかし現在に至るまで、決定的な考古学的証拠となるものは発見されていません。

アトランティス大陸の仮説

これまでこの二つの古代大陸文明の存在場所について、さまざまな仮説が現れました。アトランティス大陸については長い間、プラトンの言うように大西洋にあるのではないかと考えられてきましたが、近年になってミノア文明の発掘が進むにつれ、エーゲ海のミノア文明がアトランティスのモデルとなったのではないか、との説が有力になってきています。現在では大西洋の海底の様子は科学的調査によって明らかにされており、かつて大西洋にアトランティスが存在していた形跡は認められず、アトランティス“大西洋説”は根拠を失っています。

アトランティス“ミノア説”が有力視される中、近年になって、エドガー・ケイシーによる「1968〜69年にアトランティスの神殿の一部がフロリダ沖の海底から発見される」という予言を信じた米国人(J・バレンタイン)が、現実にフロリダ沖バハマ諸島のビミニ島付近から謎の巨石遺跡を発見するという驚くような出来事が起こりました。この発見はアトランティス信者を興奮させることになりました。その後1977年、1986年に同地域で別の遺跡が発見され、現在も調査が進められています。ケイシーの予言を信じる人々にとっては、まさにそこがアトランティスではないか、ということになりましたが、調査の結果、それは自然が造った地形であることが確定され、アトランティスの可能性は否定されました。

ムー大陸の仮説

一方のムー大陸ですが、ジェームス・チャーチワードがインド滞在中にベンガル地方で出会ったヒンドゥー教の司祭に、古代から伝わる碑文に案内され、それを解読することによってムー大陸の存在が明らかにされたということになっています。しかし彼のこの一連の著述は、インチキであることが確かめられています。なぜなら謎の碑文を発見した場所が初めはインドのある寺院とされていたのが、後の書ではさらに奥地のチベットになるなど、重要な点での食い違いがあるからです。彼がどれだけムー大陸の存在を実証的に扱っているかのようなポーズをとっても、ムー大陸の存在はフィクション性が濃厚だと言わざるを得ません。

それでも依然としてムー大陸文明の存在を信じる人々はいて、さまざまな仮説を出しています。それらの人達は、チャーチワードの著述を文字通りとらえるのではなく、もっと大きな含みを持って考えようとします。そうした中で一応の説得性のある見解は、かつて南太平洋上に存在していた島々海洋技術を媒介としてできていた)を一つの文化圏と見なし、それをムー大陸であるとするものです。そしてその島々は、氷河の後退による海面上昇によって海中に没したと言うのです。イースター島に現在残る巨石像はその遺跡であるとも言います。

今後の考古学の研究に待つ

いずれにしてもアトランティスもムーも、その存在の有無については、これからの考古学の研究によって明らかにされることでしょう。一万年以上昔に文明が栄えていたという点については、一概にフィクションと決め付けることはできません。なぜなら現在では、当時の考古学遺物(*中国・日本で発見された土器は約1万5千年前のもの)によって、すでにその時代にそれなりの文明があったことが確認されているからです。ただしその文明の程度が、伝承の中で言われてきたようなハイレベルのものであるかどうかは、大いに疑問のあるところです。プラトンの描いたような高度に発達したアトランティスの存在となると、当然否定されることになります。

何にしても私達は、今後の考古学の成果に注目していけばよいということです。考古学や他の科学技術を用いた調査によって、その実態はいずれ明らかにされることでしょう。

アトランティス人からのチャネリング? 自分の過去世はアトランティス人?

ニューエイジにおいては、アトランティス・ムー古代大陸文明は宇宙人やUFOと同じように、大きな部分を占めています。また日本の新新宗教などでも、それが頻繁に取り上げられています。

ニューエイジでは、かつてアトランティスの住人であったという“霊”からの通信が送られてきており、そこでは当時の様子が詳細に語られています。宇宙人と同様、アトランティス・ムーは、チャネリング(霊界通信)の中に大きく入り込んでいるのです。そうした霊(通信ソース)の代表に、シャーリー・マクレーンが彼女の著書の中で絶賛して有名になった『ラムザ』がいます。ラムザはその後、あまりの品性のなさに霊性(霊的レベル)に疑問が持たれるようになりましたが、このラムザは、三万年前のアトランティスの戦士であったと述べています。ラムザについては、言うまでもなく“低級霊”ですが、つい最近に至るまで、優れたチャネリング・ソース(通信霊)として賛美されていたのです。まさに『ラムザ』は、低級霊がいいように地上人を翻弄するという典型的なケースと言えます。

何十年・数百年前の地上人といった月並みな通信霊では物足りないということでしょうか? 数万年前の幻の文明であったり、地球以外の存在でなければ魅力を感じられないといった風潮が蔓延しているようです。残念なことに、スピリチュアリズムを受け入れた人々の中においても、アトランティス人からのチャネリングを本物と錯覚している人達が見られます。

一万年以上も昔地上にいたという霊が、どうしてあれほど程度の悪いレベルに止まっているのでしょうか。わざわざ「自分はアトランティスにいた、アトランティス人としての過去世がある」というような、興味本位のことを口走るのでしょうか。軽々しく自分の身元を明かすような高級霊は一人としていません。ましてやアトランティスやムーといった地上人の好奇心をかき立てるような過去世に言及する者は、誰もいません。もし仮に、かつて本当にアトランティスやムーに住んでいたことがあったとしても、高次のレベルにまで至っている霊ならば、決してそうしたことは口にしないものです。地上人の「魂の成長」に関係しないことは、何とか隠しておこうとするものなのです。なぜなら地上人を好奇心に走らせることは、決して霊的成長にプラスにならないどころか、マイナスにしかならないからです。従ってアトランティスを引き合いに出すような通信霊は、初めから“低級霊”と判断しても間違いありません。

さらにその霊が語る内容を、スピリチュアリズムの高級霊の通信内容と比較してみることです。次のような点を確認すれば、内容のお粗末さはよりはっきりするでしょう。まず、「霊的真理」と違ったことを言っていないか、チェックすることです。特に再生についての知識は、霊の知的レベルを測る目安になります。“類魂”について正しく理解しているかどうかです。またその霊が、霊界あげてのスピリチュアリズムの大計画について認識し、その一員として認められているかどうかというのも重要なことです。そして語る内容が、常に地上人の魂の成長を促すものとなっているか、上層の霊界のコントロールの下に置かれているか、地上人の好奇心を煽り立てるようなことを言っていないか、どちらでもよいことを多く語っていないか、こうした点をチェックすることです。それによって、どの程度の霊であるのか、おのずと判別できるはずです。

アトランティスやムーに住んでいたと称する霊(通信霊)からの通信がある一方で、現在では、自分の前世がアトランティス・ムーであったという人達が大勢現れています。前世探しブームの中で、自分の前世がアトランティス人であったことが一種のステイタスになっているかのような感があります。退行催眠やリーディングで、「あなたにはアトランティスでの過去世があります」と言われれば、大半の人々は本当かしらと思いながらも、内心うれしく感じるものです。夢とロマンがたちまち広がります。

しかし、それが事実でないことは、すでにニューズレター5号 『退行催眠と前世療法の問題点−1』において述べた通りです。嘘でも夢がある方がいいという人には何も言えませんが、真実でないものを拠り所とする人生は、虚しいかぎりです。仮にアトランティスに住んでいたのが事実であったとしても、一万年以上も前にこの世を去っているのですから、その後すでに何回かの再生を体験して全く別人になっているはずです。現在のその人が、アトランティス時代と同じ人物像であるわけがありません。今の私達の内容は、これまでの過去世の総決算であるということを考えれば、過去世にこだわることは実に愚かしいことなのです。

スピリチュアリズムに係わる問題とは

分かってみれば、アトランティスやムーの話題はすべて想像上にのみ有り得ることで、事実ではありません。しかしフィクションであっても、それを真(ま)に受け信じている人々が実際多くいるのです。アトランティス・ムー信仰によって最も困った問題は、安易な前世探しのブームを作り出し、本来厳粛であるはずの再生の問題を興味本位の対象にすり替えてしまうことです。空想としか言いようのない再生観を、人々の中に浸透させてしまうことです。

もう一つの問題点は、霊界通信をいい加減な遊び半分の道具としてしまうということです。霊界通信は本当は高級霊からの教訓を受けるための神聖な手段なのですが、まともな人々をそれから遠ざけることになってしまうのです。さらには低級霊にからかいの場所を提供し、霊界通信自体のイメージを地に貶(おとし)めることになります。好奇心に駆られた人々は、霊界人からのチャネリングでは満足できないとみえて、それを宇宙人に求めたり、遥か大昔のユートピアのアトランティス人に求めるという幼稚なことをしているのです。

アトランティスやムーがらみで語られる前世譚や再生譚、またチャネリングのすべてが、「霊的事実」から全く掛け離れたものであり、単なる想像上の作り事か低級霊のからかい以外の何物でもないことを、よくよく心に留めておくべきです。そうした程度の悪い好奇心によって作られたフィクション・ストーリーが大手を振るうような状況を、いつまでも見過ごしていてはならないのです。

「エドガー・ケイシー」のリーディングについて

文明破壊の危機から現代人を救うためにアトランティス時代の人間が現代に再生するとか、現代の米国人の多くはアトランティス人の生まれ変わりであるというような、退行催眠やいい加減なチャネリングまがいのことを述べているのが「エドガー・ケイシー」です。エドガー・ケイシーは20世紀最大の予言者などと呼ばれているため、一部の人々には、アトランティスに関する彼のリーディングも信憑性の高いものであるかのように受け取られています。ケイシーのリーディングを信用して、アトランティス人が本当に今再生しているかのように考えている人々もいます。

言うまでもなく、それらが事実であるはずはありません。ケイシーのリーディングには、かなりの部分に低級霊の侵入の様子が窺われ、真と偽の情報、高次と低次の情報が入り交じっています。ケイシーのリーディングには、こうした本質的な問題が多く含まれています。予言リーディングや輪廻リーディング同様、アトランティスに関するリーディングにも信憑性はありません。

エドガー・ケイシーについては、こうした多くの問題点がある一方で、熱狂的な信奉者が現在もなお大勢いることを考えて、次回のニューズレター11号(「スピリチュアリズムから見たエドガー・ケイシー」)で取り上げる予定です。