MENU

(1)エドガー・ケイシーの使命とは

スピリチュアリズムにおいて可能となる、ケイシーの正しい評価

「スピリチュアリズムでは、エドガー・ケイシーをどのように考えたらよいのか」という質問がよく寄せられます。チャネリングや霊界通信、あるいは新新宗教の教義を検討して正しく批評することは、一般の人々にとってほとんど不可能です。どこかおかしいと思っても、それをはっきり指摘することはできないのが普通です。ケイシーのリーディングについても同じことが言えます。ケイシーのリーディングのどこが正しくてどこが間違っているのか、大半の人々には判断がつかないとしても当然です。

ケイシーのリーディングは、結果的に、スピリチュアリズムの底辺の一つとしての役割を果たしました。スピリチュアリズムの観点から見るとき、彼のリーディングにはあまりにも多くの問題点や間違いがあります。現在でも世界各地に大勢のケイシーファンがいて、彼らによってケイシーは、20世紀最大の霊能者であり、予言者であり、最高のスピリチュアル・ヒーラーとして尊敬されています。しかし、そうした評価はどこまでも、霊的事実と霊的基準を知らないところでの過大評価であり、盲目的評価に過ぎません。これまで「霊的事実」の観点からなされた、ケイシーに対する評価・批判はありませんでした。

ケイシーのリーディングについての正しい批評は、霊的事実・霊的真理を基準としない限りできません。彼のリーディングは、あくまで「霊的事実」によって評価・批評されるべきものです。そしてそれを可能にするのは、唯一スピリチュアリズムだけなのです。スピリチュアリズムほど霊的世界の事実を明らかにしているものは他にはありません。ケイシーのリーディングを高いところから見下ろすことができるのは、スピリチュアリズム以外にはないのです。

ここでは「霊的真理」に照らして、ケイシーのリーディングを検討していくことにします。

ケイシー・リーディングの使命

まず「ケイシーの使命は何であったのか」について考えてみます。結論を言えば、ケイシーは、明らかにスピリチュアリズムの一端を担った人物であったということです。しかしシルバーバーチやインペレーターが、人類の「霊性」の最頂点部分を担当していたのと事情は全く異なります。彼の役目はどこまでも、伝統的キリスト教に対してスピリチュアリズムの霊的真理普及の道を準備し、初期的な霊的道筋をつけるということでした。ケイシーの背後には、スピリチュアリズムにおける指導的責任を担った高級霊が控えていましたが、直接彼の指導に当たったのは、それほど高い霊ではありません。

ケイシーによって、それまでアメリカの伝統的キリスト教にはなかった、「死後生の存在」(霊魂説)  「輪廻再生の存在」(再生説)  「カルマの法則の実在」(カルマ的因果説)  「スピリチュアル・ヒーリング」の可能性が示されました。これこそが、まさにスピリチュアリズムの流れの中における彼に与えられた使命だったのです。ケイシーによって、その後アメリカに始まるニューエイジの先鞭がつけられました。またホリスティック医学の前身ともいうべき動きが作り出されることになりました。

(2)ケイシーのリーディングとは

1万4千件にも及ぶケイシー・リーディング

ケイシーが催眠状態で、病人の診察をしたり、あの世の情報を伝えてきたことはよく知られています。これが“リーディング”と呼ばれるものです。現在では、速記された1万4千件ほどのリーディングが閲覧できるようになっています。その中で最も多いのが医療リーディング(フィジカル・リーディング)で9600件、ついで多いのがライフ・リーディングで1919件となっています。

医療リーディングは、トランス(催眠)状態下のケイシーが患者の肉体を透視によって診察し、治療のための処方を示したものです。それ以外のリーディングは、ケイシーが直接アーカシックレコードにアクセスし、そこから情報を得たということになっています。

ケイシーの医療リーディングの情報源は

まずフィジカル・リーディング(医療リーディング)については、それが催眠下にあったケイシーの口から、「我々は……」といった複数形で語られている事実に注目しなければなりません。これは情報提供者(ソース)がケイシー自身ではなく、他の複数の存在であることを示しています。つまり複数からなる霊的存在・霊達によって情報が送られてきているということです。従ってフィジカル・リーディングは、ケイシー個人の存在とは全く別のところで進められていることになります。ケイシーは、霊界で医療行為に携わる霊達の“霊媒”(チャネラー)に過ぎないということです。トランス下で自分が語った言葉をケイシーは覚えていませんが、これは霊媒現象において、霊媒に一般的に見られる傾向なのです。このことから判断しても、ケイシー・リーディングは「霊媒現象」であることが分かります。

“アーカシックレコード”とは

さて、このフィジカル・リーディング以外のリーディングについては、ケイシーがあの世のアーカシックレコードを読み取り、情報を得ていたということになっていますが、その実情はどのようなものだったのでしょうか。ケイシー自身は、自分が直接アーカシックレコードから情報を得ていたと思っていたようです。彼はリーディングの中で、自分がアーカシックレコード(記録の殿堂)に至るまでの詳しい様子を述べています。では果たして、ケイシーは本当に、自分一人の力でアーカシックレコードにアクセスしていたのでしょうか?まず最初に問題となるのはこの点です。

霊界には、宇宙・地球に関するありとあらゆる情報・知識が収められた巨大な貯蔵庫・図書館のような場所があります。地上人には知られていない過去の歴史の記録や、地球上に存在する全ての書物のコピーや個人に関する情報もそこにあります。そして霊界にいる霊たちは、そこから必要に応じて情報を入手することができます。一方、私達個人のレベルにおいても、潜在意識の深部には過去世についての全ての記憶がしまい込まれています。これは私達の一人一人が、個人レベルのアーカシックレコードを持っているということです。

霊界においては、必要に応じてアーカシックレコード(記録の殿堂)から私達の過去の情報が引き出され、スクリーンのように示され、他の者にも知られるようになっています。地上時代の生き方を反省したり、自分に残されているカルマを自覚する時には、そうした方法が使われることがあります。

このような霊界の事情を考慮すれば、ケイシーがアーカシックレコードからさまざまな情報を得ていたということは、理論的には成り立つと言えます。ケイシーの信奉者にとっては、ケイシーという優れた能力を持った人間であればこそ、アーカシックレコードから情報を得るという離れ業を成し遂げることができたということになるでしょう。

地上人には不可能な、“アーカシックレコード”へのアクセス

しかし結論を言えば、肉体を持った人間が、自分一人の力でアーカシックレコードから直接情報を引き出すことは不可能です。たとえケイシーが卓越した能力の持ち主であったとしても、肉体を持っている限りそれはできません。幽体離脱の状態下にあっても不可能なことなのです。それは死んで霊体だけになり、肉体からの影響を全く受けなくなった時点においてのみ、初めて可能となります。肉体を持つことによって霊的能力に大きな制限が加えられている以上、“アーカシックレコード”という純霊的対象物にストレートにコンタクトすることはできないのです。

アーカシックレコードにアクセスするという行為は、ケイシーが幽体離脱中に複数の霊達に導かれて行われたことなのです。十分に霊性の発達していない人が死後、霊界入りして間もない時には、すぐ近くで自分を導いてくれている指導霊の存在に気がつかないのが普通です。霊界の環境に慣れるにつれ、背後の指導霊の存在を自覚するようになります。ケイシーの場合もそれと同じで、自分の指導霊の存在に気がついていませんでした。彼がアーカシックレコードの場に赴きそれを読むという一連の行動は、実は背後にいる指導霊によって仕組まれたことだったのです。指導霊がアーカシックレコードから情報を読み取り、それをテレパシーによってケイシーに伝えていたということなのです。ケイシーはこうした指導霊の存在を自覚できないまま、すべてを自分一人でしたと思い込んでいたのです。

さて、ここでもう一つ問題となるのは、ケイシー・リーディングにおいて、果たしてどの程度までが本当にアーカシックレコードからの情報であったのか、ということです。結論を言えば、ケイシーがアーカシックレコードから得たとされる情報の多くが、単なる地上人の潜在意識の中の知識であったり、他の低級霊の与えた偽(にせ)の情報であったということなのです。これについては後程詳しく述べることにします。

霊界の情報を地上人に正確に伝えるについては、極めて困難が伴います。一般的には、霊界の情報を地上に伝える段階において、その内容が大きく歪められることになります。幽体離脱中の体験を、そっくりそのまま伝えることが難しいのと同様です。ケイシーの場合にも、そうしたことがあったと考えられます。

ケイシー・リーディングの本質は「霊界通信」

いずれにしてもケイシー・リーディングは、彼が“霊媒”(チャネラー)となって霊界にいる霊が情報を伝えるというケースと、彼が“幽体離脱”して霊界での体験や情報を伝えるアーカシックレコードからの情報も含む)という2つのケースから成り立っていることが分かります。これらはどちらも「霊界通信」に他なりません。ケイシー自身が、霊の関与によってアーカシックレコードから情報を入手していた事実に気づかなかったため、そのリーディングは彼独自の方法であるかのように受け取られてしまいましたが、本当は指導霊達の関与・協力の下にあって進められたことだったのです。

ケイシー・リーディングは、本質的にはリーディングアーカシックレコードの読み取り)というより、霊界通信と考えるべきものなのです。ケイシー・リーディングを「霊界通信」として見ていけば、彼のリーディングにおける、あらゆる問題点や矛盾点が明確にされることになります。

催眠トランスに伴うさまざまな問題――ケイシー・リーディングと潜在意識の関与

ケイシー・リーディングは、彼が催眠(トランス)状態下において行われたという事実を重要視しなければなりません。催眠状態にあっては、次のような事態が生じる可能性があるからです。

  1. 霊が、催眠状態下にある地上人を霊媒として用いて語る。(霊媒現象)
  2. 幽体離脱によって霊体であの世のさまざまな体験をし、覚醒後それを語る。
  3. 潜在意識内にあった知識を、一見、霊界通信のように語る。
  4. 潜在意識内にあった知識を材料として、フィクションストーリーを作り語る。
  5. 相手の誘導に応じてニセの答えをする。ニセの人格を形成する。
  6. 透視能力やテレパシー能力が高まり、相手の潜在意識を読み取り語る。

こうしたことが、ケイシーにおいても同様に存在していた可能性が考えられます。彼のリーディングを見ていくについては、それを「霊界通信」としてとらえるだけでなく、催眠にともなう「潜在意識の作用」の点からも考慮していく必要があります。霊界通信には、常に潜在意識の介入という問題がつきまとうのです。

最近では、ケイシーサイドからも、彼の情報入手について客観的な見方をするような動きが出てきました。従来のように、アーカシックレコードだけがケイシーの情報ソースとする考えから、ケイシー自身の潜在意識内の知識や記憶、テレパシーによって入手された情報、透視によって入手された情報、幽体離脱中の記憶などが、情報ソースとして考慮されるようになってきました。(『エドガー・ケイシーの全て』(サンマーク出版)  p.85〜86、p.180)

(3)ケイシー・リーディングの霊的問題点――通信ソースに関する問題

ケイシー・リーディングが「霊界通信」であるということになれば、これに係わる“霊”が問題となります。どの程度の霊がケイシーを導いていたのか、通信ソースのレベルはどの程度のものだったのか、あるいは通信霊(関与霊)は一人なのか複数なのか、ということが問題となってきます。

ケイシー・リーディングにおける問題点の一つは、明らかに低級霊の介入が見られるということです。これについては次の予言の箇所、輪廻カルマの箇所において詳しく述べることにします。問題点の二つ目は、リーディングの内容に霊的事実との著しい食い違いが見られるということです。これについても後程詳しく述べることにします。こうした二つの問題点は、ケイシー・リーディングには、高級霊による強力な守護態勢がなかったこと、そのために低級霊の介入を排除できなかったことを示しています。シルバーバーチなどの高級霊の霊界通信では、常に徹底した守護態勢・万全の態勢が敷かれ、他の霊の介入を完全に排除します。ケイシー・リーディングには、そうした十分な態勢がなかったのです。このことは、それが高級霊からの通信ではなかったことを証明しています。通信の純度という点において、大きな欠陥を持っていたことを意味しています。

ケイシー・リーディングの中で最も多くの部分を占める医療リーディング(フィジカル・リーディング)については、特別な問題点は見られません。比較的良質の通信霊(ソース)からの情報が安定して送られてきています。ケイシー・リーディングには、医療リーディングに見られるような比較的良質なソースと、ライフ・リーディングや予言的リーディングに見られるような、明らかに低級霊・未熟霊と思われるソースからの情報が入り交じっています。「通信霊の玉石混淆(こんこう)」――これがケイシー・リーディングの最大の問題点なのです。

通信ソースのレベルという点から、また通信の純度という点から言えば、現在の二流のチャネリングと大差ありません。霊的事実と空想が交ざり合ってゴチャゴチャになっています。その原因は、ケイシー・リーディングが複数の通信霊の情報から成り立っているからです。ケイシー・リーディングは分量も多く、論理的で一見すばらしい通信のように映りますが、実際は多くの問題を抱えた「霊界通信」なのです。

(4)予言リーディングについて

予言リーディングにおける明らかな“低級霊”の関与

ケイシーは“眠れる予言者”として知られています。しかし、現在残されているケイシー・リーディング1万4千件のうち、地球の大異変についての予言はわずか26件に過ぎません。この点から言えば、ケイシーを眠れる予言者というのは明らかに偏った見方です。しかも問題はその中身です。ケイシー信奉者は、いくつかの予言が的中したことを並べ立て、彼の予言の的中率が高かったことを強調します。

ケイシー・リーディングの予言としてよく取り上げられるのが、日本やカリフォルニア沈没に関するものです。これは一般には、「1998年に日本が沈没する」という予言として知られています。しかし彼のこの予言は、本当は「1958〜98年に変異が起こる時代に入っていく」と解釈すべきです。この予言に対しある者は、日本が沈没するという表現は、「経済的な下降・不況を示唆している」と言います。またある者は、これはあくまでも未来の可能性を示しているのであって、未来は確定しているわけではなく、「人間が責任を果たさなかった場合には、こうした天変地異が起こる可能性がある」ととらえるべきだと言います。一般的にケイシーファンは、どこまでも身贔屓(みびいき)ともいえる立場から、彼の予言を好意的に受け止めようとします。それはノストラダムス信奉者が、1999年7月の天変地異の予言が外れても、なお別の解釈を試みて、その正当性にこだわるのと相通じるものがあります。

スピリチュアリズムの観点に立てば、そうした予言の解釈は二の次です。ケイシーの予言をどのように解釈するかということは、本質的な問題ではありません。スピリチュアリズムでは、予言をするという事実そのものを重要な問題点としているのです。予言リーディングにおいては、「ハラリエル」と名乗る霊的存在が係わっていたことが確認されていますが、こうした低級スピリットが、リーディングに介入していた事実を問題とするのです。これまで何度も述べてきましたが、高級霊は、地上人が解釈を巡って混乱を起こすような通信を送ることは決してありません。また単に不安を撒(ま)き散らすような予言をすることも絶対にありません。そうしたことをするのは“低級霊”だけなのです。

以上のような点から見たとき、ケイシー・リーディングの予言には低級霊の関与が明らかです。なぜ1958〜98年に天変地異が始まる可能性があるというような、勿体振(もったいぶ)った、分かりにくい、曖昧な言い方をする必要があるのでしょうか。ケイシーの予言は、ノストラダムスの地球滅亡の予言と本質的に同じ類いのものなのです。低級霊のカラカイ以外の何物でもありません。従って、それをどのように解釈すべきかなどという問題ではないのです。

地球は今まさに、地上人類始まって以来の大転換期を迎えようとしていますが、それはどこまでも「霊的変化・霊的価値観の転換」であって、物質的な世界のことではありません。物質世界のすべては、神の造られた物質法則によって支配され、それは人間の行為・意思とは無関係に活動しています。人類が責任を果たしたら天変地異から免れることができると考えるのは間違いです。天変地異と人間の行為を結びつけることは一見筋が通った見解のように思われますが、それは事実ではありません。

「霊的事実」に無知だった時代の人々は、人間の行為を天変地異と関連づけて考えていました。昔の人々はすべてを神の仕業と考え、これを信仰という人間の努力によってコントロールすべきものと考えていました。天変地異という神の罰(ばち)が当たらないように、何らかの手段を講じることができると思っていたのです。

ケイシーの天変地異の予言を正当化するために、人間の自由意志と天変地異を結びつけて解釈しようとするのは、まさにそれと同じ“迷信的信仰”を主張することに他なりません。時代遅れの信仰を持ち出して自説を正当化しようとするのは、こじつけ以外の何物でもありません。

人間のカルマが関係するのは、天変地異といった広範な物質世界に関してではありません。天変地異は、物質の法則の支配下における地球の物理的運動に過ぎないのであって、人間の因果的世界とは全く無関係なものなのです。いかなる天変地異が起こっても、それ自体は物質的法則に基づく現象に過ぎないのです。人々が改心することと、天変地異の問題は別次元のことなのです。たとえ地球上の全人類が心を一つにして祈ったとしても、物理的な法則によって進んでいく物質世界の動きを変えることはできません。

ケイシー・リーディングにおける通信霊ハラリエルは、明らかに低級霊であり、その一連の予言は、単なるカラカイやイタズラです。本当は、こうしたいい加減な予言じみたことを通信してくるのは“低級霊”であると、初めから見抜かなければならなかったのです。そうしたものには取り合わず、頭から無視すべきだったのです。なぜなら低級霊は、地上人に混乱と不安を与えることだけを目的として働きかけてくるからです。低級霊は、部分的に正しいことを言って信用させ、同時にデタラメや作り言を並べたてて地上人を騙(だま)し、混乱させようとします。低級霊であっても、近い未来の出来事を予知することぐらいはできるのです。わずかばかりの予知が的中したからといって、どういうことはありません。

高級霊は、本当に地上人類にとって必要性がある場合以外には、決して予言などしません。ましてや幾通りにも解釈できるような曖昧な予言など絶対にしません。地球規模の大変革があるなどと、わざわざ混乱を生じさせるような言い方をすること自体が、まさに“低級霊”の本性を示しているのです。重要な問題であれば、なおさら分かりやすく丁寧に、誤解を招かないように配慮をするのが高級霊のやり方なのです。

ケイシー信奉者は、低級霊の罠(わな)にまんまと掛かっています。馬鹿げたことと一蹴すべきものを好意的に解釈し、低級霊の思う壷に嵌(はま)っているのです。

こうした問題を引き起こしている最大の原因は、大半の人々が、低級霊の通信とまともな通信を見分ける初歩的な霊的常識を持っていないからです。そのため低級霊からの通信を、さも価値のあるもののように思ってしまうのです。霊的な真偽を判別する力を持たない多くのケイシー信奉者は、リーディングを初めから素晴らしいものと決めつけ、その結果、自ら混乱し“低級霊”の餌食となっているのです。

古代大陸アトランティスについて

ケイシーは、アトランティスに関しても数多くのリーディングを残しています。しかし、これも結論を言えば、種々の予言と同様に、低級霊あるいは知的な未熟霊によるものと考えられます。アメリカ人の多くがアトランティスでの前世があるとか、アトランティス大陸が再び海上から姿を現すといったことが述べられていますが、それらは空想以外の何物でもありません。1910〜30年にかけてアメリカでは、アトランティスなどの超古代史がブームとなりました。そうした時代的動向を背景にして、このようなリーディングが作られたと思われます。

外部からの情報がケイシーの潜在意識に取り込まれてフィクションストーリーとなったのか、あるいは低級霊のカラカイによる意図的なフィクションなのか、あるいは相談者の潜在意識が作り出したフィクションによるものなのかは断定することはできませんが、いずれにしても事実とは掛け離れたものであることは明らかです。

ケイシー・リーディングが、アトランティス大陸の遺跡が発見される可能性がある場所としていたのは、バハマ諸島のビミニ島でした。彼がアトランティス浮上の年として予言した1968年に、ビミニ島近くの海中で建造物の土台らしきものが見つかりました。ケイシー信奉者が色めき立ったのは言うまでもありませんが、結局、その後の調査でそれらは自然物であったことが判明しました。

(5)ライフ・リーディングと、輪廻転生・カルマの法則について

ケイシー・リーディングの功績

ケイシー・リーディングの功績は、輪廻転生の事実ならびに、それを支配するカルマの法則(因果律)の存在を明らかにしたことです。これはライフ・リーディングの中で示されています。ケイシー・リーディングのカルマの理論は、スピリチュアリズムにおけるカルマ理論・因果観とほぼ一致しています。「自分の行動や態度・考え方がカルマを形成し、それが次の地上人生に影響を及ぼすようになる」「人間は自由意志を活用することによって運命を変えることができる」「魂の進化の過程は霊界の記録簿(アーカシックレコード)に記されている」「魂の進化については、インディビジュアリティーとパーソナリティーを区別して考えなければならない」「地球は魂の修行場として位置付けしなければならない」など、スピリチュアリズムの再生観・カルマ観(因果観)と同じ内容を述べています。この点で、ケイシー・リーディングのカルマ観は、地上の他の宗教よりも数段優れたものと言えます。

こうした再生観・カルマ観は、人間の生まれ変わりを否定するキリスト教に、大きな挑戦状を突き付けることになりました。伝統的なクリスチャンであるケイシーを使って、キリスト教の教えに反するカルマ観を提示させた背景には、霊界サイドの意図があったものと思われます。ケイシー・リーディングはアメリカにおいて、まさにスピリチュアリズムの「霊的真理」の普及に先立って、霊的道を切り開くために準備されたものと言えるのです。ケイシー・リーディングは、再生の事実とカルマの法則の実在を人々に伝えるという大きな役割を果たしました。ケイシー・リーディングの示した再生観・カルマ観は、こうした意味で画期的なものだったのです。

しかし、ライフ・リーディングに示された全ての内容が正しいというわけではありません。理論的な概要としては正しかったのですが、ケイシーが相談者を前にして語った具体的な“前世像”は、およそフィクションとしか言いようがないものです。アーカシックレコードを読み取り、前世を明らかにしたということになっていますが、それにしては余りにもお粗末な内容がほとんどです。

正しい再生観とは

さて今、私達はスピリチュアリズムによって再生の仕組みについて、かなり細部に至るまで知ることができるようになっています。それによれば、「死→幽界→霊界の類魂の一員となる→地上へ再生する→体験を類魂へ持ち帰る→類魂の進化」という一連のプロセスを経る中で向上の道を歩むということになります。このことから分かるように、再生については、霊界の「類魂」の存在を抜きにして考えることはできません。自らが類魂の一員となることによって同じ類魂のメンバーの地上体験を共有し、類魂全体として魂の成長をなすのです。それと同時に、個人レベルにおいては、前世で作ったカルマを次の地上人生で償うという目的を持っています。このように再生には二つの目的があります。

「類魂」の存在を抜きにした再生という事実は存在しません。「類魂」の実在を前提としない輪廻・カルマ観は事実とは言えません。類魂の存在と、類魂を媒介とした霊的進化の実態は、スピリチュアリズムによって初めて明らかにされました。ケイシー・リーディングでは、この点には全く言及していません。

再生を論じるについてのもう一つの重要点は、「インディビジュアリティー」と「パーソナリティ−」についてです。この二つの区別を明確にしないところで、再生の問題を論じることはできません。再生するのは一個のインディビジュアリティーの他の部分であって、パーソナリティー(今の自意識体)ではありません。今の私を基準とする以上、前世も再生もないのです。インディビジュアリティーの他の部分が地上に現れるという意味において、初めて再生があると言えるのです。それを地上サイドから見ると、全く別の人物(別の人間)が存在することになりますが、インディビジュアリティーにおいては同じ存在であるということです。地上人がそれを実感的に理解するのは不可能です。なぜなら地上人にとっては“自意識”だけが自分自身と感じられるようになっているからです。以上のような霊的観点に立ってのみ、再生の問題を正しく論じることができるのです。

一般的に言われるような同一人物・同一自意識体(今、私と自覚している私)の再生は事実ではありません。退行催眠などによって“前世像”としてイメージされているものは、虚構の同一人物・同一自意識体です。その上、退行催眠では、潜在意識が作り出す前世のフィクションストーリーを事実と錯覚するという二重の間違いを犯しています。

幸いなことにケイシー・リーディングでは、このインディビジュアリティーとパーソナリティーの区別を明確にしています。厳密な意味では、ケイシーとスピリチュアリズムとでは食い違いが見られますが、インディビジュアリティーとパーソナリティーの区別を明確にしている点については、大いに称賛されるべきです。

空想に過ぎない具体的な“前世像”

ケイシー・リーディングの輪廻・カルマ観は、理論的な大筋においてスピリチュアリズムと一致しています。しかしケイシー・リーディングには、再生における絶対的な鍵である「類魂」の実在に対する指摘・考慮が見られません。このことは、ケイシーの再生観には根本的な欠落があるということになります。この最大の致命傷が、次に述べる“惑星間転生”という、およそ事実とは掛け離れた転生観を作り出すことになりました。

再生に関するケイシー・リーディングの第一の問題点は、ケイシーが相談者に対して指摘した前世が、本当にアーカシックレコードからの情報であるかどうか、ということです。これについては極めて疑わしいと言わざるを得ません。ケイシー・リーディングが指摘する具体的な“前世像”は空想に等しいものであり、地上人の好奇心に付け入った低級霊のカラカイか、あるいは相談者の潜在意識が作り出したフィクションストーリーの可能性が大きいと考えられます。

ケイシー・リーディングによって自分の前世像が分かるということが知られるようになると、それを期待する相談者の潜在意識の中で、前世のフィクションストーリーが無意識のうちに作り出されることになります。それを低級霊が読み取って、ケイシーを利用して述べるという可能性が考えられます。あるいはケイシーの潜在意識が自動的に反応して、相談者の潜在意識の内容を語ったものとも考えられます。いずれにしてもケイシー・リーディングで指摘されている前世像は、「霊的事実」から掛け離れたフィクションストーリーであることは明らかです。

惑星間転生について

ケイシー・リーディングにおける輪廻・再生観の最大の特徴は、人間が惑星と地球とにまたがって再生の過程を経るというものです。スピリチュアリズムでは、前世と現世の間の期間は当然のこととして霊界場合によっては幽界)にいるということになります。ところがケイシー・リーディングでは、死後は霊的世界に行くことは認めつつも、その行く先を惑星(惑星霊界あるいは霊的惑星領域?)としています。生(地上生活)と生(地上生活)の中間世界について、占星術的な独自の解釈をしています。例えばケイシーは、地上に生まれる前は「天王星」(天王星霊界)に住んでおり、さらにもう一つ前の地上人生ベインブリッジと名乗るアメリカ人だったということです)を始める以前は、「金星」(金星霊界)にいたと言っています。このように人間の魂は、惑星と地球の間を次々と転生していくと言うのです。

これは一見スケールの大きな理論となっていますが、スピリチュアリズムによって示された霊的事実とは明らかに違っています。「霊的事実」と照らしたとき、惑星間転生は単なる空想の産物でしかありません。ケイシー・リーディングが描くような中間世界は事実ではありません。高級霊がこうした輪廻観を認めることはあり得ません。

惑星間転生説の“通信霊”は誰か?

では、この独特の惑星間転生説は、どのようなところから発生したものなのでしょうか。ケイシー信奉者にとっては、この輪廻観は最も誇るべきものであり、アーカシックレコードの中に示されているということになるでしょうが……

結論を言えば、これは予言の場合と同様に、低級霊の通信から作られたものと考えられます。但し、通信霊は予言リーディングに係わった低級霊(ハラリエル)とは別の霊でしょう。通信内容の質が全く異なるからです。ではこの場合は、どのような霊が関係していたのでしょうか。

まず“単なる低級霊”が考えられます。こうした霊達は、地上の相談者の関心・好奇心を読み取り、彼らの潜在意識の中に作られたフィクションを盗んだり、意図的にニセの前世ストーリーを作り出して地上人をからかおうとします。ケイシーの背後霊団は低級霊の働きかけを排除することができず、その介入を許しています。

もう一つのケースは、幽界にいる“知的な未熟霊”です。幽界には、地上と同様の学問研究を続けている一群がいます。彼らは霊的浄化が進まず、霊的意識が開かれていません。そのため地上時代と同じことを相変わらず継続しているのです。そして自分なりの持論を出し合って議論し満足するといった、無意味な生活を続けています。その中には、天文学に興味を持っている者や地球の歴史に興味を持っている者もいます。彼らは地上的な意味で言えば極めて知性に富んでいるのですが、霊的進化という点では全く未熟な霊達なのです。そうした者達は、凶悪性があるとか、イタズラが好きというわけではないのですが、間違った偏狭な自分の考えをさも唯一の事実であるかのように思い込み、自分の説を地上に通信したがるのです。

幽界の“知的未熟霊”の介入

今述べた知的未熟霊達は、ある程度まで霊的真理に通じています。また地上で宗教思想や神智学を学んだ者ならば、当然再生の事実も認めています。愛にこそ最高の価値があることを理屈として知っています。このように知識としては「霊的真理」を知っているのです。それは考えようによっては、地上のどんな教祖よりも霊的真理を知っているということです。彼らの中には、自分の考えだけが絶対的な真理であるかのように思い込み、それを地上に通信したいと図る者もいます。自分の思想に絶対的な自信を持っているため、何とかそれを他人に教えたいと思うのです。

そうした霊達は、もし地上に自分と相応する人間を見つければ、積極的に通信を送ってくるようになります。ケイシー・リーディングにおいて、ライフ・リーディングへのきっかけを作ったのが「ラマーズ」とよばれる人物であることはよく知られています。神秘的な世界に対する知識を持ち、好奇心も旺盛であったラマーズは、そのような霊達にとって絶好のカモ的存在でした。彼によって、霊的に未熟な研究者霊からの通信網が手引きされることになったのです。そしてライフ・リーディングが始まることになりました。次の補足を参照してください。)

ライフ・リーディングでの惑星間輪廻は、まさにこうした“知的低級霊”から送られてきた独断的思想だったのです。あの世から送られてくる通信内容が知的であると、それだけでその通信のすべてが価値のあるもの、高い世界からのものと考えがちですが、実はこうした知的未熟霊・知的低級霊からのものが結構多いのです。ケイシー・リーディングの中にあるそれらの通信は、地上の人間からすれば高度な真理が語られているように映るため、さも価値のあるもののように“錯覚”してしまうのです。

ケイシー・リーディングは惑星の影響力を大きなものとしていますが、これは通信霊が「霊的事実」に無知であること、すなわち“低級霊”であることを示しています。ケイシー・リーディングの中に占星術が入っているということ自体が、低級霊からの通信であることを示しているのです。“占星術”が人類の魂の進化にとって意義のあるもの、重要な影響力を持っているものであると述べるような高級霊はいません。むしろ物質である星が、霊である人間に及ぼす影響は取るに足りないこととし、占星術に係わることを厳に戒めています。占星術を評価するような高級霊は一人としていないのです。占星術については、すでにニューズレター9号「どちらでもよいことに、いつまでも関心を向けていてはなりません。」)で述べました。)

生(地上生活)と生(地上生活)の間の滞在先は霊界であって、ケイシー・リーディングで言うような惑星霊界ではありません。誰もが生と生の間は霊界にいるのであり、幽界を通過して後は「類魂」の一員として過ごすことになります。こうした重大な事実について言及していないところから見ても、通信霊はほぼ“地縛霊”に近いことが窺われます。

ケイシーを通じての20年にわたるフィジカル・リーディング(医療リーディング)は、彼が46歳の時(1923年)に、アーサー・ラマーズという哲学・比較宗教学の研究者と出会い、転機を迎えたと言われています。ラマーズの質問に促されて、それまでのフィジカル・リーディングにはなかったカルマや輪廻の問題が、テーマとして取り上げられるようになりました。そしてライフ・リーディングという新しいリーディングが付け加わるようになったのです。

これはスピリチュアリズムの観点から見れば、地上人の好奇心に相応して、霊界の知的未熟霊が通信を始めるようになったことに他なりません。従って、霊的な内容としては進歩というべきものではなく、霊界通信の純粋度が薄められたことを意味しています。程度の悪いソースの介入を引き起こしてしまったということです。

(6)フィジカル・リーディングについて

ケイシーは単なる“霊媒”

ケイシー・リーディングの中で、唯一信頼のおける通信と思われるのが、医療リーディング(フィジカル・リーディング)です。このフィジカル・リーディングは、催眠状態のケイシーが、相手の患部を透視して診断し、特殊な食事療法やマッサージ、医薬品などの指示を出すというものです。トランスから覚めたとき、ケイシーは自分の喋ったことを覚えていません。これは透視をはじめ患者に与えられる指示が、彼自身から出たものではないことを意味しています。サイキックによる透視ではないということです。)

このリーディングの一連のプロセスは、霊界の医師達によって進められたものであり、それをケイシーの口を通じて伝えたのです。つまりケイシーは単なる“霊媒”の役割を果たしたに過ぎません。ケイシー・リーディングによるヒーリングは、驚異的とも思われる高い治癒率を上げ、人々の評判になりました。

治療実績を上げられない後継者達

現在でも、ケイシーのリーディングを忠実に踏襲し、あるいはリーディングを頼りにして治療に応用しようとする人々がいます。いわゆるケイシー・リーディングの継承者ともいうべき立場の人々です。今では膨大なフィジカル・リーディングは“ケイシー療法”として整理され応用しやすくなっています。しかし、現在のフィジカル・リーディングの後継者達が、ケイシーの指示どおりの方法を試みても、治癒率はケイシーに遠く及びません。このことは、真面目にケイシー・リーディングを実践する者達において、大きな悩みとなっています。

ケイシーの治療に限らず「心霊治療」では、常識では考えられないような驚異的な治癒率を上げています。こうした実績があればこそ、医学界から激しい批判や攻撃がなされても生き延びることができたのです。目覚ましい治癒率こそ、心霊治療における生命線と言ってもよいでしょう。多くの現代人がケイシーの継承者を目指すのは、彼のリーディングが他の治療に比べて治癒率が高かったからです。ところが現在では、その肝心な治療実績を上げられなくなっているのです。

ケイシー治療の本質は「心霊治療」

現代の後継者達は、どうして“師”であるケイシーと同じような実績を上げられないのでしょうか。実はここに「心霊治療」の本質が隠されているのです。心霊治療は、単に物質的な視点からのみ見ていると、その本質を理解することはできません。霊的な視点から見て、初めて心霊治療の実態は理解されるようになっています。「心霊治療」において最も重要なことは、実質的なヒーリング操作が霊界の医者によって進められているということです。主役はいつも霊界の医師達であるということです。

それと同時にもう一つの重要な要素は、病気は治るべき時期がきて初めて治るということです。一定の苦しみの期間を経てカルマが消滅すると、患者は背後霊によって心霊治療師のもとに連れて来られます。治るべき時期のきた人が、霊界の人々によって連れて来られるのです。従って、心霊治療が結果的に高い治癒率を上げることができるのは当然のことです。優れた心霊治療には、例外なくこのような“霊的背景”があります。

心霊治療においては、地上の人間の目には奇跡と映ることも、すべて「霊的法則」に基づいてなされています。霊的摂理を外れた治癒は実在しません。霊的法則を無視した奇跡は、神の造られた世界には存在しません。ケイシーの治療においても状況は全く同じです。実際には奇跡は一度も生じていなかったのです。

こうした事情を考えてみると、現代の後継者達が、単にケイシーと同じ治療法をしたとしても、高い治癒率を上げられないのは当然のことです。大半のケイシー後継者は、心霊治療についての最大の法則を全く知らないところで、ただ外見だけを真似ているに過ぎません。肝心な霊界の応援のないところでは、心霊治療の実績は上げられないようになっているのです。

ケイシーは、治療には直接的な係わりを持ってはいません。ケイシーは単なる「霊の道具」に過ぎません。霊界の医師達が患者の治療法を考え、それをケイシーを通じて地上人に伝えていたのです。現在の「心霊治療」では、霊界の医師達が地上のヒーラーの身体を介して、治療エネルギーを患者に注ぐという方式を取っています。ケイシーの背後にいた霊界の医師達は、彼を通じて患者に治療法を教えましたが、今では霊界の医師達が地上のヒーラー(霊媒)を通じて治療エネルギーを送り、患者の病気を直接治療するようになっています。

時代遅れになったケイシー治療

ケイシーのリーディング(ヒーリング)では、患者に対する診断・治療法の指示はすべて霊界の医師達がしていました。その際、患者のカルマや霊的身体の質、肉体の質といった要素が残らず考慮され、最も効果的と思われる治療法が指示されたのです。霊界では今でも、こうした医師達による研究が進められています。そのため霊界での医学レベルは、年々進歩向上しています。これは地上の医学が、30年前と現在では全く違うことと同じです。従ってケイシーの時代の治療法は、現在では霊界でも時代遅れとなっています。さらに考慮すべき点は、ケイシーのリーディングによる指示は、当時の人々に向けてなされたものであるということです。その時代のアメリカ人と現代のアメリカ人とでは、生活スタイルや環境・食生活が異なり、それに応じて肉体の質が変化しています。一般的には、当時の人々よりも現代人の肉体は悪化・劣化しています。この点からも、ケイシーの指示が現代人には向かないことは明らかなのです。

以上述べたような「心霊治療」の本質を理解しないところで、ケイシーのリーディングを上辺(うわべ)だけ真似たとしても、高い治癒率を上げられるはずはありません。その努力の多くが無駄になります。たとえケイシー信奉者が現在でも高い治癒率を上げていると主張しても、それが苦しい弁明であることは現実の実績が示しています。治療法だけに限って見るならば、現在では他にはるかに優れた方法があります。そうした状況を客観的に観察した現代ホリスティック医学の権威「アンドルー・ワイル」は、ケイシー現象は彼の死とともに終わったのだと断言しています。実に適切で的を得た指摘です。

ケイシー・リーディングの中で、唯一信頼のおけるものは医療リーディングですが、それもケイシー存命中にのみ意義があったということです。それはケイシー・リーディングそのものが、単なる人助け・病気治しを目的として興されたものではないからです。死後にも生命があり、カルマがあるということを人々に教え、スピリチュアリズムの到来に備えて受け皿をつくるために始められたものだからです。ケイシーの医療リーディングは、ホリスティック医学が注目される時代を迎え、先駆者としての新たな評価を得ようとしていますが、本質はもっと別のところにあったのです。

(7)ケイシーのリーディングについてのまとめ

以上、ケイシーのリーディングを、スピリチュアリズムの観点から検討してきました。彼のリーディングが人々に注目された理由として、次の3点があげられます。

  1. 1万4千件にも及ぶリーディングが、文字として残されてきたこと
  2. 輪廻転生・カルマの法則、アトランティス古代大陸、天変地異の予言、アーカシックレコードといった話題性のあるテーマが多く登場したこと
  3. 医療リーディングにおいて、驚異的・奇跡的なヒーリング実績を上げたこと

しかしこれらは、どこまでも地上人にとっての興味・好奇心に訴える要素があったということであって、「霊界通信」としてのレベルの高さを示すものではありません。むしろ霊界通信として見たとき、ケイシーのリーディングには極めて多くの不純物が含まれています。上質な霊界通信とはとても言えません。リーディングについては、その内容を厳しくチェックする必要がありますが、ケイシーのリーディングには、あまりにも“低級霊”からの通信と思われるものが多いのです。どれがまともなソースからの通信であり、どれが低級霊からのものなのかという、厳格な区別をしなければなりません。

しかし、ケイシーのリーディングの内容を地上人の立場から分析することは、ほとんど不可能に等しいのが実情です。そのためにはどうしても、信頼のおける「霊的基準」が必要になります。それこそが、スピリチュアリズムによってもたらされた「霊的真理」なのです。スピリチュアリズムを措(お)いて、ケイシーのリーディングを上から見ることができる物差しはありません。通信内容を判別する鑑識眼がなければ、低級霊や未熟霊からの通信を好意的に受け入れることになってしまいます。内容が理論的であることや分量が多いことが、質の高さを決定するのではありません。

初めに述べたように、ケイシーには、スピリチュアリズムの計画の中での使命が与えられていました。それは当時のアメリカ人に、キリスト教にはなかった「霊的真理」を示すことによって、スピリチュアリズムの道を準備することでした。確かにケイシーのリーディングには低級霊の介入による多くの間違いがあり、そして、それらが実際に人々に混乱を与えてきました。しかしそれとは別に、高級霊によって大きな目的に向けての計画は着々と進められてきました。スピリチュアリズムの準備をするという大目標を優先する中で、計画は進展してきたのです。

ケイシーのリーディングのお蔭で、アメリカにおいて再生やカルマについての意識が広められました。心霊治療がサタンの業として見られることも少なくなりました。こうして彼のリーディングは、現在の“ニューエイジ”並びに“ホリスティック医学”に先鞭をつけることになりました。ケイシーのリーディングの真価はニューエイジに引き継がれ、やがて近い将来、「スピリチュアリズム」の中に吸収されることになるでしょう。