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未来の地球とスピリチュアリズム

最近のすさまじいIT技術の進歩を見るにつけ、この先、地球はどのように変化していくのか、またどこまで変化していくのか考えざるを得なくなります。100年後には全ての分野でコンピューター化が完成し、今とは想像もつかないほどの大きな変化を遂げていることでしょう。その差は西暦2001年の現在と、200年前の江戸時代後期との違い以上かも知れません。そのとき人々は、一体どのような日常生活をしているのでしょうか。そこではスピリチュアリズムは、どのような形で人々の中に浸透しているのでしょうか。現在の地球が抱えている、戦争・貧困・人口・食料・環境などのさまざまな問題は、果たして解決しているのでしょうか。

ここではシルバーバーチの霊訓を手掛かりにして、さらに遠い未来に視点を合わせ、500年以上先の地球を予測展望してみたいと思います。

(1)これまでの「物質文明」と「精神文明」の関係

現在、地球上で急速に発展している科学技術は、すべて「物質文明」であるということをまず確認しておかなければなりません。シルバーバーチはこれまでの人類史を振り返って、次のようなことを言っています。地上の人間が霊体と肉体から成り立ち、霊的成長と肉体の成長があるように、地上世界にも「精神文明」と「物質文明」という二つの発展・進化があります。本来この二つの発展は調和を保って進むのが理想なのですが、実際には、人類は物質文明のみを異常に発展させてきました。精神文明はその物質文明のスピードについていくことができず、現在の地球は物質文明が支配する世界となり、「物質主義」が横行することになってしまいました。それが「利己主義」という最悪の結果を作り出してしまったのです。

今、地球上で人々の関心を引き付けているコンピューター・インターネット・ITなどは、すべて物質文明の延長上にあるものです。こうした物質文明によって私達の生活は大変便利にはなりましたが、その一方で精神文明の発展を阻害するような状況も生まれています。地球の行く末を心配する多くの人々は、ますます大きくなる物質文明と精神文明の溝を前にして不安を抱いています。

(2)地球上の物質文明の行方(ゆくえ)

科学技術は、人類に便利さと快適さをもたらすことを目指して発展してきました。さらなる豊かな物質的生活が、科学技術の目標となっています。では、この便利さ・快適さの究極点とは何なのでしょうか。それが明確になれば、何百年先の物質文明の姿を予測することができるかも知れません。

しかし重要な結論を先に言えば、地上という物質世界はどこまでいっても、あらゆる点で霊的世界を越えることはできないということです。

将来における移動にともなうスピード化

地上世界は時間と空間の制限下にあります。一方、霊的世界には物質世界のような時間と空間の制約がありません。霊界では思うだけで瞬時に移動することができます。それは地上の時間・空間の観念からすれば、時空が存在しない世界であると言えます。ここ200年間、地上の物質文明は人間の移動時間を驚異的に短縮してきました。それ以前と比べれば、奇跡と思えるほどの進歩をなしてきました。しかし、そうした現代における移動のスピード化も、霊界に比べればとても比較にはなりません。地上の物質文明は無意識のうちに霊界を目標にし、これに近づこうとします。従って今後、地上の科学技術は、さらに速くという方向に向かっていくことになります。地上人類は時間と空間の壁の中で、よりいっそう移動にともなう時間の短縮を目指して進んでいくことになります。

とは言え、地上世界では時間と空間という壁がついて回る以上、どれほど頑張っても霊界のレベルにまで至ることはできません。SFまがいの異次元空間をへて瞬時に移動するようなことは実現しないでしょう。地上人生の最も重要な目的が「霊性の向上」にあることを考えると、そこまでの時間短縮・スピードアップの必要性はないからです。

将来における情報と意志の伝達

霊界では自分の意志が周りの人々に瞬時に知られるようになっています。また高級霊であれば、他の人の隠された過去のデータもすべて知ることができます。必要な時には、自分の意志や考えを、霊界の隅々にまで正確に伝えることができます。霊界における意志の伝達は完璧であり、それによって広大な組織が一糸乱れず統制されるようになっているのです。地上の情報システムは、こうした霊界での完璧な情報システムに近づこうとします。

ここ数年の間に急激に進んでいるIT革命は、霊界の情報伝達に近づく第一歩と言えます。現在、地上世界でその中心的役割を果たしているコンピューターは、どんどん小型化・軽量化され性能がアップします。そして持ち運びが自由になるのはもちろんのこと、その操作も極めて単純化され、思念や音声によって操作がなされるようになると思われます。

ただし未来においては、高い霊性を持った地上人が多く現れるようになり、“テレパシー”による交信がかなり自由に行われることになるでしょう。身近な人や愛情で結ばれた人とはテレパシーによる交信が主流となり、縁の薄い人との交信手段として、今述べたような方式が用いられることになるでしょう。

将来における言語の壁

霊界には言語の壁は全くありません。すべての思いがテレパシーで正確に伝えられるからです。地上の言語は実に不便で性能の悪い伝達手段であり、特に外国人とのコミュニケーションの際には、言語の違いが大きな障害となります。

将来においては一つの地球共通語が使用されるようになり、これによって言語の壁が乗り越えられるようになるかも知れません。あるいは高性能の携帯通訳機と翻訳機が活躍し、この問題が解決されるかも知れません。その場合には通訳機の性能は現在のものと比べ格段の進歩をしており、母国語のニュアンスまで正確に表現できるものになっているはずです。こうした機器によって言葉の壁がなくなるのは、それほど時間のかかることではないと思われます。また会話だけでなく読み書きも、高性能の翻訳機によって自由自在にできるようになるでしょう。未来の世界では、現在のように外国語の習得に膨大なエネルギーを傾ける必要はなくなります。そして人々は、そのエネルギーの大半を「霊的成長」に直結することに向けるようになります。

将来におけるエネルギーの問題

現代の地球における深刻な問題はエネルギーの問題です。将来は石油や石炭といった化石燃料は完全に姿を消し、クリーンなエネルギーとして水素を活用したエネルギーの確保がメインになるでしょう。海水から取り出す水素によって必要なエネルギーが確保されるようになると思われます。さて霊界では必要なエネルギーは環境中から取り入れます。神のエネルギーを、霊界の空気層に相当する環境から取り入れます。従ってさらに遠い将来の地球では、これに最も近い形でエネルギーの確保が行われるようになると思われます。それは太陽光からエネルギーを効率よく取り入れ、これによって必要なエネルギーをすべて賄(まかな)うということです。

物質文明の進歩の限界点

地球における物質文明は、以上述べたように、霊界の諸状況に近づくような方向で進歩・発達していくことになります。そして、それは物質世界における限界点にまで進んでいくことになります。物質世界では物質の持つ性質上、おのずと限界があり、無限の発展ということはあり得ません。地上世界は神によって人類の霊的進化の訓練場所として造られている以上、その目的にとって必要のないレベルにまで物質文明を引き上げる意味はありません。

霊的な覚醒を得た人類は「霊的成長」にのみ意識を向けるようになっているので、むやみに物質文明の発展を求めることはなくなります。将来、物質文化は精神文化のために存在するものであるとの認識が行きわたれば、霊的成長にとって必要以上の物質的なものを求めることはなくなります。そして誰もが、物質に対しては最少限度の関心を向けるのみとなります。霊界の人々の意識は霊的成長に係わることだけで占められていますが、未来の地上人においても、その意識は常に「霊的成長」に向けられるようになるのです。

(3)地球上の精神文明の行方

以上が未来の地球における「物質文明」の様子です。次に未来の地球における「精神文明」の様子を見ることにします。

精神文明とスピリチュアリズム

これまで精神文明は物質文明の進歩のスピードについていけず、ノロノロとした歩みをしてきました。しかし精神文明の進歩が停滞していたわけではありません。地上世界が物質文明に席巻されてしまいそうな時には、霊界からの働きかけによって新たな宗教が興され物質文明への対抗手段が取られたり、霊的な啓蒙活動が展開されてきました。そうした霊界からの働きかけの中で人類史上最大の出来事が、2000年前のイエスの誕生であり、1848年に始まるスピリチュアリズムの勃興でした。

何度もこのニューズレターで述べましたが、スピリチュアリズムは地上人類救済のための霊界あげての大プロジェクトです。人類史上最大規模の、霊界からの計画的・組織的な浄化運動です。これはイエスを総司令官とする何百億という霊界の高級霊が、一糸乱れぬ組織体を構成し進めているプロジェクトです。スピリチュアリズムの目的は、地上に「霊的真理」をもたらし、人類に霊的人生を歩ませ、地上ばかりでなく霊界における救いまでも与えようとするものです。それはこれまでの人類史上、あらゆる宗教が目指してきた霊的救いを最終的に成就させるという目的を持っています。スピリチュアリズムは、まさに地球上の精神文明の中心的担い手なのです。

霊的真理が地上人の「常識」となる

スピリチュアリズムの大計画は、今この時も着々と進められています。そして霊的真理が地上世界に普及する態勢はすでに整い、時間とともに地球の隅々にまで普及していくことが確実になっています。従って未来の地球上では、スピリチュアリズムによる霊的真理は間違いなく人類の常識となっているはずです。ここ100年の間に急激に進歩・高度化した通信手段によって、スピリチュアリズムは急速に地球上の人々に知られるようになっていきます。将来においては、神の存在を否定したり、死後の世界の存在を認めない人間はいなくなります。霊的真理・霊的事実が地球上の人々の「常識」となるのです。

淘汰されていく地上の宗教と思想

当然のこととして、スピリチュアリズムが普及するに伴い、現在地上に存在している全ての宗教は衰退し、あるいは滅亡し、かつての宗教の遺物として知られるだけの存在になっていきます。地上のあらゆる宗教は「霊的真理」という事実によって自動的に淘汰されたり、吸収されることになります。霊界においては幽界の一部分を除いて)、地上のような宗教は存在しません。遠い将来の地上世界は、こうした霊界と同じような世界になっていきます。現在見られるような宗教組織は一切存在せず、神によって特別に選ばれたと自称する教祖などはいなくなります。地上人類は神を共通の親として仰ぎ、神のもとにあって等しい子供達であるという認識が行きわたるようになります。

また哲学や思想も、宗教と同様の道をたどることになり、すべてが霊的真理のもとに一元化されるようになります。霊性の乏しい中で、理性だけによってこねくり回すような複雑でしかも事実からほど遠い観念の遊びは、地上から姿を消すことになります。

「霊的真理」が従来の宗教や道徳・思想という形を離れ、誰にでも分かりやすいシンプルな常識として定着するようになるのです。

各民族の伝統的文化の行方

各民族に伝えられ保持されてきた伝統的な文化も、霊的真理に合ったものだけが、真理のバリエーションの一つとして残されるようになります。もしそれが霊的真理から懸け離れているならば、自動的に淘汰されることになります。従って伝統的日本文化においても、あるものは生き残り、あるものは姿を消すことになります。

人々の関心は霊的進化にプラスとなるものだけに向けられ、それと無関係なものとは係わりを持とうとしません。霊的成長と何の関係もないようなものは、たとえどれほど長い伝統を誇っていても不必要なものとされます。現代の地上世界では、歴史的遺物や建築物、遺跡などが重要視されています。しかし未来においては、人類の霊的進化に役立たないものには重要性が認められなくなり消滅することになるのです。現在文化財として価値が認められているような仏像・建築物であっても、単なる物質に過ぎないものとして捨て去られることになるのです。

霊性の進化した人類の登場と、霊界との日常的交流

現在スピリチュアリズムの名のもとに進められている霊的真理普及の大事業は、今後の地上人類の精神世界を根本から変化させることになります。宗教・思想といったこれまでの精神文化の担い手は、淘汰されたり、あるいは霊的真理の中に吸収されることになります。

こうした精神文化の根底からの変化と同時に、もう一つの重要な動きは、霊性の進化した人々が徐々に増えることにより、霊界との触れ合いが緊密なものになるということです。霊界の高級霊と霊通したりインスピレーションを豊富に受けたり、あるいはテレパシーを自由に使いこなしたりすることが現実のものとなります。天才と言われるような人間が数多く現れ、こうした人々によって霊界との交流が日常レベルで展開され、霊的世界は身近なものになります。また天才達によって、霊界に一歩近づいた芸術や音楽が花開くことになります。地上世界からは物質主義支配の暗い雰囲気は一掃され、「霊的真理」によって営まれる明るい人間社会が実現することになるのです。

将来における動物との関係

霊的真理の普及に伴い、動物への虐待や肉食の習慣はなくなり、人間と動物はただ愛の関係においてのみ結ばれることになります。動物にとっても人間にとっても、お互いの存在が喜びと幸せを分かち与え合う関係を作ることになります。その時には、20世紀の地球において“肉食”という野蛮で救い難い悪習慣が公然と行われていたことが、呆れられるようになるはずです。

将来における健康と医学

現在のような間違った食事やライフスタイルによる病気は、「霊主肉従」の価値観が浸透するにつれ追放されることになるでしょう。現代人の病気は、心身関係の異常、精神状態の異常と過剰ストレス、不自然な食生活、運動不足、休息の欠乏によって引き起こされています。しかし霊的真理の普及によって、心身の状態や日常生活はおのずと調和の取れたものに変化していき、多くの現代病は姿を消すことになります。とは言え、カルマによって引き起こされる病気は消滅することはなく、依然としてそれに苦しむ人々も存在します。

未来では、心霊治療・精神療法・免疫療法などが医療の中心を占め、現在のような唯物医学に基づく不自然な臓器移植・遺伝子治療などは行われなくなります。おそらく平均寿命は100歳以上に延びることになり、死ぬまで高い健康状態を保つ人々が大半となることでしょう。また医学が霊的真理と一致することにより、医者自身が霊界の存在を前提として医療を施すことになります。医学の中に“死”が自然な現象として認識され、親しい者の死を、誰も悲しむことがなくなります。死はあの世への喜ばしい旅立ちとして、祝福されるようになるのです。

(4)利己主義支配の世界から、利他主義支配の世界へ

現代の地上世界は、人間の無知が作り出した「物質主義」と「利己主義」によって支配されています。大半の人々は、何といっても最後はお金と権力が物を言うと考えています。それが現在の地球上のすべての悲劇・矛盾を生み出すことになっています。戦争・暴力・圧政・非道な支配・人種差別・貧富の拡大・階級差別・飢餓・さまざまな病気・動物虐待など、みな物質主義と利己主義が原因となって引き起こされたものです。そしてそれを突き詰めていけば、「霊的真理」を知らないという一点に行き着きます。真理がないために死後に待ち受ける霊界の存在を知らず、利己的な生き方がどれほど大きなマイナスを引き起こしているのかが分からないのです。そして、そこからあらゆる悲劇・矛盾が生み出されているのです。スピリチュアリズムによる霊的真理の普及によって、こうした地上人類の根本的な問題がすべて解決されることになります。

未来のある時をもって、地上世界は人類史上初めて、利己主義の支配から利他主義の支配へ移行することになります。利他主義が地球上のすべての人々、すべての国々において中心的意識となります。「利他主義」が地球上の全人類共通の指導理念となり、現在地上に存在するさまざまな問題は姿を消すことになります。神の等しい子供という共通認識のもとに完全な平等主義が実現し、強者支配の論理は消え去り、強い者が弱い者を助けるのが当たり前となります。“愛の人格”こそが真の力と見なされるようになり、それが人の上に立つ資格とされるようになります。与えるものが多いからこそ、仕えることが多いからこそ偉いという、聖書の世界が現実のものとなります。

「霊的成長」が阻害されないような社会システムの確立

物質的条件によって、人々の霊的歩みが阻害されることがないような助け合い(互助)のシステムが出来上がります。現在の地上世界では、衣食住などの基本的物質の窮乏によって、精神の進歩すら後回しにされる悲惨な現状があります。最低の物質を欠くために、「霊的成長」のチャンスを奪われている多くの人々がいます。

しかし遠い将来には、地球上のすべての人々に、霊的人生を歩む上での最低の物質が保証されるようになります。そのための地球規模の互助の仕組みが出来上がっています。さらに「霊主肉従」の意識が徹底し、生活の糧を得るために仕事に忙殺され、人生の大半の時間とエネルギーを費やすというようなことは一切なくなります。仕事は霊的人生を歩む上での他人への奉仕であり、その報酬によって物質的なものが与えられることになります。また肉欲や本能を刺激して「肉主霊従」に貶(おとし)めるようなものは、社会から追放され存在しなくなります。

将来における国家間の関係

未来においては、現在のような国家は不必要になり、国境の壁はほとんど無きに等しいものになっていることでしょう。世界中の国々が、現在のEU諸国よりももっと自由に気軽に行き来することができるようになり、地域連合のような形式がメインになることでしょう。しかし地域性や文化的特徴はある程度まで残ることになります。そのときには現在の地球のような、領地を巡っての争いは完全に消滅します。地球はすべての人間が霊的成長をなすための「一時的な訓練場」であるとの意識が定着し、地球は個人の所有物ではなく、神のものであるとの認識が常識となるからです。

人類の霊的成長に貢献する経済システムの確立

物質的快楽だけを追及するような状況はなくなっているため、経済活動は現在のようなエゴ剥(む)き出しの在り方とは根本的に変化しています。経済活動の目的は、利潤を上げること以上に、人類の霊的成長にとって必要な最低限の物質を確保するための営みとなります。各自の仕事は人類の霊的成長に貢献するための務めとなり、奉仕の行為としての位置付けが明確になるでしょう。当然のこととして、環境に配慮した循環型の経済システムが地球規模で確立されることになります。

このように未来の地上世界は、人類が霊的成長をなし、霊界への準備をするにふさわしい場所となるのです。霊的成長のための物的な障害は消滅し、本人の意欲いかんで霊的進化の道を歩むことができるようになります。

(5)未来の地上人にも避けられないこと――地上世界ならではの苦しみ・悩み・克己的努力

以上のように未来の地球を概観してみると、それはまさに地上の天国・理想郷のように思われます。このような理想世界が実現するなら、未来の地上人私達も再生してその一員となっているかも知れません)においては、一切の苦しみ・悩みから解放されているのでしょうか。確かに今の地上世界からすれば、未来の地球は理想郷と言えるでしょう。そしてそこでは、現代の地球が抱える無意味な問題、無知から出た不必要な苦しみはなくなっているはずです。

しかし地上世界である以上、人々は依然、物質世界ならではの苦しみ・悩みを持ち続けることになります。神はこの地上世界を、苦しみを通じて霊的に成長していく所として創造されました。従って地上では、常に何らかの苦しみや困難に遭遇することになるのです。もし何一つ苦しみがないとするなら、それは神の意図から外れたことであり、最も大切な「霊的成長」を得られないということになります。地上世界においては誰一人例外なく、克己奮闘の努力が必要とされます。未来の世界にあってもそれは同じなのです。地上世界ならではの苦しみ・悩みからは逃れられないのです。

未来において付いて回る宿命を、以下一つ一つ述べることにします。

人間関係のトラブルと「愛の訓練」

霊界と地上世界の大きな違いの一つは、霊界では同じ霊的成長レベルの人間同士の生活が営まれているのに対し、地上世界ではさまざまな霊的レベルの人間が地球という同じ物質レベルの場所に同居しているということです。霊界では霊的レベルによって明確な住み分けがなされ、上下の界層(階層)間では普通は交流はありません。そこは霊的感性の一致する者だけが集まる純粋な愛情によって結ばれた世界であるため、地上的な人間関係のトラブルなど一切ないのです。

一方地上では、さまざまに異なる霊的レベルの者が同一場に住んで交流しているため、お互いの意見の食い違いや不理解などといった多くの深刻な問題が生じます。実はこれこそが、神が地上世界を魂の訓練場・カルマを切る修行場としたことの意味だったのです。人間関係において必ず支障が生じるようになるというのが、地上世界の宿命なのです。それによって、誰もがその人なりの苦しみを体験するようになります。

地上人の間には、種々異なる上下関係が存在します。いずれの場合も、下の者は上の立場の者に対して自分を抑えコントロールしなければ関係を維持することはできません。そのためには自分の心や視野を変えなければなりません。すなわち立場は下であっても、相手に対して寛容さを持ち、広いところから相手を眺めなければならないということです。また上の立場に立った者は、自分の利益追及を後回しにしなければなりません。先に自分が犠牲になり、先に相手の利益と幸せを願わなければなりません。先に自分の方から愛さなければならないという利他愛の在り方を、身をもって体験するようになるのです。

地上世界は、さまざまな霊的レベルの人間が同居することによって成立している厳しい「愛の訓練場」なのです。人間関係を通じて苦しみ・悩み、それによって霊的成長をなすというのは、現代に生きる私達も、未来に生きる人々も全く同じなのです。スピリチュアリズムが世界中の常識となった後にも、依然つきまとう地上人としての宿命なのです。

「霊主肉従」の自己克己の努力

霊界と地上世界の大きな違いは、霊界人には肉体がなく、地上人には肉体があるということです。地上に住む以上、この肉体という道具なしに生きていくことはできません。すでに繰り返しニューズレターで述べましたが、地上人が霊的成長をなすためには、まず第一に霊優位の生き方をすることが必要です。すなわち「霊主肉従」の状態を保つことが大前提となります。霊による肉体の欲望のコントロールということですが、この霊主肉従の努力を欠いたところでは霊的成長は望めません。それでは、せっかくの地上人生を無駄に過ごすことになってしまいます。物質世界というコントロールが極めて難しい世界で、意志の力を振り絞り自己コントロールする体験を通じて、霊的な力は高められます。

地上人としての努力の出発点は「霊主肉従」という本能・物欲のコントロールにかかっていますが、これは現代人においても未来の人間においても同様です。地上人として肉体を持つ以上、避けられないことなのです。外部の物質的環境がどれほど快適になり便利になったとしても、この内面の闘い・克己の努力から完全に逃れることはできません。

肉体管理の必要性

肉体という地上の道具は、自分自身で管理を心掛けない限り、健全さを保つことはできません。怠惰な生活をし、飽食に走り、肉体の手入れを怠れば病気になる――これは地上人につきまとう宿命です。未来の地上人においても、肉体の管理は避けられません。医学は今とは比較にならないほど進歩しているはずですが、肉体の健康を維持する原則は変わりません。

健康であるための原則は次のようなものです。「霊主肉従の状態により霊的エネルギーが満たされている」「精神レベルでの調和が保たれている」(精神的ストレスをコントロールし感情が安定している)「正しい食生活をしている」(飽食をしたり不自然な食べ物をとらない)そして「適度な運動を欠かさない」「適切な休養をとる」ということです。これらが、肉体を健全に保つための正しい手入れということになります。

人間には健康を守るためのシステムが与えられています。その仕組みによって、肉体を不自然に使い手入れを怠れば、苦しみ・痛みという警告信号が出されます。未来の人々はこうした肉体に備わった自然のサインに注意を払い、肉体の摂理に忠実な生き方をするようになるでしょう。

また肉体の健康を保つためには、いつになっても運動を欠かすことはできません。適度に運動してこそ健康が維持されるように造られているからです。しかし必要以上に肉体を酷使し、痛め付けることは何のプラスにもなりません。従って肉体をギリギリまで酷使する現在のようなプロスポーツやオリンピックは、地上から消え去るものと思われます。将来においては、肉体を壊してまでスポーツをするのは愚かしいことと見なされるようになるからです。

スピリチュアリズムによる霊的真理の普及によって、500年先には、肉食に代表されるような狂った食習慣は正され、大半の人々は菜食主義者になっていることでしょう。

「カルマ」による苦しみ

前世で作った悪いカルマ(悪因縁)を償うために、誰もが地上人生において苦しみや困難に遭遇します。その苦しみ・困難は、本人が地上に再生するに先立って自分自身で選んだものであり、それが地上人生のある時期に必ず生じるようになるのです。

こうしたカルマ清算の法則は、未来の地上人にもそのまま当てはまります。私達も将来、再生の人生を歩むことになるかも知れませんが、その時も、カルマを償うための苦難に遭遇するようになるということです。具体的にどのような苦難が生じるようになるのかは分かりませんが、「カルマの法則」(因果律)によってそれが起きるのは、未来の人々にとっても避けられない事実なのです。

「祈り・瞑想」の必要性

人間にとって、霊的エネルギーを取り入れるために祈りや瞑想は欠かせません。地上世界にあっては、肉体が霊に対する最大の障壁となっているため、どうしても意識的に霊的エネルギーを取り入れる努力が必要とされます。

そのことは、遠い将来の人々にも当てはまります。未来においては「祈り・瞑想」の重要性は常識となり、毎日の食事と同じような中心的日課となっているはずです。また人類全体の霊的レベルが向上しているため、現在とは比較にならないほど、祈りや瞑想の環境が整っているものと思われます。高次元にまで進化した物質文明の中で、人々が絶えず祈りや瞑想をするといった光景が当たり前のものとなっていることでしょう。高度に進んだ「物質文明」と深い「精神文明」が、見事に共存するようになるのです。

このように考えてみると、未来の地上世界に生きる人々も、結構大変なんだということが分かります。それは地上はどこまでいっても修行の場であり、苦難の体験を通じて霊界での資質を磨く所だからです。未来においては物質次元での問題はかなり解決され、現在のような無駄な苦しみはなくなっています。しかし個人個人にあっては、地上ならではの問題、霊的成長のための努力はどこまでも続くことになります。未来の人々も肉体を持って物質世界に生きる以上、現在の私達と同じように、さまざまな悩み・苦しみに遭遇し、克己奮闘しなければならないということです。

(6)21世紀のスピリチュアリズムの進展

以上、未来の地上世界を概観してきました。最後にこれから100年間の「スピリチュアリズム」の進展状況を見ていくことにしましょう。今からの100年間は、地球上にこれまで存在していた諸問題が、徐々に解決されていく時代です。地球上の変革はゆっくりとしたスピードで進んでいきます。とは言え、すべてが同じスピードで変化していくわけではありません。霊界からの働きかけによる世界レベルでの霊的啓発の動きは活発となり、これが地上に反映して、社会的な改革が少しずつ進展していくようになります。しかし紛争・戦争は依然として世界の各地で続いていきます。霊的真理の影響力が、まだそれらを抑止するほどには大きくなっていないからです。21世紀には、物質文明はさらに急激なスピードで進歩することになるでしょう。しかし、まだまだ発展の限界点近くまで到達することにはなりません。

精神文明の表面上の変化は一見ゆっくりとしたものに映りますが、霊界におけるスピリチュアリズムはすさまじい勢いで進展していくことになります。21世紀における精神文明の発展とは、一言で言えば、霊界からの働きかけによってさまざまな分野で霊的意識が覚醒され、スピリチュアリズム浸透の地上的準備が急ピッチで進んでいくということです。スピリチュアリズムによる「霊的真理の普及」に加速度がつき、それに応じて地球上の既存の宗教は大きな衝撃を受けることになります。けれども、これまでの宗教が完全に突き崩されるまでには至らないでしょう。既成宗教サイドからのスピリチュアリズムに対する反発は当然起こりますが、それが大きな勢力になることはありません。

21世紀の精神的世界の底辺は、すべて「スピリチュアリズム」や「ニューエイジ」によって進展していくようになります。スピリチュアリズムの普及は、時期のきた一人一人に霊的真理が受け入れられることによって進んでいくため、そのスピードはそれほど増すことがないように思われるかも知れません。しかし現代科学による通信情報機器が、そのための大きな貢献の役割を果たすことになります。

先進諸国を中心として、スピリチュアリズムやニューエイジの霊的文明が徐々に市民権を獲得していくようになり、21世紀の遅くない時期に、世界的にスピリチュアリズムが主要な思想・信仰の位置を占め始め、全世界に大きな影響力を持つことになります。21世紀中に、心霊世界を信じる人々の数は、信じない人の数を凌駕するようになります。21世紀の後半には、スピリチュアリズムやニューエイジの影響によって、従来の伝統宗教の崩壊が明確になってくるでしょう。イスラム教は物質文明の導入に伴い内部から崩れ始めますが、世界の主要宗教の中でスピリチュアリズムを受け入れるのは、イスラム教圏の国々が最も遅い時期になるでしょう。

(7)21世紀の日本の状況

20世紀は、アメリカという超大国の絶対的優位の中で終わりました。圧倒的な軍事力と経済力を背景に、強い政治力を発揮し、ありとあらゆる分野において世界をリードしてきました。日本にとってもアメリカは最も関係の深い国であり、善きにつけ悪しきにつけ、アメリカの影響をストレートに受けてきました。しかし、こうしたアメリカだけの突出した絶対性や繁栄はいつまでも続くものではありません。もちろん21世紀においてもアメリカは世界のリーダーの立場を演じることになりますが、徐々にその力は後退していくようになります。一国だけが物質的繁栄を享受することは「霊的摂理」に反するからです。

アメリカに次いで、21世紀の日本に大きな影響を与えることになるのは中国です。中国は日本にとって最も警戒を要する危険な国です。軍事力という腕力を背景にして全てを進めようとする中国は、現在の国際社会にあっては、まさに新興のギャングのような存在です。ひたすら軍事的拡大に奔走し、世界に覇権を確立しようと野心を燃やしています。現在の中国は、地上の国家の中で、霊界から最も遠い国の一つとなっています。しかし、こうした中国の軍事的脅威もさほど長く続くとは思われません。現代の中国は実質的に資本主義化しており、人々の物欲をめぐるエネルギーは、もはや軍事力では統制できなくなりつつあります。そうした中で、それほど遠くないうちに、中国の社会主義独裁体制は内部から崩壊することになります。そのとき中国が、旧ソ連の崩壊時のように多くの国家に分裂するようになるのか、あるいはもっと大きく北と南に二分されるようになるのかは断定できませんが、いずれにせよ中国が崩壊するのは時間の問題なのです。また現在の中国政府がやっきになって阻止しようとしている台湾やチベットの独立も、そのとき自動的に達成されるようになるはずです。

これまでの地上世界は、「物質主義」と「利己主義」の支配下に置かれてきました。そのため腕力(軍事力)と金(経済力)が最も力をふるってきました。特に軍事力は地上世界にあっては最大の権力となってきました。国際関係においては、何といっても軍事的な力関係が決め手となります。日本のようにいくら経済力があっても軍事力を発動することができなければ、喧嘩(ケンカ)が日常化している現実の世界の中では、自己の立場を主張することはできないのです。国際会議で日本が意見を主張しようとしても、まともに相手にしてはもらえません。ケンカをひたすら避け、ケンカから逃れようとする一方でお金だけ持っているとなれば、誰もが日本にお金をたかろうとするのは当然です。国際社会の中で現実に、日本はこれまで“金づる”としてのみ見られてきました。お金を出させるために利用され、それだけを期待されてきたのです。

日本憲法に基づく戦争放棄は霊的観点に立てば立派な理想ですが、ケンカが日常茶飯事の世界にあっては単なる理想論にすぎず、現実的ではありません。もし崇高な理想を貫こうとするならば、最後は理想のために国家が滅ぶことがあっても仕方がないという覚悟が要求されるのです。そこまでの現実的な決意があって、初めて可能になることなのです。国家が滅ぶのはイヤ、でもケンカはしたくないというのであれば、腕力のある人間(強い国)の手下になって言いなりになるしかありません。これが戦後から今日までの20世紀後半の、日本とアメリカの関係だったのです。軍事力がない限り国際社会でリーダーシップを取ることは現実にはできません。他国の戦争を止めさせることもできません。口出しをすれば却って馬鹿にされるだけなのです。

しかし21世紀には中国の崩壊などの国際状況の変化に伴い、経済力が軍事力よりも優先されるようになっていきます。ケンカばかりしていることができなくなって、世界レベルにおいて軍事力が後退するようになり、経済力が国際社会で大きな力を持つようになります。そうなれば軍事力を持たず経済力だけを持つ日本にとっては力を発揮するチャンスが多くなり、国際舞台での発言力が増すことになります。その意味で、日本にとって21世紀は有利な時代と言えます。とは言え、日本が現在の経済力をいつまでも維持できるとは限りません。人口減少が急激に進行し、道徳的退廃が進むにつれ、国家の活力は低下します。21世紀の末には、現在の経済大国から単なる先進国の一つに凋落(ちょうらく)することも考えられます。

けれども日本が国家の方向をスピリチュアリズムと一致させ、経済大国から「奉仕大国」へと変身することができるなら、世界に対する大きな国際的立場と役割を与えられることになるでしょう。たとえ経済的には後退して1.5流になったとしても、霊的には一流国家として、最も栄光ある立場に立つこともできるようになるのです。日本が世界に先駆けて、「スピリチュアリズム」の国家的見本を示すことができるのなら、そのとき日本は世界の人々から尊敬され、真の意味でのリーダーと見なされることになるでしょう。国策がスピリチュアリズムと一致するならば、霊界からの全面的な働きかけを得られるようになり、世界の中における重要度を急激に増していくことになります。それに伴い世界中の人々から、心からの敬意を受けられるようになるのです。