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シルバーバーチの故郷(ふるさと)を訪ねて

シルバーバーチゆかりの地を訪ねたいという願いがかなって、初春のロンドンに行ってきました。前もってトニー・オーツセンに連絡したところ、一日時間をさいて案内してくれるということになりました。ロンドンで一番古いパブでの昼食をはさみ、トニーの車で、SAGB(大英スピリチュアリスト協会)本部、ツー・ワールズのオフィス、バーバネル夫妻が住んでいたアパートを案内してもらいました。

SAGBでは、トニーがセミナーの専属講師をしていることもあり、内部のさまざまな部屋を見せてもらうことができました。ツー・ワールズのオフィスは、テムズ川を見下ろす古い石造りの建物の中にありました。以前はコーヒー豆を売っていた会社の一室を、安い家賃で借りているそうです。

今回の訪問で最も楽しみにしていたのは、「シルバーバーチの交霊会」が行われたバーバネル夫妻のアパートです。トニーがそのアパートを訪ねるのは、1981年にバーバネルが亡くなって以来、20年ぶりとのことでした。アパートは、ロンドンの閑静な住宅地にあり、すぐ近くにはビートルズファンにとってのメッカ「アービーロード・スタジオ」があります。

【写真−1】 シルバーバーチの交霊会が行われたアパート

写真は、バーバネル夫妻が結婚してから死ぬまでの約50年間住んでいたアパートです。英国ではこの種の住居をフラットと呼んでいます。アパートの2階、向かって右側の一角がバーバネル夫妻の住居で、1930年代からハンネン・スワッファーが亡くなる1962年までは、交霊会は彼の自宅で行われていましたが、スワッファーの死後は、バーバネルのアパートで開かれるようになりました。そしてバーバネルが死去するまでの20年間、交霊会はこのアパートで続けられたのです。

現在その住居には、スピリチュアリズムとは縁もゆかりもない人々が住んでいます。かつてここで「人類史上最高の交霊会」が行われたことなど、全く知る由(よし)もありません。人類全体の宝ともいえる霊界通信が送られてきた場所に、今はスピリチュアリズムとは何の関係もない、シルバーバーチの名前さえ知ることのない人々が住んでいることに、不思議な感覚を覚えました。トニーも、交霊会に参加していた自分でさえ足が遠のいていたアパートに、わざわざ日本から訪問者がきたことに感慨深い様子でした。

運良くアパートの住人が帰ってきたため、アパート内に入って、バーバネルの住居の玄関ドアーの前まで歩いていくことができました。トニーは、日本のスピリチュアリストに向けてのメッセージとして、このアパートの一室に、かつて世界各地から多くの人々が訪れたことを述べ、交霊会の様子を説明してくれました。

トニーは、バーバネルの最後についても語ってくれました。それによると、バーバネルは亡くなる2週間前に旅行に行って体調を崩し、それがもとで心臓マヒで他界することになったそうです。バーバネルは最後は現代医学の医者にかからず、ハーブを用いる自然療法医の治療を受けたということです。

普段のバーバネルは健康体で、ほとんど病気をすることがなかったのですが、妻のシルビアは呼吸器系が弱くて煙草の煙を嫌っており、バーバネルは自宅では、できるかぎり煙草を吸わないようにしていたそうです。またバーバネル夫妻はベジタリアンで、ごくたまに魚を食べるといった食事を長年続けてきました。

別れ際にトニーは、また素晴らしいプレゼントをくれました。すでにニューズレター16号「トニー・オーツセンの近況と、シルバーバーチからの贈り物」)で、トニーから贈られたバーバネルの形見の古いアルバムを紹介しましたが、今回はさらにもう一冊、別のアルバムをくれたのです。

それは1930年代から1950年代にかけてのアルバムで、「シルバーバーチの交霊会」が最も充実していた時代のものです。この間には第2次世界大戦があり、交霊会を維持することが、きわめて困難な時期でもありました。ロンドンもドイツ軍の空襲によって戦禍にさらされましたが、交霊会は休むことなく続けられました。その当時の様子が、『シルバーバーチの霊訓』の中に詳しく述べられています。潮文社発行『シルバーバーチの霊訓』第3巻・1〜2章参照)

私達はトニーに、「大切な形見のアルバムを手放してしまって、本当にいいのですか?」と尋ねました。するとトニーは――「バーバネル夫妻の思い出は、自分の心の中にしっかり刻み込まれていますから、どうか気にしないで受け取ってください。このアルバムを皆さん方が喜んでくださることが分かりますから、ぜひそうしていただきたいのです」と言ってくれました。

そしてさらに、バーバネルが生涯を通じて愛用していた木製のペン皿もくれたのです。サイキック・ニューズ社のバーバネルのデスクの上に、いつも置かれていたものです。

【写真−2】 バーバネル夫妻の古いアルバム

【写真−3】 バーバネル愛用のペン皿

トニーは、もう一つ貴重なプレゼントをくれました。それはティーカップとソーサー(受け皿)・ケーキ皿のセットで、日本を発つ前から――「今度、皆さんがイギリスにいらっしゃったら差し上げます」と約束してくれていたものでした。写真はそのティーセットです。これまで何人かの方々に分け与え、あと数組しか残っていない内の一セットをくれたのです。

このティーセットは、「シルバーバーチの交霊会」が終わった後だけに使われた特別なものです。トニーの言うところによれば、このティーセットは1930年代のもので、ハンネン・スワッファーやメアリー・ピックフォードなどの有名人も、それでお茶を飲んだということです。メアリー・ピックフォードは、米国無声映画時代のスター女優で、シルバーバーチの交霊会にも招かれています。『シルバーバーチの霊訓』第2巻・5章参照)

このティーセットには、“白樺”の絵が描かれています。そのため皆は、これを“シルバーバーチ”と呼んでいました。このティーセットは、シルバーバーチからバーバネル夫妻へのプレゼントだと、皆が信じていたそうです。

日本語版『シルバーバーチの霊訓』第1巻の英文原書は、アン・ドゥーリー編の『Guidance from Silver Birch』ですが、この原書の表紙にはティーセットと同じ白樺の絵が描かれています。トニーが専門家に依頼して、ティーセットの図柄をそのままコピーしてもらったものです。

【写真−4】“シルバーバーチ”と呼ばれていたティーセット

私達は、これまでトニーから贈られた貴重な品々は、日本のすべてのスピリチュアリストに対するプレゼントだと思っています。長年、トニーの手元にあったシルバーバーチゆかりの品々を、今次々と私達に与えてくださるその背後に、シルバーバーチをはじめとする多くの高級霊の働きかけを強く感じています。日本国内だけでなく世界各国に――『シルバーバーチの霊訓』を中心とした「本物のスピリチュアリズム」が展開することへの期待が、こうした形で示されているものと思っています。

トニーには、日本のスピリチュアリストを代表して、何度も感謝の言葉を述べました。