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交霊会や霊能力への過度の関心は邪道です

現在のスピリチュアリズムにおける大きな問題点は、『シルバーバーチの霊訓』やモーゼスの『霊訓』などの最高の霊的真理が与えられながら、その価値と意義が正しく理解されていないということです。これは日本のスピリチュアリズムだけに当てはまることではなく、本家のイギリスや世界のスピリチュアリズムにおいても等しく言えることなのです。

高級霊からの霊界通信を手にしながら、いまだに交霊会に出て“霊”に直接自分のことを尋ねてみたいとか、リーディングを受けたいと思っている人々がいます。また中には霊能力を身につけるために、修行に人生を懸け、エネルギーを費やしている人々もいます。

今回は、現在のスピリチュアリズムにおける「交霊会」や「霊能力」に関係する問題を取り上げ考えてみることにします。

1.いつまでも“霊”にお伺いしようとする愚かさ

奇跡的なシルバーバーチの交霊会

シルバーバーチはある日の交霊会で、その場に世界中から5千人にも及ぶ霊達が見学に訪れていることを述べています。その中には、地上との交信の仕方を学ぼうとする多くの指導霊達も含まれています。シルバーバーチの交霊会を参考にして、スピリチュアリズムのために貢献する方法を学ぼうとしていたのです(『シルバーバーチの霊訓 スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.198〜p.199)。

このことはシルバーバーチが、霊界の指導霊達の中にあっても、さらなる特別な指導的立場にあったことを意味しています。シルバーバーチは、世界各地で働く指導霊達のリーダーであり、指導霊中の指導霊であったということなのです。そうしたシルバーバーチの交霊会は、人類歴史上、最も権威あるものでした。

今この時も、世界各地において数えきれないほどの交霊会・チャネリングセッションが行われていますが、その中には、シルバーバーチのような地上の物質圏を卒業した超高級霊からの通信は、万に一つも存在しないと言ってよいでしょう。スピリチュアリズムにおける「三大霊訓」は、まさに奇跡的な確率で地上にもたらされたものであり、世間一般に見られる交霊会やチャネリングとは、質と次元において天と地ほど違っているのです。

こうした奇跡が実現したのは、何度も述べているように、高級霊界あげての「霊的真理普及の大計画」があったからなのです。シルバーバーチの場合、霊媒のバーバネルが地上に生まれる前から働きかけを始めています。それと同時に、地上の言語をマスターしたり、幽界の霊媒(レッドインディアン)をコントロールするための技術訓練をしたり、地上における霊的真理の受け入れ態勢づくりを進めています。気の遠くなるような、あらゆる準備がなされた後に、初めて霊界からの通信が可能となったのです。このように高級霊の通信であればあるほど、霊界における準備には長い時間が必要とされます。

『シルバーバーチの霊訓』を手にしていることは、交霊会に直接参加しているのと同じこと

今、私達が『シルバーバーチの霊訓』を手にしているということは、イギリスにおけるシルバーバーチの交霊会に参加し、直(じか)に話を聞いているのと同じ意味を持っています。それどころか書物としてまとめられているので、必要に応じて何度も何度も繰り返し学ぶことができます。何十回分の交霊会の内容を、短時間に一度に確認することができるのです。したがって考えようによっては私達は、当時交霊会に直接参加していたメンバー達よりも恵まれた立場にあると言えるのです。

先に述べたように、シルバーバーチのような最高級霊からの通信は、現在の地球上ではほとんどあり得ない奇跡的な出来事です。ましてや日本にいて、そうした高級霊からの通信を受けるということはゼロに等しいことなのです。私達は幸いにも、日本に居ながら『シルバーバーチの霊訓』という「人類史上最高の宝」を手にすることができたのです。

シルバーバーチの交霊会は、地球上のすべての人々を対象にして行われたものです。ある時、一人のサークルの参加者がシルバーバーチに――「私の家で交霊会を開くので、あなたがお出でになって人生相談に乗っていただくのはどうでしょうか?」と質問しました。シルバーバーチはそれに対して――「それをこの家で行いましょうということで、これまで努力してきたわけです」『シルバーバーチの霊訓 霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会)  p.54)と答えています。

このことから分かるように、シルバーバーチの霊界通信は、どこまでも世界中の人々にメッセージを送ることを目的としています。それゆえ今、書物を通じてその内容を知ることができるということは、交霊会に直接参加しているのと等しい体験をしていることになるのです。私達は『シルバーバーチの霊訓』を読むたびに、交霊会でシルバーバーチの“生の声”を聞いているのと同じことなのです。

高級霊の苦労に対する裏切り行為

シルバーバーチやインペレーターといった高級霊が地上に通信を送ってきたのは、地球上のすべての人類に「霊的真理」を伝えるためです。地上生活で生じるあらゆる問題に対する回答を与えるために、たいへんな困難を克服して通信を送ってきてくれたのです。サークルに参加する特定の個人の人生相談に乗ることを目的として、高級霊界からわざわざ通信を送ってきたのではありません。

シルバーバーチは――「皆さんは今、霊界での審議会で用意された叡智が、このわたしを通して届けられるのをお聞きになっていらっしゃるのです」『シルバーバーチの霊訓 スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.238)と言っています。人類にとってこれ以上の宝はありません。そして、その宝を真っ先に与えられたのが、私達スピリチュアリストであるということなのです。

こうしたことを考えてみれば、「最高の霊界通信」と出会いながら、今さらリーディングを受けたり、たわいもない霊から話を聞きたがるということが、いかに愚かなことであるかが分かるはずです。それは霊的真理の価値を理解していないことを自ら表明しているだけでなく、霊界の高級霊の苦労に対する裏切りとも言える行為なのです。しかし残念ながら、現在のスピリチュアリストやシルバーバーチ・ファンの中には、そうした人達がまだまだ多く見受けられます。

一体、何を好んで、幽界レベルの霊にお伺いを立てる必要があるのでしょうか? 地上人と人品において大差のない霊から、何を教えてもらおうというのでしょうか? スピリチュアリズムの霊的真理を知った者が、とりたてて霊に尋ねることなど何一つないはずです。それどころか私達は、真理を語って低級霊の魂を救うことさえしなければならない立場に立っているのです。

交霊会が必要なのは、死後の世界が分からない人だけ

高級霊は、霊的真理を地上にもたらすために通信を送ってきました。そして、その目的はすでに達成され、私達は霊的真理を手にしています。それにもかかわらず、わざわざ低級霊にお伺いを立てるということは、スピリチュアリストとしての資格を放棄しているようなものなのです。

では、「交霊会」は全く不要なものかということですが、場合によってはそれが重要な役割を果たすことがあります。いまだに死後の世界があることを知らないために地上生活を無意味に過ごしたり、愛する人との死別を必要以上に嘆き悲しむ人々にとっては、交霊会を通して死後の世界が存在することを確信することは、大きな意味を持っています。

このように交霊会を必要としているのは――どこまでも「霊界と死後の生命の実在が信じられない人だけ」なのです。すでに霊訓と出会い、死後の世界を知った人々においては、交霊会は必要ないのです。

「死後の存続という知識を手にしたあともなお、いつまでも私的な交信の範囲にとどまっているようでは、これは重大な利己主義の罪を犯すことになります。」

『シルバーバーチの霊訓 地上人類への最高の福音』(スピリチュアリズム普及会)  p.244

「そうした交霊会を開くことを考えるよりも、二人(あなた方)は霊的知識という宝を手にしているのだから、それを知らないまま悲しんでいる同じ境遇の人達に教えてあげる仕事に精を出すべきです。

『シルバーバーチの霊訓(7)』(潮文社)  p.95

自分で「真理」を読み、答えを探すことが必要

私達は霊訓によって、地上生活における苦しみの意義や、苦しみへの正しい対処について完璧なまでの答えが与えられています。そして一人一人には、親のような利他愛で常に見守り導いてくれている守護霊がいることも知らされています。もはやそれ以上、求めるものはないはずです。残されている問題は、私達自身の霊的未熟性と霊的真理に対する不理解だけなのです。

スピリチュアリズムによる霊的真理を手にした私達は、日常生活で何か問題が生じたときには、霊にお伺いを立てようとするより、自分で真理を読み、その中から答えを探し出す努力をすべきです。「霊的真理」には、地上世界のあらゆる問題解決のための答えが用意されているのです。

いまだに交霊会にこだわり、霊からのメッセージを受けたいと願う人達に共通しているのは―― 「スピリチュアリズムという大プロジェクトの重大性に対する認識不足」ということです。手にした真理の価値を、しっかり理解できていないということです。最高の宝が与えられているのに、その素晴らしさが分かっていないのです。

霊から直接、自分の将来について聞きたいなどという幼稚なレベルは、一刻も早く卒業しなければなりません。どちらでもいいような低級霊の声を、高級霊の教えのごとく受け入れてしまう愚かさは、ただちに捨て去らなければなりません。低級霊にわざわざ魂を明け渡し、低級霊に仕えるような馬鹿げた行為は、すぐさまやめるべきなのです。

もっともこうした「霊からの声を聞きたい!」と思う人がいる状況は、スピリチュアリズムの本場イギリスにおいても同じです。以前にも述べましたが、SAGB(大英スピリチュアリスト協会)には20名ほどの霊能者が所属していて、個別の心霊相談(カウンセリング)に応じています。

そこでの心霊カウンセリング(リーディング)は、まさに日本の霊感占いといったもので、イギリスでもいまだにこんなことをしているのかとがっかりさせられます。それがイギリスのスピリチュアリズムの実態ということなのでしょうか。

シルバーバーチの霊訓を読むと、当時のサークルのメンバーが、他の交霊会に参加したり、自分自身で交霊会を主催していた様子が窺われます。しかし、そうした当時のメンバーの在り方が、そのまま現在のスピリチュアリストの手本になるわけではありません。私達は、彼らが開拓時代を歩む者としての未熟さを持っていたことを理解した上で、霊訓の中からスピリチュアリズムの本質を読み取っていかなければならないのです。

シルバーバーチなどの高級霊は、霊的真理を十分理解していない人々に対しては、一方的に霊界側から指示をしたり、命令するようなことはしません。どこまでも地上人みずからが理解し悟り、自分の自由意志のもとで自分の道を選択するように仕向けます。そのため当時のメンバーが他の交霊会に参加していても、あえて干渉しなかったのです。

本当は彼らも、シルバーバーチによって示された霊的真理が地上における最高のものであることを確信した時点で、他の交霊会に出席することの無意味さを悟るべきだったのです。しかし当時はまだ、「高級霊訓」という最高の真理を中心に、まっしぐらに信仰実践に走るということができる時代ではありませんでした。彼らは、開拓時代を切り開く者として多くの未熟さを持ち、遠回りをしながら、スピリチュアリズムのレベルを少しずつ押し上げる道を歩んでいたのです。その意味で、当時のサークルの参加者は、まだまだ霊界の真意を的確に理解してはいなかったということになります。

そうした未熟さを持った地上人を相手に、シルバーバーチは一つ一つの質問に丁寧に答え指導し、スピリチュアリズムのレベルを徐々に引き上げてきました。今の私達には、そのシルバーバーチの努力の真意を理解することが要求されているのです。

2.霊能力を身につけたいという見栄と愚かさ――霊能力より、伝道と人格を磨くことが大切

低俗な虚栄心や自己顕示欲

スピリチュアリズムに出会った後にも、いまだに霊的な能力を持ちたいと思っている人々がいます。そうした考えが、いかにスピリチュアリズムの本道からずれたものであるのかは、今さら説明の必要はありません。「霊的な能力を身につけたい!」という思いの根底には、他人にはないものを手に入れて自慢したいという“低俗な虚栄心・自己顕示欲”が存在しています。それはスピリチュアリズムの霊的真理を与えられながら、依然として祈祷師・チャネラーにお伺いを立てるのと同じくらい馬鹿げたことなのです。

スピリチュアリストである私達は、霊的な現象や霊能力に興味を持ち過ぎる人達に対して、その無意味さ・間違いを教えてあげなければなりません。霊能力は、霊的進化にともない自然に身についてくるものなのです。それなのにスピリチュアリスト自身が真っ先に霊能力を求めることなど論外です。自然な形で霊能力が発現したり、生まれつき身につけている人は別として、無理をして霊能力をつけたいなどと思うべきではありません。「人格の劣った霊能者ほど醜い存在はない」のです。

伝道ほど価値のある奉仕はない

これまで何度も述べてきましたが、霊的真理を伝えることほど、偉大で価値のある奉仕はありません。ヒーリングも霊的現象も、霊的覚醒をもたらしたり伝道を進める手助けとなってこそ意味を持つのであって、それ以外に特別な価値はないのです。ましてや自分自身の“虚栄心・名誉心”を満たすために霊能力を身につけたいなどと考えるなら、マイナスを超えて大きな弊害を生み出すことになります。肝心な魂の成長に重大な支障をきたすことになります。

心の道場には、「私もヒーラーになりたいのですが、どうしたらいいでしょうか。どのような訓練をしたらヒーラーになれるでしょうか?」との質問が寄せられます。それに対して私達は――「ヒーラーになれるかどうかは、生まれつきの霊能力によります。スピリチュアル・ヒーラーに固執するのではなく、今の与えられた状況の中で、もっともっと人助けと奉仕をしたいと思うことが大切なのです。ヒーリングよりも、縁あって出会う人々に(それが、たった一人の人であっても)霊的真理を伝えてあげることの方が真の奉仕になるのです」とお答えしています。

霊界の人々の応援を引き寄せることこそ「最高の霊媒現象」――霊能者より「霊の道具」を目指すべき

スピリチュアリズムの初期には、霊界からの働きかけによって、目を見張るような霊的現象が次々と演出されました。当時の人々の霊的レベルに合わせることが必要だったからです。しかし現代では、空中浮揚現象のような見た目に派手な心霊現象は必要ありません。それに代わって一段とレベルアップしたスピリチュアル・ヒーリング(心霊治療)が、その役割を担うようになっています。現在の日本は、派手な心霊現象に頼らずとも、時期のきた人に直接霊的真理が届けられる時代を迎えているのです。

私達はすでに、「霊的真理と出会う」という最高の霊的体験をしています。そうした大きな恵みを与えられた私達にとって、今最も大切なことは――「自分の心を高め、純粋な霊界の道具として、霊界の人々の助力を得られるように努力すること」なのです。それこそが、本当の霊的な力・スピリチュアルな能力なのです。霊界の人々の応援を引き寄せられる人こそが、「最も力を持った霊媒」と言えるのです。単なる霊能力(サイキック能力)をつけることより、良き霊界の道具として“スピリチュアルな能力”を持つことができるように努めるべきなのです。

「(略)霊性を開発し、心霊的能力サイキック能力)を可能なかぎり霊的レベルスピリチュアルレベル)まで引き上げなければいけません。心霊的能力を備えた人は大勢います。が、それを霊的レベルまで高めた人は多くは居ません。」

『シルバーバーチの霊訓(1)』(潮文社)  p.163

「神のために自分を役立てようとする人はみな神の霊媒です。(中略)隣人を愛することです。人のために役立つことをすることです。自分を高めることをすることです。(中略)内部に宿る神性を発揮させることをすることです。それが最高の霊媒現象なのです。霊視能力者になる方法よりは、神の光が見えるように魂の眼を開く方法をお教えしましょう。」

『シルバーバーチの霊訓(4)』(潮文社)  p.175〜176

3.自分自身の霊能力を誇る愚かさと傲慢さ

時々、自分は霊能力がある、自分は霊と交信することができるという方々からの手紙を受け取ります。また自分の書いた本やパンフレットを同封してくることもあります。そうした手紙や本には、表面上は一見、謙虚そうな言葉が並べられているのですが、文面の奥からその人の心に巣くう傲慢さが濃厚ににじみ出ています。他人の持っていない霊能力を自分が持っていることを自慢にし、自分は他人より優れていると思っている心の内が伝わってきます。こうした状況に出会うたびに、人間が心の底から謙虚になるのは本当に難しいことであると実感させられます。

人間の傲慢さは――「霊的な未熟さ・霊性の低さ」という一言で説明し尽くされますが、厄介なのは、彼らは自分が聴いている声が“低級霊”からのものであることが、全く分かっていないということです。低級霊にいいように弄(もてあそ)ばれ操られているのですが、その事実を指摘してあげても、絶対に受け入れようとしません。彼らは、霊的真理に照らして謙虚に自分の心を反省する、ということができないのです。そうした人々を見るたびに、「彼らには、むしろ霊能力などなかった方が幸いであったのに……」と思ってしまいます。

同じような傾向は、ヒーリングに携わる多くの人達にも見られます。謙虚に霊界の道具に徹しきっている本物のスピリチュアル・ヒーラーはめったにいません。謙虚さとは程遠い傲慢なヒーラーがほとんどなのです。

スピリチュアリズムの現状を見るかぎり、霊能力のない人の方が、はるかに深い心境・純粋な思いで歩んでいるように思われます。スピリチュアル・ヒーラーと、そうでない一般の治療師(ヒーラー)は“謙虚さ”において違っていなければなりませんが、残念ながら現実は、理想から大きく隔たっているようです。

ヒーリングに携わる方々、そして霊能力に恵まれた方々には、「霊的真理」にそって心を厳しく律する“謙虚な道具”としての姿勢を身につけていただきたいと思います。霊能力は――「人々に真理を伝える手段となった時のみ価値を持つ」のです。道具としての純粋さ・自分自身に対する厳しさ・霊的真理についての正しい理解――これらを常に心がけることが“霊的生命線”であることを忘れないでいただきたいと思います。

「霊媒能力は神聖なものです。(中略)ところが不幸にして、大半といってよい霊媒が自分の能力を神聖なものと自覚せず、(中略)営利を度外視してわが身を犠牲にするというところまで行っておりません。」

『シルバーバーチの霊訓 霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会)  p.291

4.自分の直感を過信することの危険性――自分の直感より「霊的真理」を頼りにすべきです

軽々しいインスピレーションの流行

普段は思ってもみなかったような考えやアイディアが浮かぶと、ある人はそれを“インスピレーション”をキャッチしたと錯覚します。大半の人々は、こうしたインスピレーションやひらめきなどを、無批判にすべてありがたいものと考えがちです。その結果、自分の直感を過信し、「自分はいつも“霊”からインスピレーションを受けている」と思い込み、大きな落とし穴にはまることになります。

本物のインスピレーションは、最も高次元の霊現象の一つです。しかしこのインスピレーションほど、いい加減な意味に解釈され、深刻な問題を引き起こしているものはありません。米国のニューエイジでは、浮(うわ)ついたチャネリングブームとともに、軽々しいインスピレーションが流行しました。目に見える霊現象は誰もが簡単にその真偽を判別することができますが、インスピレーションは本人以外に窺い知ることができないために、真偽の見極めが難しいのです。現在では“霊的直感”とか“インスピレーション”という言葉がごく当たり前のものとして使われていますが、実際は、そのほとんどが本物ではありません。

偽のインスピレーション

日常生活の中で、私達は無意識のうちに、他人の思いや感情をテレパシーによって受け取っています。知らず知らずのうちに他人の影響を受けるようになっています。また私達の潜在意識は、絶えず霊界にいる霊達からのメッセージも受け取っています。こうして外部から取り入れられたさまざまな思念が“潜在意識”から“顕在意識”に上ってくると、インスピレーションとかひらめきということになるのです。

とは言っても、一般に“インスピレーション”と言われているものの多くは、単なる地上人本人の考え・思いつきに過ぎません。インスピレーションを得たいと願っている人は、自分自身の考えを勝手にインスピレーションと決めつける傾向を持っています。結論を言えば、これらはすべて偽のインスピレーション・錯覚なのです。

本物のインスピレーションとは?

霊界の守護霊や指導霊から、高次で有益なメッセージが送られてくることがありますが、これこそがまさに「本物のインスピレーション」です。一方これとは別に、“良心の声”と呼ばれるものがあります。私達が霊的人生を歩む上で判断に迷ったとき、良心の声は的確な方向を指し示してくれます。シルバーバーチも、この良心の声に従うことを再三にわたって強調しています。

“良心の声”は、常に霊的進歩を目指す霊的本能から発せられた道しるべのようなものであり、それが瞬間的に、脳の意識に自覚されたものです。したがって良心の声とは、「私達の霊の心に内在する意識の一部分」ということになります。その意味で良心の声は、まさに本物のインスピレーションの一種と言うことができます。

真実のインスピレーションとは――私達の心に突然湧き起こる“高次意識・高次のアイディア”のことですが、それには今述べたように2種類あるということになります。その一つは「外部の善霊から送られてくるもの(高級霊・指導霊からのテレパシー)」、もう一つは「本人の霊的意識の高次の部分から送られてくるもの(良心の声)」ということになります。

問題は“低級霊”からのテレパシー

外部から通信を送ってくるのは、高級霊や指導霊だけとは限りません。それどころか“低級霊やイタズラ霊”からのものが圧倒的に多いのが実情なのです。したがって思い浮かんだものを何もかも高級霊からのインスピレーションとしてありがたがっていると、とんでもない結果を招くことになります。

低級霊から与えられる情報が、いかに程度の悪いものであるかは、今さら言うまでもありません。低級霊に支配された十人の霊能者にお伺いを立てれば、十通りのいい加減な答えが返ってきます。それをまともに受け入れ従うならば、混乱と騒動が生じ、生活はメチャクチャにされてしまいます。こうした偽のインスピレーションを信じ込まされた人間同士が集まると、各自がてんでバラバラの意見を主張し、必ず醜い争いを引き起こすようになります。

“低級霊のささやき”に従うくらいなら、何も真理を知らない地上人に相談する方が、よほどましな答えが得られます。インスピレーションには、常にこうした問題がつきまとっていることを、よくよく知っておかなければなりません。

本物のインスピレーションの判別は、とても困難なこと

自分の意識の内容が――「単に自分自身の考えなのか」「潜在意識から出たものなのか」、あるいは「霊界の低級霊からのテレパシーによるものなのか」「高級霊からのもの(本物のインスピレーション)なのか」を見分けるのは、きわめて難しいことです。誰もが簡単にできるようなことではありません。

テレパシーを通して外部から与えられるアイディアの中で、守護霊や指導霊からの本物のインスピレーションを見極められるのは、一定の霊格に至ったごく一部の人に限られます。そうした人が高い心境を保ち、受け身の状態になったとき、初めて本物か偽物かを判別することができるのです。

「精神統一中に浮かぶアイディアの中から、“これぞ本物のインスピレーション”と直観できるのは、ある一定の霊格を身につけた人だけです。」

『シルバーバーチの霊訓 スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.221

インスピレーションに頼るより、「霊的真理」に頼る

直感に従うとか、祈って神の声に耳を傾けるというようなことは、いかにも信仰者として理に適ったことのように思われます。しかし現実にはその裏側に、独断的な傲慢さと、無知な思い込みが巣くっていることが多いのです。そこには常に、低級霊に翻弄される危険性が付きまとっています。実際、大半の霊能者がこうした思い込みによって“低級霊の餌食”となり、いいように操られています。いかなる霊の声やテレパシーに対しても、理性を用いた吟味を欠かしてはなりません。

シルバーバーチは――「インスピレーションを得ようとするより、高級霊によってもたらされた言葉(真理)を信用し受け入れる方がよい」と述べています。高級霊によってもたらされた霊的真理の中には、この世の問題に対するすべての回答が示されています。したがってわざわざ信憑性の乏しい、信頼できるものかどうか定かでないようなインスピレーションに頼ろうとするより、初めから真理の中に回答を求めていく方が賢明なのです。

祈りは確かに大切ですが、時にはそれ以上に「霊的真理に信頼を置くこと」が重要なのです。真理の中から問題の回答を見い出せない人は、いくら祈ってみたところで正しい答えを得ることはできません。“祈り”そのもののレベルが低いからです。「祈りは、インスピレーションを得るためではなく、自分の心を高めるための手段」と位置づけすべきです。

「そこで、わたしたちはこれまで、わたしたちが霊的摂理に通じていること、目的としているのは霊的真理の豊かさを皆さんの手の届くところまでお持ちすることであることを立証しようと努力してまいりました。“正真”の折り紙つきの知的存在と協力して仕事をする方が、何の導きもなしにただ一人で未知の世界へ突入していく自分のインスピレーションに頼るという意味)よりも無難なのではないでしょうか。」

『シルバーバーチの霊訓 スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.221

常に「霊的真理」による検証を欠かさないこと

私達スピリチュアリストにおいては、心に浮かんだイメージ・メッセージが本物かどうかを判断するために、まずそれを「霊的真理に照らし合わせる」ことが必要となります。真理を手にした者が、真理を無視して自分なりの意見を主張することは、単なる“エゴ”になってしまいます。そうした態度は何も知らない一般の人には許されることであっても、スピリチュアリストには許されないのです。

霊的真理と一致していないインスピレーションやひらめきは、ただの身勝手な思い込みに過ぎません。“真のスピリチュアリスト”は――「常に真理の中に歩むべき方向性を求めるべき」なのです。また当然のこととして、真理を分かち合っている他の人の意見にも、謙虚に耳を傾けるべきなのです。

シルバーバーチの言う“良心の声”について

シルバーバーチはよく、良心の声に従うことを勧めています。「判断に迷った時には、良心の声に従うべきである」と言っています。

私達の住む地上世界では、一人一人の霊的成長レベルに差があるために、それぞれの「善の基準や価値観が異なる」という避けられない実情があります。地上では、各人が正しいと思う基準が常に相対的になっているのです。

そうした地上世界の宿命的な状況下において、魂を傷つけることなく霊的成長の道を歩むために、シルバーバーチは3つの指針を示しています。それは――「常に理性による判断を欠かさない」「良心の声に忠実に従う」「純粋な動機から行動する」ということです。

良心の声に従うことと、動機の問題については、今後のニューズレターで詳しく取り上げる予定です。

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