MENU

横行するニセ霊界通信とニセ霊能者――大半の霊界通信と霊能者は偽物

ニューズレター8号では、「低級霊の通信」と「ニセ霊能者」の見分け方について取り上げました。一般的に霊界通信(チャネリング)と言われるものの大半(90%以上)が“低級霊”によるものであるということを、常に意識しておかなければなりません。

世間には、霊界からの通信を受信するという自称チャネラー(霊能者)が数多く存在します。最近ではさまざまなメディアを通じて、そうした霊能者達による霊界通信(?)に触れる機会が増えてきました。雑誌上では、スピリチュアルカウンセラーを名乗る霊能者の占いが評判となっています。

しかし、そこで語られる内容はと言えば、およそ霊的事実から懸け離れたものばかりです。少し霊的知識のある人ならば、初めから偽物と断定できるような程度の悪い代物(しろもの)なのです。書籍やインターネットなどのメディアを通じて目にすることのできる霊界通信(チャネリング)の多くは、現実にはほとんど価値がないだけでなく、むしろ人々に弊害をもたらす悪質なものなのです。

通信の真偽を確認するのは、スピリチュアリズムの常識

ある人がいつも嘘や間違ったことばかり言っていたら、誰もその人を信じなくなります。語る言葉が常に事実と一致していてこそ、周りの人々はその人物を信用することができるのです。霊界通信や霊能者についても、それと全く同じことが言えます。霊界通信や霊能者を通じて語られる内容が――「事実と一致しているかどうか」ということです。彼らの言葉に嘘偽(うそいつわ)りがないならば、私達は彼らを信じることができます。このように霊界通信や霊能者の真偽は、彼らを通じて語られる内容が事実であるかどうかによって決められるのです。

ところが、こうしたあまりにも当たり前のことが、霊界通信や霊能者という馴染(なじ)みのない現実を前にすると、とたんに分からなくなってしまいます。「霊からの通信の真偽を確かめる」などという大それたことは、とても自分なんかにできるはずがないと思い込んでしまうのです。また特別な力を持った霊能者を、果たして自分ごとき者がチェックしてもよいものかと尻込みしてしまうのです。あるいは、自分に都合がいい内容、自分が信じられる言葉だけを受け入れればいいのだから、そんな面倒なことは必要ないと考えるかも知れません。

初めから遊び半分の人にとっては、確かにそれでもいいでしょう。しかし真剣に霊界通信や霊能者から“人生の指針”を得たいと思っている人にとっては――「彼らが本物かどうか」「本当に信じられるかどうか」が、きわめて重要な問題となるのです。シルバーバーチは、霊界からの通信を受けたり、霊能者のメッセージを聞くに際しては、その内容の真偽を確認するのは当然のことであると言っています。霊界からの通信によって成り立っているスピリチュアリズムにおいては、通信と霊能者の真偽をチェックすることは基本中の基本であり、常識なのです。

霊界通信や霊能者に対する「基本的なチェック方法」

霊界通信や霊能者に対するチェックは、次のような簡単な方法によって可能となります。どんな人間にも、(誰も知らない)自分だけが知っている事柄が1つか2つくらいはあるはずです。あるいは心の中に、これまで誰にも話したことのない秘密をかかえているかも知れません。それを通信霊や霊能者に指摘させるのです。

もし相手が本当に霊界にいる霊ならば、たとえ高級霊でなくとも、そうした内容を正確に言い当てるはずです。霊にとって、地上人の心を読み取ることくらいは簡単にできるのです。また本物の霊能者ならば、その秘密と(完全に一致していなくとも)かなり関連したこと、それと分かることを指摘するはずです。

「あなたの守護霊は誰々で……」「あなたの前世は何々で……」などと言う霊能者には、まず最初に 「私の重大な秘密を示してください」と切り出すべきなのです。頭から相手を疑ってかかり、しかもその相手を試すなどということは失礼ではないか、と考える必要はありません。こうした質問に誠意ある態度で答えることは、通信霊ならびに霊能者にとっての当たり前の義務なのです。「真剣な質問に対しては、真剣に答える」ということが、霊的世界における常識であり責務なのです。

地上の医師は、医師免許があってこそ診療・治療に携わることができますが、通信霊や霊能者の立場も、それと同じなのです。地上人からの質問に正しく答えることによって、彼らは、自分自身が通信霊や霊通者としての資格があることを証明することになるのです。神から与えられた特殊な立場や能力を用いるについては、重い責任がともなうということです。

こうした形で霊界通信や霊能者をチェックすることは、誰にでもできるはずです。もし相手がこちらの質問に答えようとしなかったり、デタラメな答えを言うときには、それ以上、相手の言葉に耳を傾ける必要はありません。ニセ霊界通信・ニセ霊能者と判断しても間違いありません。

霊能者の中には、姿勢には誠意があるものの、霊能力それ自体が弱いために的確な答えができないという者もいます。そうした場合でも、語る内容から、その霊能者の霊的レベルを推し量ることができます。

こうした当たり前の基本的なチェックが行きわたるならば、現在世間に知られている霊能者の大半は、いずれ間違いなく姿を消すことになるはずです。

偽物に騙され、翻弄(ほんろう)される人々

スピリチュアリズムの霊的真理を知らない多くの人々は、霊界通信(チャネリング)や霊能者(チャネラー)に対する基本的なチェックができないために、偽物にまんまと騙されてしまいます。私達にとってはバカバカしく思われるようなニセ霊界通信やニセ霊能者の言うことをまともに受け入れ、信じ込んでいます。また精神世界や心霊世界に関心を持つ若者やニューエイジャー達も、いかがわしい霊界通信や宇宙人(?)からの通信に惑わされています。

そうした人々には、通信の内容を見極める最低の目さえありません。何が本物で何が偽物かの区別がつかないのです。ましてや、それがどの程度の霊的レベルにあるかの判断などは下しようがありません。その結果、独りよがりの思い込みの世界に陥って、“低級霊”にいいように翻弄されてしまうことになるのです。

ニセ霊界通信やニセ霊能者の「上手な嘘」

ニセ霊界通信やニセ霊能者の問題は、スピリチュアリズムの「霊的真理」によってのみ解決されます。私達スピリチュアリストには、高級霊によって明かされた霊的真理に基づいて、通信や霊能者の真偽を的確に見抜く判断力が与えられているのです。

しかしスピリチュアリズムに導かれたものの、いまだ霊的真理についての理解が十分でない人々の場合は、世間一般の人達と同じように、ニセ霊界通信やニセ霊能者に騙されることになります。彼らの言うことをそのまま受け入れ、本物と錯覚してしまいます。真偽に対する「霊的判断力」がないために、本物と偽物の区別ができないのです。せっかくの霊的真理を、十分に活用することができないのです。

中途半端な真理の理解では、なかなか偽物を見抜くことはできません。「少しでも真理を知っていれば、それだけ判断力がついているはずだ」「嘘かどうかぐらいは見抜けるはずだ」と思われるでしょうが、現実にはそうはいかないことが多いのです。結局、何も知らない一般の人達と同じように、偽物に騙されてしまうことになります。

では、どうしてそのようなことになるのでしょうか。それは低級霊やニセ霊能者が、霊的真理を材料にして「上手な嘘」をつくり上げるからなのです。彼らは霊的真理を巧妙に利用して、もっともらしい言葉を並べ立てます。愛の素晴らしさを語り、困った人々への奉仕の大切さを語り、弱い人には優しく手を差し伸べるべきであると訴えます。また、常にほほ笑みを絶やすことなく、前向きに明るく過ごすようにと教えます。さらには守護霊への感謝、ならびに神への祈りを通して心をゆったりさせることの大切さを口にすることもあります。彼らは、高級霊の霊界通信と同じような素晴らしい内容を次々と語るのです。

初めてそうした言葉を耳にした多くの人々は、深い感動を覚えるはずです。きっと目映(まばゆ)いばかりの輝きを感じることでしょう。そして、「何と素晴らしい霊界通信なんだろう」「何と素晴らしい霊能者なんだろう」と思うに違いありません。ニセ霊能者を聖人のように尊敬し、崇拝するようになるかも知れません。

詐欺(さぎ)師と、ニセ霊能者の手口は同じ

詐欺師は、自分を信用させるために、他人の不正をわざわざ声を大にして非難します。それによって周りの人々に、自分を正義の人間であるかのように思わせようとするのです。そして彼らは、さも誠実な人間であるかのように振る舞います。さらには「自分は皆さん方の幸福のために貢献したいのだ」と訴え、人々の心をつかもうとします。

詐欺師は、たえず正義心と誠意と思いやりに満ちあふれた言葉を連発します。人々はその言葉を聞いて安心し、満足し、喜びを感じるようになります。こうして、いつの間にか詐欺は進行していくのです。人々の心を引きつける「上手な嘘」によって、詐欺師は周りの人間を騙すことに成功するのです。

実は、低級霊やニセ霊能者も、これと全く同じ手口を用いるのです。彼らは、意図的に詐欺行為を働いているのです。低級霊やニセ霊能者という詐欺師は、心霊世界や心霊現象・占い・前世などに対する人々の好奇心に付け込み、まことしやかな嘘で騙そうとします。

私達がよくよく心しておかなければならないことは、現在、世間で見かける霊界通信や霊能者のほとんどは、「上手な嘘」を巧みに利用している“偽物”であるということです。

低級霊は、自分の通信を高級霊からのものであると信じ込ませるために、意図的に「霊的真理」を語ります。話の中にわざと真実を盛り込みます。一方、地上のニセ霊能者も「霊的真理」を次々と並べ立てます。現在では、誰もがすぐに嘘だと分かるようなことを平気で口にする霊能者はいません。一昔前と違って、少しずつ霊的真理が世間に知られるようになってきているからです。こうした低級霊や霊能者の手口を見抜けない大半の地上人は、彼らの言うことを鵜呑みにしています。

アメリカにおけるチャネリングの流行や日本での新新宗教の勢力拡大、そして心霊ものの書物のベストセラーなども、すべてこれと同じ状況のもとで行われているのです。地上人の無知に付け込み、意図的に真偽を取り混ぜた“狡猾(こうかつ)な詐欺”が、大手を振っているのです。

スピリチュアリストも簡単に騙される

このように低級霊やニセ霊能者は「上手な嘘」を演出することで、人々を騙すことに成功します。話のすべてが真実でなくとも、部分的に素晴らしい言葉・感動的な言葉を盛り込むことで、純情で無知な人々は、いとも簡単に騙されてしまうのです。

話のほとんどが嘘であっても、その中にわずかでも霊的真理と一致するような内容があれば、純情な人間は、相手を否定できなくなってしまいます。10のうち、たった1つでも正しいものがあれば、信じてしまうのです。こうして9つの嘘と1つの真実によって、多くの人々は見事に騙されることになります。『神との対話』などが、こうしたものの典型と言えます。)

もし低級霊やニセ霊能者の話が、50%の真実と50%の嘘でつくられていたならどうでしょうか。話の半分が素晴らしい内容・感動的で心を打つ内容であるならば、おそらく大半の人々は、その言葉を信じることになるでしょう。すでにスピリチュアリズムを知っている人であっても、(相手の話は、どこかおかしいと思いつつも)結局、信用してしまうのではないでしょうか。もしかしたら、この通信や霊能者はかなり正しいことを言っていると、好意的にとらえてしまうかも知れません。このように5つの嘘と5つの真実によって、大半の人々はもとより、スピリチュアリストでさえも騙されるようになるのです。

では、話の内容の90%がスピリチュアリズムと一致している場合はどうでしょうか。おそらく、ほとんどのスピリチュアリストが騙されることになるでしょう。その霊界通信や霊能者の言うことは、本当に素晴らしいと思うに違いありません。全体の素晴らしさに比べたら、少々の間違いなど取るに足りないように感じられ、彼らのすべてを好意的に見るようになることでしょう。

少々の嘘なら問題ない?

通信霊や霊能者が未熟な場合には、知らず知らずのうちに間違いを犯してしまうことがあります。しかし、それはどこまでも意図的にしていることではないため、その間違いが、結果的に大きなマイナスをもたらすことはありません。修正も簡単にできます。

ところが低級霊やニセ霊能者の場合は、それとは全く性格が異なっています。彼らはどこまでも、ある目的のためにわざと嘘を言っているのです。彼らのすべては「悪質な動機」から出発しています。そして困ったことに、そうした悪質な嘘も、同時に語られる素晴らしい言葉によって、その本質(実体)がいつの間にか見えなくなってしまうのです。

大多数の人々(スピリチュアリストも含めて)は、語られる言葉の9つが真実であるならば、1つくらいの間違いは大したことではないと思いがちです。小さな間違いに目くじらを立てることは、むしろ偏狭な態度であると考えてしまいます。しかしそう考えることが、すでにまんまとニセ霊能者の手口に乗せられているということなのです。ニセ霊能者の思う壷にはまっているのです。

善良な人々は、低級霊やニセ霊能者による意図的な詐欺は「いつか必ず深刻な害を引き起こすことになる」という事実に全く気がついていません。

“詐欺”に利用されるスピリチュアリスト

スピリチュアリストには善意の人々が多いだけに、こうした「上手な嘘」に騙されやすいと言えるかも知れません。その善良さが、意図的に不正を行う相手の本性を見抜く洞察力を鈍らせることになってしまいます。そして時には、彼らの嘘の片棒をかつぐようなことにもなってしまいます。

アメリカのニューエイジにおけるチャネリングブームの火付け役を果たしたシャーリー・マクレーンも、こうしてニセチャネラーにまんまと騙され、利用されたのです。その結果、多くの人々に間違いを広めるという大失態を演じてしまいました。シャーリー・マクレーンが人生の教師として尊敬し仰ぎ、人々に宣伝してまわっていたチャネラーは、実はニセ霊能者だったのです。

これと似たような状況は、日本においてもよく見受けられます。未熟なスピリチュアリストが、ニセ霊界通信やニセ霊能者を、わざわざ世間に売り出す手助けをしています。霊的真理を知らない人が、ニセ霊能者の「上手な嘘」に騙されるのは仕方がないとしても、本来ならば彼らの嘘を真っ先に見抜いて糺(ただ)すべき立場に立っているスピリチュアリスト自身が、まんまと騙されているのです。その上、ニセ霊能者に加担するような情けない実状があるのです。

ニセ霊能者の語る内容に対して――「それほど悪いことは言っていない」「少々間違ってはいても、結局スピリチュアリズムの宣伝になっているのだからいい」などと、さも分かったようなことを言う人がいます。しかしそうした人々は、スピリチュアリズムが担う重大で深刻な使命を全く理解していないのです。低級霊やニセ霊能者の上手な嘘を見抜くことができるのは、霊的真理をしっかり身につけた「本物のスピリチュアリスト」以外にはありません。

「上手な嘘」を見抜くためのポイント(1)――メッセージをトータル的に検証する

霊的真理を悪用した「上手な嘘」を見破るポイントは――「彼らが意図的に盛り込む10%、あるいは5%の嘘の部分を、いかに的確に見抜くか」という点にあります。なぜならそのわずか5%の中に、「霊的真理」を根本から引っ繰り返すような内容が込められているからです。たった5%によって、メッセージ全体の最終的な方向性が決められていることが多いからです。ほんのわずかな嘘を、実に巧妙に、狡猾に利用するのが彼らの手口なのです。したがって嘘の分量は全体のわずか5%に過ぎないとしても、実際のウェイト(事の重大性)としては80%にも90%にも当たるのです。

これは幸福の科学や統一教会の教義を例として見れば、はっきりと理解されるはずです。ニューズレター3号「スピリチュアリズムから見た新新宗教」)参照)そこでの教えの多くは、スピリチュアリズムと共通しているにもかかわらず、結論においては、スピリチュアリズムとは似ても似つかないものになっています。スピリチュアリズムでは、「地上のいかなる人間も崇拝の対象としてはならない」と言っていますが、幸福の科学や統一教会では、教祖という一人の人間を、“降誕仏陀”としたり“再臨のメシア”として崇拝するようになっています。スピリチュアリズムから最も懸け離れたことが、“教義の一番の中心・核心”となっているのです。程度の差はあれニセ霊能者も、これと同じようなことをしています。

こうした巧妙な不正を的確に見抜くためには、霊的真理の全体を正確に理解していなければなりません。相手が放つメッセージの結論が、最終的にスピリチュアリズムと一致しているかどうかを厳しくチェックしなければなりません。全体的な観点から、スピリチュアリズムとの食い違いを検証しなければならないのです。部分的な言葉の共通性ではなく、全体的な方向性や結論を見抜かなければならないということなのです。

それはスピリチュアリズムの霊的真理の全体を、正確に理解していることによってのみ可能となるのです。相手の言うことを上から見下ろし、すべてを的確に判断する力を持っていなければできないことなのです。

もし相手の言葉の中に霊的真理と異なる内容がある場合、それが単なる未熟さから出たものなのか、あるいは意図的に仕組んだものなのかを、間違いなく判断できなければなりません。こうした鋭い洞察力が要求されるため、中途半端な真理の理解では、全く役に立たないのです。

ニセ霊能者の中には――「霊界通信(チャネリング)の価値は、そのメッセージ性にある。メッセージの中身が重要なのであって、誰が語るのかは問題ではない」などと、シルバーバーチの言葉を悪用して自己正当化を計る者もいます。こうした点にも注意が必要です。

霊界通信(チャネリング)の価値は、確かにメッセージの内容そのものにあります。しかしそのメッセージの真価は、全体としての方向性・正当性によって決定されるものなのです。もしメッセージの一部分だけを取り上げて、「こんなに素晴らしいことを言っている。シルバーバーチと同じことを言っている」と主張しても、結論は全く正反対のこともあるのです。シルバーバーチの言葉(真理)を利用して、一人の地上人のカリスマ確立を目指したり、法外な金儲けを正当化することもできるのです。スピリチュアリズムをダシにして、自分を売り出すこともできるのです。

したがってメッセージの判断は、どこまでもトータル的な観点からしなければなりません。相手のメッセージを全体的に検討したときに、はじめて意図的に潜り込ませた“5%の嘘”が明確になります。シルバーバーチはよく―― 「理性を用いて通信内容を徹底して検証しなさい」と述べていますが、それをなすためには、こうしたトータル的な判断力が必要となるのです。

「上手な嘘」を見抜くためのポイント(2)――現実の行動・生活態度を検証する

巧妙な嘘を見抜くための2つ目のポイントは――「それを語るチャネラー・霊能者の実際の行動・生活態度を注意深く観察する」ということです。人間は、言葉ではどれだけでも立派なことが言えます。しかしそれが本心でないときには、現実の行動・生活の中で必ずボロを出すものなのです。その人間の本性は、特に金銭に対する姿勢や名誉心などに端的に現れます。

シルバーバーチがたびたび述べているように、人間の価値はどのような言葉を語るのかではなく、どのような行為をするかによって決定されますが、本人の動機や真実の姿は、現実の行動・日常の生活態度に現れてくるものなのです。その霊能者の日常生活が、スピリチュアリズムの教えどおりになっているか、少なくとも真理に添う努力をしているかをチェックさえすれば、本物かどうかの判断は簡単にできるようになります。

霊界通信と霊能者の使命は――「人々の霊的成長を促し、霊的成長に貢献する」ということに集約されます。霊界通信や霊能者が本物であることの証は、この崇高な霊的目的の方向性と一致しているかどうかにおいて明らかにされます。言い換えれば「スピリチュアリズムのために正しく貢献しているかどうか」において、本物か否かが決定されるということです。

なかには、いまだスピリチュアリズムを知るまでに至っていない霊能者もいますが、その場合は本人が、ひたすら謙虚に、自分の利益を求めることなく、人々のために精いっぱいの奉仕をしているかどうかによって真偽が判断されることになります。

そしてスピリチュアリズムとの係わりができた時点から、その霊能者は、何も知らない霊能者とは全く異なる立場に立つことになります。スピリチュアリズムを知ったということにおいて、言い逃れができない重要な責任を負うことになるのです。スピリチュアリズムの普及のために貢献することが、無条件に責任として課せられるのです。

したがってスピリチュアリズムと出会った霊能者は――「自分の利益を優先するのか」「スピリチュアリズムの普及という大義を優先するのか」という選択を迫られるようになります。言うまでもなくスピリチュアリズムに係わる霊能者は、後者でなければなりません。

もしスピリチュアリズムを知った霊能者が、自分の霊能を売り出すためにスピリチュアリズムを利用するということになれば、最も悪質な行為をしていることになります。しかし現実には、そうした霊能者が実に多いのです。その理由は、彼らの霊能者としての出発点が、人々のために貢献しようとすることより、自分自身の利益追及のためにあったからなのです。

霊能者の動機は、時の経過の中で徐々に表面化していくことになります。つまり時間とともに、彼らの動機の不純さが、はっきりと外部に現れるようになるということです。「本当にスピリチュアリズムへの貢献を願っているのか」、あるいは「自分の利益追及だけを考えているのか」は、日常生活の中で明らかにされるようになるのです。

スピリチュアリズムへの貢献の思いが真実なら、大衆に迎合し、マスコミや世間受けを狙うような醜い行動に走ることはないでしょう。スピリチュアリズムの本質をねじ曲げて、スピリチュアリズムの権威を地に貶(おとし)めるようなことはしないはずです。

スピリチュアリズムを語るニセ霊能者は、スピリチュアリズムの最大の敵

巧妙で上手な嘘には、目映(まばゆ)いばかりの霊的真理がぎっしり詰まっています。そのため実に多くの人々が、見事に騙されてしまいます。もちろん騙される側の人にとっては、たとえ偽物であってもその霊能者との出会いが、それなりのプラスをもたらすというようなことがあるかも知れません。わずかではあっても真理に触れることができるという意味で、ニセ霊能者であっても、いくらかの役に立っているかも知れません。

とは言っても、そのことがニセ霊能者の存在を正当化する理由にはなりません。必要悪としての存在価値があるということにはならないのです。人々の霊的成長という点から見たとき、プラスよりも、はるかに大きなマイナスを生み出しているからです。結果的には、何の益にもならない体験・不要な苦しみの体験をつくり出すことになるからです。

スピリチュアリズムを利用して自分の利益を計ることは、スピリチュアリズムに対する敵対行為です。ニセ霊能者を信じたことによって、本当ならばスピリチュアリズムにまっすぐ導かれるべき時期のきた人が、わざわざ遠回りさせられるようなことになるかも知れません。正しい真理の理解を妨げ、スピリチュアリズムに至る道を閉ざしてしまうようなことになるかも知れません。このようにニセ霊能者の存在は、明らかに重大な弊害をもたらすことになるのです。

深刻な問題は、スピリチュアリズムを安売りすることによって、スピリチュアリズムを冒涜(ぼうとく)し、その権威を地に貶(おとし)めるようになるということです。霊能者は本来なら、スピリチュアリズムが単なる霊現象や霊感占いなどとは全く異なる、きわめて真面目な人生の努力であることを教えなければならない立場に立っています。スピリチュアリズムとは「霊的真理に基づく崇高な生き方」であることを、世間に示さなければならない役目を担っています。

それなのにスピリチュアリズムを知った多くの霊能者は、現実には全く逆のことをしています。意図的に霊的真理を悪用するニセ霊能者は、まさに恐ろしい罪つくりをしています。当然、将来においては、それに見合った償いの道を歩まざるを得なくなるでしょうが、彼らこそ、シルバーバーチが言うところの――「スピリチュアリズムの最大の敵」なのです。

今後もなくならないニセ霊能者

残念ながら、今後もこうしたニセ霊能者がなくなることはありません。魂を低級霊に売り渡すようなニセ霊能者が、今しばらくは横行することを覚悟しなければなりません。

その最大の原因は、物欲に染まった世間の人々が、低俗なことを霊能者に期待し要求するという現実があるからです。そうした人々の醜い欲望に支えられて、霊能者は容易に人々を騙し、簡単にお金や名誉を手にいれることができるのです。ニセ霊能者にとっては、何の努力もせずに金銭欲や虚栄心を満たすことができるため、間違っていると知りつつも、ズルズルと不正を続けていくことになるのです。

そのようなニセ霊能者の背後から、低級霊の強い働きかけがなされるようになります。低級霊は、彼らの低俗な欲望を利用して、いいように操るのです。霊界からニセ霊能者を煽り、スピリチュアリズムの発展を阻止しようと企むのです。ニセ霊能者はそのための、実に都合のいい手足なのです。大半の霊能者は一般の人々と同様に、金銭欲・物欲・名誉心といったこの世の誘惑にとても弱いのです。そして霊的に未熟であるために、煩悩の誘惑に打ち勝つことができないのです。

ニセ霊界通信やニセ霊能者がはびこる現在の未熟な地上世界においては、私達スピリチュアリストが、常に彼らの動きに目を光らせていなければなりません。ニセ霊能者の行動を牽制し、彼らの存在は、本当のスピリチュアリズムとは無関係であることを、人々に訴え続けなければなりません。

とは言っても、低俗な欲望の虜(とりこ)となったニセ霊能者によって、スピリチュアリズム全体の発展が阻止されるようなことはありません。スピリチュアリズムは、霊界からの援助を背景とした「本物のスピリチュアリスト」を中心として、地上への強力な働きかけを展開していくことができるからです。不正を行う人間が多数であったとしても、真のスピリチュアリズムの足場となる人間がいるならば、何も心配する必要はないということなのです。

公式サイト