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はじめに

ニューズレター先号(24号「スピリチュアリズムのさらなる発展期を迎えて」)では、スピリチュアリズムのレベルアップについて見てきました。スピリチュアリズムは150年の歴史の中で、今まさに、さらなる質的飛躍・霊的レベルの飛躍の時を迎えています。これまでの心霊現象中心・霊的知識中心のスピリチュアリズムから、霊的真理の実践を中心とするスピリチュアリズム、霊的真理を土台とする信仰的スピリチュアリズムに進化向上しようとしています。シルバーバーチをはじめとする高級霊の教えによって、地上人類が霊的成長をなし、真の霊的救いを成就する時代が到来しようとしているのです。

私達は、そんな素晴らしい時代に地上に生をうけ、そのうえスピリチュアリストとして、最高の貢献ができる恵まれた立場に立っています。

今回のニューズレターも先回に引き続き、スピリチュアリズムの霊的レベルアップの問題を取り上げます。

1.SNU会長ヒギンソンの、英国スピリチュアリズムに対する不満

SNU(英国スピリチュアリスト同盟)は英国最大のスピリチュアリストの組織ですが、そのSNUの会長であったヒギンソンが、有名な霊媒レスリー・フリントとともに、シルバーバーチの交霊会に招待され対談しています。そのときの様子が、『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)の中に取り上げられています。

SNU会長といえば、英国のスピリチュアリストにあっては、一番の長老格・大御所的存在と言えます。そのヒギンソンとシルバーバーチのやりとりは、今後のスピリチュアリズムの発展を考えるうえで、とても興味深い内容となっています。

英国スピリチュアリズムのリーダーの不満

ヒギンソンはシルバーバーチに、次のような英国スピリチュアリズムの実状に対する不満を述べています――「現在のスピリチュアリズムは正しい方向に向かっていると思われますか。私には非常に混乱したイメージしかありません。どこへ足を運んでも、そこにはまた違った考えを持った人達がいます。正しい理解が行きわたるまでには、どれくらいの年月がかかるのでしょうか。進むべき道はどちらにあるのでしょうか」(45頁)

同じスピリチュアリストを標榜しながらも、スピリチュアリズムに対する理解がバラバラで統一した共通認識が確立されておらず、非常に混乱した状態にあると英国スピリチュアリズムの現状を嘆いています。世界で最も長い伝統を誇る英国スピリチュアリズムにおいて、基本的な方向性・共通の見解が確立されていないということは驚きです。

このヒギンソンの質問に対するシルバーバーチの答えが――「スピリチュアリズムの最大の敵は、外部でなく内部にいる。つまり生半可な知識ですべてを悟ったつもりでいる人達が、往々にして最大の障害となっている」(46頁)というものです。

ヒギンソンはまたシルバーバーチに、次のような切実な質問を投げかけています――「スピリチュアリスト・チャーチを訪ねて回ることがあるのですが、こんな程度のものなら閉鎖してしまった方がいいのではないかと思うことがあります」(49頁)英国スピリチュアリズム界の頂点の立場にあるリーダーが、自分達のチャーチを「こんな程度の低いものなら存在価値がない」と述べている事態は深刻です。

ヒギンソンはさらに、英国各地のスピリチュアリスト・チャーチがとっている方法に高度な霊性が欠けていることに不満を示してから、次のように言っています――「物理現象の方に関心が偏り過ぎて、霊的教訓がおろそかにされています。これでよろしいものでしょうか」(51頁)「失敗したスピリチュアリスト・チャーチの多くは、現象面に偏り過ぎたためということは考えられないでしょうか」(52頁)

英国スピリチュアリズムの実状

英国スピリチュアリズム界で一番のリーダー格ともいうべき人物が述べる言葉は、英国スピリチュアリズムの実状を端的に示しているものと思われます。英国スピリチュアリズムが、旧態依然として現象を中心としたスピリチュアリズムを展開し、霊的教えとその実践の方向に歩み出せないでいる状況がよく分かります。

先回のニューズレター(24号「スピリチュアリズムのさらなる発展期を迎えて」)で、英国のスピリチュアリズムには、もはや魅力を見い出せないと述べましたが、それと同じことを英国スピリチュアリズムのリーダー自身が述べているのです。

ヒギンソンの霊的リーダーとしての資質

以上のようなヒギンソンの質問内容から、彼が霊的真理を深く理解し、シルバーバーチが教えるような正しいスピリチュアリズム観を持っていたことを窺い知ることができます。シルバーバーチに対する質問は、スピリチュアリズムの本質を的確に押さえたものとなっています。ヒギンソンは物理霊媒として活躍し名声を博していたにもかかわらず、スピリチュアリズムの本質は現象ではなく教訓の実践であること、時代は物理現象から教訓の時代に移行していることを正しく理解していたのです。

謙虚な人間性とともに霊的指導者としての資質に恵まれていたからこそ、SNUの会長という重責を担う立場に立たされることになったのでしょう。同席していたレスリー・フリントが、物理霊媒としての立場に依然として固執している様子と比べ、はるかに高い霊性の持ち主であったことが窺われます。

ヒギンソンは英国スピリチュアリズムのリーダーとして、英国スピリチュアリズムの未熟さを客観視することができる人間でした。それゆえ英国スピリチュアリズムの霊的レベルの低さを嘆くことになったのです。彼がこのような高い霊的な判断力を持っていたのは、『シルバーバーチの霊訓』を読み、スピリチュアリズムの本来あるべき姿を正確に知っていたからだと思われます。シルバーバーチの教えるところを正しく理解していたために、適切な霊的判断を下すことができたのでしょう。シルバーバーチの霊訓の偉大さは、こうしたところにも現れているように思われます。

2.シルバーバーチからの、霊的レベルアップのためのアドバイス

ヒギンソンがシルバーバーチに質問したのは、ただ自分の不満や愚痴を聞いてもらいたかったからではありません。英国スピリチュアリズムの低い霊的レベルを、どのようにしたら引き上げられるのかを、シルバーバーチに教えてもらおうと思ったのです。何とかして英国スピリチュアリズムの霊的レベルアップを図りたいという責任感と熱意から、シルバーバーチに次々と質問を投げかけたのです。

シルバーバーチのアドバイス

ヒギンソンの真剣な質問に対して、シルバーバーチは次のような答えを述べています。そこには、きわめて重要で意味深い内容が示されています――「そういう方向へ鼓舞する、何か動機づけとなるものを与え、進むべき道を明示する必要があります。一つの基準を設ければ、みんなそれに従うようになるでしょう。従わない者は脱落していくでしょう。(中略)思い切って突き進みなさい」(54頁)

シルバーバーチが示した霊的レベルアップのプロセス

シルバーバーチが示したスピリチュアリズムの霊的レベルアップの方法とは、一つの高い基準(目標)を示す→自動的にそれに従おうとする者と、(それに従えず)脱落する者に分かれる→高い基準に従う者達が突き進む→スピリチュアリズム全体の霊的レベルアップが実現する、というものです。こうしたプロセスをへて、霊的に高められた新しいスピリチュアリズムの展開がなされるようになるということです。

シルバーバーチは、スピリチュアリズム全体のレベルアップを図るために――まず「これまでとは違った高い霊的基準を人々に示しなさい」とヒギンソンにアドバイスしたのです。さらにシルバーバーチは――「自分が正しいと確信しているなら思い切って実行し、袂(たもと)を分かつべき人とは潔く手を切り、その人の望む道を進ませてあげればよろしい」(47頁)と言っています。

そして、「あなたが正しいと思うことを実行なさることです。あなたの良心が命じているのはこれだ、と確信するところに従って行動し、他の者が何と言おうと気になさらぬことです」(51頁)と霊的レベルアップにともなう摩擦や反対に負けないように励ましの言葉を送っています。

3.サイキック・レベルからスピリチュアル・レベルへの飛躍

ではシルバーバーチは、スピリチュアリズムの霊的レベルアップを図るために設定すべき高い基準(目標)を、具体的に何であると言っているのでしょうか。その一つとしてシルバーバーチは――「よりスピリチュアルなものを志向すること」「スピリチュアルなレベルに引き上げること」を挙げています。

「教会(チャーチ)というものをこしらえて、そこを霊力の顕現する聖殿としたいのであれば、低俗なものを拒否し、高級なものを志向すべきです。霊媒現象がただのサイキックなものに止まるのであれば、せっかく教会を設立した意味がなくなります。ぜひともスピリチュアルなレベルにまで上げないといけません。(中略)それを最下等のサイキックなレベルで満足しているということは、進歩していないということになります。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.53

シルバーバーチは霊的能力を、「サイキック・レベルの能力(サイキック能力)」と「スピリチュアル・レベルの能力(スピリチュアル能力)」の2つに厳格に区別しています。それはスピリチュアリズム全体の霊的レベルにも、そのまま適用されます。スピリチュアリズム全体の霊的レベルとして、「サイキック・レベル」と「スピリチュアル・レベル」があるということです。

そして「サイキック・レベル」のスピリチュアリズムを、「スピリチュアル・レベル」のスピリチュアリズムへと引き上げることが、まさに霊的レベルアップの具体的な内容となるのです。

「サイキック能力」と「スピリチュアル能力」の違い

サイキック能力とは、一般的に言う霊能力のことです。霊体に備わっている能力のことで、それを肉体を持ったままで発揮できる人が霊能者です。このサイキック能力によって、さまざまな心霊現象が演出されることになります。

それに対しスピリチュアル能力とは、霊界の人々(高級霊)の援助・応援を引き出すことができる能力を指します。地上人は誰もが一人の守護霊を持っていますが、スピリチュアル能力によって、たった一人の地上人が何十・何百という献身的な指導霊・援助霊のバックアップを受けられるようになるのです。サイキック能力では一人分の働きしかできないのに対して、スピリチュアル能力があれば、何十人分、何百人分もの大きな働きをすることができるようになります。能力としてはスピリチュアルの方が、比較にならないほど高度で強力なものと言えます。

「スピリチュアル能力」を身につけるには

では、そうした「スピリチュアル能力」を身につけるには、どうしたらいいのでしょうか。結論を言えば――「地上人が、高級霊が魅力を感じるような高尚な精神と利他愛、そして自己犠牲を厭(いと)わない奉仕の意志を持つ」ということです。このような高い霊的内容を備えることが、スピリチュアル能力を身につけるための必要条件となります。

霊界の高級霊達は例外なく、「地上人の救いのために働きたい」という純粋な利他愛を持っています。それを可能にしてくれる「地上の道具」を求めています。ですから高級霊の道具となれる霊的内容があれば、おのずとスピリチュアル能力を得られるようになるのです。高級霊と同じ純粋な利他的思いと奉仕精神を持つことによって、高級霊の心を引き付け、多くの援助を受けられるようになるのです。

本物のスピリチュアル能力を身につけるには、地上人の霊性・霊的内容が決め手となります。これは言い換えれば――「地上人の霊的成長の度合によって、スピリチュアル能力の程度が決定する」ということです。物質性・本能性をコントロールして利己性を拭い去り、無償の奉仕精神を持つにともない地上人の霊性は進化しますが、それに応じてスピリチュアル能力は自然と身につくものなのです。

世の大半の霊能者は、サイキック能力はあっても、スピリチュアル能力はほとんど持っていません。それだけ霊性が低い、高級霊の願いに一致していない、高級霊の願いにそうことができない、ということなのです。サイキック能力を持った霊能者が、スピリチュアル能力を合わせ持つと優れた働きをするようになります。本当のスピリチュアル・ヒーラーとは、こうした人間のことを言うのです。

サイキック・レベルにとどまっていた、これまでのスピリチュアリズム

スピリチュアリズムは、いつまでもサイキック・レベルにとどまり続けていてはなりません。スピリチュアリズムは、ぜひともサイキック・レベルからスピリチュアル・レベルにまで高まっていかなければなりません。しかし現実のスピリチュアリズムの様子を見ると、いまだに心霊現象や単なる霊的知識の収集が中心となっています。それは英国スピリチュアリズムばかりでなく、日本のスピリチュアリズムも同様です。

スピリチュアリズム界は、シルバーバーチが示したように、今後はスピリチュアル・レベルへと飛躍向上していかなければなりません。スピリチュアリズムは、スピリチュアル・レベルに至って初めて「本物のスピリチュアリズム」となるのです。霊界の高級霊達が全面的に応援できるスピリチュアル・レベルの態勢ができ上がってこそ、スピリチュアリズムは世界中に“霊的光”を届けることができるようになるのです。

【図1】

本当のスピリチュアル能力は、霊的真理の実践と表裏一体関係

地上人が純粋な利他愛に基づく奉仕に励むとき、霊界の霊達は地上人の高貴な精神に引き付けられ、群がって多大な援助をするようになります。その結果、さらなる利他的行為・奉仕的行為が可能になります。これが「霊界の道具」であるスピリチュアリストの在るべき姿であり、霊界の人々が願うスピリチュアリズムなのです。

霊界の人々にとっては、地上人の心の内は手に取るように分かります。口先でどれだけ愛を唱えていても、それが本物であるのか、単なる奇麗事(きれいごと)であるのかは一目瞭然です。高級霊の前に一切のごまかしは効きません。したがって本当のスピリチュアル能力を持つには、霊的真理を正しく知っているというだけでは不十分なのです。霊的真理にそった生き方を現実に心がけているかどうか、利他的行為を本当に実行しようとしているかどうかが決め手となるのです。

先号のニューズレター(24号「スピリチュアリズムのさらなる発展期を迎えて」)で、スピリチュアリズムは現象レベル→知識レベル→真理の実践レベルの段階をへて進化発展することを述べました。「スピリチュアル能力」は、真理の実践レベルに至って初めて可能となるのです。すなわち真理の実践レベルのスピリチュアリズムとは、スピリチュアル・レベルのスピリチュアリズムと同じものなのです。

本物のスピリチュアリズムとは、霊的真理の実践を中心としたものであり、霊界人と一体となったスピリチュアリズムのことなのです。本物のスピリチュアリズムの証明は――「霊的真理の実践を中心にしている」「多くの高級霊を引き付けられる」という2つの点でなされます。

【図2】

スピリチュアル用語を悪用する「偽スピリチュアリズム」

ここで、わざわざ「本物のスピリチュアリズム」と限定しているのは、最近“スピリチュアル”の名に値しないものが、その名称で用いられている事実があるからです。故意にスピリチュアリズムの霊的知識を利用して、世俗的栄達の足がかりにしようとしている者がいます。スピリチュアルなる美辞麗句(びじれいく)を多用して巧妙に、本当の霊的教えを人間中心の教えに貶(おとし)め、世俗に迎合し、まるでこの世の人気取りだけを狙っています。そうした者にとっては、スピリチュアリズムの発展より、自分の利益・名声こそが大切なのでしょう。シルバーバーチの霊訓を正しく理解している者なら、その内容は一見して偽物と見抜けるものばかりですが、何も知らない人々は簡単に騙(だま)されてしまいます。

スピリチュアリズムを私欲のために利用する人間に、高級霊達が働きかけることはありません。そうした人間は不純なエゴイストであり、それは低次元のスピリチュアリズムにも至らない「偽スピリチュアリズム」に他なりません。

4.シルバーバーチの霊訓は、スピリチュアリズムにおける最高の霊的基準

神庁で審議決定された『シルバーバーチの霊訓』

シルバーバーチは――「皆さんは今、霊界での審議会で用意された叡智が、このわたしを通じて届けられるのをお聞きになっていらっしゃるのです」『シルバーバーチの霊訓 スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.238)と述べています。こうした『シルバーバーチの霊訓』が地上にもたらされたということは、スピリチュアリズムにとって決定的に重要な意味を持っています。

シルバーバーチの霊訓は、その教えの内容の高さ・深さ・広さ――どの点においても抜きん出ています。また霊的知識・情報の正確さ、スケールの大きさにおいても、他の霊界通信や宗教思想を圧倒しています。現在の地球上で、シルバーバーチの霊訓に匹敵するものは存在しません。イエスを中心とする高級霊界の神庁で新たに決定されないかぎり、当分の間、シルバーバーチ以上の教えが地上世界にもたらされることはないでしょう。

シルバーバーチの霊訓は、まさにスピリチュアリズムの頂点を示すものであり、スピリチュアリズムを推し進めてきた高級霊達の努力の結晶・最高傑作と言えます。シルバーバーチの霊訓は人類が手にした最高の叡知であり、スピリチュアリズムは、シルバーバーチの霊訓の到来によって、一気にその霊的レベルを引き上げることになりました。

シルバーバーチの霊訓には、そうした重大な使命があるのです。スピリチュアリズムの霊的レベルアップを図ることも、シルバーバーチ霊団の使命の一つだったのです。地上のスピリチュアリズムは、シルバーバーチの霊訓によって、霊的レベルアップの時期を迎えることになりました。

シルバーバーチの霊訓の忠実な実践

シルバーバーチの霊訓は、地上人がスピリチュアル・レベルに至るための具体的な方法を明らかにしています。シルバーバーチの示した「霊的真理」を地上人が忠実に実践に移すことによって、本人の霊性の向上ばかりでなく、スピリチュアリズム全体のレベルアップがなされるようになります。日本のスピリチュアリズム界においても、英国のスピリチュアリズム界においても、シルバーバーチという「最高の霊的基準」を、これからのスピリチュアリズムの目標として掲げていかなければなりません。シルバーバーチの霊訓を忠実に実践に移すことが、今後のスピリチュアリズムに求められます。

そうした高い基準を示せば当然のこととして、それに応じようとする人々と、反発する人々が現れます。そして反発する人、これまで通りでいいという人は自然と脱落していくことになります。今後のスピリチュアリズムは、シルバーバーチの霊訓を忠実に実践しようとするスピリチュアリストによって進められていくことになるでしょう。そうしたスピリチュアリストを霊界の高級霊が全面的にバックアップする中で、進展していくことになります。

すでにシルバーバーチの霊訓を手にした方々には、それを人生の指針として、忠実に実行していく姿勢が真っ先に求められることになります。シルバーバーチは、繰り返し実践の大切さ・日常の行為の大切さを説いています。また自分の人生を霊界の道具として捧げ、無私の奉仕(スピリチュアリズムの普及)に励んでほしいと必死に訴えかけています。霊的真理という霊的宝を、他人に先んじて与えられた私達スピリチュアリストには、高級霊の声に忠実に応えていく誠意が求められているのです。

霊訓に忠実であろうとすることは、教条や狂信とは無縁

反対者の中には、高級霊の教えや訴えに忠実であろうとすることを、狂信・教条・偏狭といった言葉で批判する人がいます。「自己を超越して、信仰対象にすべてを捧げる」という姿勢は信仰の大前提です。人間は神によって、自己を超越してより大きな存在(無限大の神)と関係を持つことができるように、こうした属性が与えられているのです。自己の世界を越えて、さらに大きな存在との霊的一体を求める性向、大きな存在に忠実であろうとする性向――それは神によって付与された霊魂の本性(本能)なのです。

しかし、そうした霊的本性は、従来の宗教に正しい霊的真理がなかったために“宗教エゴ”を引き出し、悪なる方向に利用されてきました。そして結果的に、人間を不幸に陥れてきました。シルバーバーチはそうした実状に対して――「地上の宗教はすべて間違っている。霊界から見たとき合格する宗教はない」といった内容を述べています。

スピリチュアリズムは、これまでの宗教とは本質的に異なっています。霊界では一人の例外もなく、神の存在を実感し、神の摂理・法則にそった生活が営まれています。神の摂理から外れた生き方はできないようになっています。生活のすべてが高次の宗教そのもの、信仰生活そのものとなっています。そこには高い目標となる「霊的真理」と、各人の霊性に基づく「自発的な信仰」があるだけです。もちろん教祖も組織も強制もありません。私達が係わるスピリチュアリズム計画とは、そうした霊界における信仰形態・宗教的性格を、そのまま地上にもたらそうとするものなのです。

その意味でスピリチュアリズムは、地上における最も霊的な宗教・最も純粋な信仰と言えます。スピリチュアリズムは、従来の宗教とは根本的に異なる宗教なのです。教えに忠実であることが“狂信”や“エゴ”と結び付かない初めての宗教であり信仰なのです。

スピリチュアリズムを、これまでの地上の宗教と同一視することは間違っています。スピリチュアリズムにおける真剣さ・忠実さは、狂信・教条とは無縁です。それは霊界における高級霊の信仰が、真剣・真摯であるのに狂信とは無縁であるのと同じです。シルバーバーチは繰り返し――「自己を滅却し、自己を捧げるように……」と述べていますが、その言葉を忠実に実践に移しても、狂信・教条にならないどころか、ますます神の霊的摂理に一致していくようになるのです。

スピリチュアリズムの霊的真理に忠実であろうとすることへの反発は、実際には、本人の低俗な嫉妬や見栄・傲慢さ・怠惰が原因となっています。本能的な気ままが許されない苛立(いらだ)ち、気楽にやりたいのにそれにブレーキをかけなければならないうっとうしさが、その大半の理由ではないでしょうか。低俗なエゴ的感情が、真理に忠実であろうとすることに反対する本当の理由なのです。

スピリチュアリズムの本質が理解できずに、従来の壁を乗り越えようとしない人は、自分なりの道をいくしかありません。シルバーバーチの霊訓を読みながら、シルバーバーチが必死に訴えかけている声を無視するような人は、いつまでも自分勝手な言い訳を頭の中で繰り返していくしかないのです。それはスピリチュアリズムを正しく理解していない、シルバーバーチの霊訓を正確に理解していないということなのです。

5.スピリチュアリズム全体のレベルアップは、一人一人の実践努力から

霊的レベルアップには“奮闘努力”が必要

霊的レベルアップを図るということは、個人的には「積極的に霊的成長の道を歩む」ということに他なりません。それは霊的存在として造られた人間にとって、一番の宝を手にすることです。永遠の霊的宝、死によって滅びることのない本物の宝、最も価値ある最高の宝を手にすることなのです。

私達スピリチュアリストは、ただ単にシルバーバーチの霊訓を受け入れるだけではだめなのです。シルバーバーチ・ファンになるだけではだめなのです。霊的宝は、シルバーバーチの霊訓を忠実に実践する中で獲得されるものです。そのためにはシルバーバーチが繰り返し述べているように、必ず“奮闘努力”という厳しいプロセスを踏まなければなりません。

「価値ある賞ほど手に入れるのが困難なのです。容易にもらえるものは価値はないことになります。簡単に達成したものほど忘れやすいものです。内部の神性の開発は、達成困難なものの中でも最も困難なものです。」

『シルバーバーチの霊訓(1)』(潮文社)  p.71

個人の実践努力が、日本・世界に霊的影響を及ぼす

そのように一人一人が困難を乗り越えてシルバーバーチの教えを忠実に実行することによって、結果的に、日本のスピリチュアリズム全体のレベルアップが実現することになります。さらには日本ばかりでなく、アジア全体・世界全体の霊的レベルアップに貢献することにもなります。

霊界から示された“霊的教訓”を忠実に実践することは、単にその個人の霊的救いにとどまらず、日本全体、アジア全体、そして世界全体に霊的影響を及ぼすことになるのです。個人の真剣な実践努力は、スピリチュアリズム全体のレベルアップに直結しています。他の人々に先んじて霊的真理と出会った私達スピリチュアリストの責任は、それほどまでに大きいということなのです。

霊的成長のための具体的な実践内容とは

実践への意欲を高める前にまず私達は、シルバーバーチが霊的成長のために示している実践内容について明確に知っておかなければなりません。「何をすべきか」をはっきりと知っておくことは、実践における第一歩です。それと同時に、実践にともなう困難や苦しみ・障害についても、しっかりと認識しておく必要があるでしょう。起こり得る困難や厳しさを前もって知っておくなら、障害を乗り越える心構えを整え、困難に対する闘いの決意を高めることができます。

シルバーバーチが明らかにしている積極的に実践すべき内容(スピリチュアリズムの実践内容)は、大きく次の2つに集約することができます――(1)霊主肉従の努力(霊優位・霊中心の生き方、霊的自己コントロール) (2)利他愛の実践――シルバーバーチはこの2つの実践内容について、表現を変えて繰り返し述べています。これについてはすでにニューズレターで何度も説明しています。また当サークル発行『続スピリチュアリズム入門』でも取り上げていますので、ここでは省略します。)

実践内容のさまざまなレベル――より高い実践を目指して

霊的レベルアップを図るためには、霊主肉従(霊優位・霊中心)の努力と、利他愛の実践が不可欠ですが、この2つの実践内容には、さまざまなレベルがあります。つまり霊主肉従の努力・利他愛の実践といっても、質的に高いものから、単なる道徳レベルの低いものがあるということなのです。当然、質的に高い実践に励めば励むほど、より霊的成長が促されることになります。

霊主肉従には、聖別度の低い生ぬるい段階から、霊界人に近い厳格で澄み切った高い段階まで、さまざまなレベルが存在します。利他愛についても、深さ・広さの点でさまざまな段階が存在します。利他的行為に自己犠牲がともなえばともなうほど、利他愛のレベルは深くなります。滅私性がともなえばともなうほど、道具意識が純粋になればなるほど、利他愛のレベルは高められます。

言うまでもなく「霊的成長」とは――より高いレベルに向けて一歩一歩前進していくことに他なりません。同時にそれは、より多くの困難と厳しさを自分に課す“霊的修行”にもなっています。

こうしたテーマについては、今後のニューズレターで取り上げることにします。