MENU

スピリチュアリズムと進化論

霊的観点から見た進化論について

2009年は、「進化論」を唱えた英国のチャールズ・ダーウィン(1809〜82年)の生誕200年です。これをきっかけに世界各地で「進化論」に関係する議論が活発に行われていますダーウィンによる『種の起源』の出版は1859年)

大半の日本人は、進化論は科学的に証明された常識であって、今さら何で議論なのかと思うかもしれません。進化論に反対するのは、時代遅れのキリスト教原理主義者の妄信的な反動かと考えるかもしれません。最近のアメリカでは、進化論に関する議論が大統領を巻き込んだ社会的出来事になりました。

キリスト教では、「神」が人間や動物を含むあらゆる生命体を創造した、と主張します。それに対し進化論では、神が生命体を創造したのではなく「進化の必然的な経過」によって多種類の生物種が発生するようになった、と反論します。もちろんスピリチュアリズムでは「神」が人間や生物を創造したものと考え、無神論的な進化論に反対します。

今回は「進化論」に対する問題を取り上げ、霊的観点に立ったスピリチュアリズムの見解を学ぶことにします。

【1】進化論に関する背景と、進化論をめぐる最近の動き

創造論か、進化論か

生命界の無数の種の存在を説明する理論は、突き詰めると「創造論」か「進化論」のいずれかに属することになります。創造神を信じるキリスト教やイスラム教では、当然、生物界の多様性は「神の創造の業」によるもの、生物(生命体)は神によって造 られたものと考えます。

それに対し創造神の存在を信じない無神論者や唯物論者は、生物界の多様な種は、「偶然の進化の結果」として存在するようになったものと主張します。進化のプロセスの結果、地球上に無数の種類の生物が存在するようになったと考えるのです。このように進化論は、神が生命体(生物)を造ったという創造論を否定します。

もっとも進化論といってもさまざまな考え方があり、進化論を名乗ってはいても内容的に違いがあります。しかし神の存在と神の創造を認めないという点では、いずれの進化論もほぼ共通しています。進化論は神の存在と神の創造性を否定することで、無神論と唯物論に通じます。「進化論」の根底にある思想は、自然を超越した創造神・全知全能の神の存在を否定する「無神論」であり「唯物論」なのです。

一方、創造論と進化論を折衷したような見解も現れています。創造論と進化論を融合させ、神が働きかけた結果、進化が引き起こされたとするものです。これは神が進化を手段として用いて、多様な生物界を造ったとする考え方です。

先進諸国への進化論の浸透

近代以降、科学の発展にともない、進化論は人類の中に広く受け入れられるようになりました。現代先進諸国の多くの人々が、進化論は科学的に立証された真実であるかのように思っています。2005年の欧米・日本・トルコなど32カ国を対象にした調査によれば、デンマーク・スウェーデン・フランスなどのヨーロッパ諸国では、国民の8割以上が進化論を受け入れていることが分かりました。

ダーウィン生誕200年に際しては、ヨーロッパの宗教界は進化論を神の教えに反するものとして敵視してきたこれまでの在り方を改め、進化論と和解する姿勢を打ち出しています。おそらくこうした動きの背景には、かつてキリスト教が天動説に執着して地動説を長いあいだ認めなかったことへの配慮が働いているものと思われます。科学との対立を極力避けて歴史上の失敗を繰り返さないようにしようとする考え方が、そうした形で現れたものと思われます。

英国国教会は、進化論は神の教えに背くというイメージは誤ったものであるとし、ダーウィンの研究成果をウェブサイト上で賞賛しました。カトリック教会の公会議も、進化論はキリスト教と両立すると表明しました。自然淘汰は、神が生命を生み出すために造ったルールであるとして、進化論と対立する姿勢を避けたのです。

イタリアは、第二次大戦までカトリックが国教であったように、キリスト教の影響力が現代においても強い国家です。当然、他のヨーロッパ諸国と比べ「神による創造論」を支持する傾向が強く、2004年には進化論が一時、文部省令によって中学の教科書から削除されるといった事件が起こりました。

それに対し直(ただ)ちに大反論が巻き起こり、「進化論も学校で教えるべき」との見解のもと、教科書に復帰することになりました。

米国内における最近の進化論論争

現在の先進諸国の多くが進化論を受け入れる方向に歩み出している中にあって、米国は特殊な立場に立っています。先に引用した調査では、ヨーロッパ諸国が進化論を肯定する方向に向かっているのに対し、米国では進化論を受け入れる人は14パーセントにとどまり、国民の3分の1が明確に進化論を拒絶しています。進化論を受け入れる国民の割合は、イスラム国(トルコ)に次ぐ低さを示しています。

また米国のハリス世論調査によれば、人間が類人猿から進化したと考えている米国人は1995年には44パーセントでしたが、その後の10年間で38パーセントに減少しています。反対に進化論は間違いだと考えている人は46パーセントから54パーセントに増加しています。さらに別の世論調査では、米国人のほぼ8割が「学校で進化論だけを教えるのはよくない。進化論の反証も教えるべきである」と考えていることが明らかにされています。

こうした進化論反対の動きが活発化した理由として、ブッシュ前大統領の影響を挙げる人もいますが、実はその根底にはもっと複雑な背景があったのです。

20世紀初期の近代科学の隆盛にともない、米国内でも進化論が広がりを見せることになりました。そうした動きの中にあって、聖書を文字どおりに受け入れる福音派特に保守派)は、聖書の教えと食い違うとして進化論に徹底して反対する立場を貫いてきました。1925年、テネシー州でのスコープス裁判において、進化論反対派の勢いは頂点に達しました。この裁判はテネシー州の理科の教師ジョン・スコープスが進化論を教えたとして訴えられたものです。スコープスには罰金刑が言い渡され、それを機に米国における進化論の勢力は後退し、進化論は教科書から消えることになりました。

ところがその後、米ソ冷戦期の1957年、ソ連が米国に先駆けて人工衛星スプートニクの打ち上げに成功しました。これが米国内にショックを与え、科学教育重視の傾向が一気に高まることになりました。そうした動きにともない、進化論が相次いで教科書に復活することになったのです。反進化論サイドは各地で裁判を起こしてこの動きに対抗しようとしましたが、連邦最高裁判所が政教分離の原則に基づき創造論教育を違憲とし、反進化論運動は急激に衰退することになりました。

創造論の劣勢傾向の中で、宗教色を前面に出さない形で進化論に対抗する理論として登場したのが「ID論(インテリジェント・デザイン)」でした。ID論は――「宇宙や生物の成り立ちは自然淘汰などの無作為な過程ではなく、何らかの意図を持った知的設計者(インテリジェント・デザイナー)によるものとする方がよりよく説明できる」という考え方です。従来キリスト教が「神」と呼んでいた存在を「知的設計者」と表現したことで、これまでの宗教色の濃い創造論とは異なるイメージづくりに成功しました。ID論者は、神という言葉を意識的に避けて進化論を否定し「創造説」を主張したのです。

こうして米国内では反進化論運動が、キリスト教的な表現を避けたIDという新しい理論のもとで、再び力を得ることになりました。もっとも米国の反進化論者がすべてID論のもとに結束しているわけではなく、依然として聖書を前面に押し出して神の創造の業を主張する宗教的立場(キリスト教原理主義的立場)もあります。しかし「ID論」を中心とした反進化論運動は徐々に勢力を拡大し、あと十年もすれば、ID論は教科書に載るようになるかもしれないとまで言われています。

スピリチュアリズムはキリスト教と同じく「創造論」の立場に立ち、無神論的進化論を否定します。したがってスピリチュアリズムは、こうした米国で展開している反進化論運動に全面的に賛成します。この運動が成功を収め、創造論が支配的になることを心から願っています。

ID論は、生物界の全存在は未知の叡智の力と設計によって生まれた、とするものです。ID論における「知的設計者」とは、言うまでもなく宗教における「神(創造神)」を意味しています。これに反対する進化論者は――「IDは神に言及していないが、背後には聖書の天地創造を教えようとの狙いがある。これは政教分離に抵触し、憲法違反だ」と反発を強めています。現在では「学校教育では進化論以外の思想(ID論)も教えるべきである」という意見と、「ID論という創造論は健全な学校教育を阻害する」という意見の間で、激しい法廷闘争が続けられています。

スピリチュアリズムは、従来の伝統的なキリスト教の聖書の教えには反対しますが、神の創造論には全面的に賛成です。ID論は、スピリチュアリズムの見解と全く同じ思想なのです。

時代遅れの仮説になりつつある「進化論」

これまで進化論は、常に創造論との対立関係の中で論じられてきました。そして創造論は宗教の立場を代弁し、進化論は科学の立場を代弁するものとされ、宗教と科学の対立構図として描かれてきました。現代先進諸国ではこの構図がほぼ常識となり、“進化論は科学的である”という理由から無条件に正しいものとされてきたのです。創造論を主張する理論がこれまでほとんど提示されてこなかったことも、進化論を優位な立場に押し上げることになりました。こうしてつい最近まで、圧倒的に進化論が優勢な状況が続いてきました。

しかし進化論をめぐる論争は、最近になって大きく変わろうとしています。創造論と進化論の対立は、宗教と科学の対立構図と同じであるとの見解が、根本から変化しようとしているのです。それは最新科学の登場によって進化論の矛盾が明らかになり、進化論の正当性を主張する根拠が失われるようになったためです。従来の古い科学(近代科学)に立脚してその正当性を主張してきた進化論が、“分子生物学”という最新の科学によって根底から理論的根拠を覆されようとしているのです。

これまで進化論の正当性を示すとされてきた根拠の誤謬(ごびゅう)が次々と立証されて、進化論は今や単なる仮説、あるいは時代遅れの説になろうとしています。これが進化論問題の最前線の動向なのです。

再び「創造論」が優位になりつつある

現在では進化論の間違いに直面して、進化論を捨て去るような科学者が続々と現れるようになっています。進化論の理論的崩壊にともない、米国では創造論と進化論が対等に議論する場が持たれるようになっています。それを通して「創造論の方が、進化論より正当性があるかもしれない」と考える研究者が増え始めています。多くの科学者が、進化論は今や根拠のない仮説に成り下がっていると思っています。そうした中で進化論にいつまでもしがみついている人間は、狂信者と同じであると言われるようになるかもしれません。

「神が生命体(生物)を創造した」と言うと、無神論者や唯物論者は、決まって進化論を持ち出して反論してきました。地球上の種々の生命体は神が造ったものではなく、進化のプロセスの結果として存在するようになったと主張してきました。進化論は現在まで、神の創造説に反対する唯物論的な代表的見解として、多くの科学者によって支持されてきました。

しかし現代では、これまで進化論の正当性を示すとされてきたさまざまな根拠が覆されるようになり、進化論は時代遅れの一つの仮説として位置づけされようとしています。ダーウィンの唱えた進化論は、学会の中ではすでに過去の遺物になっていますが、その後に考え出され、現在主流になっている「進化論(総合進化論)」も正当性を主張する根拠を失って衰退し、反対に「創造論」が優位になろうとしています。

日本では「進化論」に関する認識がきわめて遅れていて、高校の教科書では進化論が科学的に証明された事実であるかのように書かれています。現在の進化論の記述は、それほど遠くない時期に全面的に書き改められることになるでしょう。

これまで進化論を無条件に正しいものとして教育を受けてきた日本人には、最近、米国内で活発に行われるようになった進化論論争の意味が全く分かりません。アメリカ人の多くが、いまだに前近代的な信仰に固執しているといった程度の見方しかしていません。キリスト教会サイドからの時代錯誤的な反抗としか考えられないのです。

しかし最近の進化論論争は、科学的な根拠をもとにしたきわめて次元の高いものなのです。時代遅れになっているのは、実は多くの日本人の常識の方なのです。

以下では「進化論」の歴史を振り返りながら、かつて進化論がどのようにして影響力を拡大し、そしてどのようにして理論的に崩壊して、現在の危機的状況を迎えるようになったのかを概観していきます。

【2】進化論の推移

進化論といえば、誰もがダーウィンの名前を思い出します。ダーウィンによる『種の起源』は1859年に出版され、そこで説かれた理論が「進化論」として現在まで引き継がれてきたと人々は考えています。

たしかにダーウィンは進化論の創始者といえますが、ダーウィンの進化論はその後の研究によって根本的な矛盾が発見され、見解の大部分は否定されることになりました。現在の進化論研究者の中で、ダーウィンの進化論をそのまま踏襲している人間はいません。ダーウィンの進化論はその根幹が否定され、別の進化論に主流の座を明け渡して現在に至っています。

進化論にもいろいろな立場がありますが――「ある種(生物)の形質(身体的特徴)が時間とともに変化すること」が進化であり、「進化が偶然に引き起こされて新しい生物(種)がつくられるようになる」とする点では、ほぼ共通しています。これが進化論の原則ですが、各進化説ごとに見解の相違が見られます。またある時代に一つの進化論が主流となり、やがてそれに批判が加えられる中で折衷的なものや中間的なもの、部分修正的なものが現れるようになります。このように一口に「進化論」といっても、内容的にはさまざまな違いが存在します進化論の歴史の中で、重要な役割を果たした日本人研究者がいます。その一人が「中立説」を唱えた遺伝学者「木村資生・きむらもとお」であり、もう一人が独自の進化説を主張し当時の主流派進化論と一線を画した「今西錦司・いまにしきんじ」です)

ダーウィンの進化論自体は否定されましたが、彼によって唱導された「進化」という考えは、20世紀に入って新しい科学知識を加えることによって一歩進んだ(?)理論に発展していくことになりました。そして対抗理論がなかったこともあり、「進化論」は一世を風靡(ふうび)して多くの人々の心を支配し、現在に至っています。しかしその新しい進化論も、最新科学によって矛盾と誤謬が明らかにされるようになり、いつ崩壊するかもしれないという危機的状況に立たされています。

ここではこうした「進化論」の歴史的推移を概観し、進化論の問題点・間違いについて学んでいきます。

1.ダーウィンの進化論

ダーウィンの進化論とは?

進化論はもともと、生物の多様性を説明する理論として考え出されたものです。地球上には、なぜこんなに多種類の生物がいるのかを説明する理論として、ダーウィンは「進化」という仮説を考えついたのです。ダーウィンは、英国海軍の調査船ビーグル号での航海の最中、南米沖のガラパゴス諸島で動植物を観察しているときに「進化論」のヒントを思いつきました。

ダーウィンの進化論の特徴は、「適者生存・自然淘汰」に言い表されます。自然界では適者が生き延び、自然による淘汰が生物の進化をもたらすようになる、と言うのです。この「自然選択」というきわめて単純な考えが、ダーウィン進化説の中心です。これをもう少し詳しく説明すると次のようになります。

まず「生物は環境の中で変異し、変異した内のあるものは子孫に遺伝する」そして「環境への適応性のある変異を持つものは徐々に子孫を増やし、非適応的なものは徐々に子孫を減らし、やがて絶滅する」その結果「生物の集団は環境への適応性を持つものが多くなり、新しい集団(生物種)を形成することになる」――これがダーウィンが考えた進化のプロセスであり、このようにして新しい種が形成されて地球上に多様な種が存在するようになった、と説いたのです。

ダーウィンは、環境の中で変異した新しい生物種は、環境に対する適応性さえあれば生き延び、子孫を増やすことができるとしました。これは「獲得形質の遺伝」といわれるもので、ある人間が努力して頭が良くなったら、その長所が子供にも伝えられ子供の頭も良くなるという主張に似ています「獲得形質の遺伝」はダーウィン以前のラマルクが説いた考えで、ダーウィンはそれをそのまま踏襲しています)。もちろんそうしたこと(獲得形質の遺伝)は実際にはあり得ないのですが、ダーウィンは後天的に獲得した資質が子孫に遺伝すると考えていたのです。

現在では形質の遺伝は遺伝子(DNA)によって決定されるものであることが明らかにされていて、努力や環境から獲得した形質は遺伝しないことが証明されています。しかしダーウィンにはそうした遺伝学的な知識がなかったため、獲得形質が遺伝すると考える他なかったのです。ダーウィンの説いた進化説の核心部分は、現在の遺伝学によって完全に否定されることになりました。

ダーウィンとウォーレス

アルフレッド・ウォーレスは、ダーウィンと「進化論」の同時発見者としてよく知られています。「自然選択説」に基づく進化論の発表はダーウィンの方が一足早かったために、“進化論はダーウィンから始まる”というのが定説となり、ウォーレスは論文を科学界へ公表するだけに終わってしまいました。

もしウォーレスの発表の方が早かったなら、進化論はウォーレスから始まるということになっていたはずです。ウォーレスは、自然選択説に基づく進化論を正しいものと確信していました。もちろん現在では自然選択説は間違いであって、科学的根拠は何もないことが分かっています。ウォーレスの進化説はダーウィンと同様、間違っていたということです。進化論に関する限りダーウィンもウォーレスも同じ間違いを犯し、現在では通用しない説を唱えたということなのです。

私たちスピリチュアリストにとっては、ウォーレスが進化論の発見者であったということよりも、スピリチュアリズムの初期に、熱心に心霊研究を進めてきた大先輩であるという点が重要です。

ウォーレスはもとは唯物論者でしたが、当時ヨーロッパを巻き込んだ初期スピリチュアリズムの動きの中で心霊研究者になり、熱心なスピリチュアリストとして生涯を送ることになりました。ウォーレスは英国で初めて心霊現象を調査研究した科学者です。1865年以降、さまざまな物理的心霊現象(テーブル現象・人体浮揚現象・物品引き寄せ現象)を調査して、それらを好意的に解釈し、スピリチュアリズムへの熱烈な支持を表明しました。ウォーレスは――「心霊に関する現象は、その他の科学におけるものと同様にすべて証明されるものである」との心霊研究を擁護する言葉を遺しています。

世間一般には、ウォーレスは心霊研究者というより進化論の同時発見者として名前が知られています。ウォーレスの進化説には、ダーウィンにはない大きな特徴があります。ウォーレスは、進化にはたった一つの例外があるとしました。それは人間の心であり、精神的成長は、自然界の他の現象とは全く違って独自の過程をたどるとしたのです。

1850年代にウォーレスが進化論を発表したときには、彼はまだスピリチュアリズムを知りませんでした。しかし1860年代には、彼の考え方にスピリチュアリズムの影響が現れるようになり、今述べたような人間の進化に関する見解を発表するまでになっています。ウォーレスは、人間の精神の進歩は自然選択ではなく非物質的な力が働いてなされるものであるとしました。このように晩年のウォーレスは、スピリチュアリズムの影響を受けて進化論を発表した当初とは全く別の人物になっていたのです。

ダーウィンとウォーレスの違いは、“交霊会”に対する姿勢にも端的に現れています。ウォーレスは1865年に交霊会に出席し、その後、間もなく熱心なスピリチュアリストとしての道を歩み始めることになりました。実はダーウィンも交霊会に参加したことがあったのです。1870年代の初期、クルックスが心霊主義(スピリチュアリズム)を支持したことが、ダーウィンの心に引っかかっていました。そして1874年1月、ダーウィンは友人の勧めにしたがって交霊会に参加しました。しかしその交霊会では、ダーウィンが期待していたような特別な現象は起こらず、交霊会としては失敗に終わりました。その後、ダーウィンはスピリチュアリズムに対して距離をおくようになっていきます。

スピリチュアリズムの霊的観点からすれば、交霊会に対する姿勢の違いは、両者の霊性の差が反映したものと言えます。

2.総合進化論と突然変異の問題

ダーウィンの進化論から、総合進化論(ネオ・ダーウィニズム)へ

最も古典的な「進化論」がダーウィンによって唱えられてから150年が経ちました。『種の起源』は1859年に発表されましたが、その後の近代科学の発展と並行して進化論は世界中の無神論者・唯物論者に受け入れられるようになりました。

現在の主流的な進化論は、ダーウィンの説いた単純な適者生存説・自然選択説ではなく、「突然変異」と「自然選択」を理論的支柱とするものです。現在の進化論者は、DNA(遺伝子)が偶然に突然変異を引き起こし、自然選択によって適応的DNAが生き残り、そうでないものは淘汰されると考えています。この進化論は「総合進化説(ネオ・ダーウィニズム)」と呼ばれ、1930年頃に確立されました。この進化論に対してさまざまな批判が加えられましたが、これに対抗する理論が現れなかったために、現在まで主流の立場を維持することになりました。

ここ100年の間、進化論は多くの人々に、科学的に証明された無謬(むびゅう)の真理のように思われてきました。そして現在の大部分の日本人も“進化論は正しいもの”と思い込んでいます。しかし進化論は1950年以降に登場するようになった最新の科学(分子生物学・遺伝子工学)によって、その正当化の根拠を次々と崩されるようになりました。その結果、現在では「総合進化論(ネオ・ダーウィニズム)」は突如、根本から崩壊してもおかしくないような状況に立たされています。

連続的進化説と段階的進化説

もし進化論者の言う「自然選択説」が正しいとすらなら、進化は途切れることのない連続したプロセスとなるはずです。「変異」を連続的なものととらえるなら、当然その痕跡(こんせき)が残されていることになります。低いレベルから高いレベルに至る生物の化石が、連続して残されていることになります。進化論者は、化石こそがその進化説の正当性を証明するものであると主張してきましたが、実はその化石がダーウィンの進化論の間違いを決定的に証明することになったのです。

近年、化石研究は飛躍的に発展しました。その化石研究の結果、進化論を支持すると考えられてきた根拠が次々と否定されるようになりました。現代の化石研究によって、進化論を支持する“中間化石”がないということが明らかにされました。化石に進化の連続性を示す証拠が全くないということ、またこれまで進化のプロセスを示すとされてきたもの(始祖鳥や馬の進化図・人間の進化図の中で示されているさまざまな化石)が中間型でないことが実証されるようになったのです始祖鳥は、爬虫(はちゅう)類から鳥類に移行する“中間種”と考えられてきましたが、始祖鳥の化石が出た下部地層から鳥類の化石が発見されたため、始祖鳥=中間種の仮説は否定されることになりました)。こうしてダーウィンの唱えた「連続的進化説(漸進(ぜんしん)的進化論)」は否定されることになりました。

ダーウィンの進化説(自然選択説)は、いったん獲得した形質は子孫にそのまま伝わるとする「獲得形質の遺伝」を前提としていますが、先に述べたようにこの獲得形質の遺伝という大前提も、その後の遺伝学の登場によって完全に否定されることになりました。獲得した形質が、そのまま子孫に遺伝するようなことはないことが証明されたのです。このため「自然選択説」は否定され、1920年頃にはその間違いが誰の目にも明らかになり、研究者の間ではもはや見向きもされなくなってしまいました。

このようにしてダーウィンの「漸進的進化論」は否定されました。そうした中で当時研究が進められていた遺伝学の「突然変異」に注目が集まるようになりました。突然変異は急激な変化を引き起こし、一回の変化で全く新しい生物種を登場させる可能性があると考えられたのです。それはダーウィンのような漸進的進化ではなく、「突然変異による段階的変化こそが進化の事実である」という新たな仮説を生み出すことになりました。こうして進化論の流れは、自然選択説から突然変異説へと変化していくことになります。

ところが本来なら相反するはずの「自然選択説」と「突然変異説」が、無理やり一つにまとめられて新しい進化理論がつくられるようになりました。それが「総合進化論(ネオ・ダーウィニズム)」だったのです。この説では従来の漸進的進化論に代わって、段階的進化論という新しいモデルがつくられました。古典的なダーウィニズムに代わって「段階的進化説(断続平衡説)」が唱えられるようになりました。それは突然変異をともなった進化が過去に発生して、これによって階段を登るように進化が促されることになったというものです。この説は1930年頃に確立し、その後、主流の進化説として現在に至っています。

ダーウィンの進化論

総合進化論(ネオ・ダーウィニズム)

「突然変異」は進化に反する

相反する突然変異説と自然選択説を無理やり一つにまとめ上げようとした説(総合進化論)も、その後の分子生物学による遺伝子研究の進展にともない、正当性の根拠を失うことになりました。「総合進化論(ネオ・ダーウィニズム)」においては突然変異が進化の主役とされ、突然変異こそが進化の唯一の原動力とされてきました。生物は突然変異の積み上げによって進化したと考えられてきました。しかし現在の分子生物学では、突然変異は進化を進めるどころか、反対に進化を妨害・阻害することを立証しています。

「突然変異が発生してこれまでにない生物が誕生するようになり、その中から環境に適したものが生き延びていく」――こうした形で進化が促されるというのが総合進化論のストーリーですが、自然界の中で突然変異によって発生した変種(異常種)は、生き延びることができないことが明らかにされたのです。突然変異によって発生した変種は、種の維持に反するもの(大敵)として、自然淘汰されてしまいます。これは突然変異によって発生した遺伝情報は、子孫には伝えられない(遺伝しない)ということを意味しています。

進化論者は、長い期間にはいくつかの有益な突然変異もあると主張しますが、実際には突然変異という異常な出来事を通して有益な進化がもたらされることはありません。現在では、唯物論的進化論の正当性を証明する根拠は見当たらなくなっています。

神による「種の創造」に、軍配が上がりつつある

進化論という言葉が意味しているのは、「神が生物・人間を創造したのではなく、物質世界・自然界の中で発生した偶然によって進化が促され、多種類の生物が存在するようになった」ということです。進化論では、「生物は偶然がきっかけとなってもとの形が無限に変化し、新しい生物が次々と発生するようになる」と考えます。キリスト教もスピリチュアリズムも種の実在を主張しますが、進化論では一つの種は次々と別の種に変化していくと考えるため、固定した種の存在を認めません。

キリスト教もスピリチュアリズムも、「種」は神が定めた生物界のルールであると考えます。進化論では地球上の多種類の生物は進化というプロセスによって形成されるようになったとし、キリスト教では神が種ごとに多種類の生物を創造されたと考え、この点で真っ向から対立することになります。分子生物学という最新の科学は、突然変異による進化ではなく、神による種の創造の方に軍配を上げつつあるのです。

【3】スピリチュアリズムの創造論――神による生物界創造のプロセス

すべての生物は神の計画によって創造された――偶然に発生した生命はない

エントロピー増大の法則物理法則の一つ)によるなら、宇宙や地球は、純粋な物質だけが存在する無生命の物質世界になっていたはずでした。無神論者や唯物論者の中には、宇宙の進化の過程で偶然に生命誕生の条件が整い生物が発生するようになったと主張する者がいます。

ではなぜ、そうした物質世界では考えられないような条件が整ったのかを考えると、とても“偶然”という言葉では説明できなくなります。「神」という知的設計者がいて、その神が「このような存在物を造ろう」というデザイン(計画)を描き、それに向けての働きかけをしたために奇跡的な生命発生の条件が整うことになったと考える方が、ずっと論理的です。「神」という知的設計者が創造したと考える方が、はるかに整合性があります。偶然に奇跡的なことが発生したと考えるのは、あまりにも不合理です。

物質的条件が完璧に整っても、そこから生命が発生するようなことはありません。今後どれほど科学が発達しても、無生命世界から生命を誕生させることは決してできません。いったん死んだ人間を生き返らせるようなことは絶対にできません。「生命とは何か?」という一番本質的・根源的な問題が、どこまでいっても付きまとうことになるのです。

生命体も生物界も「神の意志」によって創造されたとしか考えられません。電子の質量がわずか1パーセント違っただけでも、中性子の質量がわずか 0.1パーセント違っただけでも、地球上の生命体・人間は存在できなくなります。それほど絶妙な条件のもとで生命体は存在しているのです。

神の中に、種と個々のイメージが先行存在していた

スピリチュアリズムは生物の進化に対して、どのように考えているのでしょうか。生物発生の歴史を概観すると、明らかに低次元の生物から出発し、徐々に次元が上がって最後に私たち人間種(ヒト)に至ったように見えます。一見すると確かに進化のプロセスのようなものが遺されているように思われます。

しかしスピリチュアリズムでは、唯物的進化論のように偶然の積み重ねで多数の種が存在するようになったとは考えません。言うまでもなく生物のすべての種は、「神によって創造されたもの」と考えます。種どころか一つ一つの個体それ自体も、「神の意図・イメージによって創造されたもの」とします。神が生物の種ならびに個々の存在を創造するに際しては、神の意識の中にそれらの明確なイメージが先行形成されていたということなのです。すべてが神の計画と意図に基づいて行われた結果、地球上に数多くの生物種と個々の生物が存在するようになったのです。

神による、低次元生命から高次元生命への段階的創造――スピリチュアリズムの生物創造論

神は、生物を「種」に区分して、そこに属する「個々の存在」を創造されました。そうした種と個々のイメージが、神の中にあらかじめ描かれていたのです。神は、低次元の生物から徐々に次元を高めた生物へと創造プロセスを進め、最後に人間種(ヒト)を創造しようと計画を立てました。そうした神のイメージ・計画に基づいて、低次元の生物から高次元の生物へと生物の創造が進められていき、最後に人間という最高次元の生物の創造が完了したのです。

こうした「種ごとに創造していく」といったプロセスの中では、ダーウィンの進化論が想定するような中間形態はもともと存在していません。“中間化石”が出土しないのは、そのためです。神が計画して創造した生物の化石が出土するだけです。神が創造した生物の中には、恐竜のようにかつては生存していたが絶滅して、化石のみが遺されているものもあります。

以上が、スピリチュアリズムの考える「神による生物創造論」です。生物種の創造は、低次元から出発して徐々に高次元化していくため、一見すると段階的進化論のように映ります。しかし自然現象の突然変異が原動力となっているのではなく、「神の計画と意図に基づいて一つ一つがゼロから創造されている」という点で根本的に異なります。サルはサルとして神によって造られ、原人は原人として神によって造られ、人間種(ヒト)は人間種(ヒト)として神によって造られたのです。

スピリチュアリズムの生物創造論を図示すると、次のようになります。

スピリチュアリズムの生物創造論

きわめて特殊な人間の創造

神のイメージ・構想の中には、生物創造論の特別なケースも計画されていました。それが人間の創造です。人間の創造には、それ以前の動物種の創造には全くなかった要素が付け加えられました。神によって特別に加えられた要素とは「霊的要素」です。人間以外の生物には霊的要素はありません。神は人間にのみ霊的要素を付与し、永遠の個別的存在としました。地球上の生物創造の計画の中で、人間は最後に他の生物とは全く異なった生物――「霊的存在」として創造されることになったのです。

こうした神の計画のもとで、人間は特別な存在として最後に創造され誕生することになりました。

シルバーバーチは、時に「進化論」を認めているような言い方をすることがあります。人間の肉体本能は動物進化の名残(なごり)であるとか、人間の肉体は進化の頂点にあるといったような言い方をしています。

しかしシルバーバーチは、決して唯物的な進化論を認めているわけではありません。シルバーバーチは常に、神が宇宙・万物・全生命を造られたとする「創造論」を主張しています。シルバーバーチの用いる「進化」という言葉には、唯物論者が一般的に考えるような意味はありません。この点を、しっかりと押えておかなければなりません。

先に述べたように、神の中にはこれから造ろうとするすべての生物のイメージがあって、それに基づいて低次元の生物から、徐々に高次元の生物へと創造を進めていったのです。そうした「神の生物創造」のプロセスを振り返ってみると、一歩一歩進化しているように映ります。このようなプロセスの全体を、シルバーバーチは「進化」という言葉で表現したのです。

神が人間を創造するとき、“人間の肉体”はそれまでの生物創造プロセスにおいて一番高次元の“サルの肉体”に似せて造り、そこに人間独自の「霊的要素」を付与しました。このためサルと人間の肉体は、動物の中で最も似ることになったのです。サルの肉体が連続進化した結果、人間の肉体になったということではありません。