J−GARDEN ペーパー掲載分(2012.10)
【恋人と猫】〜リバーズエンドの小話〜


『十亀さんは、猫ってどう思いますか?』
部屋でカップ麺の夕食をすませたあと、DVDを見ながら寝落ちしそうになった時、恋
人の城崎万から電話が掛かってきた。
「そりゃどういう意味だ?」
 短い沈黙のあと『……好きとか、嫌いとか』と万はボソボソと呟く。
「そんなん、考えたこともねぇな」
 全身にまとわりつく冷気に、十亀俊司はブルッと体を震わせた。窓を開けっ放しにし
たままだった。昼間は汗ばむほど日差しがきつくても、夜はぐっと温度が下がる。真夏
とは違う。季節は確実に秋へと向かっている。
 携帯電話を手にしたまま窓辺に近づき、何気に向かいの道路を見ると人が立っていた。
その立ち姿に、どうも見覚えがある。
「おいっ」
 窓から声を掛けると、道路の向かい側で万が驚いたように顔を上げた。
「お前、そんなとこで何してるんだ?」
 返事はない。
「さっさとこっちに来たらどうだ?」
 万は動かない。そのかわり携帯電話越しに弱々しい『ニャーッ』という鳴き声が聞こ
えてきた。


 小さな段ボール箱の中で、白黒まだらの子猫がニャーっと口を大きく開けて鳴いた。
「大学の構内に捨てられたんです。最初に見つけたのが僕で……」
 万が指を箱の中に入れると、猫はスンスンと鼻を近づけてきた。
「学校に猫や犬を捨てていく人って、けっこう多いみたいなんです。大学の事務所に持
っていったら保健所につれていくって言われて、もらい手を探したんだけどこいつだけ
残って。一匹ぐらいなら飼えるかなと思ってうちに連れて帰ったら、母さんが猫アレル
ギーだったみたいでくしゃみが止まらなくなって……」
 十亀は万に甘えている猫の首の後ろを摘み上げた。猫は手足を縮めて丸くなる。白黒
の葬式色はともかく、両目が近づきすぎて、鼻も低い。はっきり言ってしまえば、不細
工な猫だ。
「飼い主が見つかるまでの間、十亀さんに猫を預かってもらえないかなって思ったんで
すけど、こういうマンションって普通はペット禁止ですよね……」
「うるさくしなきゃ大丈夫だろ。右隣の部屋からも、たまにキャンキャン聞こえてくる
しな」
 十亀が座布団の上に猫を置くと、ミャーミャーと鳴きながら周囲を歩き回った後でち
ょこんと座り込んだ。……座布団に黒いシミがじわっとひろがってゆく。
「うわっ、こいつやりやがったぞ」
 慌てて猫を段ボールに戻したものの、時既に遅し……だった。万はコンビニに猫のト
イレ砂を買いに行き、ついでに大きめの段ボールをもらってきた。コンビニには、ペッ
トのトイレ砂まで売っているんだなと感心していると、万は大きなダンボールの中に猫
の寝床とトイレを作った。
十亀が「猫様のワンルームマンションだな」と呟くと、万は「何ですか、それ」と笑っ
ていた。
下が緩すぎる子猫は、十亀の古いTシャツの中に埋もれるようにして寝はじめる。十亀
も恋人をベッドの中に引きずり込んだ。
万もテストだ何だと急がしかった上に、自分も一週間のロケに出ていたので、顔を見る
のは十日ぶりだ。メールや電話はまめにしていても、本物は違う。匂いが甘い。長いキ
スを繰り返す。いつになく万が積極的だなと思っていたが、感度もいい気がする。その
証拠に若い恋人は何度も射精していた。
「今日は凄いな」
 十亀が戯れに性器に触れると、達したばかりなのに手の中でピクンと反応してくる。
「ゴムが足らなくなりそうだ」
 薄暗いのに、万の首筋が真っ赤になっているのがわかる。色づいた先端を軽く噛むと
、恋人の体がビクビクと震えた。
「………」
「何か言ったか?」
「……ぼっ、僕だって、すごくしたい時があるんです」
 その言い方がおかしく笑うと「どうして笑うんですか」と半泣きの声になった。勢い
のあるそれも萎んでいく。
「そうだな。俺もしたかったぞ」
 萎えてきたそれをさすってやる。本当だったが、万は「嘘だ」と言って信じてくれな
かった。


 翌朝、ミャーミャーという鳴き声で目を醒ました。十亀はベッドから這い出し、パン
ツだけ穿いてダンボールの中を覗き込んだ。仔猫は口を大きくあけて「ミャー」と鳴く
。撫でてやっても膝に乗せても鳴きやまない。試しに万が買っておいた餌を手にとり差
し出すと、脇目もふらずガツガツと食い始めた。
「お前、すごい食いっぷりだな」
 犬にしろ猫にしろ、動物の子はかわいい。
「カリカリばっかじゃなくて水も飲めよ。喉詰まるぞ」
 十亀は仔猫の背中にそっと触れた。柔らかくて、小さな熱が伝わってくる。
「……にゃっ」
 背後から下手くそな猫の鳴き声が聞こえてくる。振り返ると、万が頭からシーツをか
ぶった。
子猫を箱の中に戻し、十亀はベッドに戻った。シーツをかぶった頭の部分を指先で軽く
弾く。
「エロ猫はここか?」
「エロ猫じゃありません!」
 万がシーツをはぐって顔を出す。十亀は拗ねたような恋人の頬にキスして「甘えたき
ゃそう言え」と寝癖でくしゃくしゃの髪を優しく撫でた。
END