2011 秋のJガーデン無料配布 吸血鬼5 発売記念ショート





よく晴れた土曜日、いつもように暁の肩に乗って通勤していたアルは、控え室から賑
やかな声が聞こえてくることに気づいた。暁も足を止め、首を傾げたものの、構わず控
え室のドアを開けた。
 声がぴたりと止まり、小柳と子供が同時に振り返る。小学校低学年らしき子供は、小
柳のミニチュアのようにそっくりな顔をしていた。
「あぁ、おはよう。高塚さん」
「おはよう」
 暁の視線は、小柳のミニチュアに釘づけた。
「これ、うちの息子なんだ。ほら、お前も父さんの仕事友達に挨拶しなさい」
 父親に背中を押された息子は「こんにちわ」と大声で挨拶する。暁も「こんにちは」
と、ニコリともせずに返す。
「小学校で「父親の仕事」っていう作文を書かないといけないらしいんだよ。この仕事
は口で説明するのが難しいから、ちょっと職場だけ見せようと思って。あぁ、始業まで
には家に帰すから」
 暁は「そうか」と相槌を打つ。子供の視線はまるでレーザビームのように暁に注がれ
ている。
「おとうさん、あのおじさんの肩にいるの何?ネズミ?」
 ギクッとする。子供の小さな人差し指は、まっすぐアルに向けられていた。
「あれは、高塚さんのペットの蝙蝠だ」
 子供は「こうもり!」とアルでも耳をパタッと閉じたくなるような甲高い声で叫んだ

「蝙蝠、凄い!凄い!」
 子供は両足をダンダンと踏み鳴らす。
「僕、蝙蝠に触りたい!」
「こらこら、小さい生き物は繊細なんだ。お前が玩具にしたら、すぐに弱っちゃうぞ」
 小柳が宥めている後ろで、暁はアルをぐわっと鷲づかみにすると、子供に向かって差
し出した。アルは心の中で「ひーっ」と悲鳴を上げる。
「こいつに触ってもいい。乱暴にするなよ」
 そうしてアルは子供の手に委ねられた。
「うわーっ、すごい。蝙蝠すごーい」
 ……子供は撫でるにも擦るにも力加減ができなくてけっこう扱いが荒い。
「高塚さん。アル、大丈夫かな?」
 羽を広げられ、磔のポーズにされてたままのアルを横目に、小柳が申し訳なさそうに
呟いている。
「あいつは丈夫だから、大丈夫だろ」
「けどさ、アルは家に一人でおいてたら具合が悪くなるような、繊細な子だろ」
 少し間を置いて、暁は「あぁ」と間の抜けた相槌を打った。
「繊細と丈夫なのは別物だから大丈夫だ」
 自信を持ってそう言い切った暁に、アルは「ギャッギャッ(そんなこと言ってないで
、早く助けよっ)」と泣いて抗議した。
「そうだ、蝙蝠って賢いんだぞ。知ってるか?」
父親の言葉に、子供の目がきらっと光った。
「その蝙蝠、アルは人間の言葉が分かるんだ」
 子供は「本当に!」と目を輝かせる。
「アルに何か聞いてみろ、ちゃーんと答えてくれるぞ」
 子供は「じゃあ36+21は?」といきなり足し算をぶつけてきた。……答えは分かるが
、どうやって答えればいいのだろう。57回分泣けばいいだろうか。……アルが迷ってい
ると、子供はがっかりしたように口を尖らせた。
「お父さん、返事をしないよ。賢くないよう」
 一気に蝙蝠への興味を失ったらしく、アルは暁に返却された。
「お前、計算が苦手なんだな」
 ボソリと呟いた暁の言葉に、アルは「ギャッギャッ(できるよ!)と抗議したけど、
暁には伝わってない。
「まぁ、人間誰にでも苦手なものはあるからな」
 違う。計算はできるのだ。何とか自分で計算できることを証明しないと。
 アルは暁の机の引き出し、取っ手に鼻先を引っかけて引き出しをあけ、カード電卓を
取り出し机の上に置いた。そして鼻先で36+21と押した。57と答えが出る。
 どうだ、と胸を張ったアルを、暁は醒めた目で見下ろしていた。
「まぁ、電卓があれば誰でも計算はできるな」
 しまった!電卓に計算させてしまった。これじゃあ自分が暗算ができるという証拠に
ならない!アルは電卓の上でうちひしがれた。そんなことを知らない暁は、アルを電卓
の上からはじき飛ばすと、机の中にしまった。
 ……夕方、人型になったアルは「ぼく けいさん、 できる」と改めて訴えたけど、
暁は「電卓でな」と全く取り合ってくれなかった。


END