しょーちゃん、遠足に行く
しょーちゃんが小学校に上がって初めての遠足があった。
前の晩はさすがのしょーちゃんも興奮して眠れなかったようで、ふとんに入ってからも目を開けてもぞもぞしていた。
「遠足の前の晩に興奮して眠れない小学生」をナマで見ることができたわたしはちょっぴり得した気分だった。
遠足といっても、車で5分くらいの、よく遊びに行く大きな公園だ。
それでも、学校のおともだちと、リュックを背負っておべんとうとかお菓子を持って行くのは
また違った味わいがあるに違いない。
しょーちゃんは、夜眠れなかったくせに、朝5時半くらいにわたしを起こした。
「かーちゃん、時間時間」
へっ!と思って時計を見るとまだ早いので、
「まだ大丈夫〜」
と言い残して再び寝かしてもらった。
6時半に目覚ましが鳴って起きると、しょーちゃんはいつものごとく朝飯前のゲームを楽しんでいた。
わたしはさっそくおべんとう作りにとりかかった。
ゆうべ作っておいた、ぴかちゅう型の小さいハンバーグを焼いて、薄焼き卵をのせて形を整える。
海苔を切ってぴかちゅうの耳の黒と口と目をつける。
ほっぺたの赤はどうしようかなーと思ったが、それはケチャップを陽気に入れて、もとい、容器に入れて
しょーちゃんが食べる前に自分で描けるようにした。
それからしょーちゃんの好きな生協のプチささみチーズカツを揚げる。
そしていんげんのお浸しにかつおぶしをかけたやつを添えた。
あとは、プチトマトの上の方を放射状に切り込みを入れてその部分の皮をめくってうずらのゆで卵と
いっしょに楊枝に刺すという、意味がありそうでなにもない、訳のわからないものを作ってごまかす。
ごはんは間に食べやすいようにちぎったのりをはさんで、上にシャケのふりかけを振って小梅をのせて
できあがりだ。
おっと、デザートも忘れてはならない。
オレンジの皮をりんごみたいに包丁でむいて、一房ずつ切り取る。ついでにゆうべ義姉さんから
もらったアメリカンチェリーもタッパーに入れちゃう。
完璧だ。フルコースだ。もちろん水筒の中身は麦茶だ。
しかし普通の人なら30分でできそうなおべんとうだが、わたしには1時間かかってしまう。
いつも思うことだがなんでなんだ。
・・・なんて悠長に考えている時間なんて、わたしにありっこないのだ。
急いでこどもたちの朝ご飯を作って食べさせた。
「ピンポーン」
ゆうくんがお迎えに来た。
「はいー。いってらっしゃーい」
いつものようにあやちゃんがパジャマのまま道路までしょーちゃんの後をついて行って、しょーちゃんが
角を曲がって見えなくなるまでふたりで見送ってから、急いでいつも持っていく自分のおべんとうを作った。
が、それはついさっきまで目の前にあった、しょーちゃんのおべんとうとは似ても似つかない、
適当極まりない、とても同じ人間が作ったとは思えないような乱雑なものであった。
これをおべんとうと呼べるだろうか・・・。
・・・残飯・・・?
やめてっ。それを言ったら悲しすぎるよおっかさん・・・。
わたしはしばしの間、心の中でそっと一人芝居を演じてみた。
その後洗濯をして支度をして、朝ご飯も食べられないまま会社に向かった。
本社に寄って、事務所に向かう途中、コンビニでキムタクのウイダーインゼリーを買った。
おなかがすいたらこれを飲んでしのごうと考えたのだ。
わたしが普段働いている事務所には、もう一社、別の会社が入っていて、机こそ並べていないが、
1つのついたてで簡単に仕切られているだけである。
普段はその会社の50才くらいのおじさんとわたしのふたりきりで、会話もあまりない。
そしてそのおじさんの所にはよく、知り合いらしい人がひまつぶしにやってくる。
その時も、わたしがドアを開けると、やはり50代くらいの人とコーヒーを飲みながら世間話をしていた。
「おはようございます」
挨拶して席に着くわたし。
しばらくして知り合いらしき人がトイレに立って出てきたときのことだ。その人はおもむろに
「最近、なんかションベンの勢いがなくなってきたんだよなあ」
なんて言うのだ。おじさんが、大きなダミ声ですかさず返す。
「年だよ、年。俺だってそうだよ。あとはさ、キレが悪くなってくるんだよなっ」
「そうなんだよ、回数も多くなってきてさ・・・」
なんというか、おやじ版井戸端会議というやつだろうか。
すぐここに、こんなうら若い、とりあえず嫁入り前の乙女がいるのに、その会話はないだろうが。
今まさにキムタクのウイダーインゼリーを飲もうと目論んでいる女の子が、すぐ目の前にいるのに。
これだからオジサンはイヤなのよ。
わたしはすっかりウイダーインゼリーを飲みそびれて午前中が終わってしまったじゃあないですか。
お昼になって、わたしのおなかはぐうぐう鳴っていた。
そしておべんとうのふたを開けて、小さくためいきをつくのであった。
夕方、しょーちゃんが「おべんとうおいしかったよ」と言ってくれた。おべんとう箱は空だった。
しかし「さくらんぼとオレンジがおいしかった」と言うので、それはデザートでしょ、と思いながら、
「ぴかちゅうのほっぺ描いた?」となにげにさぐりを入れてみると、しょーちゃんはハッとして
「うん。描いたよ。ぴゅ、ぴゅ、って。ぴかちゅうもおいしかった。ごはんもおいしくってねー、
ぼく一生懸命食べちゃったよ。あとね、トマトと卵をいっしょに食べようと思ったんだけどねー、
とれちゃってね、またくっつけたんだけどまたとれちゃったん。でもトマトもおいしかった」
しょーちゃんは、気を使っているのか、おいしかったを連呼していた。
なにはともあれ、うれしかった。