3度目のKiss
 『何かを得るときは何かを失うように決まっている。それは仕方のないことだ。』親父の会社が危なくなり沙穂子さんとの見合い話が持ち上がったときこの言葉が俺の中で文字として、音としてリピートしていた。そう、きっとうまくいくよ。
 「もうやめるっ!入江君のことなんか好きなのやめる!よーくわかったもの、入江君の性格なんてっ!」
 卒業式の日、過去をばらされかっとして追い詰めた俺に琴子は言った。ふーんやめちゃうんだ、俺のこと。こいつもたいそうな口がきけたもんだな。じゃあ忘れてみろよ。まあ、こいつの行動パターンなんて読めてるけどね。瞬間、俺は琴子に口づけた。あいつはといえば青い顔をして何が起こったのかもわからないといった風に目を大きく見開いて立っている。
 「ザマァミロ」
 俺は馬鹿な女は嫌いだ。あいつらは自分の気持ちをコントロールするということを知らない。何が他人にとって迷惑だとかそういうことはお構いなしに他人の中に土足で上がりこんで好き放題わめき散らしていく。ほんと、みっともないね。そもそもあいつがこの家に来てから災い続きだ。
 2回目のキスは清里だった。木陰で居眠りをしてたあいつに、ふっと触れてみたくなったんだ。今回も須藤さんに聞いたのか、俺を追いかけてこんなところまでやってきて。お前はいつも単純で向こう見ずで、考えていることといったら非現実的であきれてものも言えないけれど、見返りを求めずに俺のことを追いかけてくる。そんなお前を見ているとおかしくて、退屈しない。なにか懐かしい、不思議な安心感が得られるような気がした。
 苦手だけど嫌いじゃない。今まで俺のまわりの女なんて好きすきと言い寄ってきて、俺の心の中をいかにも心配そうに親切ぶって覗き込んでは必要以上のものが得られないとわかると手のひらを返したように態度をかえる。見返りなんて求めないというみえみえの嘘に虫酸が走る。なぁ、琴子。お前はどうしてそんなにまぬけなのに、きちんとした大きさでものごとを測ることができるんだろう。
 「医者になりたい」
 成人式の日、追いかけてきたお前にそう告げたのも、唯一お前なら俺の言葉を正確に理解し理解できるような気がしたからなんだ。小さなころから人並み以上に何でもでき、友達にも家族にも恵まれてきた。期待に答えるなんて簡単だったし何をすれば喜ばれるのかなんてのもすぐわかる。けど、どんなにまわりがキャーキャー騒いでもいつかはおさまる。暗い川辺で対岸の火事をいつおさまるんだろうと見てるような感じだった。いつおさまるかも見えちまうんだ。こんなことは世の常だと冷め切っている自分がいた。俺は眠りそうに退屈だった。
 静かな喪失感。そういった感情に俺はなれちまっていて、必要以上のものを求めなくなっちまったのかもな。
 「琴子、金ちゃんにプロポーズされたんだってー」
 じんこと里美からそう聞いたとき、俺は背筋が寒くなった。金之助がプロポーズ?俺は胸騒ぎがして、いても立ってもいられなくなった。琴子を永遠に失ってしまうかもしれない。その事実が持つ意味をわかりかけたとき俺は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
 「よぉ」 俺は駅から出てきた琴子に声をかけた。「入江君?どぉしたの この雨の中」 「お前を待ってたんだよ」そう、お前を待ってた。「傘、入れよ」
 
 俺は琴子と二人雨の中を歩き始めた。「あいつと会ってたのか」俺は声が上ずらないように尋ねた。 「え・・・」 「金之助だよ」 「あっ、うん、そう」「プロポーズされたんだって?」 「そうよっ、私だってまんざらじゃあないんだから」
 バーカ、声が震えてんじゃねえか。「なんて答えたんだよ」俺は続ける。「なんて答えようが関係ないじゃない」 カンケイナイ 俺がいつもお前に言ってる言葉。でも今日は妙に胸に突き刺さる。「・・・そうだな」 「あたし家出るね。もうお父さんと決めたんだ。入江君の結婚のじゃまだもんね」
 降りしきる雨の中 傘の中で琴子の声だけがはっきりと聞こえた。「あたし金ちゃんと結婚する。」この日が晴れだったらまだ正気が保てたかもしれない。駅前の喧騒にはっとして、俺だって我を忘れることだってなかっただろう。けど傘の中で着々と進み行く事態にリアルな恐怖感を覚えた。「そしたらすべてうまくいくんだよね。入江君は沙穂子さんと結婚してあたしは金ちゃんとお父さんのお店手伝って・・・そしたらすべてうまくいくのよね。」
 「アイツのこと、好きなのか」 俺は銃の引き金を引いちまった。もう後には戻れない。 「そ、そりゃ、す・・・好きよ。だって高1のときからずっとあたしのこと好きでいてくれたのよ。」
 「ふんっ、お前はすきって言われれば好きになるのか。」
 「なっなによ、悪い?あたしは6年も片思いして実らない恋に疲れちゃったのっっっ!入江君は沙穂子さんのことだけ考えてればいいでしょっ!あたしのことなんて」
 
 バシッ   俺は琴子に手を上げた。「お前は俺が好きなんだよ。俺以外、好きになれないんだよ。」  お前は嘘をついてるだろう?俺のことすきだってのは耳にたこなんだよ。こういうときだっていつもみたいに認めろよ。俺を不安にさせんなよ。  「な・・・何よ自信たっぷりにっ・・・でもしょうがないじゃないっ、入江君はあたしのことなんて好きじゃないんだもの・・・」

 そういう琴子を見て、俺は我慢できなくなった。こんなときまで意地を張るお前を見ていると切なくなった。伝えずにはいられない。確かめないと自分が自分でなくなってしまう気がした。愛のある寂しさを切ないというのかもしれない。あの夏、安心感に包まれてお前に触れた俺が、今は不安の中でお前に口づけている。 「俺以外の男、好きだなんていうな。」
 いつからか俺は琴子を物事の判断基準としていた。こんなときアイツだったらどうするか。そんなことを無意識に考えていた。俺は今まで自分から手を伸ばして何かを求めたことなんてなかった。
 「2回目・・・キスしたの・・・」うっとりと恥ずかしそうに琴子が言う。こいつは清里でのキスを知らない。俺には言う必要もないし、そのつもりもない。俺はおかしさと幸せをかみしめながら、ささやいた。「三回目だろ?」いつもの調子を取り戻す。それを聞いて琴子は戸惑った表情を見せた。「数えなくていいよ。」 キスなんて数えるもんじゃないだろ。それにもう、数えたって無駄だと思うけど?
 
 なぁ琴子、お前みたいな強烈な女、探したっていないぜ?俺じゃないととても面倒見きれねーよ。お前だってどうせ、俺じゃないといやだって子供みたいに駄々こねるだろう?俺はまわりから押し付けられる幸せなんてごめんだし、幸せの中で自分を見失ってしまうのも好きじゃない。幸せなんて約束されたもんでもないと思うしね。けどお前の俺に向けられるパワーは変わらないんじゃないかって、そんな気がしたよ。お前のその貪欲さ、あつかましさはどこからくるんだろーな。けど俺が自分から初めて手を伸ばしてつかもうとしたもの、失ったら怖いと思ったのはおまえなんだぜ。この手でつかまないと手に入れられない幸せもあるんだろうなって思ったよ。今まで俺は自分で手に入れようとしなかったことで失ったものもあると思う。「何かを得るときは何かを失うように決まってる」この言葉の意味を理解しないまま無意識のうちにくりかえしていたよ。
 静かな喪失感。俺の心はこれで埋まってしまっていたのかもな。俺はおまえだったら俺のこんな心を満たせるんじゃないかって思ったんだけど?それにしても人間変わるもんだな。ほら、卒業式の日、いじわるなKissをした俺がおまえの存在を確かめたくて、Kissしてる。
あおい
2004年02月25日(水) 16時55分58秒 公開
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