「ただいま」
その日、夜勤明けの重い体で帰途に着いた直樹を玄関で出迎えてくれたのは、
琴子ではなく血相を変えた紀子だった。
「琴子は?」
そう尋ねると、紀子はぶわっと目に涙を貯めて
「お兄ちゃんっ、琴子ちゃんが!琴子ちゃんが、部屋に籠もっちゃったままなのよぉぉ!」
大袈裟なほどの身振り手振りを交え、一気に説明し始めた。
琴子が昨日から沈みがちであったこと。
夕方帰ってきたまま夕食も食べずに、部屋に篭ってしまったことなどなど。
『常日頃の直樹の態度が冷たいからイケナイのだ』などど、飛び火もしてきた。
「…ふーん。そう、分かった」
直樹はスリッパに履き替えて紀子の横を通り抜ける。
「って、ちょっと、お兄ちゃん!それだけなのっ!!」
紀子が付いて回るように声高に詰め寄るが、直樹は素っ気ないまでに表情を崩さない。
見当はついてる。
多分、原因は…、最近見てる夢だな。
アイツ。なんだか、うなされているようだったし。
とうとう「煮詰まってしまった」っていうことだろ。
「いいことっ、お兄ちゃん!妻をカッコ良く支えてこその夫なんですからねぇ!!」
毎度の如く熱弁を揮う紀子の説教を背にしながら、直樹は二階へと階段を上っていった。
*** *** ***
部屋の前まで来ると、聞き取れはしないが何やら中から声が聞こえてくる。
直樹は軽くノックをしてドアを開けた。
「「やっぱりそんなのイヤーッ!!」」
いきなりの琴子の大声に、直樹は声を掛けるタイミングを逃してしまった。
ベッドの上で頭から布団を被っている物体。
その名は琴子。
彼女は、葛藤のままにバフバフと枕を叩いていたかと思うと、
今度はそれを抱きしめて、ブツブツと独り言を言い出し始める。
どうやら一心不乱に悩んでいるらしい。
「ううう・・・うわ〜ん。入江くぅん〜〜」
最後は枕に顔を埋め、突っ伏して泣き出してしまった。
直樹には、ずっとこの繰り返しだったのだろう琴子の想像はついてしまう。
「何だよ」
思わぬ返事があったことに驚いて、琴子は文字通り飛び上がった。
布団を跳ね除け、涙目でキョロキョロと辺りを見回す。
と、ドアに凭れ掛かって直樹がこちらを見ていたのだった。
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