「い、入江くん?!いつから、そこに…」
「一応、ノックはしたけど」
どうも自分の思考に沈み込んでいて、ちっとも気付かなかったようだ。
琴子は慌てて涙をゴシゴシと手で拭った。
「おかえりなさい。は、早かったね」
「別に、いつもと一緒だろ」
そして直樹は琴子に背中を向けて着替え始める。
「さっき、大声出してたみたいだけど…、何?」
相変わらず直樹の姿に見惚れていた琴子は、ふいに話しかけられて
ギクリと肩を震わせた。
「な、何のハナシ?!」
ギギギという油が切れた音がしそうな首を横に傾げる。
「ま、どーせまた下らない妄想してたんだろ」
着替え終わって、振り返った直樹はニヤリと笑った。
「失礼ねっ!下らなくなんかないわよ!」
しまった…!と思っても、もう遅い。
反射的に答えてしまった琴子は、敢え無く直樹の誘導尋問に引っかかってしまう。
「ほら、言えよ」
直樹は琴子に向き合う形でベッドの裾に腰掛けると、有無を言わさぬ視線を投げかけた。
言ったら、言っちゃったら…
入江くん…
ただひたすらに首を横に振る琴子。
そんな琴子に、直樹は焦れったさを滲ませる。
「悩んでるの、言ってくれなきゃ分かんねーだろ」
……入江くんの、バカ…
「……入江くんのバカ……」
口をついて出た言葉は恨み言。
言いたくないのに、言わせる直樹への――
琴子は白くなるほど、痛くなるほど手を握り込んで、叫んだ。
「楽しみにしてくれるみんなには、申し訳ないけど…、
でも、……私、子供要らない!!」
「…へえ、そうなの」
琴子からもたらされた言葉は、直樹にとって、予想を超える衝撃的なものだった。
だが、いつもと変わらない調子でそう答えるだけの余裕しか持てなかった。
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