失うもの≪前編≫
  入江くんと、ケンカしちゃった。

 
 
 キッカケは本当に些細なコト。あたしがまたドジやらかして、入江くんに迷惑かけちゃって、叱られただけ。

でもそれにちょっとカチンときて――、言っちゃったんだ。

『入江くんなんかいなくても、ひとりで出来るもん!』


 入江くんは心の底から呆れたカオで、ため息ついた。

『じゃあ、勝手にしろよ』

低い、聞き取りにくい声は、怖いくらいに怒りを含んでた。


――あとは、売り言葉に買い言葉。

『なっ、なによ、勝手にするわよ!』




 こうしてあたしは、家を飛び出てきてしまった。

「お義母さん…心配してるだろうな」

 ぐすっと鼻を鳴らしながら、あたしはブランコに腰をかけた。


 公園の大時計の短針は、7を指している。もうだれも、遊んでいる子どもはいない。


 本当に…静か。あたしがブランコを揺らす音だけが、辺りにむなしく響く。

(さびしいよ…)
 
 そう思ったら、また涙が溢れてきた。

「ひっく…、っうぅ」

 嗚咽がとまらない。

(何よ、本当はわかってるんだから)


 あたしが全部悪いんだって。


 あんなヒドイ言葉を投げつけたあたしを、入江くんはきっと探しに来てくれない。

 だけど、さびしいよ。
 辺りを包む夕闇が、こわいよ。

「入、江くっ…ん―」

 声をあげて泣いてしまいそうになったとき――、公園の入り口の人影に気が付いた。

 ひと目で誰だかわかる、長身のシルエット。



           「入江くん―…」 

朝露
2008年07月18日(金) 22時45分05秒 公開
■この作品の著作権は朝露さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 ケンカしたとき仲直りのきっかけをつくるのが、入江くんだといいな。

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