離れていても 22
「お世話になりました。」
丁寧に挨拶を済ませると、タクシーに乗り込んだ。運転手に家の場所を伝えると、ふ〜っと息を吐き、窓の外の景色を眺めた。
思ってもいなかった長期休暇に、やはり申し訳ない気持ちもある。しかし、ここ何日は、皆気を使ってか琴子が病室へ来る時間には誰も来なかった為、2人きりの時間を過ごせた事で、かなりの充電になっていた。明日には神戸へと帰らなければならないのだが、充電し過ぎな自分が、離れがたくなるんじゃないだろうか?そう思うと、思わず苦笑いしてしまった。
そんな事を考えているうちに、自宅に着いた。ありがとうとお礼を言ってタクシーから降り、チャイムを鳴らした。考えてみれば、直樹が自宅に帰って来たのは神戸に行って以来だった事に気付いた。
「あら、お兄ちゃんお帰りなさい♪」
笑顔で出迎える母に、ただいまと言いながら玄関に入った。直樹の帰宅に、チビも飛びついてきた。
「お前、大きくなったんじゃないか?」
荷物を下に置き、ヨシヨシと頭を撫でる。
「全く、チビには優しいんだから。」
少し笑いながらリビングへと入って行く。
「お兄ちゃん、着替えてらっしゃい。お茶の準備しておくから。」
「あぁ。」
小さく返事をすると、二階へと上がって行った。
寝室に入ると、懐かしい香りに心が温かくなる様だった。机の上には教科書やらノートが積み重ねて置いてあり、琴子が必死に勉強している光景が、目に浮かび、微笑んだ。
ベッド脇のサイドテーブルに置かれた写真を手に取った。神戸に行く前、琴子の強い要望で撮った写真。直樹が琴子を後ろから抱きしめている。現像出来たからと言って、送られてきたこの写真を見た時、直樹は驚いていた。自分が写っている写真のほとんどが、不機嫌な顔や、真顔だったりするのだが、この写真はとても穏やかに微笑んでいる。自分がこんな顔もするのかと、改めて自分の中の琴子の存在の大きさに気付いたのだ。
その写真をそっと元に戻すと、ベッドに腰掛けた。ダブルサイズのベッドは、小さい琴子が一人で眠るには大きすぎるサイズだ。行く前と変わらずに2つの枕が並べて置かれている。琴子は何度この枕を涙で濡らしたのだろう・・そしてまたこれからも続く離れ離れの生活に、また涙を流すのだろうか・・直樹は胸が締め付けられる思いだった。

コンコン
扉をノックされ、はいと返事をしながら扉を開けると重雄が立っていた。
「直樹君、退院おめでとう。」
「お義父さん。ありがとうございます。色々とご心配おかけしてしまって。」
「なになに。家族なんだから、気にしないでくれよ。」
「・・でも、琴子をしっかり守ってやれなくて・・」
「いやいや。長い人生だ。色んな問題だって起きるさ。大事なのは、そういうことがあった時、どう感じて次に生かすかだよ。そうやって2人で、時にはまわりの人を巻き込んで、成長していくもんだよ。だから俺は直樹君には感謝している位だ。琴子を成長させてくれてありがとうってな。」
「お義父さん・・・」
直樹の肩に手を乗せて優しく微笑むと、これから仕事だからと、部屋を後にした。そんな義父の後ろ姿に、直樹は深々と頭を下げた。

下へ降りると、応接間にある巨大パネルに苦笑いしてしまったが、頭ごなしに片付けろとも言えず、そのままリビングのソファーへと腰掛けた。
おぼんに乗せたお茶をニコニコしながら運んできた紀子。
「はい。どう?やっぱり家はいいでしょ?」
「・・あぁ。」
「まぁ、ここに琴子ちゃんが居たらもっといいんでしょうけど。」
ホホホホと笑う紀子に、直樹は真剣な顔で向き合った。
「おふくろ、琴子のこと、ありがとな。」
「お兄ちゃん・・」
「傍に居てやりたくても、まだそれは出来ないから・・・またもうしばらく頼むよ。」
「任せなさい!!琴子ちゃんは、ちゃ〜んと私達が守るから。」
「あぁ。ありがとう。」
「ふふっ。まぁ、それにしても、琴子ちゃんパワーは絶大ね!お兄ちゃんからの頼みごとなんて・・本当に嬉しくなっちゃうわ。」
「・・」
「お兄ちゃん?私達は、自分達に出来ることを最大限にするつもりよ?けどね、最後はお兄ちゃんなのよ?琴子ちゃんが心の底から笑えるかってことが決まるのは・・・。幸せっていうのは、誰かの犠牲の上にはなしえないの。自分さえ我慢すればとか、大切に思い過ぎて心配かけたくないとか。そういうことは、出来るだけやめなさい。一人で迷って、考えるんじゃなくて、悩むなら2人で悩みなさい。相手を大切にしたいなら、まず自分からよ?」
「・・・あぁ。分かったよ。」
「そう?さすがお兄ちゃんね!」
笑顔でそう言うと、フリフリの白いエプロンをスッと外した。
「どこか行くのか?」
「えぇ。今日はパパの会社の方達とお食事会があってね。遅くなるから、そのまま泊まって来るわ。」
「は?」
「そうそう。裕樹も塾の合宿だし、相原さんもお店の方達と出掛けるそうだから、琴子ちゃんと2人でお留守番宜しくね?」
「・・・」
「じゃ、そろそろ行かなくちゃ〜」
ルンルンと、効果音が鳴るんじゃないかという位ご機嫌に出掛けて行った。
残された直樹は、ハァ〜と溜息を吐く。
「さぁ〜て。どうするかな・・・」
ニヤッと笑った直樹。

「クシュン!!」
「ちょっと琴子、あんた入江さんの風邪、うつったんじゃないの〜!?あぁ、やらしい!」
「やらっ・・!!」
「毎日病室通い詰めだったものね〜」
「もっ、モトちゃん!」
「痛っ!!まぁ!琴子ったら凶暴なんだから〜」
幹の抗議を聞き流しながら呟いた。
「体、だるくないし・・でも今なんか寒気がしたような・・・」
琴子は首をかしげながら考えた。

そんな彼女だから、勿論直樹の企みなど知る由もないのだった・・。
2008年09月10日(水) 13時33分49秒 公開
■この作品の著作権は雫さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
急なシフト変更で、2連休になったんで、お話更新出来たらな〜なんて考えてます!

皆様、私感無量でございます!!私の書いたお話に、コメントを沢山寄せて下さったり、イラストを描いて下さったり・・・もぉ、幸せ過ぎてテンション上がりっぱなしです!!私もベストを尽くす様、頑張りますね♪

次回はきっと・・ダム決壊だと思います・・(笑)

この作品の感想をお寄せください。
kaniさん、入江君は・・企んでます!←断言(笑)その企みに、これから取り掛かろうかと思ってます♪ ■2008-09-10 23:51:05 211.18.37.123
ダム決壊♪楽しみです(^^)入江君何かたくらんでますね(ニヤリ) kani ■2008-09-10 23:45:35 220.29.138.50
さあやさん、そんな風に感じて下さって、本当に嬉しいです!イタキスってお話自体が、愛に溢れてるなぁ〜って感じているので、そういう所を大切にしたいなぁ〜って、思っています☆また頑張りますね? ■2008-09-10 21:22:31 124.83.159.198
みーたんさんと、eamamadoorさんの絵を私も感激しながら見させて頂きました^^と〜〜っても素敵でした^^ニンマリです☆ さあや ■2008-09-10 20:28:10 122.29.153.63
雫さん?読みながらじんわり涙が滲んでしまいました。どうしたらこんな素敵なお話がかけるのでしょうか?そして皆様も・・・凄く優しいお話で入江の心がみ〜んな温かくて^^続きをまた待っています♪ さあや ■2008-09-10 20:24:38 122.29.153.63
eamamadoorさん、あんまり無理しないで下さいね〜?ゆっくり待ってますから☆ママさんのお仕事も応援しています〜!!みーたんさん、是非、是非、イラストにして下さいませ☆楽しみにしてますね!リクエストさせて貰えるなら、ベッドの所で、入江君が切なそうに琴子を思っている様な、シーンも見てみたいです…(照) ■2008-09-10 16:26:06 124.83.159.200
はっ!ダム決壊も楽しみにしてます(笑) みーたん ■2008-09-10 15:54:05 121.118.16.247
後ろから抱きしめて微笑んでいる写真、イラストにしていいですか? みーたん ■2008-09-10 15:49:40 121.118.16.247
あぁ、また燃料投下‥。私の肩も右腕ももっと頑張れ!!!決壊に備えます〜。いったん閉じてちゃんとお母さんしてからイタキスの世界にまた戻ってまいります。なんせ朝の食器がまだ‥(汗) eamamadoor ■2008-09-10 15:46:14 210.235.211.185
ルナさん、やぁ〜出来るだけ、早めにUPできたらいいなぁ〜と思ってますんで(笑)直樹の企みはなんでしょう?ニヤっ^^たまこさん、壊します!ダム決壊宣言致します!(笑) ■2008-09-10 14:29:23 211.18.37.123
ミラクルdaysのダム決壊が終わったと思ったら、次はこちらですね〜。PCから離れられませんっ!どんどん、壊しちゃってくださ〜い。 たまこ ■2008-09-10 13:39:46 220.213.210.181
おーに2連休ですか。いつもご苦労様です。話待ってました。ダム決壊!もう続きが待てません・・・。直樹は何を企んでいるのか・・・にやにや!直樹のニヤッとした絵を手の痛みがなくなったらeamamadoorさんお願いします! ルナ ■2008-09-10 13:38:12 220.152.68.41
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