慰安旅行(後編)

露天風呂に入り、イライラもおさまり看護婦からも解放され直樹もやっとくつろぐことができた。

「入江くん」
と、そこへあまりに聞き慣れた、しかしこの場で聞こえるには不自然な声。
「お、おいおい、琴子くん。いくらなんでも君ぃ、男風呂に入ってくるのはやりすぎなんじゃあ」
「お…男?だ、だって、こ、ここはここは…混浴じゃあ」
どうやら混浴と間違えて入ってきたらしい
驚愕の表情を浮かべている琴子に直樹は冷静に指摘してやった。
「男風呂だよ」
驚愕の表情を更に大きくした琴子は
「きゃあああ。ごめんなさいいい」
と叫ぶと踵を返し、走り去ろうとした。
しかしあまりに慌てていたためか足を滑らし次の瞬間琴子の体は宙に浮いていた。
「琴子!!」
直樹は思わず立ち上がり琴子の元に駆け寄るが、その前に琴子の体は頭から落ち、
意識を失ってしまった。
「琴子!琴子!しっかりしろ」
必死の形相をした直樹が声をかけるが、反応はない。
直樹は大慌てで浴衣に着替えると琴子を抱きかかえた。
「あ、大蛇森先生、とりあえず僕の部屋に連れて行きますんで、診察をお願いします」
「入江先生のお願いなら仕方ありませんね。すぐに行きましょう」
琴子を抱きかかえた直樹は旅館の廊下をすばやく走り、部屋に戻った。
途中、何人かに声をかけられた気がするが記憶にない。

部屋に戻ると琴子を布団にそっと下ろした。
「まぁ、嘔吐もけいれんもないようですし、軽い脳震盪でしょう」
続いて部屋に入ってきた大蛇森が診断を下しても、まだ直樹は心配そうに琴子を見つめている。
(お願いだ。早く眼を覚ましてくれ。琴子)
直樹が心の中で呼びかけるとまるで聞こえたかのようにまぶたがゆっくり開き
「入江くん!」
と元気に起き上がった。ただし
「あたたたた」
と頭を押さえた上に記憶が混乱しているらしく、
「あっ、ねーねー、あたしねえ、すっごい夢見ちゃったの」
先ほどの男風呂での出来事を夢として語り始めた。


「じゃあ、私は部屋に戻らせて貰いますよ。男風呂を覗くような人と同じ部屋にいると何されるか
 わかりませんからね」
ぬけがらと化した琴子に大蛇森が嫌味を言って出て行く。

「で、どーして男風呂に乗り込んでくるよーなことになったか聞かせてもらおーか」
「だ、だってね、みんなが入江くんがフーコと、こ、混浴に行ったっていうから…
 私、し、心配で心配で・・・思わず・・・」
「ったく!まず、男風呂か混浴かぐらい確認しろよ!」
「ご、ごめんなさい・・・」

幸い、本当に軽い脳震盪だったようで体はもう大丈夫なようだが精神的ショックが大きいようだ。
普段は立ち直りの早い琴子も今回ばかりは部屋の隅で小さくなっている。
(混浴か。琴子とさえ入ったことがないのになぜ他の女と入ると思うんだか・・・。そういえば
 琴子のやつ、あんなにこの旅行を楽しみにしてたのに温泉にも入ってないんじゃないか?)
「おい。気分どーだ?」
「うん。もう大丈夫」
直樹にしては珍しいやさしい問いかけにもふりむきもせず、落ち込み具合が推し量られる。
(もうすぐ3時か・・・さすがにみんなもう寝てるだろうな。起きていても今から温泉に行く人もいないだろう。
 じゃ、大丈夫か。)
「おれ寝る前風呂入ってくるけど・・・一緒にはいるか?」
「い、入江くん・・・」
「頭、大丈夫ならの話だけど、せっかく温泉に来て1度も入んないってのもな」
「う、うん。入る。入江くんと入る」

混浴の露天風呂に向かう直樹に琴子は恥ずかしそうについて行く。
「おい、どこまでついてくるんだ?」
「え、こ、混浴に、い、一緒に入るんでしょ?」
「混浴でも脱衣所は男女別々なんだよ。ほら、ここに【男】って書いてあるだろ。【女】は隣」
「あ、そ、そうなんだ。あはは、ちゃんと見ないとね」
「ったく」
直樹は脱衣所に入ると他の人のスリッパや脱衣がないかをすばやくチェックしてから温泉に入った。

結婚して5年も経つのに、家では家族同居ということもあって一緒に風呂に入ったことはなかった。
(そういえば、琴子と一緒に風呂に入るの初めてだな。また、真っ赤になるんだろうな。)
直樹は自然と頬がゆるんできているのに気が付いた。

「い、入江くん。いる?」
「あぁ。早く入れよ」
しばらくすると直樹の予想通り真っ赤な顔をした琴子がタオルで体を隠しながら入ってきた。
琴子は直樹から離れた岩のくぼみに体を沈めると、恥ずかしさをごまかすように
しゃべりまくっている。
「何そんな隅っこにいんの?」
「だ・・・だって、な、な、なんだかねえ、て、てれちゃうじゃない」
「何を今さら」
「だ、だって、ふ、2人でお風呂入るなんて、は、初めてだし」
「そーだっけ」
「そ、そうだよ」
「ふーん」
直樹はお湯の中をスイスイと移動し琴子に近づいた。
「なっ!、なっ!」
(まったく、何年たっても反応が変わらないな。かわいいやつ)
琴子のところまで来ると笑みを浮かべて抱きしめてきた。
「せっかく2人っきりなんだし」
「!!」
更に赤くなる琴子。
「も、もしかして、お、面白がってない?入江くん」
(お前がかわいすぎるからな)
「わかる?」
「!!」
直樹は琴子の唇にそっとキスをおとした。
ついばむようなキスを繰り返しているとだんだんと琴子も求めてくる。
「入江くん・・・大好き」
その言葉をきっかけに深いキスに変わる。
裸で抱きしめあってキスという状況に体が反応しないわけがない。
(やばい。こんな恰好で抱きしめてると箍(たが)がはずれちまう。ここじゃ・・・やっぱまずいよな)
「あがるぞ。琴子」
「え、も、もう?」
「部屋の方が落ち着けるだろ。もう一度入りたいなら汗をかいた後でもいいし。
 それともこのまま外がいいか?」
「な、なにを!!」
ゆでダコのような琴子を見てニヤっと笑うと直樹はさっさと脱衣所に消えて行った。


結局、再び混浴に入る時間も体力もなくなり、帰りのバスでは直樹も琴子も死んだように眠り続けていた。
かりん
2008年11月05日(水) 09時14分31秒 公開
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■作者からのメッセージ
前編では、たくさんのコメントありがとうございました。すごくうれしくて励みになりました。

皆さんの期待?ほど入江くんの気持ちが書き切れてないうえに、なんだか中途半端な終わり方になってしまいました。ごめんなさい〜。

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入江君目線でのお話、大好きです!原作ではなかなか感情がでてこないので、かりんさんの入江君目線でのお話と原作が自然に融合しました♪アリエルさん、「めくるめく汗だくタイム」すばらしい名言です(≧▽≦) kani ■2008-11-08 00:25:18 220.29.138.50
みなさん、楽しい感想ありがとうござます。
きっとみんなが気になってるのは「めくるめく汗だくタイム」(アリエルさん名言ありがとうございます 笑)なんだろうなとは思ってましたが、私には筆力がないのでそこは皆さんの脳内補完におまかせします。
本当は温泉の中で入江くんの手にオイタさせようかとも思ったのですが、きっと止まらなくなると思って部屋までガマンしてもらいました。
かりん ■2008-11-06 07:56:42 222.151.149.65
ちょっとぉーーアリエルちゃん↓下で笑わせないでくれるかしら??
貴方は、今年の流行語大賞「ダム決壊」がノミネートされてるのよ^^
「めくるめく汗だくタイムは来年にとっておいてっ^^」
失礼しました、かりんさん?こんなに早く後編が読めるなんて思ってませんでした♪嬉しいですぅ。
入江くん目線とっても良かったです☆
それに、原作のあの後の二人の会話がとても気になってたので読めて納得!!
新作お待ちしてますねぇ♪
さあや ■2008-11-05 20:00:00 118.8.5.196
うふっ、誰もいないところだと、入江くんってば、大胆なんだから・・・。
かりんさん、楽しませて頂きました!
RIKO ■2008-11-05 14:18:26 125.15.91.93
汗だくタイム‥またアリエルさんの名台詞が‥。今後はやらせましょう。
かりんさん、見事な原作補完すばらしいです!!!次の作品も楽しみにお待ちしておりますね!
アリエルさんの脳内コマワリをぜひ拝見したいです。
えま ■2008-11-05 14:15:02 222.225.133.136
この慰安旅行編、原作はあまりに琴子が、からかわれ過ぎて哀れで…でも面白くて笑っちゃうんですよね(笑)
かりんさんの入江くん目線は、安心して読めました。入江くんの気持ち、すごくよく分かりましたよ!(^^)!新作待ってますね。
水玉 ■2008-11-05 14:14:22 116.82.203.133
おお〜〜いいですね〜〜。すごーく巧みに原作を補完してますよね。頭の中で自然にコマ割しちゃいましたよ!素晴らしいです〜ありがとうございます〜。部屋戻ってからの二人のめくるめく汗だくタイムが気になりますね〜〜…だってお風呂行ったのが3時過ぎでしょ?帰り爆睡て…(笑) 慰安になってるのかなってないのか…いや、なってるな、やっぱり! アリエル ■2008-11-05 10:28:46 124.83.159.211
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