自分にしか出来ないこと 6
すっかり打ち解けたメアリーと入江家の人達。
重樹たちは実の娘のように接し、直樹たちもいつの間にか、昔からの友達のようだった。

この日、メアリーは直樹たちの部屋で琴子と二人で眠ることになる。
楽しすぎたのか、メアリーは興奮気味で眠れない。
寝返りばかりだと琴子に悪いと思ったメアリーはそっと部屋を出てリビングに降りると、椅子にすわってくつろいでいる直樹がいた。

「眠れませんか?」

「あっ、直樹さん・・・。私、楽しみすぎたみたいで目が冴えちゃって・・・お水を貰ってもいいですか?」

ソファーに座ってしばらく話をする二人。
「先日は、本当に失礼な事をしてしまって・・・ごめんなさい。お恥ずかしいです。
 お詫びを言わなければと思っていたのに、なかなかチャンスがなくて・・・。」
メアリーは直樹に頭を下げた。

「いいですよ。気にしていませんから。」
直樹はそう言って、窓の外へと視線を向ける。

「本当に素敵なご家族ですね。」

「騒々しくて、驚いたでしょ。」

「いいえ、羨ましいです。私・・・アメリカに行ってから気の休まる日なんてなかった・・・。
 養父母は良くしてくれました。だけど私は貰われてきたという負い目のようなものが消えなくて、勝手に壁を作って・・・。
 周りの偏見のなかで歯をくいしばって、勉強しました。見返すには勉強しかないと思っから。
 自分で勝手にハードルを上げて・・・、目標じゃなく負けられない義務感ばかりで・・・。
 ロボットのように何も感じず、何も考えず勉強しました。何のために勉強してるのかさえ分からなかった。
 そんな私に目標を与えてくれたのが、ダニエル博士でした。ダニエル博士は私の努力を認めて下さったんです。
 研究所で働くことを勧めてくれました。期待に答えようと必死で頑張りました。
 いろんな国籍の人がいて、その環境は自分にとってとても有難かった。
 病気で苦しむ人のために、新しい薬を研究する。何かのため、その目標が出来て頑張れると思ったんです。
 でも、研究は簡単には成功しなくて、失敗の連続で・・・いつの間にか早く成果を上げなければという焦りや義務感に襲われて・・・
 ・・・私、一人で・・・。こんな話、聞かせてしまって迷惑でしたよね・・・。」

「いいですよ。なんとなく分かる気がしますよ。俺も似たようなものだったから・・・。
 昔の俺は人と関わることを避けて、信じられるのは自分しかなかった。
 人にはIQがどうだの、天才だのって勝手に騒がれて・・・でも、人間らしい感情なんて持ち合わせていなかった。
 俺には夢もなかったし、努力もしたことがなかった・・・。目標なんて考えたこともなかった。
 そんな何にもない俺を変えてくれたのが琴子だったんです。
 煩わしいと思っていた人との関わりが大切なものだと気付いて、自分にも大きな目標ができた。
 琴子と出会って、人との出会いは本当にすばらしいものなんだって分かった気がします。」

「たった2日間でしたけど、病院でみなさんの働く姿を見て本当に勉強になりました。
 直樹さんが、現場にこだわる気持ちも少し分かった気がします。」

「患者の立場を忘れない強い医者になりたいと思っています。医者になって心のつながりの大切さを教えられたんです。
 見えない絆が病気の治癒にも関係していると思うんです。まだまだ学ばないといけないことが山積みです。」

「私、どこかで、医者よりも新薬を作る研究者の方が上だと錯覚していたんです。
 新しい薬を作ってまだ治療法のない病気を治せるんだって・・・。私はすごいんだって。でもそれは違ってました。
 私の独りよがりでした。一番大切なのはその根底にある心なんですね。」

「どちらが上とかそんな問題ではないですよ。どちらも大切な仕事です。俺は俺の場所で、メアリーさんはメアリーさんの場所で、
 出来る限りの力を出し切って・・・。俺しか出来ないこと、メアリーさんしか出来ないことが、きっとあるはずですから。
 もちろん、琴子にも琴子にしか出来ないことがあるでしょうしね。心さえ忘れなければ何だって出来ると今は思っています。」

「直樹さんのあの論文が素晴らしいと思ったのは、そういった患者の立場に立った考えがあったからなんですね。」

「俺は、科学者でも研究者でもありません。ただ医者としての立場で見たときに思ったことや感じた事を発表しました。
 むずかしい専門的なことは俺には分かりません。
 眼の付け所が違っているのではなく、医者としてのその角度からしか見えなかっただけなんですよ。」


「実は私、琴子さんに酷いことを言ってしまったんです。
 あなたのせいで入江先生の未来が閉ざされてるんだって、多くのチャンスを不意にしているのはあなたのせいだって・・・。
 入江先生を解放しろだなんて、何にも知らないのにとんでもないことを言ってしまったわ・・・。
 それなのに、入院中は誰よりも私のことを気にかけてくれて、良くしてくれました。なんと言ってお礼を言えばいいのか・・・。
 琴子さんは直樹さんに何も言わなかったんですね。」

直樹は数日、思い悩む琴子のことを思い出す。

「琴子はそんな奴なんですよ。余計なことはいくらでも話すのに、自分の為に誰かがって思うと何も言えなくなる。
 それが俺だったら特にそうみたいです。でも、あいつなら大丈夫です。強い奴ですから。
 今日の様子だとそんなこともうすっかり忘れてるんじゃないですか?
 さぁ、そろそろ休みましょうか。」


翌朝、直樹と琴子は出勤だった。メアリーも二人と一緒に家を出ることにした。
玄関先まで家族みんなが見送りに出ていた。

「突然おじゃまして、すっかりお世話になってしまって・・・。
 明日、シドニーに帰ろうと思っています。皆さんと過ごした時間は絶対に忘れません。ありがとうございました。」

「えっ?!そんなに急に帰っちゃうの?」
琴子が驚いて声をあげる。周りのみんなも驚いていた。もう一度琴子が寂しそうに言う。

「メアリーさん、ホントに明日、帰っちゃうの?」

「ええ、ここでの目的はもうなくなったから。」

「えっ・・・それって、入江くんのこと?」

「ええそうよ。諦めたの。・・・っていうより、考え直したって言った方がいいかな。
 直樹さんと色々お話もできたし、ねっ、入江先生。」
メアリーは直樹に眼で合図を送る。直樹もその合図に答えるように微笑んだ。

「あらあら、すっかりお兄ちゃんとも仲良くなったのね。
 メアリーちゃん、日本に来たらいつでも来てちょうだいね。日本の我が家だと思って、待ってるからね。」
紀子はそう言ってメアリーに抱きつく。

「そうだよ。君が帰るのを楽しみに待っているよ。」
重樹達もやさしい笑顔をメアリーに向けていた。

メアリーは出勤する直樹たちと一緒に家を出た。
家族みんなが玄関先で見えなくなるまで見送っていた。


RIKO
2008年11月05日(水) 14時34分02秒 公開
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