「さぁちゃん！来てくれたのね！？」

宮塚さんが満面の笑みを見せる。

今……目の前にいるのは……

幻…？

声が出ない。
目が動かない。
手が…足が…動かない。

沙穂子…さん？
そして…
その後ろにいるのは………

「まぁ！琴子さん！？なぜ此処に！？」

沙穂子さんが、信じられないと云う表情を見せる。
…が、その後ろにいる人はそれよりさらに驚愕の表情を見せる。
まるで時間が止まったかの様に。

「琴子さん？」
「！？」

沙穂子さんが覘き込むようにあたしを見つめる。

「あ…お久しぶりです」

やっとの事で声を出す。

「お久しぶりです。お元気そうで良かったですわ。でも…何故、おばあさまと…？」

再度、疑問を投げ掛ける。

「あ……あたし介護の資格を取って…今は宮塚さんの担当をさせていただいてます」
「そうなんですか？すごい偶然！あっ…いつも祖母がお世話になっております」

深々と頭を下げる彼女に慌てて頭を下げ返す。
キョトンと、あたしたちのやり取りを見ていた宮塚さんに気付いた沙穂子さんは

「おばあさま。こちらが私の主人です」

と、入江くんを紹介する。


『私の主人です』


沙穂子さんのひと言に現実を突き付けられ胸が押し潰される。
宮塚さんが沙穂子さんの後ろの方へ視線を送る。

「初めまして入江直樹です。ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。これからも宜しくお願いします」

深く頭を下げる。

「まぁ、こちらこそ。沙穂子の祖母の宮塚藤乃です。今日はありがとうございます」

にっこり微笑み会釈する。

「お嬢様、今あちらでお茶でもと言ってたところなんですよ」

アヤ子さんが水を向ける。

「まあ！私もご一緒して宜しいですか？」
「勿論よ。行きましょう」

宮塚さんが促す。

「おばあさまは私がご案内してもよろしいですか？」


思わずハッとする。

「はい！お願いします」

宮塚さんを沙穂子さんに託す。
宮塚さんと沙穂子さんとアヤ子さんが休憩所へ向かう。
その後を少し離れて追うように、あたしと入江くんが続く。

「……………」
「……………」

お互い、顔を見る事も出来ず、声も出す事も出来ない。
この重い沈黙に、あたしは圧死するような気がした。

誰か…助けて…苦しい…足が重い…動いてるの？

もう、自分がどうなってるのかも把握出来てないくらいパニくってる。

「元気そうだな」

入江くんが沈黙を破る。

「………うん」

あたし……声…出せてる？

「しかし…お前が介護ねぇ…相変わらず迷惑ばっかり掛けてんじゃねぇの？」

口の端を上げ皮肉げに笑う。

「そんな事ないもん！…たまに……ドジっちゃうけど………」

段々と声が小さくなり、言葉の最後には俯いてしまった。
必死に笑いを堪える入江くんがあたしの瞳の端に映る。

「もうっ！笑わなくたっていいじゃない！どーせ、あたしは頼りないですよ！！」

楽しかったあの頃の雰囲気に僅かに胸が躍る。

…話せてる？声…出てた？思わず入江くんを見つめる。

「なに？」

怪訝な表情で返してくる。

「うん…入江くん……痩せた？」

咄嗟に瞳を逸らしてしまう。

「そうか？まあ…新しい事業を興してる最中だからな。忙しいな」

前を見据えながら呟く。

「そう言うお前は？」
「ん…楽しくやってるよ。宮塚さんも、とってもいい方でね。可愛がって貰ってるんだ」

ふわっ…と微笑みながら話す表情に思わず見入る。

再び沈黙。お互いに掛ける言葉を探している。

「入江くん………幸せ？」

不意に琴子が訊いてくる。
幸せ…？ふと考える。別に不満もないし、不便さもない。

「ああ…まぁな」

そう答えるが、心に何かが痞える。

「そっか……よかった…」

安堵の表情を浮かべ、呟く顔を見つめながら口を開こうとした時

「直樹さん！琴子さん！こちらですわ。早くいらして下さい！！」

笑顔で呼ぶ沙穂子の声に２人の間の空気が変わる。

「今、行きます！」

琴子が沙穂子たちの方へ駆け寄っていく。




−−−−−お前は？

お前は………幸せ…なのか？

遠ざかる琴子の背中にそっと呟いた。












「本当に驚きましたわ。まさか琴子さんに会えるなんて」
「…そうですね」

仕事に戻る車の中で沙穂子が高揚した声で話している傍で久しぶりに会った琴子の姿を思い出す。

『あの日』から別れた時と比べて肌は更に白くなり、体も細く小さくなった様な気がする。
腕なんか軽く握っただけで折れそうなイメージだ。
そんな体で介護？
人一倍、重労働な仕事が満足に出来るのか？

「直樹さん？」

沙穂子の呼び声に現実に戻される。

「今日も、お帰りにならないんですか？」
「いえ…今日は帰れると思います」
「じゃあ、お夕飯は是非ご一緒に。作って待ってますわ」
「わかりました」

作り笑顔で微笑む。
何を作ろうかしら…と、ひとり言を言いながら考え込む沙穂子を朧げに見つめていた。






「びっくりしたわぁ…琴ちゃんと、さあちゃんが知り合いだったなんて」

３人で夕食の支度をしながら宮塚さんが言う。

「入江くん……沙穂子さんのご主人と高校からの同級生だったんです」

瞳を伏せがちにしながらジャガイモの皮を剥く。
心なしかイモが小さくなっていくような気がするのは…気のせいという事で。

「さあちゃんがね、また会いに来てくれるって言ってくれて。今度は買い物に行きましょうって…もちろん琴ちゃんも一緒よ」

笑顔全開で楽しそうに話す宮塚さんに笑顔を向ける。
本当なら、沙穂子さんに会うのは避けたいのに…
でも、宮塚さんのこんな嬉しそうな顔を見ていたら、そんな事も言えなくて…

複雑な心境にあたしはどうしていいのか分からず、更に小さくなっていくジャガイモの皮を剥き続けていた。



そして数ヶ月後、１通の招待状が舞い込んだ。