チェンジ 13


「ハァ、・・琴子のヤツ・・ハァ、・・運動不足もいい・・とこだ・・・ッ!」


病室の前で乱れた息を整えていると、病室の中から女性の声が聞こえてくる

・・誰だ?検温の時間か?

中の様子を窺おうと扉に耳を近づけた瞬間、はっきりとした声が聞こえてきた


「先生が大好きです!!」


なん・・だって?中でいったい何が・・

静かに扉を開けるとベッドの上で両手を上げている自分と
その体に抱きついている一人の看護師の姿が見える

何をやっているんだ、あいつらは・・・?

琴子の存在を確認したせいなのか
自分の間抜けな姿を見てなのか急激に頭が冷めていくのを感じた

先ほどまで身体中を支配していた狂おしいほどの切ない感情など
羽を付けてどこかへ行ってしまったようだ・・・

直樹はするりと琴子の体を病室内に忍び込ませると
二人に気づかれないよう静かに扉を閉める
すると青い顔をしながら、辺りをキョロキョロと見回す直樹の視線が
扉の前にいる琴子を捉え、涙目で救助を求めてきた

気がついたか、さてどうしたものか・・・・

すぐには動かず対策を考えていると
直樹の目から先ほどとは違う視線が飛んで来る

・・って、オイ!琴子!!今、明らかに俺のことを疑っただろう!!
お前がそういうつもりなら・・・

瞬時に怒りのアイコンタクトを返す

その視線を受けて直樹の顔が真っ青になったのを確認した琴子はくるりと背を向け
ドアノブに手をかけるとチラッと肩越しに振り返り
未だ状況を理解できずキョトンとしている直樹に向かってペロッと小さく舌を出す

フン、俺が信用できないって言うんなら、自分で何とか解決しろよ!

その瞬間、全てを悟ったのか、直樹の両手がバタバタと宙を泳ぎ
今にも泣きだしそうな顔で再び必死に助けを求めてきた


ったく、情けない顔をするなよ!・・・仕方ねえな


「ちょっと、何しているの?」


琴子の声に驚いた看護師は俺の体から離れたが、部屋を出て行く気配は無く
それどころか堂々と対峙し、琴子と・・つまり俺と対決する気のようだ

しかもある事情で、この看護師の顔には見覚えがある
この病院内の患者や医師達に美人だと定評のある看護師だ
本人もそれを自覚しているだろう
俺にはどうでもいい事だが・・

名前は・・そうだ、和久井 葵だ・・

ネームプレートを確認した琴子の口から軽くため息が落ちる

いったい、どういうつもりなんだ・・?


「何って、見たとおりですが?」


琴子を真っ直ぐ見据え、強い口調で葵が答える

本来の琴子ならすぐに勘違いする言い回しだな・・・だが、俺には通用しない


「・・脈をとっていた様だけど、入江先生の担当は私のはずよ」


取り乱さない琴子に苛立ちを感じたのか、葵の目つきがきつくなる


「私、入江先生に告白して、断られて諦めようとしたけど・・・」


そうだ、俺はキッパリと断った。ちゃんと聞いてろよ琴子!


「あなたを見ていると絶対私の方が、入江先生の良き人生のパートナーとなると思います。
患者さん達だって皆、私の方がお似合いだって言ってますよ!」


誰だそんな無責任なこと言っているヤツは・・・


「良きパートナーねぇ・・」

(言われたい放題だな・・普段の行いのせいじゃないのか?琴子・・)


チラッとベッドの方に視線を向けると
今にも抗議の声を張り上げそうな顔をした直樹が葵をにらんでいるが
直樹に背を向けている葵はそれに気が付いていない

スゲェ、顔・・・

思わず吹き出しそうになるのを必死にこらえ、ゆっくりとベッドに近づき腰を下ろす

キョトンとした顔の直樹を見つめながら、琴子がにじり寄っていく


「それは入江先生が決めることじゃなくて?・・ねぇ、イ・リ・エ・君?」


突然の質問に不意をつかれたのか一瞬戸惑いの色を見せたが
すぐに直樹の顔が上下に揺れる

よし、琴子・・・始めるぞ

琴子の瞳にイタズラな光が輝くと、同時に軽く息を吸いこんだ


「きゃあ!入江先生ダメですよ、こんな所で」


葵に気づかれない様、素早く俺の手を取り琴子の体に絡ませる

何事が起きたのか把握出来ない直樹が、目を丸くしながら琴子を抱きしめている
口を金魚の様にパクパクと動かしている直樹に、琴子はしなやかにすり寄り顔を近づけていく


「いいから、俺に合わせろ」


絡み合いながら、直樹の耳元に優しく囁く


「あ・・ん・・もうだめだってば・・和久井さんも見ているのに・・」


葵に見せつけるように、直樹は琴子の甘い声を奏でる
琴子の手が直樹の体を巧みに操り、お互いの吐息が感じられるほどの距離まで顔を近づけていく

(琴子、俺を見習えよ?・・・)


「・・っんん!?///////」


二人の唇が重なると、琴子の小さな舌が逃げ惑う直樹の舌を追い絡める
いつもと勝手が違うため少し強引なキスになったが、二人の呼吸が徐々に揃い
お互いを求め合い出した頃、惜しみつつも静かに唇を離す

そろそろ、頃合か・・・

顔を少し紅潮させている直樹に向かって、琴子が優しく問いかける


「・・・入江先生は何を望みます?・・誰が・・欲しい?」


問い掛けながら、直樹の唇に移り付いた口紅を琴子の親指が優しくなぞり拭う

激しいキスのせいか、直樹の瞳が涙で潤んでいる


(琴子、お前は今俺なんだから間違えるなよ・・・)


「い・・こ・・こと、・・琴子・・だけ・・」


軽く息を乱しながら、直樹がゆっくりと唇を動かし切ない声で答える


(そうだ、俺が欲しいのは・・琴子、お前だけ・・・)


その声を聞いた瞬間、琴子の胸の奥から温かく心地よい感情が沸き起こり
自然と顔が緩んでいくのを感じる


「・・・ですって、ここにあなたが出る幕は無いの!」


今度は葵に視線を向けるが、その目には温かい情など1ミリのカケラも無い

二人の絡み合う姿を呆然と見ていた葵は、ビクッと体を軽く弾けさせると
顔を強張らせながらフラフラとベッドに向かい歩き出した


「そ、そんなの、私だって・・!」


パシンッ!!


直樹に触れようと伸ばした葵の手を琴子がなぎ払う


「あなた・・私の言った事が解っていないようね。
誰が何を言おうと入江先生が私を選んだのだから、他人にどうこう言われる筋合いは無いわ!
・・それともまだ、この続きが見たいの!?」

(これ以上、俺と琴子の間に問題を起こさないでくれ!!)


ジロッと!思い切り怒気を含んだ視線を葵に突き刺す


「うっ・・・・ヒック・・」


琴子の迫力に耐え切れず、葵は恐怖で顔を歪ませ泣きながら足早に病室を出て行った

本当に俺は琴子以外の女には、いくらでも冷たくできるな・・・
過去の俺を知っているやつらには随分と柔和になったと言われるが、そうでも無いのか?

いや、違う・・琴子と俺に危害を加える者に対して、いくらでも冷酷になれるのだ
向こうからヤブを突いて来るのだから、自業自得というものだろう・・・


俺と看護師のやり取りを目の当たりにした琴子は、どうしたら良いのか解らず
俺を包み込んだまま、オロオロとしている


お前は何も気にしなくていい・・
俺のそばに居れば、俺の腕の中に居ればそれだけでいい

俺も走って来てすぐこの騒ぎだ、さすがに疲れた・・・少し休ませてくれ・・・


直樹は倒れこむように、琴子の顔を直樹の広い胸へと静かに埋めていった
ナツ
2009年05月21日(木) 20時23分32秒 公開
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■作者からのメッセージ
今回はチェンジ11の続きでチェンジ12の直樹サイドです

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jzBVel Click!! gordon ■2016-10-15 23:12:25 188.143.232.10
487DIp Click!! Bradley ■2015-08-11 02:57:37 188.143.232.26
QB7omT Click!! gordon ■2015-04-22 15:00:11 176.10.104.227
ナツさん、おはようございます。
琴子直樹も大変ですね。
直樹琴子も大変ですが。
入れ替わっていても琴子が心配で仕方が無いようですね。
いかに直樹を思っているナースが多いかということ。
これでは身体が持ちませんよね二人とも。
でも面白いですよ、チェンジは。
次はどのような展開に。
tiem ■2009-05-22 07:51:33 125.175.178.181
ナツさん、こんばんは!続き、お待ちしておりましたvv
視点が変わると、同じ場面でも見方が変わって、改めてドキドキしますね!
例え入れ替わっていても、直樹は直樹なんだな〜と、改めて思いました。
これからも、まだまだ色々ありそうですね(^^;)
続き、お待ちしておりますvv
蝗虫ば太郎 ■2009-05-21 21:36:08 122.21.9.91
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