Umweg 4

この日は今年最高の気温をマークした。
茹だる様な暑さによろめきながら玄関の鍵を開ける。

「ただいまー…」

即行でバスルームに飛び込む。
心地よい温度のシャワーの雨に息を吐く。
汗を流した後の喉元にミネラルウォーターを流し込みながら
留守電の再生ボタンを押す。
テープを巻き戻す器械音の後、録音内容のアナウンスが流れる。
その声に追って聞こえたのは

「お父さん…」

今晩、店の方に来て欲しいと云う内容だった。
あたしは開店時間を待って家を出た。



「お見合い!?」

思わず、摘んでいた河豚刺しを落とす。
個室に通されて食事を運んで来たお父さんの第一声だった。

「お得意さんがな、お前がいるって知って話を持って来たんだ。話を聞く分には悪くないしな…それに……」

お父さんが口を濁す。

「お前も…そろそろな…」
「…うん」

思わず俯く。

「まぁ、無理にとは言わねえよ。お前の気持ちが大事だしな」

苦笑いしながら、あたしを見つめる。
正直、お見合いは気が進まない。
入江くんを忘れる事は出来ないし忘れたくない。
何より相手に失礼だ。けど、お父さんの立場もあるし…

「……会う…だけなら」
「そっ…そうか!?まぁ気に入らなきゃ断りゃいいんだし」
「うん…で、いつ?」
「向こうさんはいつでもいいらしい。お前の仕事の都合もあるしな。決めたら連絡くれ」
「うん」

食事を終えて店を後にする。



「はぁ…」

ベッドに横たわる。
お見合いかぁ…
自分の気持ちは入江くんにあるのに…
あたしの気持ちだけが措いて行かれて…

「はぁ…」

お見合いの日程を決めるため徐にスケジュール帳を開くが
視線は無愛想な入江くんの写真を見つめていた。










数ヶ月ぶりに沙穂子と入江家に来ていた。
夕食の後、寛いでいると

「直樹、ちょっと来てくれ」

親父に呼ばれ書斎へ向かう。
ソファに座り、親父と向き合う。

「何?」
「ん……仕事の方はどうだ?」
「ようやく軌道に乗りました。これからですよ」
「そうか………」

親父の目が空を彷徨う。
そして、意を決したかのように俺の方を向くと

「お前…そろそろ医者の勉強を始めんか?」

………耳を疑った。
今、何て言った?……医者の勉強?

「何故、今更…」

そう、今更だ。自分の会社を継いで欲しいと医者になると言った俺に難色を示した親父が何故、今になって…

「お前はよくやってくれたよ。パンダイを立て直して新事業を興して…
 本当にお前には苦労させたよ」

フッと笑う親父をただ見つめていた。

「もう、これ以上お前を犠牲にする訳にはいかんだろう。
 幸い、まだ若いしやり直しはきく。お前のやりたかった事をやりなさい」
「でも…会社はどうすんだよ?」
「心配ない。ある程度の下地は出来ているんだし後はこちらに任せて貰っても大丈夫だよ」
「でも…」

さすがの俺も困惑の色を隠せない。言葉を失っていると、

「もちろん、沙穂子さんと話し合わなくちゃいかんが夫婦だ。話し合えば解り合えるよ。」

柔らかく微笑みながら親父は言うが…

「今すぐ結論を出せとは言わんよ。
 もちろん、このまま会社を続けてもいいし医者になってもいいし他の道もあるだろう。
 いいと思ったら迷わず進みなさい。わしもママも協力は惜しまないから」
「…わかったよ」

そう答えるしかなかった。今の俺には。



帰りの車の中で親父の言葉を反芻する。
いつもは回り過ぎるくらい回る頭も今は停滞している。

「………お医者様に…なりたかったんですか?」

隣からようやく聞き取れるような声が聞こえる。

「え?」
「申し訳ありません。耳に入ったものですから…つい…」

あの時、書斎にお茶を持って来た沙穂子にも聞こえたのだろう。

「昔話ですよ」

自嘲の笑みを浮かべる。

「でも…」
「ただの夢だったんです。それに今更でしょう?これから医者になるなんて無理な話ですよ」

沙穂子に言いながら自分に言い聞かせている気がした。
自宅の玄関を開け、まっすぐ自分の書斎に向かう。

「僕はもう少し仕事が残っているので先に休んで下さい」
「………わかりました……お休みなさい」

沙穂子が寝室に入るのを見届け書斎に入る。

医者になる。

何にも興味なく、ただ漠然と過ごしていた自分に初めて興味が湧いた夢。
叶わなかった夢だったが。


『入江くんならどうにかできるかも…よねっ』
『入江くんならなーんでも出来ちゃいそう』
『たくさんの病人の人もすぐ治ってみーんなが入江くんに感謝するんだ』


ふと、琴子を思い出す自分がいた。





−−−−−直樹さんは優しい。

今は仕事が忙しすぎて一緒にいる時間は無いけれど
一緒の時間を過ごす時、直樹さんはとても優しい。
起こられた事もないし、喧嘩なんて一度もない。
いつも私の言葉に耳を傾け、何でも聞いてくれる。

−−−けど

直樹さんの本音は聞いた事がない。
もう5年も生活を共にしているけど
直樹さんがお医者様になりたかったなんて知らなかった。

ふと、『あの日』を思い出す。
まだ結婚前。直樹さんとのデート中に同じくデート中だった
琴子さんと偶然会った時の事。
あの時の直樹さんは本当に冷たかった。
何故、あそこまで琴子さんに辛く接するのか分からなかった。
けど、その反面、直樹さんが素顔を見せた気がした。

   −−−ワタシニハミセナイヒョウジョウヲコトコサンニハミセルノ?

不安と嫉妬。琴子さんが羨ましかった。
この間のお墓参りの時も、あの二人の間の空気に焦りを感じ思わず声を掛けた。

焦り?何故?
私は直樹さんの『妻』なのに?
私は眠れない夜に無理やり瞳を閉じた。









あたしの手に一通の招待状が宮塚さんから渡された。

「無理かしら…琴ちゃん」
「いえ、大丈夫ですよ。この日はあたし午後からですし。でも宮塚さんは大丈夫なんですか?」
「親類と顔を会わせたいだけだからそんなに長居しないわ」
「じゃ、下見しておきますね。一流ホテルだから心配ないと思いますけど」
「ありがとう!琴ちゃん」

相変わらずの明るい笑顔に思わず苦しくなる。
あたしの手には北英社会長80歳の誕生パーティーの招待状がある。
北英社会長…沙穂子さんのお祖父さんで…
もちろん沙穂子さんも出席するだろう。
必然的に入江くんも来る。
本当ならそんな場所の空気も吸いたくない程だけど
こんな時でないと親類に会えないからと宮塚さんから言われると断り切れなくて…

「次の日は…お見合いかぁ…」

溜息を吐きながらスケジュール帳に書き込む。



これから起きる事もわからずに…
ほえほえ
2009年06月07日(日) 19時05分23秒 公開
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入江君、琴子のお見合いをしったら、どうなってしまうのかしら・・・。続きが早く読みたいです ■2009-06-08 21:07:15 123.218.230.42
続きがものすごく気になります!! ma^ma^ma^ ■2009-06-08 20:59:12 58.85.127.44
更新待ってました★
めっさドキドキな展開ですね〜っ!!
続編楽しみにしてまぁ〜す♪
おかちゃん ■2009-06-07 23:49:38 222.15.68.201
琴子がお見合い!!どうなるのでしょうか!
沙穂子さんも直樹と結婚しているのに、どこか心が通じ合っていないのを
感じ取っているのが辛いですね・・・
ナツ ■2009-06-07 23:30:36 119.105.226.21
同じく、続きがものすごく気になって仕方ない一人です。
それから、あの時点で沙穂子さんとそのまま結婚したら、、、の世界で素朴な(?)疑問がわきました。
看護科の仲間との出会いがないのは分かりますが、入江君の従妹の理加ちゃんは両親とアメリカから帰って来ます。その時理加ちゃんは直樹が結婚してショックなのは変わりませんが、「あんな完璧な人なら」とあっさり引き下がっちゃうのでしょうか?それとも...?
あと、理美の彼の母親の「それなりのお嬢さんと見合いして〜」のセリフで、「お金持ちはお見合いして結婚するのが現実なんだ」とうちのめされたのかな、(最後はもちろん祝福し、理美もお義母さんとなんとか収まるのでしょうけど。)とか考えちゃいます。
(好きな女性と相思相愛なのに、家の事業を救うために政略結婚をするというところで、ネバーランドの依田の親と、ドラマ「幸福の王子」を思い出しました。)
mui ■2009-06-07 22:32:59 121.114.150.108
ほえほえさん、更新ありがとうございます。
留守電にメッセージが。琴子の父からでした。
お見合いをしないかと。まだ直樹の事が好きな琴子です。
入江家では直樹に医学の道を志したらどうかと。
医師になれといったのは琴子です。入江君ならなれるよと。
沙穂子は今でも直樹と琴子に嫉妬と不安を感じている。
会長の80歳を祝う誕生日の招待状が。沙穂子、直樹も来ると。
こんな時でないと親類に会えないからと、宮塚氏。
次に日はお見合いです。
直樹がもし琴子がお見合いをすると知ったら。
どうなるのでしょう。この続きがもの凄く気になって仕方がありません。
tiem ■2009-06-07 21:20:14 125.175.178.181
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