She is his sister ≪zero≫



5年ぶりにこの神戸にやってきたのは、珍しい症例の患者が入院することになり、ありがたいことに俺にも声を掛けてもらえたからだ。
琴子も学生の時とは違い、『私も神戸に行く』などと言うこともなく、自分のことのように喜んで送り出してくれた。
まぁ、琴子も看護師として働いている以上、勝手に付いて来ることが出来ないことは理解できるし、家には琴美もいる。
それが普通のことなのだが、なぜか琴子の成長を感じた。


※※※※


「入江先生、よかったら今日一緒にお食事に行きませんか?お一人で食べてもおいしくないでしょう?」

神戸に来てから1週間が過ぎたが、1日1回はこの手の誘いを受ける。
誘っていただいた教授達や、同じ小児科の医師との飲み会には参加したが、こういった個人的な下心のある誘いには行く気がしない。
気を使って食べるのなら、一人で食べた方が気楽でいい。
それに俺が研修医の時に、琴子が一時期この病院に奈美ちゃんを説得するために通っていたのだから、妻の存在は知っているはずだろう。
なのに、なぜ既婚者を誘うんだ?

「いいえ、結構です。まだ、仕事が残っているので・・・」

当たり障りのないように断る。
以前の俺なら信じられないことだ。
それじゃあしょうがないと、彼女が診察室を出ていくと、思わずため息が漏れた。

――フゥ〜っ――

「入江先生、相変わらずモテますね。」

不意に、後ろから声を掛けられ、振り向くとそこには一緒に研修医時代を過ごした田中医師がいた。
彼は医師として多忙な毎日を送っていたのだろう。あの頃のようなふくよかな体系ではなく、すっきりと痩せていて、眼鏡をコンタクトに変え、再会した時は一目では分からなかった。
手に持っていた缶コーヒーを俺に差し出し、手近な椅子に腰をおろし話しかける。

「あの元気な奥さんはどうされていますか?」

そう言えば、神戸に来てからあまりゆっくり話していなかったな。

「ああ、あれから国家試験に受かって、看護師として働いていますよ。」
「それじゃあ、今回は以前のように神戸に来ることはなさそうですね。」
「ええ、それに今、彼女には俺よりも愛しい人ができたから、東京を離れられないと思いますよ。だから神戸へは来ないでしょう。」

そう言って1枚の写真を見せた。
神戸に行く俺に、琴子がどうしても持って行ってくれと言って渡した家族写真だ。
もっとも、琴子に言われなくても持っていくつもりだったものだが。

田中医師は写真を見ながら、納得とばかりに頷きながら、
「それじゃあ、仕方がないですね。でも入江先生、本当は奥さんを取られてさみしいんじゃないんですか?」
「全然、静かでいいですよ。ところで田中先生はどうなんですか?ご結婚されたんですか?」

そのあとは、田中医師が自分の近況を少し話し、仕事中なので詳しくは今度飲みながらしようと約束をした。
この時、隣の部屋で一人の看護師が俺たちの話を聞いていたとも知らなかったために、翌日からの周りの変化を理解することができなかった。

―☆―☆―☆―☆―

次の日から、明らかに女性からの食事の誘いが増えた。
なにがどうなっているのだ?
誘われるたびに、毎回断っているんだからそろそろ諦めてくれてもいいんじゃないか?
既婚者って、知っているよな?
食事以外の誘いはさすがにないから、こちらとしてもこれ以上の断り方も出来ない。
仕事に来ているのに、なぜ仕事以外で疲れなければならないのだろうか?
こんな時、琴子がそばにいれば・・・
きっと、核シェルターのような鉄壁な防御をしてくれるだろう。

『静かでいいですよ』

そんなことを言ったのはつい昨日のことなのに、琴子が隣にいないことに寂しさを感じて深くため息をついた。


※※※※


「私、明日から神戸へ研修に行くことに決まったの!」
電話から聞こえてくる琴子の言葉に、初めは理解できなかった。

「本当はね、真里奈が行くことに決まっていたんだけど、昨日突き指しちゃったから、代わりに私が行くことに決まったの!」

突然の品川さんの怪我で、今回の研修は見送る方向で話が決まりかけたところ、琴子の強引な頼み込みで、細井婦長が折れたらしい。
なんでも清水主任も、琴子が研修でいなくなる間静かに過ごせると思ったのだろう。
琴子の研修行きを後押ししたそうだ。

「琴美のことが一番気がかりだったけど、おかあさんがいるから大丈夫だっていってくれたしね、おかあさんも入江くんと新婚気分を味わってらっしゃいって、家族全員で賛成してくれたから行くことができたの。」

やっぱり琴子は年をとっても琴子だ。
なんだかんだ理由を探して神戸までやってくる。
俺は、このパワーにまいったんだろうなぁ。

「それから神戸にいる間に、結婚記念日があるよね?入江君のお誕生日もちゃんとお祝いできなかったから、その日くらい、一緒にお祝いしたいなぁ・・・それでねぇ・・・」

結婚記念日に掛ける琴子の理想を聞き、そういえば10年経つんだなあ・・などと考えた。

「わかった、できる限り努力するよ。」
「本当!うれしい!ありがとう入江くん。
とりあえず、必要なものだけ持って明日行くから、よろしくね。」

神戸にきてから、隣に琴子がいないせいか夜はなかなか眠れない。
けれでも今夜は、明日から予定外に琴子と一緒に暮らすことができる嬉しさに、また違った意味でなかなか眠れそうもなかった。


fin


波平
2009年08月03日(月) 18時43分10秒 公開
■この作品の著作権は波平さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
この話で『She is his sister』完了です。
この続きの『She is his sister』の直樹side・琴子side話は、皆さんの想像にお任せします。
本当は書きたい気もしたんです。たとえば飲み会中、直樹がすぐそばの店で待機してたようすとか、その翌日からの女性たちから直樹へのアプローチがすごくなったりとか、琴子と入江君の神戸での生活とか、この同僚研修医・田中医師(名前は日本で多い名字を勝手につけました。すみません)を絡めた話を書きたいとか・・・
けど、今回とりあえず話が完結できたのででここまでにした方がいいかなぁと思いまして・・・
また次回、新しい作品ができましたらこちらにUPさせていただきたいと思いますので、その時はまた、よろしくお願いいたします。
最後になりますが、多くの方にコメントを頂きまして本当にありがとうございました。

この作品の感想をお寄せください。
qpn380 Click!! Bradley ■2015-08-11 02:57:12 188.143.232.26
ひろ様、さとこ様、美優様、ほえほえ様、hisapon様、あげは様、tiem様、蝗虫ば太郎様、まりか様、みゅう様、愛莉様、華恋様、ma^ma^ma^様、藤夏様、ナツ様、葵様、瞳様。

お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。

また、お1人お1人に返信すべきところですが、すみません。
気がきいたお返事が出来ないので、一括での返信にさせていただきます。

他の方々の素敵なお話と比べると、文才の無い拙い私の話を、最後までクレームを付けずに読んで頂いてありがとうございます。
そして本当に温かいお言葉、ありがとうございました。
今回初投稿させて頂いて、皆様からの温かなコメントが本当に嬉しかったです。
イタキスファンの方々は本当にやさしい方ばかりですね。
うまく表現することができないのですが、ちゃんと皆様からのコメントは読んでいます。と、お伝えしたくこちらをお借りしました。
まとまりのない文章ですみません。
本当に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
波平 ■2009-08-06 23:56:55 114.158.59.165
波平さん、こんばんは。
ここまでの連載、大変お疲れ様でした。
いつになったら琴子達の事が皆にバレる(って表現もおかしいですが)んだろう…と、ドキドキしながら拝読しておりました。
でも、神戸にいようが、変わらない入江家の家族の温かさを垣間見れて、思わず笑顔になりましたよ(^^)
みーちゃんが琴子を見つけて笑顔になるシーンとか、直樹がみーちゃんにキスする様子とか、本当に幸せなんだな〜と感じました。
番外編も、琴子が隣にいないと上手く寝付けず、明日から琴子と暮らせる事にワクワクしてやっぱり寝付けない直樹に、ああ、本当に琴子の事を愛してくれているんだなと感じることができて、凄く嬉しい気持ちになれました。
素敵なお話を、どうも有り難うございました。
また次回作も、心よりお待ちしておりますねvv
蝗虫ば太郎 ■2009-08-04 21:34:13 61.207.205.162
波平さん。この番外編含め本当にお疲れ様でした。
2人を兄妹と誤解する、という設定が新鮮で面白くてつい何度も読んじゃいました。
次のお話、いつか拝見できる日を楽しみにしております。
藤夏 ■2009-08-04 09:51:27 122.103.107.194
お疲れ様です。とっても楽しい作品を読ませて頂き有難うございました。
 噂の出所は、そおうゆ事なんですか(ククク・・)笑えます。
入江ママの琴子に対する愛情表現が今だ変わらずなのも良かったです。
多分一生変わらないんでしょうね(*^_^*)次回作も楽しみにしています。
■2009-08-03 23:59:39 114.17.223.56
波平さんお疲れさま&有難うございました
すごーくお面白かったです。
終わってしまい寂しいな〜です
またお待ちしてますね!!!!
美優 ■2009-08-03 22:01:53 58.70.7.82
波平さん、こんばんは。
完結ですね。医師同士の会話を盗み聞きした方が勘違いを。
とんでもない勘違いを。だから看護師の方々が攻勢をかけてきたのですね。
でも琴子が神戸へ来ることになって一番喜んだのが直樹だったんですね。
琴美ちゃんは紀子ママ達が面倒を。
新婚気分を味わいなさいという事で。
この二人は本当に一緒で無いとお互いが寂しいのですよね。
とても面白い奇想天蓋の話。最高でした。
次回の作品お待ちしています。ご苦労様でした。
tiem ■2009-08-03 21:08:38 58.92.173.32
作品完結お疲れ様でした。
はじめまして。ほえほえと申します。
誰もが考えそうで無かった設定と内容がとても新鮮で、楽しく拝見させて頂きました。
次回作も楽しみにしています。

ほえほえ ■2009-08-03 20:30:48 210.153.84.77
え〜っ、是非読みたいですっ(>_<)でも無理強いはいけませんね。
でも読めたら最高ですっ。
hisapon ■2009-08-03 19:53:51 74.125.74.193
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