癒しの声 (前編) |
9月とはいえまだまだ残暑が厳しい日々が続く。 3日前の夜からずっと病院にこもりきりだったおれがようやく解放されたのは午後3時。 明日から再び病院での激務が始まるが、それでも訪れた自由の時間は心底ありがたい。 帰宅してすぐ、蒸し風呂のような部屋の冷やすべく、クーラーをつけたおれは点された留守電のランプににんまりする。 留守電のランプ−−−点滅していることはメッセージが録音されているということ。 そしてそれはすなわち琴子の声が聞ける、という証なのだから。 ほぼ3日間、家を空けていたということは、琴子がこちらに電話をかけてきても ひたすらおれじゃなくて留守電クン(←琴子はこう呼んでいるらしい)が応対して がっくりとうなだれて、頬をふくらませながら、泣きながらメッセージ吹き込んだんだろうな。 そんな百面相のような色んな表情の琴子を想像し、思わず緩んでしまった頬に手を当てながら 再生ボタンを押すと、予想とは違った人物の声が大音量で流れてきた。激務の後のせいか頭痛がする・・・ 『もしもしお兄ちゃん?もうすぐ琴子ちゃんの誕生日なのよ?分かってる?ちゃんと御祝いしないとだめよ!』 『お兄ちゃん?プレゼントは用意しているでしょうね?愛する妻に何も贈らないなんて夫失格ですからねっ』 『もう何しているの!?今日は琴子ちゃんお誕生日なのよ?電話くらいしなさいっ』 きっちりしたおふくろらしく、二日前の朝から1日1度、朝の10時きっかりにメッセージは入っていた。 まあ、3つめはメッセージというよりも叫んでいたような気がしないでもないが。 言われなくてもわかっている。9月28日がこの世で一番大切な人の誕生日であることは。 ただ今日が9月28日であることは今の今まで忘れていたのは否めない。 レベルの低い言い訳になるが最近は日付、曜日の感覚がまるでない生活を送っている。 朝がきて、昼がすぎて、夜になり・・・そして次の朝がやってきて・・・ 一日が何故24時間しかないのか?、とまるで意味のないおれらしくない苛立ちすら感じてしまうのだ。 そしておふくろの半ば脅迫めいたメッセージの後にはようやく待ち焦がれた声の主。 『あ、あの入江くん・・・昨日まで泊まり込みで勉強してたんだ。だから電話できなくてごめんね・・・えっとその・・ 入江くん、い、忙しいんだよね・・・。うん・・・えーと・・・あ、きょ今日なんだけど、、、その。。。あ、あたしの、、、た、ん、』 ピーッ メッセージハイジョウデス はあ。またか―――― 時間が足りず、肝心なことは何も言えず、涙目になっている琴子が容易に想像できる。 この別離生活が始まってもう半年近く。20秒以内でメッセージ入れないといけない事くらい、そろそろ学習してくれ・・・ しかし、珍しいな。琴子がメッセージを続けていれずにいるなんて。いつもなら間髪いれずに・・・あ、そうか。 おれが琴子の声を消したくなくて、つい消去するのを後伸ばしにしているせいでテープがいっぱいになったのか・・・ テープをあっという間に使い切る琴子も琴子だが、おれもたいがいだよな・・・・ 時刻を確認すると、電話があったのは今から30分前。だったら、今も家にいる可能性が高いな。 おれは『どうかおふくろが出ませんように』、と念じながら番号をプッシュする。 プルルルル・・・ 『はい入江です』 「ああ、琴子。おれだけど」 久しぶりに聞く録音じゃない琴子の声。はやる気持ちを抑え、いつものようにおれは淡々とこたえた。 |
藤夏
2009年09月28日(月) 15時25分18秒 公開 ■この作品の著作権は藤夏さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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