Calling You vol.7

医療機器が所狭しと並び、その間にベッドが規則正しく並んでいるだけのICUには、
直樹の他にも、ベッドに横たわる患者を、不安な面持ちで見つめている家族がいた。
彼らは滅菌服の着用を義務付けられ、面会時間を30分に制限されていた。
白衣姿で医師だとわかるものの、琴子の手を取ったまま動かない直樹を、怪訝そうな目で見る家族もいた。
直樹はそんなことに全く関心はなかったが、その視線に気付いた看護師が、黙ってカーテンを引いてくれた。

直樹は、琴子の顔を見つめて髪を撫で、琴子が目を覚ましたときのことを考えていた。
処置を待っている間、心を温めてくれたメールと、琴子の容態が思いのほか軽かった喜びに
琴子が目を覚ましさえすれば、抱きしめて「よかった」と言えると思ってしまっていた。
だが、ことはそう簡単ではなかった。琴子は誤解し、周りも見えなくなるほど動揺している。
なんて言えば、誤解を解けるんだろう。俺が好きなのはお前だけだ。信じろとでも言うのか。
直樹は自分を笑えなかった。いつもなら絶対口にしない台詞を口走ってしまいそうなほど、
琴子を失うかもしれないと思った恐怖は、直樹には耐えられないものだった。

琴子の顔を見つめる。愛しさが込み上げてくる。直樹はそっと、琴子の口唇に触れるだけのキスをした。
...琴子の眉間にしわが寄る。光がまぶしいかのように薄く目を開ける。
「琴子っ」
思わず声が大きくなる。琴子が瞬きをしながら、顔をしかめる。
「琴子、大丈夫か?」
手を握りしめ、今度は優しく問いかけてみる。
琴子がゆっくりと目を開き、覗き込むようにしていた俺の視線を捉える。

その瞬間、琴子は目を見開き、俺の手を振りほどいた。
俺は構わず抱きしめ、琴子の頭を撫でる。
「琴子、落ち着いてくれ。違うんだ。誤解なんだ。」
琴子は俺から逃れようと暴れる。肩を掴み、琴子の視線を捕まえて話す。
「琴子、頼む。話を聞いてくれ。事故にあったの覚えてるか。
 怪我は思ったより軽くて済んだが、頭を打ってる。興奮しないでくれ。頼む。」
琴子は、肩を掴む手を振りほどこうと身を捩り、両手で力一杯俺を遠ざけるように押した。
琴子の大きな瞳からは、ぼろぼろと涙が零れ、子どものようにイヤイヤをしていた。

...琴子が何かに気付いた顔をした。落ち着きをなくし、オロオロと視線を彷徨わせる。
喉に両手を持っていき、口を開く...その口唇からは、苦しげな息が漏れるだけだった。
「...こ、琴子、お前、声が出ないのか?」
琴子は、肩を震わせて、ぼろぼろと涙を流し続けていた。


目を覚ました琴子は、一言も話すことができなくなっていた。
交通事故で頭部を強打したものの、脳に深刻な異常がないため、
脳の血流障害などによる失語症ではなく、精神的な外傷で起こる失声症だろうと言われた。
月曜日に、専門医による診察を受けることになった。専門医の診断を仰ぐまでもなかった。
原因となった心理的要因は、特定できないこともままあるが、琴子の場合は明らかだった。
琴子は俺が近寄ることを頑なに拒んだ。俺がいても事態が好転するとは思えなかった。


琴子の状態を知らせるために携帯を取り出す。琴子が変わらず笑っていた。
「あぁ、お袋。琴子は目を覚ました。怪我も思ったより軽くて済んだ。でも・・・」
「何なの?」
「...声が出なくなった。」
「声が出ないってどういうこと?お兄ちゃんのせいなんでしょ。琴子ちゃんが治らなかったら、許さないから。」
「琴子が治らなかったら、俺が自分を許さない...お義父さんに代わって。」
「...直樹君、琴子の目は覚めたんだな。」
「はい。俺のせいで、琴子を事故に遭わせてしまって、本当にすみません。
 琴子はいま声を失っていますが、絶対俺が取り戻しますから。俺を信じて下さい。」
「...直樹君、事故は君のせいじゃないよ。あいつは、早とちりだからなぁ。
 直樹君のことが好きすぎて、勝手に勘違いして、車にぶつかってったんだろう。
 死んじまってたら、こんなことは言えないだろうが、無事だったからもういいじゃないか。
 声が出ないのだって、そのうち、すぐに出るようになるんだろ?
 あいつはいつもうるさいし、今までしゃべりすぎたんだから、
 ちょっとくらい口がきけなくたって、静かでいいくらいだ。直樹君がついてくれてるんだ。
 俺は、ちっとも心配してやしねぇよ。直樹君こそ大丈夫か? 琴子のこと、頼んだよ。」
「ありがとうございます。」
込み上げる涙を堪えて、そう言うのがやっとだった。
琴子の声を取り戻す。俺はお義父さんに誓った。
ぴろりお
2010年10月22日(金) 13時48分14秒 公開
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■作者からのメッセージ
病気に関しては調べましたが、医療関係の言葉は、正確ではありません。
もし間違っていたら、ごめんなさい。
琴子をかわいそうな目に遭わせてばかりで、本当にごめんなさい!!

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>吉キチさん
全部のお話にいつもコメントくださって、本当にありがとうございます。
アイパパと直樹の信頼関係を書きたくて♪
ぴろりお ■2010-10-25 20:04:05 58.183.238.139
 こんにちは アイパパの優しさ・・・今の直樹にはグッとくるよねぇ 吉キチ ■2010-10-25 12:45:07 221.190.9.179
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