Calling You vol.9

タクシー乗り場までお袋を送り、運転手に行き先を告げる。
「直樹、頑張って。」
お袋は、俺の目を見てそういうと、タクシーに乗り込んだ。
タクシーを見送って、琴子の個室に戻る。

「お袋、ちゃんと送ったから。」
琴子がコクンと頷く。
「琴子、話を聞いてくれないか。」
琴子はゆっくりと首を振った。
「ほんとに誤解なんだ。説明させてくれ。」
琴子はイヤイヤをするように首を振った。
「わかった。もう言わないよ。」
俺が黙ると、聞こえるのは空調の音だけになった。


「静かだな。小児科は、母親が恋しくなった子どもが泣いたりしてるから、
 こんなに静かじゃないな。大人だけの病棟は、結構静かなんだな。
 ...わかったぞ。こんな夜を以前にも過ごしたことがあると思ってたんだ。
 お前が出て行ったときだ。留年してケンカしてお前が家出したとき。
 しかし、なんで単位の計算間違えたかなぁ。お前、ほんとバカだよな。」
天井を見上げたまま、俺の顔を見なかった琴子が、思わず俺を見て、また天井に目を戻した。

「新しい家が決まって、お義父さんとお前が出て行った時も、静かだったな。
 お袋なんて、飯は作らない、掃除・洗濯もしない。抜け殻みたいになっちまって
 仕方ないから、親父と裕樹と三人で家事を分担したんだよな。
 裕樹も、いつもお前と口げんかしてたけど、俺に言ったんだ。
 〈お兄ちゃん、この家、こんなに広かったっけ〉って。
 俺も、お前うるさいし、ペース乱すし、いなくなったらセイセイするって思ってたはずなんだけど...
 結局、お袋にキスしたのがバレて、すぐまた一緒に暮らすことになったんだよな。
 琴子、あれ、ほんとにお前がバラしたんじゃないんだろ?」
琴子が、またこっちを見て、コクコクと頷いた。

「誰がバラしたんだろうな。どうせお前の友達だろ。別にもういいけど。
 そういえば、俺が一人暮らしをした時は、お前が来たときだけうるさくて、
 あとは、毎日こんな感じだったな。ふっ、お前、いつもどんだけ賑やかなんだよ。」
琴子が、こっちを見て、何か言いたそうな顔をした。
「なんだぁ?言いたいことがあるのか?ノートに書けよ。読んでやるぞ。」
琴子は、俺に背を向けた。
「怒ったのか?」
琴子は、こっちを向いて、首を横に振ると、また俺に背を向けた。
「お前が来た夜、おもしろかったな。ひどい寝相にマジでびっくりしたぜ。
 そう言えば、お前、もうあんなに寝相悪くないな。寝言は言ってるけど。
 いまもだけど、うちのお袋、どうかしてるよな。普通、あんなことしないぜ。
 お前もお前だよな。なんだかんだ大騒ぎしてたくせに、疲れてた俺より先に爆睡だもんな。
 俺のこと、信用してたのか何なのか知んないけど、寝れないぞ、普通。
 ...琴子、琴子、寝たのか? 俺も何だかしゃべり過ぎたな...おやすみ、琴子。」

本当にしゃべり過ぎて、疲れた。こんなに話したのは、生まれて初めてかも知れない。
ふっ、琴子やお袋は、毎日よく疲れないな...なんだかまぶたが重い。
昨夜、仮眠室で横になったけど、ほとんど眠れなかった。明日は日勤でそのまま準夜だ。
そう言えば、一度も呼び出しがかからなかったな。気を遣ってくれたのかもしれない。
琴子が側にいるだけで、なんだか落ち着く。もっと近くに行きたいけど、我慢するしかないよな。
本当に眠くなってきた。おやすみ、琴子。


眠ってしまった入江君に近付く。コートだけじゃ風邪引いちゃうよ。
お母さんが用意していたブランケットをそっと掛ける。
おやすみ、琴子...背を向けている私に、優しく言ってくれた入江君。
入江君に背を向けてしまったのは、涙を見られたくなかったから。
しゃべれなくなった私の代わりに、いっぱい、いっぱい、話してくれたね。
入江君が話す私たちの想い出...大事にしてくれてるってわかって、うれしかったよ。
私の寝相が悪くなくなったって言うけど、入江君が抱きしめて眠ってくれるから、
私は入江君の腕に閉じ込められて、あんまり動くことができないんだよ。

薄明かりの中で、ノートを出す。
入江君の言葉が私を温めてくれたから、オレンジ色で書くね。
本当は、一番に言いたかったのに、いまはもう12時前...ギリギリになっちゃったね。
入江君が気付くかどうかもわからないし、気付いても間に合わないけれど、
今日という日がなかったら、私は入江君に逢えなかったから...

〈入江君、お誕生日おめでとう〉

本当は、いますぐ抱きしめてほしい。
声が出なくて震えている心を受け止めてほしい。
でも、あの笑顔が、あの人に向けたあの笑顔が、頭の中から消えてくれない。
「嫌いじゃないよ」って言った優しい声が、耳にこびりついて離れない...


あっという間に寝てしまっていたな。いま何時だ。3時か。
琴子は眠っている。ソファーから立ち上がろうとしてブランケットに気付く。
琴子、お前が掛けてくれたのか...そっと琴子に近寄る。
頬に涙の跡がある。また、泣いていたのか...そっと瞼にキスをする。
一人で泣くなよ。泣くなら、せめて俺の胸で泣いてくれよ。なぁ、琴子。

枕元に置いてあるノートを手に取り、ページをめくる。
俺がいない間、お袋と結構、話してたんだな。
お袋の言葉がわからないから、内容の判らないものもあるけど、
色んな色が使ってあって、くるくる変わるお前の表情みたいだ。
最後の一行に目が釘付けになる。

〈入江君、お誕生日おめでとう〉

琴子はこれをどんな気持ちで書いたんだろう。オレンジ色はどんな気持ちなんだ。
嫌な気持ちじゃなさそうだよな。俺はそっと色鉛筆のケースを開いた。
こんなことするなんて、全然俺らしくないけど、ちゃんと気持ちに応えたいから。
好きだよとは、書かない。それは、琴子の目を見て、言いたい。

〈琴子、ありがとう〉

ピンク色で書かれた俺の字は、なんだか照れくさそうに見えた。
ぴろりお
2010年10月23日(土) 12時25分13秒 公開
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■作者からのメッセージ
直樹のキャラ、違うかもしれません(汗)
私としては、台湾版ドラマのデレ度の高い直樹みたいな感じをイメージしてます。
こんなの直樹じゃないって方...本当にごめんなさい。

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>吉キチさん
コメントありがとうございます。
どんな直樹でも好き...心強いお言葉うれしかったです♪
ぴろりお ■2010-10-25 20:07:39 58.183.238.139
 こんにちは 直樹への想いが強いから、直樹の言葉はショックですよねぇ。
直樹には琴子に見えてたりしてねぇ。  どんな直樹でも好きですよぉ。
どんな直樹がいたって、良いと思ってます。見せない、色んな感情がそれぞれにあるんだから。と思いました。 
吉キチ ■2010-10-25 12:53:41 221.190.9.179
>yukieさん
コメントありがとうございます。
ジョセフ大好きなんですか??私も大好きです♪
少しずつ、心を通わせて、仲直りしてほしいです。
ぴろりお ■2010-10-23 12:27:11 58.183.238.139
台湾版・・。ジョセフ大好きだから、いいんじゃないですか?
少しずつ、心が通えばいいのにね。
yukie ■2010-10-23 10:30:10 221.96.74.232
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