Birthday eve |
※ このお話はひたすらシリアスです。誕生日前夜、という設定ですが甘さやラブラブは欠片もないです。すみません…。 あたしが今まで生きてきて最初につらかった誕生日 それがお母さんがなくなってすぐのお誕生日 お母さんは毎年あたしのお誕生日の朝に「琴子、おめでとう」ってぎゅってしてくれたのにそれがなかった そのときあたしは改めて「お母さんは遠くにいってしまったこと」を痛感してわんわんと泣きじゃくったんだ でもすぐにお父さんが「琴子おめでとう」って抱きしめてくれて、それがすごく嬉しかったんだ 「○○作ってやるから」とか「○○買ってやるから」とかじゃなくってまずぎゅっとしてくれたこと 今までお母さんがしてくれたことをお父さんがしてくれた お父さんがわかっていてくれた それで嬉しくってまた泣いちゃった 多分これはあたしの人生初のうれし泣き 「お父さんもあったかいねー」って泣き笑い状態であたしがいったら 「まあ―その母さんみてぇに柔らかくねぇけどな」って後で照れくさそうに言うお父さんがすごく眩しかったなぁ さすがに小学校の高学年にもなれば 自然と抱きしめるなんてことはなくなったけれど そのかわり毎年頭をぽんと軽く叩いてもらって「おめでとう」っていってもらえるのが恒例になった * * * * * * * その次につらかった誕生日は2年前 入江くんが婚約して入江家がドタバタしていたとき あの時のあたしの周りは 入江家はおじさまの入院にパンダイの経営危機 そして――入江くんの婚約 なんとなく”あたしが置かれている微妙な状況”を察している人が多くて 腫れ物に触るとまではいかずとも なんとなく誕生日のことは誰も触れず あたしも忘れてわけはないが意図的に隅っこへ放りなげていた ハタチの誕生日があまりにも豪華で 夢のようで 入江くんと2人きりにもなれ(試験勉強というオチではあったけど) あたしの人生のピークは今日このときだ なんーて場違いな装いを入江くんにつっこまれながらも考えていた それからたった1年で色々なことがめまぐるしく変わり 今だから言えるけど当時のあたしの心は結構限界で お父さんからのいつもの”頭ぽんぽん”やあのメルシーのプリンがあたしの心を慰めてくれた * * * * * * * 結婚して最初のお誕生日はおかあさん主催の元 我が家でホームパーティ形式だった 入江くんや家族みんな じんこと理美に囲まれてお祝いしてもらって本当に幸せに満ち溢れていて 入江くんはみんなと一緒の時は口数は少なくても2人きりになった時にはめいっぱいの愛をあたしにくれた それなのに それから1年 今年は多分あたしの1番つらかった誕生日リストが久々に更新される予感 原因はわからないけれど 何ヶ月も とにかくあたしの何かが入江くんを不愉快にさせているのは確か どうしていいのかわからなくて悶々とする日々が続いていて 当然夫婦らしいことも何1つなくて 不安で 不安で だからといって面と向かって色々聞く勇気もない 仮に口に出したとしても「別に」とかわされるに決まっている 何年も入江くんといて入江くんをみてきているんだからそれは悲しいかな予知できちゃうあたし 予知できちゃうなんていわないでぶつかってみなさいよ!って言われちゃうかもしれないけれど もし本当に言葉にして入江くんに言われたら あたしはその現実を受け止めることがきっと出来ないよ だからこうやって自分で自分にセーブをかけているんだ あの夏以来あたしと入江くんの間はずっとぎこちないこと それは周りの家族もそれを察しているから 朝も夜も本当に本当に申し訳ないくらい みんなに気をつかってもらっているのが伝わってくる できるだけいつもどおりいつもどおりって思ってるんだけど、元々おしゃべりなあたしなもんだから その”いつも”をキープするのもエネルギーがいる(普段のあたしってすごかったんだなーと感心したり) * * * * * * * 昨日はとうとう「琴子ちゃん今年のお誕生日はどんな風にしたい?」っておかあさんがわざわざ訊ねてきた いつものおかあさんなら「ケーキは○○に特別に注文したのよ!」とか「○○のレストラン予約したわ!」 とか全て事後報告(おかあさん的には超サプライズらしい)でみなを驚かせるのが恒例なのに ずっとぴりぴりしたあたしと入江くんのことを気遣ってくれてる 本当にごめんなさいおかあさん 「今年は――試験も近いので浮かれ気分を正す意味でも――パーティーとかは」というあたしの言葉に どう考えても額面どおりじゃないあたしの言葉に おかあさんは黙って頷いてぎゅっと抱きしめてくれた 「じゃあその分お夕食にいいお肉使って何か作るわよ〜いい?琴子ちゃんっ」 おかあさんのあたしを思っての気遣う言葉が嬉しかった あたしはまたこのときもうれし泣き お風呂からあがり自室に戻るとカレンダーの明日の日付 蛍光色で描かれた”誕生日”の文字が虚しく光る このカレンダーを買ったときには未来はキラキラの希望でいっぱい 年間の予定も全部一気に書き込んだっけ このときまだ単位が足らなくて卒業できないことも その後看護科に転科なんて夢にも思ってない そして看護科でモトちゃんや真里奈や智子や啓太たちに出会うことも――― 「やめちまえよあんな奴」 あの夏の夜 啓太に言われたあの言葉 まだ脳裏にハッキリと焼きついているあの言葉 あたしは入江くんのことが大好きだから やめちまえと言われたくらいで気持ちはなくならない でも 啓太から言われた事をきっかけに傍からみても入江くんのあたしに対する態度のそっけなさは一目瞭然 その事実を改めて突きつけられたから その事実を受け入れるのがちょっとつらくなっている あたしはずっと入江くんがどこかそっけないのも 感情をあらわにしないのも元々の性格だと思っていた でも――もうすぐ結婚して2年 結婚前と結婚後 あたしと入江くんの関係って何かかわったのかな? 確かに式も挙げた 籍も入れた 入江くんとあたしが夫婦となったのは紛れもない事実 逆にそれ以外は昔と殆ど変わっていないんじゃない?最近そんなことばかり考えている だってあたしだけ一方的に好き好き状態なのは”相原琴子”のときと全然変わらないもん あたしが求めなければ アクションを起こさなければ 特に何もなくって こんなんじゃ夫婦って言えないのかも―― 明日誕生日なのに どうやら人生で一番つらい誕生日になりそう お母さんがいなくなったときより 入江くんが婚約していたあのときより つらい 温かい家族や友人たちクラスメイト みんないて 健康で毎日幸せなハズのに 心が寂しい だめだめ!みんなに心配かけないように 明日はとびきりの笑顔で乗り切ろう 大丈夫 あたしならできる そう念じながら まだ帰ってきていない 入江くんの枕を ぎゅっとだきしめた――― |
藤夏
2012年09月27日(木) 12時53分15秒 公開 ■この作品の著作権は藤夏さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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