笑いのツボ
「ねぇ、入江さんってお笑い番組見て笑ったりするの?」

話を振ってきた割に、さして興味無さそうに琴子に目線をよこす真里奈。
いつもの社食、いつもの顔ぶれ、すっかり仕事にも慣れて日々の日常が
当たり前というぐらい当たり前になった斗南病院の看護婦達は、
何か面白いネタなないかと模索してるのだ。
その恰好のネタ宝庫として琴子と直樹はかかせない、と真里奈は思う。

琴子は残りのうどんをズズズーっと一気に吸い上げてゴクリと呑み込むと、
間を空けて答えた。
「え〜笑わないでしょ。というか入江くん、お笑い番組なんて見ないよ?
あ、でも、あたしたがそういうの見てると、隣で入江くんがこーんな目しね」
と言って琴子は自らの大きな目を出来る限り細く鋭くして
「くだらねーな」と低い声で直樹の辛辣な一言を再現し、
「っていつも言われちゃうよ」とヘラヘラ笑って答えた。

「なによ、そんな入江さん、想定の範囲内過ぎて面白くもなんともないわよ!」
よくわからないキレどころでフンっと鼻息を荒くして真里奈が言った。

「まぁ、そりゃーそうよ。入江さんみたいな天才、そう簡単に笑うもんじゃないわよ。
でもね、あたし思うんだけど、入江さんを笑わすことができるのは琴子だけなんじゃないかしら」
「えー!モトちゃん、なんかそれ嬉しい!」
「琴子、別に褒めてないわ。ま、でもね、あんたのそーいうアホなところ、
入江さんにとっては予測不能過ぎて時に笑いに昇華されるってことね」
「え、アホなところ、、、」

あたしだけが入江くんを笑わせられるっていうのは素直に嬉しいし、特別なことなのねきっと。
でも、でもよ?アホなところで笑われるってどーなの?
あたし、ピエロでもなんでもなくて入江くんの妻なんですけど。
いやそうよ、どうせ笑ってもらうなら私が意図したネタやトークで笑ってもらいたいもんだわよ。

「なにブツブツ言ってんのよ」
怪訝な顔であたしをのぞく真里奈を横にして、なんだか久しぶりに「やってやる!」
という闘志にあたしはかき立てられた。
そう、それは高3の春、入江君にラブレターを渡したあの時のように。
「あたし!渾身のギャグで入江くんを笑わせてみせるわ!」

モトキと真里奈は思った。
だから、あんたのそーいうアホなところが入江さんにとって笑いのツボなんだって!!


寝室のベットでいつものように分厚い本を読む入江くん。
いつものあたしなら、ドレッサーの鏡越しにそんな入江くんを盗み見しては
幸せを感じつつ、長い髪を丁寧にブラッシングする。
でも今日は違う。ブラッシングをする手には全く意識なく、決めどころの
タイミングを今か今かと見計らってる。

そう、あたしは考えたのだ。渾身のギャグを。
いや、正直言って自分でも渾身と思えるものではないんだけど、とにかく色々考えた末、
あの入江くんを笑わせるには敢えてシンプルなものがいいのかなって。
古典的なもので勝負をかけることに決めた。

「あたし、もう寝よっかな」
そう言って入江くんの隣に近寄り毛布を肩まで掛けて仰向けに体を沈めた。
そして目を閉じる。
入江くんの視線が未だに読み込んでいる本に向いているのを感じていたので、わざとらしく咳払いをしてみる。
「ウォッッホン!」
「―――――――――――」
なにせ目を閉じているので定かではないけど、入江くんの視線が自分の方に向けられた気がした。
ほらほら、早く、突っ込んでいいのよ?笑っちゃっていいのよ?入江くん。

あたしの閉じた瞼にはマジックで描いた少女漫画のような星が散りばめられた瞳が描かれている。
なんだか入江くんを笑わせるつもりが、あたしは今の状況を俯瞰して考えると
なんともシュールな絵ずらで自分自身が思わず吹き出しそう――――――

しばらく沈黙が続いたが、入江くんの笑い声はおろか、何も、どんな音も聞こえない。
夜の静けさを妙に意識するほどに。

と、やっと、いつもにも増して低いトーンの入江くんの声が。
「それ油性マジックだろ。おまえ、明日のディナーその顔で行くつもりなの?」

「!!!!!!!」
一瞬、2週間前の出来事がフラッシュバック!
あたしは瞬時に上半身を起こし、目を最大限に見開く。
「あ、あた、あたし、、、!!!そんな大事なこと忘れて、、、!」
頭に血が上るのを感じながら入江くんの右腕を力一杯、両手で掴んだ。

明日は3ヶ月ぶりに入江くんと休みが重なったから、あたしは張り切ってデートを申し出ていた。
お目当てはモトちゃんから聞いていた外苑にあるフレンチレストラン。
強引に入江くんを説得してやっと取り付けたディナーの予約。それが、、、
「あたしのギャグで入江くんを笑わせたいーー」
その思いで1週間悩みに悩んでいるうち、普段なら忘れようもない愛しの旦那様とのデートなのに、
あたしの頭からここ数日の間、完全に消去されていた。

「油性マジック、3日は消えないかもな。ま、瞬きしなければいいんじゃない?」
入江くんは口端をくっと上げてイジワルく笑った。
「オレはお前の考えるギャグでは笑えない、いや、笑わない。以上。おやすみ」
そう言うとバタンと本を閉じてベッドに潜る入江くん。
この日ほど、己のドジさを心底恨んだことはないわ。

翌日のディナーは夜にも関わらずサングラスを片時も外さずディナーを食べに行った琴子。
この琴子の執念は周囲を驚かせたとかなんとか。
そして直樹は思った。
「こんな変な女、一緒にいておもしろくないわけないだろ-------」


ひらひら
2014年12月11日(木) 23時15分09秒 公開
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